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【精霊王編】
01.精霊王とまみえる
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頭上の空は青かったが、地平線の辺りは虹色に見える。まるでオーロラのようだ。
地上では草木が生い茂り、小川が流れ、メリッサが立つ開けた場所には色とりどりの花が咲いている。
そして、そのすべてが不思議な光をまといきらきら輝いていた。
(本当に、精霊界へ来てしまったのだわ……)
愕然と震えながらも、メリッサは今いつの間にか出現した椅子に座っていた。もちろん目の前にはテーブルもあり、向かいには偉丈夫――精霊王が座っている。
彼はやはり忽然と出現させたティーカップに口をつけ、優雅に紅茶を嗜んでいる。
身長はフェリクスより高く、長身の部類だがカルスよりは低い。筋肉質ではあるが均整がとれていて、美術の絵画や石膏像のようだ。
着ている服は貴族と違い、上はTシャツに似た形のもので、下は布を巻いただけに見えるスカートだ。そして足は素足のまま。
何よりも目を引くのはやはり容姿だろう。攻略キャラなので当然、造形も整っていて、薄い色味のブロンドに萌える若葉のような緑の瞳を持っている。
どちらかというとオリフィエルに近い華やかさがあるが、先日、海の中で見た精霊のような迫力もあった。
前世では精霊王ルートに入ると『またかー!』などと言っていたが、今世に生きるメリッサには畏れしかない。
彼に促されて椅子に座ったが、カップに手を伸ばすこともなくメリッサは震え固まっていた。
「まぁ、そんなに緊張するな。もっと寛げ」
気さくな物言いで、そして簡単に言ってのける精霊王に、メリッサは畏れを通り越して苛立ちさえ覚えた。
(そんなことできるわけないわ!)
もちろん口に出してはいえないが。
「今回、お前に用があって呼び出した。だいたい理由は察してるかと思うが――聖女のことだ」
「……はい」
震える声でようよう返事をすれば、精霊王はうむ、と頷く。
「今しがた聖女がお前に言おうとしたことだ。おれに何を願うか、という……」
メリッサは固唾を飲みつつ精霊王を見つめる。
「とんでもない願い事だぞ、おれにとっては、だが」
「精霊王は、もうご存知なのですか?」
「まあな――。精霊は聖女が好きだ。自然界を通して見守っている。その精霊が伝えてくるんだ、いろいろとな」
「――では、アキノ様……聖女様の願いとは何だったのでしょう?」
メリッサが問えば彼は渋い顔に呆れを滲ませる。
「あまり口にしたくはないな。お前はだいたい察してるんじゃないのか」
「……」
元の世界に帰りたい、ではなかった。であれば――
(正直なところ考えたくはなかったのだけど……)
アキノはメリッサのことを慕っているらしい。メリッサには『友達になって』と言っているが、本心ではそれ以上のことを望んでいるのかも知れない。
だが、彼女はメリッサとフェリクスの結婚を心から祝福してくれているように見えた。それに彼女の口から『結婚については諦めている』と言った内容のことを聞いた。
(結婚、ではないのよね……)
この国に同性婚など存在しないが、聖女が言えば成り立つだろう。しかし、アキノはオリフィエルとの結婚を受け入れている。
そしてメリッサはすでにフェリクスと結婚している。
(では、愛人――)
その時、まるで桶をひっくり返したように水が降ってきて、メリッサはずぶ濡れになってしまった。咄嗟のことに声も出せず呆然となったメリッサの耳に、涼やかな女の子の笑い声が聞こえた気がした。
慌てて辺りを見回すが、すでに誰の姿もない。
「ハズレのようだな」
向かいから冷静な精霊王の声がして、メリッサが顔を戻すのと同時に彼が軽く手を振った。すると温かな風が吹き、メリッサの濡れた肌や衣服を乾かしていった。
(すごい、これも魔法……?)
メリッサが驚いていると、精霊王が腕と足を組み背もたれに体を預ける。それだけで、まさに王の貫禄を感じる。
「それで、答えは出たか?」
「……いいえ」
(愛人ではないなら、秘密の恋人も同じことよね……秘密でないなら、公然の恋人?)
すると今度は頭上で、小さな爆竹のような音が立ち、メリッサは思わず悲鳴を上げて首をすくめた。
だがやはり精霊王は微動だにせず、冷静に言う。
「当たりのようなだ」
「――……公然の恋人が、ですか?」
「そういうことだ」
メリッサは大きく目を見開き瞬いた。
聖女なら確かに許されるだろう。だが――
「きゃっ!?」
否定的な言葉を胸中で呟きかけて、今度は強風が横からメリッサを吹き飛ばした。椅子から転げ落ちて草の上に倒れ込む。
「やっかいな相手に好かれたな」
緩慢な仕草で立ち上がるメリッサを眺めつつ、精霊王が誰かと同じようなことを言う。
「夫と離婚しろと言ってるわけでもない。自分だけのものになれとも言われていないんだから、いいんじゃないか?」
「ですが、わたくしは女です」
「――おい、やめろ。話にならん」
不意に精霊王が手を振った。おそらくメリッサにではなく、どこかにいる精霊に言ったのだろう。続けて今度はメリッサに顎で椅子を指す。座れという指示だ。
メリッサはイタズラされないか警戒しつつ、椅子に腰をかける。
「だが、お前はすでに夫以外の男と性交しているだろう」
「せい……それは……」
頬が熱を持つ。同時に、精霊王とこんな話をするなんて、と奇妙な感覚にも陥る。
「王太子と聖騎士だったか。それなら、聖女の望みを聞いてやっても良かろう」
「で、ですが……彼女は聖女です。聖女様はそのことで悩んでおられましたが、友人になるのはともかく――やはり畏れ多い、ことだと感じます」
「ふむ――」
話の流れからアキノが何を求めているのか分かった。だが、やはりそれは“女同士だから”以上に、聖女を穢れさせてしまうことに拒否感がある。
精霊王はメリッサの考えを聞き、少し黙考したあと眉をひそめた。
「なら、おれに抱かれれば、そのような考えも無くなるか?」
それを聞き、メリッサは息をのんだ。今度は血の気が引いて顔を青くする。
「精霊王が……わたくしを……?」
「まぁ、あまり気は進まないが」
続く精霊王の言葉に、ホッとメリッサは胸を撫でおろした。
「……その反応は分からんでもないが、少々腹立たしいな」
「……」
「しかし、そんなに聖女や夫以外の男と関係を持つのが嫌なら、なぜ悪女にならなかった」
精霊王の問いに、メリッサは一瞬思考が停止する。恐る恐る精霊王を見上げ、自分の聞き間違いでないかと耳を疑う。
だが――
「“悪役令嬢”と言うんだったか。お前は本来、そういう役目があったんだろう、この世界で」
聞き間違いではなかった。
精霊王から“悪役令嬢”という言葉を聞き、メリッサは衝撃と困惑にめまいを覚えたのだった。
地上では草木が生い茂り、小川が流れ、メリッサが立つ開けた場所には色とりどりの花が咲いている。
そして、そのすべてが不思議な光をまといきらきら輝いていた。
(本当に、精霊界へ来てしまったのだわ……)
愕然と震えながらも、メリッサは今いつの間にか出現した椅子に座っていた。もちろん目の前にはテーブルもあり、向かいには偉丈夫――精霊王が座っている。
彼はやはり忽然と出現させたティーカップに口をつけ、優雅に紅茶を嗜んでいる。
身長はフェリクスより高く、長身の部類だがカルスよりは低い。筋肉質ではあるが均整がとれていて、美術の絵画や石膏像のようだ。
着ている服は貴族と違い、上はTシャツに似た形のもので、下は布を巻いただけに見えるスカートだ。そして足は素足のまま。
何よりも目を引くのはやはり容姿だろう。攻略キャラなので当然、造形も整っていて、薄い色味のブロンドに萌える若葉のような緑の瞳を持っている。
どちらかというとオリフィエルに近い華やかさがあるが、先日、海の中で見た精霊のような迫力もあった。
前世では精霊王ルートに入ると『またかー!』などと言っていたが、今世に生きるメリッサには畏れしかない。
彼に促されて椅子に座ったが、カップに手を伸ばすこともなくメリッサは震え固まっていた。
「まぁ、そんなに緊張するな。もっと寛げ」
気さくな物言いで、そして簡単に言ってのける精霊王に、メリッサは畏れを通り越して苛立ちさえ覚えた。
(そんなことできるわけないわ!)
もちろん口に出してはいえないが。
「今回、お前に用があって呼び出した。だいたい理由は察してるかと思うが――聖女のことだ」
「……はい」
震える声でようよう返事をすれば、精霊王はうむ、と頷く。
「今しがた聖女がお前に言おうとしたことだ。おれに何を願うか、という……」
メリッサは固唾を飲みつつ精霊王を見つめる。
「とんでもない願い事だぞ、おれにとっては、だが」
「精霊王は、もうご存知なのですか?」
「まあな――。精霊は聖女が好きだ。自然界を通して見守っている。その精霊が伝えてくるんだ、いろいろとな」
「――では、アキノ様……聖女様の願いとは何だったのでしょう?」
メリッサが問えば彼は渋い顔に呆れを滲ませる。
「あまり口にしたくはないな。お前はだいたい察してるんじゃないのか」
「……」
元の世界に帰りたい、ではなかった。であれば――
(正直なところ考えたくはなかったのだけど……)
アキノはメリッサのことを慕っているらしい。メリッサには『友達になって』と言っているが、本心ではそれ以上のことを望んでいるのかも知れない。
だが、彼女はメリッサとフェリクスの結婚を心から祝福してくれているように見えた。それに彼女の口から『結婚については諦めている』と言った内容のことを聞いた。
(結婚、ではないのよね……)
この国に同性婚など存在しないが、聖女が言えば成り立つだろう。しかし、アキノはオリフィエルとの結婚を受け入れている。
そしてメリッサはすでにフェリクスと結婚している。
(では、愛人――)
その時、まるで桶をひっくり返したように水が降ってきて、メリッサはずぶ濡れになってしまった。咄嗟のことに声も出せず呆然となったメリッサの耳に、涼やかな女の子の笑い声が聞こえた気がした。
慌てて辺りを見回すが、すでに誰の姿もない。
「ハズレのようだな」
向かいから冷静な精霊王の声がして、メリッサが顔を戻すのと同時に彼が軽く手を振った。すると温かな風が吹き、メリッサの濡れた肌や衣服を乾かしていった。
(すごい、これも魔法……?)
メリッサが驚いていると、精霊王が腕と足を組み背もたれに体を預ける。それだけで、まさに王の貫禄を感じる。
「それで、答えは出たか?」
「……いいえ」
(愛人ではないなら、秘密の恋人も同じことよね……秘密でないなら、公然の恋人?)
すると今度は頭上で、小さな爆竹のような音が立ち、メリッサは思わず悲鳴を上げて首をすくめた。
だがやはり精霊王は微動だにせず、冷静に言う。
「当たりのようなだ」
「――……公然の恋人が、ですか?」
「そういうことだ」
メリッサは大きく目を見開き瞬いた。
聖女なら確かに許されるだろう。だが――
「きゃっ!?」
否定的な言葉を胸中で呟きかけて、今度は強風が横からメリッサを吹き飛ばした。椅子から転げ落ちて草の上に倒れ込む。
「やっかいな相手に好かれたな」
緩慢な仕草で立ち上がるメリッサを眺めつつ、精霊王が誰かと同じようなことを言う。
「夫と離婚しろと言ってるわけでもない。自分だけのものになれとも言われていないんだから、いいんじゃないか?」
「ですが、わたくしは女です」
「――おい、やめろ。話にならん」
不意に精霊王が手を振った。おそらくメリッサにではなく、どこかにいる精霊に言ったのだろう。続けて今度はメリッサに顎で椅子を指す。座れという指示だ。
メリッサはイタズラされないか警戒しつつ、椅子に腰をかける。
「だが、お前はすでに夫以外の男と性交しているだろう」
「せい……それは……」
頬が熱を持つ。同時に、精霊王とこんな話をするなんて、と奇妙な感覚にも陥る。
「王太子と聖騎士だったか。それなら、聖女の望みを聞いてやっても良かろう」
「で、ですが……彼女は聖女です。聖女様はそのことで悩んでおられましたが、友人になるのはともかく――やはり畏れ多い、ことだと感じます」
「ふむ――」
話の流れからアキノが何を求めているのか分かった。だが、やはりそれは“女同士だから”以上に、聖女を穢れさせてしまうことに拒否感がある。
精霊王はメリッサの考えを聞き、少し黙考したあと眉をひそめた。
「なら、おれに抱かれれば、そのような考えも無くなるか?」
それを聞き、メリッサは息をのんだ。今度は血の気が引いて顔を青くする。
「精霊王が……わたくしを……?」
「まぁ、あまり気は進まないが」
続く精霊王の言葉に、ホッとメリッサは胸を撫でおろした。
「……その反応は分からんでもないが、少々腹立たしいな」
「……」
「しかし、そんなに聖女や夫以外の男と関係を持つのが嫌なら、なぜ悪女にならなかった」
精霊王の問いに、メリッサは一瞬思考が停止する。恐る恐る精霊王を見上げ、自分の聞き間違いでないかと耳を疑う。
だが――
「“悪役令嬢”と言うんだったか。お前は本来、そういう役目があったんだろう、この世界で」
聞き間違いではなかった。
精霊王から“悪役令嬢”という言葉を聞き、メリッサは衝撃と困惑にめまいを覚えたのだった。
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