化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、空を飛ぶ。【後編】

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「僕がこのような姿になったのは、昨日の夜でした」

 ゴンドラの中で、少年は背中を曲げて膝に腕を置きながら、話し始めた。

「寝巻に着替えていたら、急に足が変化してしまって……それを僕の足を母さんに見せた時……母さんはすごい形相で悲鳴を上げて、白目で気を失ってしまった。その悲鳴で近所の人が集まってきて……僕は仕事中だった父さんのズボンを取り出して、逃げ出したんだ」

「……ほう」「……」

「朝になって……町のみんなが僕を探していることに気が付いて、僕は何をすればいいのかわからなくなった。その時に考えたのが……僕の夢だったんだ」

「……」「夢?」

「……空を自由に飛びたい。それも、飛行機とかを使わずに、自分の力で……」

 そう言いながら、少年はズボンのベルトを脱ぎ始めた。



 現れたのは、寝巻と思われるハーフパンツ。

 そして、鳥類の持つような巨大な翼が生えた太ももだった。



「この足をチラリとみて、その夢が果たせるんじゃないかって……思って、とにかく高いところに向かっているんです。だけど、そんなことをしたら、姿を見られてしまいます。だから、これが最初で最後だって思っていて……」

「別に最後と思わなくていいんじゃないか?」

「え?」





 やがて、ゴンドラは山の頂上のゴンドラ乗り場に止まった。

 だぶだぶのズボンの少年、坂春、タビアゲハと呼ばれていたローブの少女が下りてくる。

 階段を駆け上がる少年を見て、年のせいなのか、少しだけ憂鬱ゆううつそうにため息をつく坂春。
「ネエ坂春サン、チョット頼ンデモラッテイイ?」
 そんな坂春に、タビアゲハは話しかけた。
「……? どうした、急に改まって……」
「……アノネ」





 展望台の外側に設置されているラウンジ。

 その手すりをつかんで、ハーフパンツ姿の少年は空を見ていた。

「……本当にだいじょうぶなのか?」

 坂春の声を聞いて、少年と……背中に背負われているタビアゲハが振り向く。
 タビアゲハは少年の胴体とロープで縛られていた。
「はい、なんというか……この足が大丈夫だよって、教えてくれているみたいに感じるんです。それに……タビアゲハさんって意外を通り越すほど軽いんですよ。まるでリュックサックを背負っているかのようです」
 少年はリュックサックを背負い直すかのように肩を上げて落とした。
「……私ッテ、ソンナニ軽イノ?」
 首をかしげるタビアゲハに、坂春は笑みを浮かべてから後ろを振り返る。
「今、展望台はあるミュージシャンのライブで盛り上がっているところだ」
 そう告げて再び少年を見て、「いいか、絶対に降りるところを目撃されるなよ?」と念を押す。

 少年はうなずいて、タビアゲハを背負ったまま手すりを飛び越して、



 飛び降りた。



 坂春が手すりから下をのぞこうとした時、



 少年が勢いよく羽ばたき、飛び上がっていった。





 少年とタビアゲハは雲の中を突き抜け、



 気がつけば雲の上にいた。



 少年は両足でYの形を作り、翼を広げた。



 翼はハンググライダーの役割を果たし、



 少年は雲に向けて体を傾けた。



 少年とタビアゲハは雲の中を突き抜け、



 気がつけば小さな町の上空にいた。





 上空で空を飛ぶ少年と、その背中のタビアゲハ。



 その姿は、地上からみても米粒にしか見えない。



「スゴイ……チョット息ガ苦シイケド……」

「もうちょっと、下げましょうか?」

「ウウン……ココカラナラ、町ノ全体ガ見エルカラ……」

「そうですか。あ、あの町……あれが僕の住んでいた町なんです。ここから見たらなんともちっぽけな町だなあ……」

「ソウイエバ、ゴンドラノ中デ言ッテタケド……ドウイウ意味ナノ?」

「僕のこの足……変異した部位は……耐性のない普通の人が見ると恐怖の感情を呼び起こしてしまうみたいなんです。たとえ美しい造形だったとしても、耐性がなければ恐怖に思ってしまうそうで……」

「シッテル。気ニナッタノハ、高サガドウトカ言ッテイタコトダケド……」

「変異した部位による恐怖の感情の影響は、肉眼から見えている大きさや、変異している範囲などにより変わるんです」



 背中のタビアゲハは、ローブからはみ出ている自分の手を見る。



「ローブカラ手ガハミ出テイルノニ、変異体ッテバレナイノハ……」

「変異した部位の大部分を隠せているから、影響が少ないんですね。僕の場合は、ここまで高いところにいるわけだから、地上から見ても米粒ぐらいだから遠近法で影響はない……らしいです」

「……人ガ飛ンデイル時点デオカシクナイ?」

「……坂春さんはUFOととらえてくれるから多分だいじょうぶって言ってましたけどね」



 少年は空の上で笑う。



 その振動が、タビアゲハの体も揺らす。



「……キミッテ、本当ニ空飛ブコトヲ夢ミテイタンダネ」

「え?」

「ダッテ、ゴンドラノ中デハビクビクシテタ」

「……確かにそうですね。でも、なぜか……まだ満足していないような……」

「マダ見タリナイ?」

「そうですね。例えば……都会……さまざまなビルを見たり、大きな川……海とどうつながっているのかを見たい……ほかにも…….いっぱい……」

「私モ見タイ……マダ見タリナイ……」

「……タビアゲハさんって…….旅をしているように見えるけど……もしかして……」

「ウン、世界ヲ見テ回リタカッタノ。実際ニ旅ヲシテ、コノ触覚デ感シタカッタ。旅ニ出ル前ハボンヤリトシテイタケド、タッタヒトツノ夢ダッタ。ソレガ本当ニ旅ガ出ルコトガ出来タトキ……コレカラノコトガ次々ト思イ浮カンダ」



 空の上の沈黙。



 しばらくして、少年は口の力を抜いた。



「……そっか、そういうことだったんだ……」

「エ?」

「……いや、なんでもない」



 少年はまた笑って、タビアゲハを揺らした。





 少年とタビアゲハは、森の中に降り立っていた。

「タビアゲハさん、ありがとうございました」

 ヒモをほどき、タビアゲハを解放しながら少年は礼を告げた。
「……私、タダ乗セテモラッタダケダケド」
「いえ、あなたのおかげで気づけたんですよ、これからのこと。それから、坂春さんにもよろしくって伝えてください」
 少年はヒモを胸ポケットにしまうと、翼を羽ばたかせ始めた。
「……」
 タビアゲハは何かを言おうとして、それが何かを忘れたように首をかしげる。
「それでは、僕はさっそく飛んでいきます。いろんなところを飛びたくて、ウズウズしているので」

 そう言い残して、少年の足は羽ばたいた。





 タビアゲハのローブを、





 周りの草を、揺らしながら、





 少年は飛び上がり、天高く羽ばたいていった。










「……ア」



 タビアゲハは忘れていたことを思い出し、口を手で隠した。



 彼女がいる森の中は、坂春がいる展望台から遠く離れている場所だった。



 飛んでいった少年は、すでに豆粒になっていた。
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