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【終章】

01.フェリクスとの誓い*

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 霞がかり底に沈んだ意識は、幾ばくもせずすぐに浮上した、ようにメリッサには感じた。実際はどうか分からなかったが、目が覚めたとき馴染みのある寝室のベッドに横になっているのに気づく。
 ルーベンス侯爵家の自室ではない。モレナール公爵家の寝室である。メリッサにとっては安息の地といって過言ではない。
 だが、人の気配に視線を向けた先に、フェリクスの姿を見て緊張と不安に心臓が鳴る。
 咄嗟に思い出したのは、精霊王に見せられた悪役令嬢としての幻だった。悪役令嬢を演じたメリッサは、婚約者として紹介されたフェリクスに底冷えのする冷たい目を向けられ、その後はほとんどルーベンス邸に寄り付きもせず放置されてしまった。
 モレナール公爵夫人にも見限られ、婚約破棄に断罪という目に遭い、そればかりか実の父親に攫われて幽閉されたのだ。
 誰も助けてはくれず、当然フェリクスも――

「メリッサ――」

 メリッサが起きたのに気づいたフェリクスが、目を見開き手を伸ばしてきた。思わず首をすくめて目を閉じたメリッサだが、その手が額へ添えられ、次いで頬を撫でていく――その優しい手つきについ目を丸くしてしまう。

「メリッサ?」

 そんなメリッサの反応をいぶかしく思ったのか、フェリクスの表情が心配そうに陰る。その優しさを感じる柔らかな表情は、メリッサの愛しい夫のものに間違いなく、嫌悪や侮蔑の感情は見当たらない。
 安堵すると緊張が解け、今度は涙腺が緩んでしまう。
 現実に戻って来たのだと確証を得たくて、人の温もりを――夫の温もりを欲し彼に手を伸ばした。
 フェリクスはすぐにメリッサの想いを察した様子で、彼もまたメリッサに手を伸ばす。覆いかぶさるように抱きしめられて、メリッサは久しぶりに得られたフェリクスの温もりに、小さく嗚咽を漏らしつつしがみつく。
 しばし、メリッサは夫の腕の中で、自分を押し潰そうとする恐れや動揺を振り払おうと泣き続けた。
 何も聞かず、背中をさすって、ただ抱きしめてくれる夫の優しさを嬉しく思う。
 どれくらいそうしていたのか、泣きながらメリッサは眠ってしまっていたようだった。目を覚ましたことでそれを自覚し、状況を確認すれば先ほどとほとんど変わっていない。
 モレナール公爵家の夫婦の寝室にいて、ベッドの上でフェリクスに抱きしめられている。ただ、彼は目を閉じ眠っているようだったが。
 メリッサもフェリクスの背に腕を回したまま、ずっとしがみついていたらしい。気恥ずかしくもあったが、離れたいとは思わなかった。
 そのまま部屋の様子を窺う。室内は真っ暗でロウソクの明かりもなく、窓から差し込む月明かりだけが光源だった。寝室の周囲でまったく使用人の気配もしないことから、時刻は深夜あたりだろうと思う。
 最初に目を覚ましたとき、まだ室内は明るく感じていたから、思っていたよりも長く眠ってしまっていたことに気づいた。そして、そんな自分にフェリクスもずっと傍にいて付き合ってくれていたのだ。
 改めて夫の優しさに触れ心が温かく、満ち足りていく。

(やっぱり、わたしの居場所はフェリクス様の側で間違いないんだわ)

 ひとつ確信を得て気持ちが落ち着いたメリッサは、眠っている夫の顔を眺めながら今度は気分が高揚していくのを感じた。
 むずむずとむず痒い気持ちにはやし立てられるように、頬を赤らめてメリッサは――

「フェリクス様……好き」

そう呟いてそっと唇を重ね、彼の首元に顔を埋める。
 これまでのメリッサなら恐らくやらなかっただろう。きっと前世の自分と混じり合ったせいだとは思うが、メリッサはフェリクスの想いに対しては自重する気になれなかった。
 メリッサの口づけにか、それとも首元に顔を埋める動きにか、さすがにフェリクスは目を覚ましたようだ。あるいは最初から起きていたのかも知れない。メリッサを抱く腕に力が戻り、喉を揺らしながら少しだけ潜めた声で笑い、そして低く囁く。

「メリッサ、それは僕を誘っているの?」

 抱きついたままフェリクスを見上げれば、目を細め、あでやかな笑みを浮かべた彼と目が合い、また胸が高鳴る。メリッサもまたうっとりと彼を見つめ、吐息交じりに囁いた。

「そうかも、知れません。フェリクス様、会いたかった――」

 メリッサを抱くフェリクスの腕に、さらに力がこもる。上半身のすべてが触れ合うほど強く抱き寄せられ、奪うように唇が深く重ねられる。
 性急に求められてメリッサは胸が痛いほどの昂ぶりを覚えつつ、自らもフェリクスを抱く腕に力を込めた。
 そんなメリッサの想いに応えるように、フェリクスは体の位置を変えると彼女に覆いかぶさる。
 抱きしめる腕が体をまさぐって感度を高め合い、明らかに声が漏れ始めるとフェリクスの手は、メリッサの幾つかある敏感な部分へと集中する。
 いつの間にか露わにされた胸の色づく突起を指で摘ままれ、唇でついばまれ、乳房ごとまれて嬌声が漏れる。

「は、んっ! フェリクスさまっ」

 強い快感に思わず目を閉じて顎を反らせば、ふと瞼の裏がチカチカとして何かの光景がよぎった気がした。
 一瞬そちらへ意識が行きかけるも、フェリクスの手が下半身へ伸び、湿った割れ目に指が沈むのを感じて思考が霧散する。
 悶えている間に指が二本、三本へと増えていき、あっという間にフェリクスの与える快感に意識が染まる。
 久しぶりだからか、性急なフェリクスの責め立ては、彼にしては珍しく荒々しい。すぐにも強まる快感に翻弄されてメリッサは、ベッドから腰を浮かせて悶え、自分のなかを掻き乱すフェリクスの指をキュッと、そこで握り締める。

「ああっ……フェリクスさま……ぃ、んっ……」

 メリッサもまた性急に頂に追いやられ、その急激な昂ぶりに目を閉じ白い首を晒す。
 だが、また瞼の裏に見覚えのない光景がよみがえる。
 同じように裸の自分に誰かが覆いかぶさり、男の太い指で膣内をいじられている――そんな光景だった。

(あれは、精霊王……)

 それに気づき、メリッサは心臓が跳ねた。
 自分が精霊王に組み敷かれ、逞しい腕が下半身へ伸び、その太い指で恥肉を貪られている。
 そんな記憶などない、と切って捨てたかったが、が『記憶はある』と訴える。

(そんな……本当に?)

 もしかしたら、前世の自分も幻によってそう思い込まされてるだけじゃないのかと、やはり疑いは払拭できない。あったかも知れない未来や過去を見せられて、一時でも心を閉ざすほどの衝撃を覚えるくらいに、まるで現実に起こったかのような幻だった。
 メリッサが頑なにそう否定すれば、前世の自分の意思がしぼんでいく。このまま幻だったのだということで片付けばいいが、と考えていると――

「メリッサ、誰との行為を思い出しているんだい?」
「ん、あっ!?」

 低く、底冷えのするフェリクスの声が聞こえ、メリッサのなかから彼の指が無造作に引き抜かれる。その刺激に思わず腰を震わせたメリッサは、夫の勘気を知って慌てて彼にすがろうとした。
 自分に愛想を尽かし、彼が自分から離れて行こうとしていると思ったからだ。
 だが、身を起こしかけたメリッサの体は、再びベッドに押し戻された。フェリクスが両膝を立てたメリッサの脚を、左右へ大きく広げて担いだせいだ。
 その間に腰を収めれば、いつの間にか取り出した屹立を、メリッサの秘裂に押し当てていた。

「ふ、フェリクス様……」
「僕はきみが殿下に抱かれることになっても、耐えた――耐えることができた。それは、きみが僕の妻だからだ。今後、再び殿下に呼ばれることがあっても、きみが僕の妻でいる限り耐えられる」
「フェリクス様……」
「そう、例えばその相手がカルス殿だったとしても、だ――」

 思わぬ名前を聞いてメリッサは目を見開いた。言葉は出て来なかったが、フェリクスはそんなメリッサの視線を受けて頷く。

「ああ、分かっていた。赦免日などという制度を利用して――聖女様の護衛である聖騎士という立場を利用して、メリッサの逃げ道を失くすような存外狡猾なあの男に抱かれても、メリッサは僕のもとへ戻ってくると分かっているから耐えられる」

 『狡猾』という言葉は、一番カルスにはそぐわない気がした。
 だが、一方でメリッサは“あの時”カルスが持ち出した小箱を思い出す。聖女から借りたという結界を張る魔道具だという、あの小箱だ。

(狡猾というなら、もしかして――……)

「聖女様であっても、だ。メリッサ、もしきみが聖女様と体を重ねたとしても、僕は決してきみを手放さない――っ」
「あっ――ふぇり、っ、んっ――ああっ……」

 フェリクスが腰を押し進め、その熱い杭がメリッサの秘裂に突き立つ。思わず身を強張らせてしまうメリッサだったが、フェリクスの愛撫に濡れ、ほぐされていたそこは、多少の抵抗を見せながらも深く飲み込んでいった。

「――っ、はぁ、メリッサ……」
「っ、ぁ――はっ、あぁ……フェリクスさま……」

 互いに熱い吐息をつきながら、劣情を孕む視線を交わし合う。
 欲情に忙しない呼吸を繰り返しながら、フェリクスは最後の距離を一気に詰めると腰を打ち付けた。肌を打つ音に全身が震え、熱杭の先端で奥を突き上げられて嬌声が漏れる。
 互いの腰が触れたまま、フェリクスが腰をグイグイと押し上げるから、メリッサはその度に奥から伝わる痺れるような鈍い衝動に、意識がどんどん侵略されていく。

「あっ、あ――フェリクスさまっ、んっ」
「メリッサ――きみは僕の妻だ。たとえ誰と体を重ねようと、僕はそれを耐えられる。だけど」
「あ、あ――ああっ!」

 唐突に大きく腰を引いたかと思うと、少し勢いをつけて打ち付けられる。同時に奥を穿たれて体が跳ねた。

「僕と二人きりのときは、僕のことだけ考えるんだっ」
「あっ、ひっ、ふぇり、くす、さまっ――ひぁっ!」
「ベッドの上で、他の男のことを考えるのは、我慢できないっ」
「んあっ、はっ、まって、激し、いっ、フェリクスさまっ! ああっ!!」

 激しくなる責め立てに――強くなる快感に、メリッサはあっという間に何も考えられなくなってしまう。
 ただひたすらにフェリクスの熱情を受け止め、快楽を享受し、嫉妬という感情にさえも興奮を煽られ、求められるままベッドの上で善がり狂う。
 いつになく劣情に身を焦がすフェリクスが、メリッサの脚を担いだまま両手をベッドにつき、荒々しく欲情をぶつけてくる。
 恥ずかしい格好をしているという意識は、ほんの一瞬で掻き消された。ベッドに縫い留められて身動きのできない体を、激しく揺すられながら繰り返しその剛直で最奥を突き上げられて、メリッサの首が仰け反る。
 激しく行き来するその熱杭を、媚肉が強く握り締めた途端、燻り続けていた熱が一気に全身へ広がっていった。
 嬌声を上げながら夫の名を呼ぶメリッサの上で、フェリクスもまた妻の名を繰り返しながら自身を脈動させた。

「フェリクスさまっ! いくっ――いくっ!」
「は、っ、あぁっ――メリッサっ! っ!」

 ほんの一時ベッドが軋む音をさせ、二人の体が激しく揺れる。だが、部屋に響く嬌声とともに動きが鈍くなると、あとは二人の荒い吐息が聞こえるだけになった。
 解放された脚をはしたなく投げ出し、フェリクスの下で全身を痙攣させながら、メリッサはその余韻に浸る。
 フェリクスもまたしばしメリッサに覆いかぶさって、自身を彼女に埋めたまま余韻を味わい尽くしている。
 先に絶頂の余韻から脱したのはフェリクスだった。未だに微かに喘ぐメリッサの唇に唇を重ねながら、燻る熱を煽っていく。メリッサはその口づけに応えるのもやっとだったが、再びフェリクスの律動が始まりやや焦る。

「フェリクスさま、まって……あぁ」
「メリッサ……僕はもう待たないし、諦めないよ。僕のことしか考えられないくらい、いっぱい愛してあげる」
「フェリクスさま……」
「たとえ精霊王が相手でも、きみが妻でいる限り耐えられる――」

 フェリクスの言葉に思い出しかけた記憶が過って背筋に嫌な汗が滲む。
 だが、すぐにもフェリクスから与えられる快感が強くなり、メリッサはそれにすがるように没頭した。
 そして、溺れるほどの快楽に息も絶え絶えになりつつ、メリッサも必死に自分の想いを口にする。

「ふ、フェリクスさまっ、わたしっ、わたしも、です――フェリクスさまが望まれる限りっ、あぁっ――わたしはっ、フェリクスさまの妻ですっ」

 フェリクスの情動に激しく体を揺すられながらも言葉を紡ぎ、メリッサは彼へ両手を伸ばした。意図を察したフェリクスが、上半身をメリッサへ寄せる。その肩に腕を回して縋るように抱きしめ、尚言葉を続けた。

「フェリクスさまは、ずっと、わたしを見守って、くださいました――わたしを、助けて、くれて――いつも、わたしの傍に、いてくださいました」
「メリッサ……」
「わたしの居場所は、フェリクスさまのお傍にしかありませんっ――フェリクスさまが許して下さる限り、わたしはここに――っ」
「っ、メリッサっ――僕のメリッサ!」

 メリッサの言葉に昂ぶりを覚えたのか、その激情をフェリクスは全身で伝えてきた。さらにメリッサに身を寄せれば、脚を担がれていたメリッサの上向いた腰に、上から打ち下ろすように何度も腰を落とし、その熱い剛直で繰り返しメリッサを挿し貫く。
 両膝が上半身へと押し付けられ、フェリクスの下で体が折りたたまれるような恥ずかしい格好をさせられていても、メリッサは構わず夫の激情を受け止め続けた。
 あとはただ、メリッサの嬌声と肌を打つ音が部屋を満たし、それに煽られるように互いに頂を目指す。想いを確かめ合った互いの体は快感に素直に、真っ直ぐにそれを求めてひたすらに欲情をぶつけあった。
 そして、それが最高潮に達すれば荒々しくなる肉杭の律動に、先に音を上げたのはメリッサだった。フェリクスの下で限界まで背を反らし、白い首を晒しながら必死で喘ぐと、媚肉で熱い杭を握り締めた。

「ああっ! いくっ! フェリクスさまぁ! い、く――ッッ!!」
「っ、メリッサっ!!」

 締め付ければ途端に強まる刺激に、絶頂へ一気に上りきるとメリッサが果てる。それを追ってフェリクスも、吸いついてくる媚肉に頂へと追いやられて、すぐにも痙攣を始めるメリッサの最奥で自身を爆ぜさせた。
 フェリクスの熱が最奥を叩きつけるように迸るのを感じて、甘イキを重ねながらメリッサは夫に求められ、愛される幸せを余韻とともに噛みしめた。





 久しぶりの二人の時間は長く、次に目を覚ましたときには昼を過ぎようとしていた。
 さすが公爵家の使用人らしく、何も言わずいつも通りに世話をしてくれることが、とても有難いとメリッサは思いつつ、フェリクスとともに朝食を兼ねた昼食をとる。
 互いに空腹だったために、しばらくは静かに食事を進めたが、デザートに差し掛かった辺りでフェリクスが口火を切った。

「精霊王に精霊界に呼ばれたと、聖女様から聞いていたが――」

 それを聞き、メリッサは姿勢を改める。
 寝室でも言葉は度々交わしたが、あえて互いに重要な部分は触れなかった。それを今、ここで話そうとフェリクスもまた姿勢を正している。

「目を覚ましたときの、きみの様子がただ事じゃないように思えた。一体、精霊界で何があったのか聞きたい。何か、酷いことをされたんじゃ――」

 その表情に険がにじむのを見て、メリッサは慌てて首を振った。
 確かに一時心を閉ざすほど、メリッサにとっては酷い幻を見せられたが、メリッサ自身が半ば望んだことの結果でもある。『時間を巻き戻す』という精霊王の言葉を信じ、そんなことができるのかと望んでしまった。
 結局、精霊王にも時間を巻き戻すような力は無かったし、メリッサを追い詰めるための手段だったようだから、確かに『酷いことをされた』と言えなくもないが……。

「いいえ、フェリクス様。精霊王は、今のわたしの現状を教えてくださったのです」
「メリッサの現状?」

 精霊界へ行く直前、アキノは精霊王へ『願い事』を叶えてもらうのだと言っていた。それを聞く前に精霊界へ呼ばれ、精霊王から『とんでもない願いだぞ』と聞かされた。

(恐らく……きっと、たぶん、その願いっていうのはわたしと“体の関係”を持って欲しい――だったんじゃないかしら)

 はっきりとそう説明されたわけではないが、アキノの望みはメリッサとの『公然の恋人』だった。だがメリッサは、アキノは聖女だから畏れ多い、と精霊王に言った。
 すると返ってきた精霊王の言葉は――

『なら、おれに抱かれれば、そのような考えも無くなるか?』

だった。
 つまり、精霊王とさえ体の関係を持ったのなら、聖女アキノとも付き合えるだろう、という状況にしたかったのだ。
 そして現状ほぼ、恐らくアキノの望み通りになっているのだろう。
 婚約者フェリクスと結婚はしたが、突然オリフィエルが聖女と婚約を公表し、メリッサはオリフィエルの“閨教育”に王宮へ呼び出される。
 次いでメリッサはアキノの遠征に『ついて来て欲しい』と懇願され、道中で聖騎士カルスに“赦免日”だからと求められる。
 そして精霊界へ呼び出され精霊王と――。
 フェリクス以外の三人すべてにアキノが関わっている。オリフィエルとカルスはアキノが何もしなくても、メリッサの体を求めて来たかもしれないが、精霊王はそうはならなかったはずだ。
 やはり、この“逆ハーレム”はアキノが関わっていると考えられる。
 そこまでして、アキノはメリッサの外堀を埋め、逃げ道をなくし、距離を縮めようとしているのだ。

「――アキノ様は、わたしと『公然の恋人』になりたい、と……」
「恋人……」
「はっきりと、そう本人から聞いたわけではありません。アキノ様は、ご自分の発言が周囲にどのような影響を与えるか、よくよくご存知でいらっしゃいます」
「ああ」
「なので、直接それをわたしに伝えられることはないと思いますが……」

 だが、精霊王からは『答えを出すなら早く』と言われている。
 何もせず、あるいは拒否して破滅を待つか、既婚者のまま、もしくはフェリクスと離縁して彼女の想いに応えるか――。

「メリッサ、僕はきみの出したどんな答えでも支持するよ」

 沈黙しかけたメリッサに、優しい声音でフェリクスが声をかけてくれる。
 いつの間にか俯いていたメリッサは、弾かれたように顔を上げた。夫の穏やかな表情に緊張が抜けていく。

「フェリクス様?」
「きみが嫌なら、拒絶すればいい。その結果、どんなことがあっても僕はメリッサとともにいる。もし受け入れたとしても、昨夜言った通りだよ。メリッサは僕の妻だ。きみが離縁を言い出さない限り、僕はメリッサを手放すつもりはない」

 メリッサの胸中に安堵感が広がる。
 たとえ破滅の道を進んだとしても、フェリクスは『ともにいる』と宣言してくれた。そのことがメリッサには心強く、そして決断する強い意志を与えてくれた。
 テーブルの上で夫に手を伸ばせば、意図を察して彼も手を伸ばし強く握りしめ合う。
 メリッサは自分の強い意志を表すように、淑女の笑みを浮かべて見せた。

「わたしもです、フェリクス様。何があっても、わたしはフェリクス様の妻です。生涯、ともに居ることを、改めてここに誓います」
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