化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、バラの花屋の店番をする。[前編]

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 街に咲く、バラ。



 色とりどりのバラが、小さな花屋を囲む生け垣にきれいに並べられている。



 そのバラに触れる、影のように黒い手。



 感触を確かめているのだろうか、



 深紅のバラをなでるように触るその手は、鋭い爪が特徴だった。



 手は花びらから茎へと移動する。



 綺麗きれいなバラには、トゲがある。



 茎に隠れていたトゲに触れた瞬間、手はバラから離れる。



 指先からは、墨汁のように真っ黒な液体が出ていた。



 一滴、一滴、



 道路に落ちていく。





 とある街にある花屋。

 その横にある、バラの生け垣の前に立っている2人の人物がいた。

 ひとりは黄色いデニムジャケットを着ている老人、もうひとりは黒いローブを見に包んだ少女。
 ふたりとも、黒いバックパックを背中に背負っていた。俗にいうバックパッカーである。

「イタタタ……」
「お嬢さん、トゲにでも刺さったのか……くくっ」
 指を押さえているローブの少女に、老人は笑いをこらえながら話しかけた。
「ナンデ笑ッテルノ?」
 ローブの少女は変わった声帯であるものの、そのニュアンスは怒りは感じられず、純粋な少女が質問しているようだ。
「いや、確かにトゲが刺さったのは笑い事じゃないんだが……お嬢さんがのがツボにはまってな……くくくっ」
 この老人、笑みは浮かべているが、顔が怖い。
「……“ツボ”ッテナアニ?」
 少女が首をかしげる。表情はフードで隠れて見ることができない。
「まあ、それはいいとして……お嬢さん、トゲが刺さったままだが大丈夫か?」
「別ニ平気ダケド……一応“坂春サカハル”サンノ手当テヲ見テタカラ、ソノヨウニスルネ」
 ローブの少女はその場に座り込み、背中のバックパックを下ろし、中から救急箱を取りだした。
 箱を空け、中からピンセットを取り出し、それで指先に刺さっているトゲを抜く。傷口から黒い液体が数滴あふれ出たかと思うと、それはすぐに塞がった。
 ピンセットを仕舞おうとしたとき、謝って救急箱を落としてしまった。その中に入っていた包帯が、救急箱から飛び出して地面を転がって行く。
「ア……待ッテ……」
 ローブの少女は、生け垣の下を転がっていく包帯を手に取ろうと手を伸ばした。

 ズルル

 少女の姿は、生け垣の下に吸い込まれた。
「お嬢さん!?」
 “坂春”と呼ばれた老人はしゃがみ込み、生け垣の下をのぞき込む。



 そこから茎のようなツタが現れ、坂春の腕に巻き付いた。

「ぬぅぉ……」



 坂春の姿は見えなくなった。





 生け垣の内側にあるのは、緑豊かな縁側。

 ほとんどの窓はカーテンが閉められており、施錠されている。

 その中に、わずかな隙間が空いているき出し窓(下部分が床に近い、レール上を水平移動させて開閉する窓)がある。

 そこに坂春が吸い込まれていった後に、掃き出し窓は完全に閉まった。





「うおっ!?」

 部屋の中に、坂春はたたきつけられた。
「坂春サン、大丈夫!?」
 少女の声が近寄ってくる。
「う……うむ、少し乱暴に投げられたが、大丈夫だ。それにしても、ここは……」



 坂春とローブの少女が連れてこられた場所は、極普通の和室の一室のだった。

 壁や天井に、バラとツタが浸食しているのを除けば。



 辺りを見渡しているローブの少女の後ろに、ツタが伸びてくる。そのツタは器用にフードをつかむと、優しく下ろす。
「……!!」「!?」
 ツタに気づいた2人は後ろを振り返った。

 壁のツタに生えた、3輪のバラ。その内の2論は人間の目玉が埋め込まれており、2人を見つめている。その下の1輪のバラは、上下に裂けて口の形を作った。“変異体”と呼ばれる、化け物だ。

「アラカワイイ。デモ何カガ足リナイノヨネエ……純粋スギテ、トゲガ見当タラナイ」
 バラの変異体は少女の表情を観察しながら、彼女の頭を撫でる。
「……俺たちに何かようがあるのか?」
「ヤッパリ怖ガラナイノネ。マア、コノ子ト一緒ニ行動シテイルカラ、トウゼンカシラ」

 ローブを下ろされている少女の目は、触覚だった。本来眼球が有るべき場所から、青い触覚が生えている。それは少女の困惑する瞬きに合わせて、出し入れしていた。少女も変異体だ。

「怖ガラナクテモイイノヨ。アタシハアナタニ頼ミガアルノ」
「タ……頼ミッテ……ナニ?」
 変異体の少女が尋ねると、バラの変異体は静かに笑い、ツタを動かした。
 和室を仕切る障子しょうじが開き、そこから黒いローブを被った人物が歩いてきた。変異体の少女と比べると、10センチほど高い。
「このローブ……お嬢さんに着せているものと同じだな」
「デモ……ナンダカ首ガ……」
 ローブのフードが、つぶれたように垂れている。
「ウン、店番用ノ人形ナンダケド……首、ドッカ行ッチャッタノヨネ」
「エ!! 死ンデル!?」
「そんなことはない。あいつはただのマネキンだ。それに見てみろ」
 坂春が指さすマネキンの足元には、ツタが入り込んでいる。ツタが動くと、首なしマネキンは右手を挙げた。
「ヘエ、案外勘ガ冴エテイルネエ。オジイチャンダカラ、ボケテイルカト思ッタワ」
「あいにくだが、まだまだ若い者には負ける気はないものでな。それで頼みというものはなんだ? まさかその首を探してくれと言うんじゃないだろうな?」
 坂春が尋ねると、バラの変異体がクスクスと笑い始めた。
「オジイチャンニ用ハナイワ。心配シナイヨウニ連レテキタダケ。用ガアルノハコノ子」
 バラの変異体はマネキンを少女の前に立たせ、彼女の肩にツタを置いた。

「アタシガ首ヲ探シテイル間、店番ヲシテクレナイ?」

 変異体の少女は意味を理解できていないのか、触覚を出し入れしていた。
 坂春は納得していないのか、眉をひそめた。
「店を休みにすることはできないのか?」
「モウ昨日デ四日目ヨ。前マデハオ隣ノオモチャ屋サンガアッタケド、一週間モ休ミヲ取ッテタ。ソノ翌日ニ警察ガ突入シテ、店主ノ変異体ガ捕マッタ……コレヲ聞イタラ用心セザルヲ得ナイデショ?」
「警察が突入するのは、前から目を付けられていたとしか考えられないが……その心当たりはあるのか?」
「エエ、ココノタッタ1人ダケノ常連客ガネ、刑事ナノ」
「……」「……!」
 変異体の少女はようやく事情を理解し始めたのか、口に両手を当てて青ざめた。
「変異体ガイルト思ワレタラ、捕マッチャウ……」
「この子に用があると言っていたことは、俺が店番をしたとしても不都合なんだな?」
「エエ、コノ辺リデハ、アタシハ人間恐怖症デ姿ヲ隠シテイルコトニナッテル。店番ハ、言葉ノ話セナイ人見知リノ娘トイウ設定ナノ」
「ダカラ……同ジヨウナ体形ノ私ヲ……」
「コンナガタイノイイ、オジイチャンダッタラスグニ分カルデショウ?」
 バラの変異体が冗談を交えて説明しているときだった。

「あのー、今日は開いているんですかー?」

 男の声が聞こえてきた。
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