化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、バラの花屋の店番をする。[後編]

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 その花屋は、バラしか売っていなかった。

 バラという統一感の中で、色とりどり花の個性が引き立てられている。



「……遅いな」

 店内でスーツ姿の男は腕組みをして待っていた。

 ガラガラ

 奥の障子しょうじから、ローブを着込んだ少女が現れた。
 無論、中身はバラの変異体の操るマネキンではなく、変異体の少女本人である。背中にあったバックパックは和室に置いてきている。

「……」
 変異体の少女は奇妙な声帯を出さずに、口を閉じたまま。
「あ、来た。昨日までお店が休みだったから、心配していましたよ。お母さんの具合は良くなりましたか?」
 男はいかにも常連客らしく気さくな態度で話しかけてきた。4日間の休みの理由なのだろう。少女もすぐに納得したようにうなずいた。
「それならよかった。それじゃあさっそくあの白いバラを……」
 突然、男は会話を止め、少女を見つめた。

 目線はつま先、膝、腹、胸、肩、首、頭についたら折り返し、つま先に戻ってくる。

「……なんか、背が縮んでいません? 10センチぐらい」
「……!!」
 たった10センチの違いでも、常連客の目からみれば異質に見えたのだろうか。
 変異体の少女は慌てたのか、自分の体のあちこちを見回す。無意味な行動を見て、男は目を細めた。



「今まではシークレットブーツだったんですよ。母親の看病で動きやすくするために、今は履いていないだけです」



 店内に聞こえてきた声に、男は振り返った。
 入り口には老人……坂春が立っていた。坂春のフォローに、変異体の少女は胸を下ろす。
「あなた、常連客ですか?」
「まあ、そんなところですな。それはともかく、何か注文するのでは?」
「そうだった。あの白いバラで花束を作ってもらえませんか?」
 少女はうなずき、壁に掛けられている白いバラを数本取り出す。すると、和室の中へと引きずり込まれるように入っていく。



 坂春は少女の行動に疑問に思ったのか、奥の障子をじっと見つめていた。
「母親にバラを渡しに行ったんですよ」
 男はレジの側に置かれているカルトン(お金を置くトレーのようなもの)に代金を置きながら説明した。
「……ああ、なるほど。店番は娘、花束を作るのは母親……ということですか」



「あのー、一応なんですよね?」



 坂春の頬に、汗が流れる。
「ちょ……ちょっと最近ボケてきましてな」
「その割には、シークレットブーツのことを指摘しましたよね?」
 近寄る男に対して、坂春はため息をついた。
「あまり……周りには言いふらさないでくれますか」
「?」



「あの子は俺の孫娘なんですよ。今日入店するのは初めてなんですがね」



 少女は白いバラの花束を持って、男の元へやって来た。
「……」
「……ああ、すみません。代金はいつものところに置きましたから」

 男は少女から花束を受け取る時、少女の耳元に頭を近づけた。
「あなたのおじいさん、なかなか孫思いじゃないですか。だいじにしてあげてくださいね」
 そうささやき、男は店内から立ち去った。

「……ふーう」
 男が見えなくなると、坂春は額の汗をぬくいながらその場に座り込んだ。
「オジイサン……大丈夫……?」
「ああ……ちょっとハッタリをかますのに疲れただけだ」





 2人が和室に戻ってくると、変異体の少女よりも10センチほど高いローブを着たマネキンが立っていた。
 先ほどとは違い、首がある。

「オツカレサマ。本当ニ助カッタワ」
 バラの変異体がねぎらいの言葉をかけると、坂春はため息をついた。
「なあ、おまえが花束を作ること、どうして教えてくれなかった? おかげで余計な理由を付ける羽目になったんだが」
「ゴメンナサイ、スッカリ忘レテイタノ。ダカラ彼女ヲツタデ引ッ張ッテキタワ」
「……お嬢さんも知らなかったのか」
 変異体の少女は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「アノ時心臓ガ止マルカト思ッタ」
「マア、アナタ達ガ頑張ッテクレテイル間ニ首モ見ツカッタカラ、モウ一安心ヨ。本当ニアリガトウネ。女ノ子ニオジイチャン」
「……やっぱり別の言葉にすればよかった」
 バラの変異体はクスクスと笑う。

「“バラ”ノ“トゲ”ハ視界カラ外レタ時ニ刺サルノ。デモ刺サッタカラッテ落チ込ンデモ仕方ナイデショ? 刺サル未来ナンテ分カルハズモナインダカラ」





 花屋を立ち去り、歩道を渡る2人。
 変異体の少女は何回か首をかしげた後、坂春に尋ねる。
「ネエオジイサン、アノ刑事サンニナンテ言ッタノ?」
「あのバラが言っていた言葉通りだ」
「孫思イ……オジイサンッテ、孫イルノ?」
「そういうことでいい」
 それでも納得していない様子で、少女は再び首をかしげていた。



 突然、2人は歩みを止めた。



 向こうから、花屋を訪れていたスーツ姿の男が歩いてきた。



 既に2人に気づいている様子だ。



「やあ、先ほどぶりですね」
「……」「……」
「そのローブを着ている彼女は……変異体ですよね?」
 見つめてくる男に対して、変異体の少女はおびえるように坂春の後ろに下がった。
 坂春は下ろしている両手の拳を硬く握った。





「あの、よろしければそのローブをどこで入手したのかを教えてくれませんか? したいので」

「ん?」「エ?」





 数分後、男の目の前で坂春と変異体の少女は、口を開けて硬直していた。
「え……えっと……」
 坂春が困惑した口調で話す。
「あなたはコスプレが趣味で、刑事のコスプレを?」
「実はそうなんですよ……初めてあの花屋に来たときにこの格好で来たんですが……調子に乗って刑事と名乗ったもんだから……」
「……モシカシテ、通報スルツモリハナイノ?」
「はい! 僕は小さいころから、変異体を見て怖いと思ったことがありません。特別な理由がない限り通報はしませんよ」
 それを聞いて、2人は力が抜いたように大きなため息をはいた。
「俺たちはなんのために芝居していたんだ……」
「マ……マア、オ花屋サンガ捕マルコトハナイカラ、ヨカッタ……」
 その時、変異体の少女は向こう側の歩道を歩く人影を目撃した。

 コスプレ男が来ていたスーツと同じ物を来た男。

「あ、あの人は本物の刑事ですよ。なんて言ったって、僕の着ているコスプレの元ネタになった人ですから!」
 コスプレ男の話を聞いて、2人は互いに見合わせた。
「オジイサン、アノ方向ッテ……オ花屋サン……」

「大丈夫だ。マネキンが直っているから接客はできるだろう。だが、万が一のことを考えると、ここまで飛び火が来るかもしれん……」

 坂春は、花屋から離れるように走り始めた。
「マ、待ッテヨオ!」
「あ、ちょっと待ってください!! せめてそのローブ、お孫さんのローブの情報だけでも!!」

 3人は、駅に向かって一目散に走り出した。
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