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化け物バックパッカー、大雨の結婚式に出席する。
しおりを挟む波紋が、足首のすぐそばで広がった。
目の前は、大量の雨が降り続ける。
その雨は、浅い川を作っていた。
道路を飲み込み、排水溝へむかって流れていく。
その中で、足首を雨水につかせて立っている女性がいた。
白いウェディングドレスを着て、
頭のフーケをぬらしながらも、
彼女は待っていた。
人気のない、寂れた教会の前で。
「お嬢さ……じゃなかった、“タビアゲハ”、あの教会で雨宿りするぞ」
雨音に混じって、老人の声が聞こえてきた。
じゃぶじゃぶと、水をかき分ける音。それもひとりではない。かき分ける音が二重に聞こえてくることから、ふたりである可能性が高い。
やがて、ふたりの人影が見えてきた。
ひとりは折りたたみ傘を差している老人だ。若者が好みそうな服装で、背中にはバックパックが背負われている。俗に言うバックパッカーである。
もうひとりはローブを全身に着込んだ人物。顔はフードで隠れて見えないが、ぬれたローブは微妙に女性のシルエットを写している。老人と同じように、背中にバックパックを背負い、手には折りたたみ傘を差している。
「坂春サン、アソコニ……ヒトガ……」
ローブを着た人物が、教会の前に立つ人物を指さした。それとともに、奇妙な声が響く。
「あの格好……なぜか露出が少ないが、花嫁に違いないな」
「ハナヨメッテナニ?」
「結婚式のカップルの女性の方だ。それにしても、この大雨で結婚式が中止になったんだろうに、相手を待っているのか……」
坂春と呼ばれた老人は花嫁の前に立つと、声をかけた。表情は親切そうに努力しているようだが、顔が怖いので逆効果になっているように見える。
「ちょっとそこの花嫁さん、ここではせっかくのドレスが台無しですぞ。雨宿りしてはいかがですか?」
花嫁は坂春とその後ろのローブの人物を見つめたが、すぐに首を振った。
「いえ、彼と待ち合わせをしていますので」
「そうは言っても、せめて中で待たれるのはいかがですかな?」
坂春が教会の扉を指さしても、花嫁は首を振るだけだった。
「……」
ばしゃ
ばしゃ
「!!」
水のはねる音。
それを聞いた花嫁は、音の聞こえる方向を見つめた。
現れたのは、びしょぬれのタキシードを来た男性だ。
「彼が花婿か?」
坂春の声にも応えずに、花嫁はドレスの裾を上げ、花婿の元へ走ろうとした。
「……あ」
花嫁はバランスを崩し、前のめりに倒れようとした。
その腕をつかみ、花嫁が倒れるのを防いだのは、タビアゲハだった。
花嫁はじっと雨水を見つめ、まるで絶壁から落ちそうになっていたように息をきらしていた。
「……?」
タビアゲハは首をかしげる。まるで、何かの違和感を感じたように。
「だ、大丈夫!? 傷はないかい!?」
花婿が足元の雨水をかきわけ、花嫁の手を握った。
「ええ、このお方のおかげで命びろいしましたわ」
花婿はタビアゲハを見ると、
「キャッ!?」いきなりタビアゲハの手をガッシリとつかみ――
「僕の婚約者を助けていただいて本当にありがとうございましたあ!!!」
――手を思いっきり上下させた。
「このご恩は、このご恩は一生忘れたりいたしません!!!」
「アウアウアウアウアウアウ」
あまりの激しさに、タビアゲハは人とは思えない声を漏らしていた。
「ちょっといいか、おふたりさん。その礼儀正しさは認めるが、そんなことよりも避難したほうがよいのでは?」
「!! そうだった! さっそく結婚式を上げなくては!」
「でも、牧師さんはどうしましょうか……この大雨では、きっと帰られていられるかと……」
ふたりはタビアゲハを見つめると、互いに見つめ合い、「そっか」と声を合わせてつぶやいた。
そして花婿は坂春の方を向いた。
「すみません、あのローブを被った女の子と一緒に行動しているんですか?」
「は……はあ、そうですが……」
「それなら好都合です! どうか、僕たちの結婚式の立会人と牧師の役をやっていただけないでしょうか!?」
「い、いやそれはちょ」
坂春の返答を待たずに、花婿と花嫁は彼の腕を引っ張り、教会の扉を開けて中に入っていった。タビアゲハも慌てて後に続く。
教会の中は、雨宿りには適していなかった。
足首まで水が浸水している。
その目の前にある祭壇のすぐ上の天井だけが、穴が開いている。ちょうど新郎新婦が誓いの言葉をかける場所に、雨が降り注いでいる。
「……これじゃあ外とあまり変わりませんな」
坂春は足首の雨水をかき分けながら進んだ。
「いえ、これでいいのです……扉は開けたままにしてください」
「さあ、この聖書を読み上げてください。赤い線で引かれたところだけでいいのでお願いします」
花婿はビニールに包まれた聖書を坂春に渡した。
「本当はいち早く安全なところにいきたいんだが……なかなか断る隙を与えてくれませんな。こんな日に結婚式をするなんて、変わり者しかいませんよ」
「イイト思ウヨ、私モ大雨ノ結婚式、見テミタイ」
「……変わり者はこっちにもいたな」
呆れた目線を向ける坂春に、後ろにいるタビアゲハはほほえみ、その奇妙な声で「ミンナ、変ワリ者ダヨ」と返す。
その奇妙な声は、他人が聞くと寒気が起きるほどの恐怖を呼び起こすような声だが、坂春、およびふたりのカップルは気にすることはなかった。
花嫁と花婿は互いに手を組み、雨水がなければバージンロードが敷かれている場所にふたりで立っていた。
「それでは、そろそろ始めていいですか?」
花婿が確認を取るように後ろを振り向くと、坂春とタビアゲハは同時に右手を挙げた。
すぐにタビアゲハの方が手を坂春の方に向ける。坂春の後でいいという意味なのだろうか。
「ちょっと質問していいですかな? まさか俺まで雨に打たれるということはないですよね?」
「ああ、傘を差しっぱなしで結構ですよ。そちらの化け……黒いローブを着た方も質問がありますか?」
「ウン……私……ナニシタライイノ?」
「うーん、そうですね……」
花婿がアゴをなでて考えていると、花嫁が何かを思いついたように目を見開き、ならぶ席を指さした。
「それでしたら、席に座って私たちの誓いを聞いてくださいますか?」
「チカイヲ聞ク……ソレッテ、フタリノ言葉ヲ聞クコト?」
「はい。私たちの決意を見届けてくれる第三者がほしいのですが、引き受けていただけますか?」
タビアゲハはうなずき、一番前の席に向かって雨水を足でかき分けていった。
「……俺は無理やり参加させられたんだが、なんで扱いが違うんだ?」
坂春は祭壇の前に来ると、左手で聖書を開いた。降り注ぐ雨は右手の折りたたみ傘によって防がれている。
花嫁と花婿は、バーシンロードを歩き始めた。
席に座っているタビアゲハはふたりを追いかけるように首を動かす。一種のあこがれを抱くように、口を開いていた。
ふたりが坂春の前にたつと、坂春は聖書を朗読し始めた。普通の結婚式においての朗読とは違い、内容の一部が飛ばされている。花婿の言うとおりに赤い線で引かれた部分のみを読んでいるのだろう。
誓いの言葉が交わされ、坂春は聖書を閉じた。
「これで……私たちは夫婦なのですね……」
花嫁は、着ているウェディングドレスを脱ぎ始めた。
「ああ、これで僕たちはいっしょさ……永遠に」
花婿も、そのタキシードを脱ぎ始める。
「……!?」「……!?」
坂春とタビアゲハは何をしようとしているのかを理解できないまま、ふたりを見ていた。
「内臓も脳も液体になって……首から下の肌が液体を保護するためのガラスになったあの日……」
白いウエディングドレスが雨水に浮かんでいる。
「他人から恐怖の目で見られるようになったあの日に、僕たちは出会ったんだ」
タキシードが、雨水に捨てられる。
ふたりの首から下は、人の形をしたガラス体だった。
そのガラス体の中には、花嫁は桃色の、花婿は水色の液体が入っている。
ふたりの手には、いつの間にかケーキの入刀に使うナイフが握られていた。
「そして今日、閉じ込めるガラスから抜け出して、私たちはひとつとなる」
「ひとつとなった僕たちは、雨水とともにながれ、蒸発して空にいく」
ふたりは唯一人間のままである頭部の唇でキスをする。
その腹には、互いに相手のナイフが刺さっている。
同時に引き抜くと、ドボドボと、液体が流れ落ちていく。
液体がすべてなくなった瞬間、ふたりの体は離れ、仰向けに倒れる。
ガラスの割れる音が聞こえ、ガラスの破片が浮かび上がってくる。
「ようやくわかったぞ……この大雨の結婚式を挙げたかった理由がな……」
「キット……待ッテイタンダヨ。コノ日ヲ」
2色の液体は、雨水の中で違いに混ざり合った。
スミレ色となったその液体は、雨水に揺れられ出口に向かう。
その姿が見えなくなるまで、ふたりのバックパッカーは拍手を止めなかった。
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