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08.VS勇者

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 ヴァルテリにたしなめられて、アウロラは口を尖らせた。
 何か言い返してやろうかと思ったが、ふいにヴァルテリが塔を振り返り「戻りましょう」とアウロラの手を引く。

「もう戻るの?」

 アウロラは状況も忘れて、つい不満を口にした。
 片眉を上げてアウロラを見下ろすヴァルテリは、やはり少々呆れているようだ。

「貴女を助けに来た勇者が、もうすぐ塔に着くはずです。貴女と勇者を会わせたくはないですが――」

 何かを言いかけ口をつぐむ。
 再度「行きますよ」と手を引かれ、仕方なくアウロラは彼に続く。
 ヴァルテリとまだ歩いていたかったが、勇者がどんな人物かは気になる。
 それに、きっと勇者はたどり着くことが出来ないという予測が外れたことも、アウロラは信じられなかった。どうやってたどり着くことができたのか知りたいので、勇者に会ってみないわけにはいかない。
 塔へ戻ると入り口に二人の魔族が立っていた。こちらに気づくとヴァルテリに「もうすぐ来ますよ」と伝える。
 それに頷きを返して、塔の中に入るとヴァルテリが足を止めた。塔の中を見渡し、何かを考えているようだ。
 一部屋分ていどの大きさの丸い空間は、当然だが王宮の玄関ホールよりも小さい。
 入口から見て突き当りの壁から、その壁に沿うように階段が上へと続く。
 「ここでいいか」とつぶやいたヴァルテリが、手を引きアウロラを階段へ誘導する。四、五段ほど上がったところまで登り止まった。

「ここでじっとしていて下さい。できれば静かに」

 指示するヴァルテリがあまりにも普段と変わらないため、ついアウロラは頷いてしまう。頷いたあとで内心首を傾げてしまうが、どうもヴァルテリに逆らう気持ちになれない。

(本当は逃げるか、勇者に助けを求めないといけないはずなのだけど……)

 困惑しているうちに、当のヴァルテリは階段の三段目あたりに腰を落とし、待つ体制に入った。
 すると、まるで図ったかのように床が光を帯びる。見れば魔法陣のようなものが浮かび、さらに人の身長よりも少し高い位置にも、同じような魔法陣が浮かぶ。
 目を見張るアウロラの目の前で、中空に浮かぶ魔法陣から人らしき影が飛び出し、叫び声を上げながら床の魔法陣へと落ちた。
 ぐえっと何かがつぶれるような声をさせ、痛みにだろう息を詰まらせている様子の人影が床で悶えている。
 どうやら、どこかから転送されてきたらしい。
 魔族特有の特徴は一見して見当たらない。人間の男のようだ。軽装の装備と、動きやすそうな服に革のブーツとグローブ、腰に剣を携えた姿はまさに“勇者”という感じだ。

(転送、ということは自力でここまで来れたわけではないのね)

 自力で来たのなら、その方法を知りたかったアウロラは落胆した。だが、すぐに思い直す。

(いいえ、もしかしたらなのかもしれないわ)

 どうやってもボスまでたどり着けなかったあのゲームは、実はどこかに転送装置があったのかもしれない。その転送装置でボスまで移動するのが、唯一の方法だったのかもしれない。
 だから、前世の自分はボスまでたどり着けなかったのか。
 しばらく男は痛みに呻いていたが、ヴァルテリの存在に気づくと一瞬動きを止め、次いで慌てた様子で立ち上がった。

「お、お前、まさか魔族――お前がボスか?!」
「ああ、そうだ」

 自分を指さす男を冷ややかな視線で見下ろし、ヴァルテリが頷く。
 恐らく、突然ボスの前に転送され混乱しているのだろう。しばし男は言葉が出ないようだった。
 その間、少し上から眺めていたアウロラは彼を観察してみる。
 髪はオレンジがかったブロンドで、瞳は明るい茶色をしている。
 呆けたような顔をしていても、どんくささと愛嬌のある雰囲気は、人に警戒心を抱かせない親しみが感じられた。
 なぜか動揺しているらしい男だが、忙しなく右往左往する視線がアウロラに止まり、また動きが止まる。
 そして、今度は胸に手を当てるとホッと安堵したように息を吐いた。

「ああ、良かった。王妃陛下のおっしゃったことは間違いなかったんだな」
(王妃――?)

 思わず口を開きかけて、アウロラは慌てて言葉を飲み込む。
 とっさに口に手を当てたアウロラだが、ヴァルテリは反応することなく、ただ淡々と言葉を返す。

「王妃陛下か。何をおっしゃったんだ?」
「何って、魔族は決しておれには手を出さないって――そうだろ?」
「そう思う根拠は?」
「だって、王女殿下がそこに居るじゃないか。縛られもせずに居るってことは、おれが連れて行っていいんだろう? 殿下のもとまで行って、一緒に戻ってくれば結婚していいって王妃陛下が言ってたんだ。魔族も自分の言うことを聞くからって――」

 アウロラは男の言葉をすぐに理解できなかった。

(私と一緒に戻れば結婚していい――それは分かるわ)

 ゲームでもそうだったし、ヴァルテリも同じことを言っていた。

(魔族は手を出さない――自分の言うことを聞く――つまり、魔族は王妃陛下の言うことを聞き、勇者には手を出させないと約束した、ってこと?)

 頭の中でたくさんの疑問符が浮かぶも、どう考えてもそれ以外に読解できない。
 以前、王妃は魔族を『野蛮な民族』と言いさげすんでいたのに、その魔族と王妃が結託していたと男は言う。
 アウロラは必死に口をつぐみながらもヴァルテリを見つめる。
 だが、アウロラから見えるのはヴァルテリの、斜め上からの横顔だ。彼がこちらを振り返らない限り視線は合わない。
 ヴァルテリの口から否定する言葉を聞きたいと、なぜかはやる気持ちで待っているのに、彼は沈黙を続けている。
 自分が聞いたとおりの展開だということに安堵したのか、男の口は軽くなりヴァルテリとは逆にしゃべり続けた。

「最初はそんなうまい話があるかって思ったんだけどさ、王妃陛下のそばに魔族がはべってるから間違いないって思ったんだ。でも、森に入ったらやっぱ騙されたかもって不安になってさ――」

 男は森に入った途端、魔獣に襲われたり罠にかかったりと、次々に大変な目に遭ったらしい。

「亀の甲羅みたいなのは飛んでくるし、でっかい食虫花には噛みつかれそうになるし、森の中のはずなのにいきなり水の中に転移させられて溺れそうになるし――」

 アウロラは男の言葉に既視感を覚える。

(全部、夢の中で見た気がするわ……)

 正しくは前世の記憶だが。

「空に続く不思議な岩に飛び移ったのはいいけど、足を滑らせて落ちて――それでなぜかここに飛ばされたんだけど」

 ではやはり、男が自力でここへたどり着いたわけではないのだ。

「なぜ、王妃陛下はこのようなことを計画されたの?」

 あまりにも男がしゃべり続けるので、そしてヴァルテリが沈黙を続けているので、ついに我慢できなくなったアウロラは自ら問いかけた。
 ヴァルテリはやはり無反応だったが、男がきょとんとした顔をしてアウロラを見上げる。予想外の質問だと思っているようだ。

「あなたのためだと聞いてます、王女殿下」
「私のため? どういう意味かしら」
「王女殿下はずっと女王になりたくないと思っていて、今回の救出劇のあとでおれと結婚することで、それが回避できると聞きました」

 今度はアウロラが目を丸くする。

「魔族に誘拐されたという事実でキズモノになるだろうから、きっとまともな王配は見つからない。女王としての支持も得られないだろうから、女王になりたくない王女殿下はこの計画に乗り気だと――」
「……では、国王陛下のあとは誰が継ぐのですか?」
「ヴェンラ様が次の女王になるのだと言っていましたよ。そうなれば、この森の領有権もヴェンラ様に移るので、その時に魔族に還すのだと約束しているのだそうです。だから」
「魔族は、王妃陛下に従う、のですね」

 しぼりだすように呟くアウロラの視線は、男ではなくヴァルテリに向けられている。
 ヴァルテリも視線を感じているはずだが、振り返ることはなかった。そして、おもむろに立ち上がるとようやく口を開いた。

「王妃陛下に侍っていた魔族の特徴は覚えているか?」
「え? ああ、えっと、肌が褐色で目が赤い大男だった。そうだな、身長はあんたくらいだった」

(きっと私を誘拐した魔族だわ。王妃陛下のもとにいた魔族が私を誘拐したのね)

 そして誘拐されたアウロラは、魔族から「ボス」と呼ばれているヴァルテリとともに居る。

(ヴァルテリも王妃陛下の指示に従っていた……?)

 思ってもみなかった裏切りに、先ほどからアウロラの心臓がうるさく鳴っている。
 だが、当のヴァルテリは男をめつけるとこう言った。

「では、それはこんな特徴だったか?」

 尋ねられた男だけでなく、ずっとヴァルテリを見つめていたアウロラもまた、唐突に目の前で起こった事態に、ただただ驚愕するばかりだった。
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