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05.誘拐される

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 王宮内で不穏な陰りを見せながらも、年月はまたたく間に過ぎていく。
 アウロラは今日十八歳を迎え、午後から舞踏会を控えていた。
 朝から準備に追われ、侍女たちに身なりを整えてもらい、半年も前から準備されていた豪華なドレスを身にまとっている。
 アウロラはいま王女として誰に見劣りすることのない姿で、時間が来るのを自室で待っていた。

「緊張なさっておられるのですか? アウロラ殿下」

 珍しく物静かなアウロラに、叔母であるリリャが優しく声をかけてくる。
 つい物思いに耽っていたアウロラは、我に返ってリリャを見つめると苦笑を浮かべた。

「そうみたい」
「成人して初めてのお披露目ですものね。ですが、大丈夫ですよ。殿下は立派に成長なさっておられます。みなアウロラ殿下の成長したお姿を見て喜ぶことでしょう」

 リリャの純粋な励ましに、アウロラはただ笑みを見せて曖昧に受け流した。
 今日に至るまで国王と王妃の間に男児が授かることもなく、アウロラが成人すればより女王への未来が濃厚となる。
 その為の努力をリリャは間近で見てきたので、アウロラが周囲の貴族に受け入れられるのか心配しているのではと考えたようだ。
 確かに王族として、父親の娘として情けない姿は晒したくない、という気負いはあるが、アウロラはそれについて憂慮していたわけではなかった。

(今日で十八になる。ゲームの通りなら、魔族に誘拐される年齢よ……)

 まさか誕生日を迎えてすぐ、舞踏会の当日に誘拐されるとも限らないが、アウロラはどうしてもそのことが頭を離れなかった。

(でも、王宮内なら安全だわ)

 自分を勇気づけるようにそう内心で呟いたとき、部屋の戸がノックされ時間が来たことを告げられる。
 先に立ち上がったリリャが手を差し出すので、その手に手を重ねてアウロラも立ち上がった。
 そのまま戸口まで一緒に向かうが、そこでリリャは立ち止まる。

「会場でお待ちしております、殿下」

 そう言ってリリャが軽く頭を下げるので、アウロラは頷いて侍女が開けた扉から一人部屋の外へ出る。
 廊下では数人の護衛騎士が待っていて、アウロラを控室まで警護するのだ。
 その護衛騎士のなかによく見知った顔を見て、思わず表情を緩める。

(ヴァルテリがいるのだもの、大丈夫よね)

 胸の内で安堵したアウロラだったが、それが表情にも出ていたのかも知れない。
 近衛騎士としての立派な制服を着て立つヴァルテリが、若干驚いた表情をしたあとで小さく笑みを浮かべた。
 笑みというよりは苦笑かも知れない。
 微少すぎて他の者は気づかない変化かも知れないが、十年ほどずっと彼を見てきたアウロラには何とか分かる程度の笑みだった。
 まだ予知夢など気にしているのか、そんな笑みなのだろうか。そう勝手に推測して、アウロラはわずかに口を尖らせた。

(結局、有効な魔術はひとつしか覚えられなかったし、魔族との対話は実現できなかったのよ。ゲームの通り誘拐されてしまったら、ヴァルテリだって私を助けることは無理かも知れないわ)

 日常で使う簡単な魔法はともかく、こちらを眠らせようとする魔術を阻止する呪文以外、アウロラは発動させることができなかった。
 もし誘拐されてしまえば、あの悪辣あくらつな罠やモンスターが蔓延はびこる森へ連れて行かれるのだ。
 前世の記憶として、どうやってもボスまで辿り着かない――前世の自分いわく『クソゲー』の内容を知っているアウロラは、誘拐されてしまったら助かるとは思えなかった。
 いくら最年少で近衛騎士に抜擢されるほど強いヴァルテリでも、純粋な魔族の強さには敵わないだろう。

(やっぱり自分の身は自分で守らないと!)

 ヴァルテリや他の護衛騎士を頼りにしていないわけではない。
 だが、この危機感を持っていられるのは自分だけなのだと思い、強い意気込みを持ってアウロラは自分のための舞踏会へと臨んだ。



 国王が第一王女アウロラのために開催した舞踏会は、かなり盛大なものだった。
 成人を祝う意味も込められているが、アウロラは前王妃との間にできた娘である。
 前王妃を愛していた国王にとって、忘れ形見であるアウロラはとても大事な存在なのだろう。
 すでに招待された貴族はそろっており、玉座には国王が、一段下がったところにはアウロラが座している。
 だが、現王妃カーリナとその娘ヴェンラが現れない。
 二人の身に何かあったのか、あるいは出席を拒否しているのかと、動揺が貴族たちの間に広がっていく。
 アウロラは不安を表情に出さないよう気を付けながら、玉座の父王へチラッと視線を向けた。
 国王としての表情を崩してはいないが、ほんのわずかに苛立っているのが感じられる。
 視線を会場へ戻しながらアウロラは、近ごろ耳に入ってくる王宮の噂話を思い出していた。
 王妃は自分の娘を次の女王にすることに、意欲を見せているのだと。
 それが事実であれば、王位継承争いを起こすような不穏当な発言だ。
 だが、あくまで噂でしかなく、それとなく王位継承について話を振ってみても、『陛下がお決めになることですよ』としか返ってこない。
 しかし、すべての決定権は国王にあるのだと従順に見せかけつつも、数年前から王妃もヴェンラも、国王の苦言を無視して散財を続けている。
 国王は武勇に優れ有事の際は頼れる主君として信望されているが、こと内政になると頼りないと思われている。
 そのせいで貴族たちはアウロラかヴェンラか、どちらが女王になるのか、どちらの側につけば自分にとって有益か、と日和見ひよりみしているようだ。

(後ろ盾がない、ということは、こういうことなのね)

 アウロラの実母の実家は侯爵家で、祖父母と叔母がいるが、現王妃であるカーリナを母に持つヴェンラの方が、後ろ盾という意味では強い。
 カーリナも国王とは政略結婚なので、実家もそれなりに強い地位を持っている、というのもある。
 そしてカーリナは――現王妃は自分が持つ権力を誇示することに対し、なんの躊躇ためらいも分別もないのだ。
 そんな思考にふけっていると、ふいに場内がざわつき始めた。
 我に返って周囲を見やれば、みな王族の控室に続く扉へ注目している。
 その視線を追ってアウロラも振り返ると、姿を見せていなかったカーリナとヴェンラが、こちらへと向かってくるところだった。

「カーリナ……」

 一段高い玉座で国王ヘンリックが、思わずと言った様子で呟きを漏らすのが聞こえた。
 アウロラが父王へ視線を向ければ、苦虫を噛み潰したような表情をしているのが見えた。
 そんな国王からの非難の視線を意に介した様子もなく、カーリナは優雅な仕草で傍までくると、国王へ小さく膝を折って挨拶をし、何食わぬ顔で王妃の椅子に座る。
 ヴェンラも同じように国王へ頭を下げ、玉座から一段下がった椅子に腰を下ろした。
 アウロラとヴェンラの位置は、国王夫妻を挟んで左右に離れている。
 まるで対立を煽るような構図に、アウロラは思わず内心で眉をしかめてしまうが、今に始まったことではない。

「カーリナ、何か言うことはないのか」

 渋い顔をして国王が王妃に促すも、彼女はしれっとして笑みを浮かべると口を開いた。

「わたくしの侍女が聞かされた時間が間違っていたようですわ。伝えに来た者が勘違いしていたのか、それとも……もしかして、遠回しにわたくし達は呼ばれていないという意味が含まれていたのかしら?」
「カーリナ……」
「お父様、わたくし達は招待されていないのですか?」
「ヴェンラ……いいや、そんなことがあるわけがない」
「まぁ! それは良かったわ。では、何も問題はありませんね」

 にっこりと笑みを浮かべた王妃が、強引に話を終わらせる。
 これ以上は追及できない雰囲気になり、国王は大きく息を吐くと口をつぐんだのだった。
 両者の様子を横目で見守っていたアウロラも、誰にも分からないよう息を吐く。
 一見、高官や侍女らの連絡の齟齬そごが原因のように聞き取れるが、王妃の様子から明らかにわざと遅れて来たのだろうことが窺える。
 それだけのことであるが、国王が第一王女のために開いた盛大な舞踏会に遅れて来たということは、王妃に反意があることは明白であるように思われた。
 舞踏会はその後、何事もなく進められたが、どことなくぎこちない雰囲気は結局、終わるまで消えることはなかったのだった。


 そしてその夜、アウロラは魔族によって誘拐され、王宮から姿を消してしまうのだった。
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