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化け物バックパッカー、オアシスを泳ぐ。【後編】
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砂漠の中を、3人を乗せたラクダの変異体は歩いて行く。
足跡を1歩ずつ、砂漠に残しながら。
ラクダの変異体の上で、前から3番目と4番目のコブを挟んだ位置にまたがっているいるタビアゲハは砂漠の景色を眺めていた。
タビアゲハとコブを挟んで前にいる坂春は、バックパックから水筒を取り出し、水分を補給している。
「乗り心地はどうだい?」
坂春からひとつ席を空け、1番目と2番目のコブの間にいる女性が前を向いたまま聞いてくる。
「ウン、動物ニ乗ッタコトハナイケド、イイ感ジ」
「それはよかった。普通の客はこの辺りで違和感を感じるからね」
「乗っているのが変異体とわかっているからな。逆に布をかぶせただけで普通の人に変異体だと悟られないな」
不思議がる坂春の言葉に女性は笑い声を上げた。
「じいさんも変異体の女を連れているのに、よくばれていないね。まあ、あたしの場合は秘策があるけどさ」
「……その秘策とは?」
「さっき、見事にじいさんが引っかかっていたよ」
その言葉に、坂春は真剣に考えるようにうなる。
後ろのタビアゲハは一緒に考えるようにうつむき、何かを思いついたように顔を上げた。
「坂春サン、ソノ人ノコト疑ッテイタデショ?」
「ああ、それがどうしたんだ?」
まだ理解していない坂春に、女性は得意げに鼻の下をこする。
「あたしはあえて怪しまれるように振る舞っていたのさ。警戒心の高い客は怪しいことに敏感だ。コイツ……この変異体のことだってすぐに感づかれるかもしれない。だから、第一印象から怪しませることで警戒心の高い客を追っ払っているのさ」
坂春は納得したようにうなずいた。
「警戒心の低い客なら、変異体のことを知られることはないというわけか。だが、俺は今でもおまえを信用していないが……」
「じいさんの信用なんてどうでもいいのさ。これまで変異体の客なんていなかったから、興味があるんだよ」
やがて、砂の大地に緑が見えてきた。
緑の中心には、青色の湖が広がっていた。
3人を下ろしたラクダの変異体は、湖に近づき、
水に顔をつけた。
喉が動いていないことから、ただ顔を水につけていることがわかる。
時々顔を上げて息を吸い、
また顔を水につける。
意味不明な動作を、ラクダの変異体は続けていた。
その向こう側で、タビアゲハはオアシスの水に手を入れていた。
黒い手で水をすくい上げ、それをそっとほっぺたにかける。
その冷たさを肌で感じ、小さなため息をつく。
しばらく湖を見て、タビアゲハは後ろを振り返った。
「泳イデモ……イイ?」
後ろの木陰で休んでいた坂春と女性は目を丸くした。
「お……泳ぐって……このオアシスで?」
困惑したように聞き返す坂春に、タビアゲハはうなずいて「ダメナノ?」と首をかしげる。
「まあ、この辺りなら人もこないから、問題はないが……」
戸惑うように頭をかいた直後、坂春は真横を振り向いた。
見に包んでいるローブを脱ぎ始めたタビアゲハから、目線をそらすように。
岩場に置かれているバックパックの前で、
ローブを止めているボタンが、すべて外された。
黒いローブは背中に掛けて落ちていき、地面の砂につく直前に手にとる。
現れたのは、影のように黒い肌。
肩までのウルフカットが、風に揺らされる。
空を見上げて閉じていたまぶたが、ゆっくりと開かれる。
本来は眼球があるべき場所から、青い触覚が出てきた。
垂れ下がる青い触覚を揺らしながら、ブーツを脱ぎ、
砂の触感を足の裏で、1歩ずつ踏みしめながら、
湖に近づき、
水に足を付ける。
しばらくその場に立ち尽くし、
再び水の中に向かって歩き、泳ぎ始める……
バシャバシャバシャバシャ!!
激しく水しぶきを上げる湖を見て、女性は思わず立ち上がり、湖に向かった。
「大丈夫かい!?」
しばらくして、タビアゲハが湖から上がってきて、「ゼエ……ゼエ……」と息を切らした。
「泳グッテ……難シイ……」
「……もしかして、泳げないの?」
女性に聞かれて、タビアゲハは何も言わずにうなずいた。
目線をそらしたまま話を聞いていた坂春は、バックパックの中から何かを取りだした。
「あたしも水着を持ってくれば、レクチャーしてあげていたけどね」
浮き輪をつけたタビアゲハが泳ぐのを見ながら、女性はため息をついた。
「おまえはここで泳ぐのか?」
バックパックを閉じながら坂春がたずねる。
「仕事が暇な時はね。それにしても、じいさんっていつも浮き輪を持ち歩いているの?」
「まあ、よく海にいく機会があるもんでな」
「がっつり泳ぐ派?」
「がっつり波に乗る派だ」
その言葉が想像できなかったのか、警戒心を解いてくれたことに安心したのか、はたまた浮き輪と関係ないと思ったのか、女性は声に出して笑った。
「そんなにおかしいか?」
「あははは……じいさん、以外と若いなって思ってさ」
坂春は言い返すこともなく、タビアゲハよりも奥にいる者に目線を向けた。
ラクダの変異体は、相変わらず顔を水につけるという行動を繰り返していた。
「あんたの仕事仲間は……何をしているんだ?」
その言葉に、女性は顔から笑みを消し、目線を下にした。
「……すまなかった。忘れてくれ」
坂春はそう言って、ラクダの変異体を視界から外した。
隣の女性は、頬を上げて作り笑いを見せた。
「変異体は、突然変異症によって異形の姿になった元人間……だけど、人によっては人間の知能の一部分を失ってしまうって聞いたことがある。多分あいつもそうなんだろうね」
坂春はため息をつくと、女性に顔を向けた。
「……さらに踏みこんでしまうが、あいつが人間だったころは話せるか?」
「話そうにも、あたしは知らないよ。たまたま砂漠をうろついていたあいつを引き取っただけだからさ」
そういいながら顔を上げたとき、
女性は目を丸くした。
先ほどまで浮き輪を付けていたタビアゲハが、
浮き輪を外して泳いでいる。
不要になり、ただ浮かぶだけの浮き輪の側で、
黒い影は、イルカのようなバタフライで水をかき分ける。
目を離している間に、そこまで上達していた。
「ラクダサンニ教エテモラッタノ」
街に戻り、ラクダの変異体から3人が降りた時。
女性に先ほどの上達の理由を聞かれたタビアゲハはそう答えた。
「こいつに? あんた、冗談がうまいね!」
信じられないように笑う女性に対して、タビアゲハは「本当ダケド……」と控えめに真実を主張した。
ここまでの運賃を払おうと財布を取り出そうとした坂春は、
あるものを見て、動きを止めた。
「……まさかこいつ、さっきのタビアゲハに……」
ラクダの変異体は一番前の足を使い、
形の崩れたハートマークを、一生懸命書いていた。
足跡を1歩ずつ、砂漠に残しながら。
ラクダの変異体の上で、前から3番目と4番目のコブを挟んだ位置にまたがっているいるタビアゲハは砂漠の景色を眺めていた。
タビアゲハとコブを挟んで前にいる坂春は、バックパックから水筒を取り出し、水分を補給している。
「乗り心地はどうだい?」
坂春からひとつ席を空け、1番目と2番目のコブの間にいる女性が前を向いたまま聞いてくる。
「ウン、動物ニ乗ッタコトハナイケド、イイ感ジ」
「それはよかった。普通の客はこの辺りで違和感を感じるからね」
「乗っているのが変異体とわかっているからな。逆に布をかぶせただけで普通の人に変異体だと悟られないな」
不思議がる坂春の言葉に女性は笑い声を上げた。
「じいさんも変異体の女を連れているのに、よくばれていないね。まあ、あたしの場合は秘策があるけどさ」
「……その秘策とは?」
「さっき、見事にじいさんが引っかかっていたよ」
その言葉に、坂春は真剣に考えるようにうなる。
後ろのタビアゲハは一緒に考えるようにうつむき、何かを思いついたように顔を上げた。
「坂春サン、ソノ人ノコト疑ッテイタデショ?」
「ああ、それがどうしたんだ?」
まだ理解していない坂春に、女性は得意げに鼻の下をこする。
「あたしはあえて怪しまれるように振る舞っていたのさ。警戒心の高い客は怪しいことに敏感だ。コイツ……この変異体のことだってすぐに感づかれるかもしれない。だから、第一印象から怪しませることで警戒心の高い客を追っ払っているのさ」
坂春は納得したようにうなずいた。
「警戒心の低い客なら、変異体のことを知られることはないというわけか。だが、俺は今でもおまえを信用していないが……」
「じいさんの信用なんてどうでもいいのさ。これまで変異体の客なんていなかったから、興味があるんだよ」
やがて、砂の大地に緑が見えてきた。
緑の中心には、青色の湖が広がっていた。
3人を下ろしたラクダの変異体は、湖に近づき、
水に顔をつけた。
喉が動いていないことから、ただ顔を水につけていることがわかる。
時々顔を上げて息を吸い、
また顔を水につける。
意味不明な動作を、ラクダの変異体は続けていた。
その向こう側で、タビアゲハはオアシスの水に手を入れていた。
黒い手で水をすくい上げ、それをそっとほっぺたにかける。
その冷たさを肌で感じ、小さなため息をつく。
しばらく湖を見て、タビアゲハは後ろを振り返った。
「泳イデモ……イイ?」
後ろの木陰で休んでいた坂春と女性は目を丸くした。
「お……泳ぐって……このオアシスで?」
困惑したように聞き返す坂春に、タビアゲハはうなずいて「ダメナノ?」と首をかしげる。
「まあ、この辺りなら人もこないから、問題はないが……」
戸惑うように頭をかいた直後、坂春は真横を振り向いた。
見に包んでいるローブを脱ぎ始めたタビアゲハから、目線をそらすように。
岩場に置かれているバックパックの前で、
ローブを止めているボタンが、すべて外された。
黒いローブは背中に掛けて落ちていき、地面の砂につく直前に手にとる。
現れたのは、影のように黒い肌。
肩までのウルフカットが、風に揺らされる。
空を見上げて閉じていたまぶたが、ゆっくりと開かれる。
本来は眼球があるべき場所から、青い触覚が出てきた。
垂れ下がる青い触覚を揺らしながら、ブーツを脱ぎ、
砂の触感を足の裏で、1歩ずつ踏みしめながら、
湖に近づき、
水に足を付ける。
しばらくその場に立ち尽くし、
再び水の中に向かって歩き、泳ぎ始める……
バシャバシャバシャバシャ!!
激しく水しぶきを上げる湖を見て、女性は思わず立ち上がり、湖に向かった。
「大丈夫かい!?」
しばらくして、タビアゲハが湖から上がってきて、「ゼエ……ゼエ……」と息を切らした。
「泳グッテ……難シイ……」
「……もしかして、泳げないの?」
女性に聞かれて、タビアゲハは何も言わずにうなずいた。
目線をそらしたまま話を聞いていた坂春は、バックパックの中から何かを取りだした。
「あたしも水着を持ってくれば、レクチャーしてあげていたけどね」
浮き輪をつけたタビアゲハが泳ぐのを見ながら、女性はため息をついた。
「おまえはここで泳ぐのか?」
バックパックを閉じながら坂春がたずねる。
「仕事が暇な時はね。それにしても、じいさんっていつも浮き輪を持ち歩いているの?」
「まあ、よく海にいく機会があるもんでな」
「がっつり泳ぐ派?」
「がっつり波に乗る派だ」
その言葉が想像できなかったのか、警戒心を解いてくれたことに安心したのか、はたまた浮き輪と関係ないと思ったのか、女性は声に出して笑った。
「そんなにおかしいか?」
「あははは……じいさん、以外と若いなって思ってさ」
坂春は言い返すこともなく、タビアゲハよりも奥にいる者に目線を向けた。
ラクダの変異体は、相変わらず顔を水につけるという行動を繰り返していた。
「あんたの仕事仲間は……何をしているんだ?」
その言葉に、女性は顔から笑みを消し、目線を下にした。
「……すまなかった。忘れてくれ」
坂春はそう言って、ラクダの変異体を視界から外した。
隣の女性は、頬を上げて作り笑いを見せた。
「変異体は、突然変異症によって異形の姿になった元人間……だけど、人によっては人間の知能の一部分を失ってしまうって聞いたことがある。多分あいつもそうなんだろうね」
坂春はため息をつくと、女性に顔を向けた。
「……さらに踏みこんでしまうが、あいつが人間だったころは話せるか?」
「話そうにも、あたしは知らないよ。たまたま砂漠をうろついていたあいつを引き取っただけだからさ」
そういいながら顔を上げたとき、
女性は目を丸くした。
先ほどまで浮き輪を付けていたタビアゲハが、
浮き輪を外して泳いでいる。
不要になり、ただ浮かぶだけの浮き輪の側で、
黒い影は、イルカのようなバタフライで水をかき分ける。
目を離している間に、そこまで上達していた。
「ラクダサンニ教エテモラッタノ」
街に戻り、ラクダの変異体から3人が降りた時。
女性に先ほどの上達の理由を聞かれたタビアゲハはそう答えた。
「こいつに? あんた、冗談がうまいね!」
信じられないように笑う女性に対して、タビアゲハは「本当ダケド……」と控えめに真実を主張した。
ここまでの運賃を払おうと財布を取り出そうとした坂春は、
あるものを見て、動きを止めた。
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