14 / 162
化け物バックパッカー、バラの花屋の店番をする。[前編]
しおりを挟む街に咲く、バラ。
色とりどりのバラが、小さな花屋を囲む生け垣にきれいに並べられている。
そのバラに触れる、影のように黒い手。
感触を確かめているのだろうか、
深紅のバラをなでるように触るその手は、鋭い爪が特徴だった。
手は花びらから茎へと移動する。
綺麗なバラには、トゲがある。
茎に隠れていたトゲに触れた瞬間、手はバラから離れる。
指先からは、墨汁のように真っ黒な液体が出ていた。
一滴、一滴、
道路に落ちていく。
とある街にある花屋。
その横にある、バラの生け垣の前に立っている2人の人物がいた。
ひとりは黄色いデニムジャケットを着ている老人、もうひとりは黒いローブを見に包んだ少女。
ふたりとも、黒いバックパックを背中に背負っていた。俗にいうバックパッカーである。
「イタタタ……」
「お嬢さん、トゲにでも刺さったのか……くくっ」
指を押さえているローブの少女に、老人は笑いをこらえながら話しかけた。
「ナンデ笑ッテルノ?」
ローブの少女は変わった声帯であるものの、そのニュアンスは怒りは感じられず、純粋な少女が質問しているようだ。
「いや、確かにトゲが刺さったのは笑い事じゃないんだが……お嬢さんが垂直に飛び上がったのがツボにはまってな……くくくっ」
この老人、笑みは浮かべているが、顔が怖い。
「……“ツボ”ッテナアニ?」
少女が首をかしげる。表情はフードで隠れて見ることができない。
「まあ、それはいいとして……お嬢さん、トゲが刺さったままだが大丈夫か?」
「別ニ平気ダケド……一応“坂春”サンノ手当テヲ見テタカラ、ソノヨウニスルネ」
ローブの少女はその場に座り込み、背中のバックパックを下ろし、中から救急箱を取りだした。
箱を空け、中からピンセットを取り出し、それで指先に刺さっているトゲを抜く。傷口から黒い液体が数滴あふれ出たかと思うと、それはすぐに塞がった。
ピンセットを仕舞おうとしたとき、謝って救急箱を落としてしまった。その中に入っていた包帯が、救急箱から飛び出して地面を転がって行く。
「ア……待ッテ……」
ローブの少女は、生け垣の下を転がっていく包帯を手に取ろうと手を伸ばした。
ズルル
少女の姿は、生け垣の下に吸い込まれた。
「お嬢さん!?」
“坂春”と呼ばれた老人はしゃがみ込み、生け垣の下をのぞき込む。
そこから茎のようなツタが現れ、坂春の腕に巻き付いた。
「ぬぅぉ……」
坂春の姿は見えなくなった。
生け垣の内側にあるのは、緑豊かな縁側。
ほとんどの窓はカーテンが閉められており、施錠されている。
その中に、わずかな隙間が空いている掃き出し窓(下部分が床に近い、レール上を水平移動させて開閉する窓)がある。
そこに坂春が吸い込まれていった後に、掃き出し窓は完全に閉まった。
「うおっ!?」
部屋の中に、坂春はたたきつけられた。
「坂春サン、大丈夫!?」
少女の声が近寄ってくる。
「う……うむ、少し乱暴に投げられたが、大丈夫だ。それにしても、ここは……」
坂春とローブの少女が連れてこられた場所は、極普通の和室の一室のだった。
壁や天井に、バラとツタが浸食しているのを除けば。
辺りを見渡しているローブの少女の後ろに、ツタが伸びてくる。そのツタは器用にフードを掴むと、優しく下ろす。
「……!!」「!?」
ツタに気づいた2人は後ろを振り返った。
壁のツタに生えた、3輪のバラ。その内の2論は人間の目玉が埋め込まれており、2人を見つめている。その下の1輪のバラは、上下に裂けて口の形を作った。“変異体”と呼ばれる、化け物だ。
「アラカワイイ。デモ何カガ足リナイノヨネエ……純粋スギテ、トゲガ見当タラナイ」
バラの変異体は少女の表情を観察しながら、彼女の頭を撫でる。
「……俺たちに何かようがあるのか?」
「ヤッパリ怖ガラナイノネ。マア、コノ子ト一緒ニ行動シテイルカラ、トウゼンカシラ」
ローブを下ろされている少女の目は、触覚だった。本来眼球が有るべき場所から、青い触覚が生えている。それは少女の困惑する瞬きに合わせて、出し入れしていた。少女も変異体だ。
「怖ガラナクテモイイノヨ。アタシハアナタニ頼ミガアルノ」
「タ……頼ミッテ……ナニ?」
変異体の少女が尋ねると、バラの変異体は静かに笑い、ツタを動かした。
和室を仕切る障子が開き、そこから黒いローブを被った人物が歩いてきた。変異体の少女と比べると、10センチほど高い。
「このローブ……お嬢さんに着せているものと同じだな」
「デモ……ナンダカ首ガ……」
ローブのフードが、つぶれたように垂れている。
「ウン、店番用ノ人形ナンダケド……首、ドッカ行ッチャッタノヨネ」
「エ!! 死ンデル!?」
「そんなことはない。あいつはただのマネキンだ。それに見てみろ」
坂春が指さすマネキンの足元には、ツタが入り込んでいる。ツタが動くと、首なしマネキンは右手を挙げた。
「ヘエ、案外勘ガ冴エテイルネエ。オジイチャンダカラ、ボケテイルカト思ッタワ」
「あいにくだが、まだまだ若い者には負ける気はないものでな。それで頼みというものはなんだ? まさかその首を探してくれと言うんじゃないだろうな?」
坂春が尋ねると、バラの変異体がクスクスと笑い始めた。
「オジイチャンニ用ハナイワ。心配シナイヨウニ連レテキタダケ。用ガアルノハコノ子」
バラの変異体はマネキンを少女の前に立たせ、彼女の肩にツタを置いた。
「アタシガ首ヲ探シテイル間、店番ヲシテクレナイ?」
変異体の少女は意味を理解できていないのか、触覚を出し入れしていた。
坂春は納得していないのか、眉をひそめた。
「店を休みにすることはできないのか?」
「モウ昨日デ四日目ヨ。前マデハオ隣ノオモチャ屋サンガアッタケド、一週間モ休ミヲ取ッテタ。ソノ翌日ニ警察ガ突入シテ、店主ノ変異体ガ捕マッタ……コレヲ聞イタラ用心セザルヲ得ナイデショ?」
「警察が突入するのは、前から目を付けられていたとしか考えられないが……その心当たりはあるのか?」
「エエ、ココノタッタ1人ダケノ常連客ガネ、刑事ナノ」
「……」「……!」
変異体の少女はようやく事情を理解し始めたのか、口に両手を当てて青ざめた。
「変異体ガイルト思ワレタラ、捕マッチャウ……」
「この子に用があると言っていたことは、俺が店番をしたとしても不都合なんだな?」
「エエ、コノ辺リデハ、アタシハ人間恐怖症デ姿ヲ隠シテイルコトニナッテル。店番ハ、言葉ノ話セナイ人見知リノ娘トイウ設定ナノ」
「ダカラ……同ジヨウナ体形ノ私ヲ……」
「コンナガタイノイイ、オジイチャンダッタラスグニ分カルデショウ?」
バラの変異体が冗談を交えて説明しているときだった。
「あのー、今日は開いているんですかー?」
男の声が聞こえてきた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
No One's Glory -もうひとりの物語-
はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `)
よろしくお願い申し上げます
男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。
医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。
男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく……
手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。
採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。
各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した……
申し訳ございませんm(_ _)m
不定期投稿になります。
本業多忙のため、しばらく連載休止します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
潜水艦艦長 深海調査手記
ただのA
SF
深海探査潜水艦ネプトゥヌスの艦長ロバート・L・グレイ が深海で発見した生物、現象、景観などを書き残した手記。
皆さんも艦長の手記を通して深海の神秘に触れてみませんか?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
だが夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/sf.png?id=74527b25be1223de4b35)
転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる