22 / 22
ACT2 ようこそ、鳥羽差市へ
第16話 状況整理・裏側の世界の死体が行おうとしているのは?
しおりを挟む瓜亜探偵事務所に戻ってきたワタシたちは、応接間のソファーに腰掛け、互いに手に入れた情報を交換することにした。
「つまり、今日の夜にハナが行動を起こすということだな?」
リズさんから手に入れた情報をマウが伝えると、フジマルさんは手元のメモ帳で情報をまとめながら人差し指を立てた。
スマホの紋章ではなく、紙にシャーペンで記入する昔のメモ帳だ。
「うん。フジマルさんの方はどうなの?」
「ああ、イビルから手に入れた収穫は、主にふたつだ」
フジマルさんが取り出したのは、画用紙。
今日の喫茶店セイラムでフジマルさんが手にとっていた時は気がつかなかったけど、よく見るとこの画用紙、見覚えがある……
「イザホ、これって昨日の画用紙だよね?」
間違いない。
確認を取るマウに、ワタシはうなずく。
四つ折りにした跡に、中央には薄く左に向いた羊の頭の形の跡が残っていた。
あの時、ワタシとマウを裏側の世界に引きずり込んだ、羊の紋章の跡だ。
「紋章に埋め込まれている魔力には限りがある。しかし、紋章の種類によってはこのように跡が残ることも確認されている。この形の紋章は私も見たことがないから、後日、知り合いの紋章研究家に見せるつもりだ」
この画用紙が、裏側の世界に対する手がかりになるということだ。
ワタシの知らない裏側の世界が、わかるかもしれない。
「そしてもうひとつは……リズがハナを慰めに行く前の状況についてだ。イビルが頭の中で思い出してくれたんだ」
リズさんがウアさんの家に行くことになったきっかけは、おととい、ハナさんが店長のイビルさんに電話をかけたことだ。
電話の内容は、リズさんと話がしたいということだった。
喫茶店セイラムの常連客だったハナさんは、ウアの失踪以降まったく店に訪れていなかった。
電話に出た時、イビルさんは店に来ないかとたずねたが、そこまでの元気はないという。
ただ、ウアさんの友達であるリズさんに、話したいことがある。とても嬉しいことがあったから。
その言葉を聞いたイビルさんは、忘れないうちにリズさんに伝えておくといって、電話を切った。
「とても嬉しいこと……それは十中八九――」
「――ウアからの手紙だな」
これで話の裏が取れた。
ハナさんの元には確実にウアさんからの手紙が届いており、今日、ウアさんに会いに行くつもりだ。
……ただ、ウアさんに会いに行くことは、とても喜べることじゃない。
「イザホ、嫌な予感がするって顔、やっぱりしているね」
マウがワタシの表情を読み取って、代弁してくれた。
「“やっぱり”ということはマウも思っていたんだな。私も同感だ」
「うん。昨日出会ったウアさんは……とてもじゃないけど、人間とは呼べないよ。性格じゃなくて物理的な意味で」
昨日のウアさんは写真とは違って、肌が死人のように白く、眼球は紋章の入った義眼だった。
そしてなにより……ワタシはあの時、ウアさんの頭を蹴り飛ばした。
人間の脳は頭にあるけど、血液を送る心臓は胴体にある。
だから、頭を飛ばされると血液が脳に運ばれなくなって死んでしまう。
だけど、あの時のウアさんは首ごと蹴飛ばされて胴体と別れても、その胴体は意思があるように動いていた。
脳の機能は胴体にあるように。
「……今思えば、まるでイザホと同じ、紋章によって動く死体のようだった」
マウの言う通りだ。
ワタシは、人格が宿った死体という名の作り物。斧で顔面を割られたって平気だ。
さすがに首が飛んだら、見ることも聞くことも出来なくなるから困るけど、ただの死体には戻らない。
左胸に埋め込んだ紋章が傷つかない限りは。
ウアさんが首がなくても動けるのも、ワタシと同じ存在であると考えれば説明がつく。
ワタシを殺そうとしたことが本人の意思だったのかは、わからないけど……
ただわかっていることは、失踪する前は極普通の人間であったことだ。
「昼間に聞いた話を踏まえると、ウアは何者かに殺され、その死体にイザホたちを襲わせた……ということになるな」
「それじゃあ、今回の手紙は……」
「ああ、ウアの死体が母親のハナをおびき寄せ、イザホたちと同じように裏側の世界に引きずり込む……それが目的である可能性は高いな」
思わず何も持っていない左手を握ると、ウアさんの右手をつかんだ感覚が蘇ってきた。
「それなら、ハナさんが殺される可能性だって大きいってことだよね? 第一、イザホも殺されそうになったし……」
「そうと見ていいだろう。しかし、ハナの精神上、直接止めることは難しそうだ」
そこまで言って一息つくと、フジマルさんは立ち上がり、横にある事務机からホワイトボードのようなものを取り出した。
「ここまでの情報を、いったん3行にまとめてみよう」
そのホワイトボードにフジマルさんは油性ペンで記入し、テーブルの上に置いた。
・ウアは既に何者かによって殺されており、その死体にイザホたちを襲わせた。
・ハナに届いた手紙によれば、今日の夜、ウアに会いに行けるらしい。
・ウアの死体に殺意があれば、ハナの命が危ない。
「それじゃあ、これからなにをするの?」
マウが質問すると、フジマルさんは「いい質問だ!!」と指をさした。
「ハナを止め、裏側の世界に通じる紋章の場所を把握する。それが現時点での最善策だ! それを実行するためには、まずハナはどこでウアの死体と会おうとしているのかを突き止めることだ!」
それでも、どうやって突き止めるのだろう? ハナさんは、今日の夜にウアさんの死体に会おうとしているのに……
思わず首をかしげていると、フジマルさんは自身のスマホの紋章を操作して、ワタシたちに見せた。
スマホの紋章から映し出されるモニターには、会社のビルだった。
「これって……“阿比咲クレストコーポレーションの本社”?」
たしか、ハナさんは会社の社長だったはずだ。
「ああ! この会社の終業は18時頃。ハナの役職を考えればもっと時間がかかるかもしれない。しかし、ハナは社長としてはプライベートを持ち込まないから、終業以前に早退するとは考えにくいだろう!」
続いてフジマルさんは、会社のビルの画像に指さした。
「そこで我々は18時までに会社の前で車を待機させ、ハナが出てくるのを待つ。ハナは自動車で退勤をするから、その後を尾行する!」
「要するに、尾行してハナさんがウアさんと会おうとしている場所を突き止めるってわけだね」
マウが確認すると、フジマルさんは「なかなかいい勘をしているじゃないか!」とうなずいた。
「ハナが車から降りたら、我々も車から降りて尾行を続ける。もしも例の紋章に触れようとしたら、私がハナを妨害する!」
「例の羊の紋章についてはどうするの?」
フジマルさんはテーブルの上に置いてある、羊の紋章が埋め込まれていた画用紙に1度だけ目を向けた。
「できればその場所から動かさず、警察に不審物として連絡するのが1番だが……どうしてもせざるを得ない場合、持ち出せるものに埋め込んでいればそのまま持ち出し、壁など持ち運べないものなら……最悪、削り取ってしまおう! 今はなによりもハナの無事が最優先だ!」
たしかに、依頼人が無事でなければ本末転倒だ。
ウアさんの手がかりのひとつがなくなるのは残念だけど、それ以前に依頼できる相手が死んでしまっては報告もできない。
「さて! まだ18時までには時間がある! 尾行は思っているよりも長期戦になるから、それまでに張り込み用の夜食を準備し、17時半に阿比咲クレストコーポレーションの本社前に集合だ!」
ひとまず、ワタシとマウはフジマルさんと別れ、尾行の準備をするために瓜亜探偵事務所を後にすることにした。
「探偵の助手としては初日なのに……尾行をすることになるなんて、結構ハードだね」
雑居ビルの階段を下りる中、マウは意気込むように鼻をぷうぷう鳴らしていた。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
調査記録: 推定 某類、某種の怪物
ただのA
ミステリー
――極秘調査報告書――
案件名: 「推定: 某類、某種の怪物」
報告者: 記録者不明
調査期間: 〇月×日 ~ 〇月△日
備考: この記録を読んでいる者へ。決して”それ”の正体を知ろうとしてはならない。
色は移ろう
平井敦史
ミステリー
前作『とりあえず手向山』に引き続き、主人公は眼鏡美人の大西美由紀。
社会人になった彼女の、ハーブを巡るミステリー(?)です。
前々作『雪山奇譚』のキャラも登場します。
※人死には出ませんがほろ苦エンドです。
※堕胎を想起させる描写があります。ご注意ください。
※「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる