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【オリフィエル編】

09.最後の日*

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「まだ気をやるなよ、今日が最後の夜なんだからな」

 王宮に来てから二日経っていた。
 オリフィエルが言うように今日が最後の夜で、メリッサは侍従長が最初に言っていたように、ただ時間が過ぎるのを必死に耐えていた。
 与えられる快感は確かに心地いい。彼が自分を想っている気持ちが伝わってくるから、尚更だ。
 だが、メリッサはフェリクスという最愛の夫がいる。頭の片隅ではいつも彼のことを想っている。オリフィエルから与えられる快楽に屈するわけにはいかない。
 まるでそれを証明しようというように、メリッサは必死に耐えていた。だが――

「なんだ、他のことを考えるくらいには、まだ余裕がありそうだな」

 顔には笑みが張り付いていたが、その声は苛立ちが含んでいた。その苛立ちをぶつけるように、片手を伸ばすとメリッサの赤く膨らんだ花芽を摘まんだ。

「ああっ! んぁ――ッッ!!」

 ガクガクと腰が震え、何度目かの絶頂を迎えてしまう。『もうお許しください』と懇願したかったが、それを口にすると叱責されるので言えない。
 それを察しているだろうに、それでもオリフィエルはメリッサを責める手はやめなかった。

「気持ちいいか? それとも辛いか? どっちだ、メリッサ」

 それは昨日から、何度も聞かされる問いだった。
 最初メリッサは律儀に答えていたが、今はもう首を振るだけだ。どちらを答えても、オリフィエルの返事は変わらないのは分かっている。
 『気持ちいい』と答えれば――

『俺と一緒になれば、毎日こんな風に抱いてやるぞ』

と言われ、『辛い』と答えれば――

『フェリクスと離縁して、俺の第二妃になると約束しろ。そうすれば手加減してやる』

と言われるのだ。
 本気で口説かれているのだと、さすがのメリッサにも分かる。だが、これでも一応彼は手加減しているのだとも分かっている。
 ベッドの上でメリッサを快楽漬けにして、そんな風に屈服させようとしなくても、王族という権威をかさに着て命令すればいいのだから。
 そうしようとしないのだから、オリフィエルは十分に手加減してくれている。
 そして――

「メリッサ、お前は乱れる姿も美しいな。はしたなく腰を揺らして、普段のお前からは想像つかない喘ぎを漏らして――」
「ああっ! いくっ、っ!」

 執拗な花芽への愛撫に、メリッサは休む間もなく絶頂する。シーツの上に新たな染みが増えていく。

「俺の与える快楽に溺れているように見えるんだがなぁ」

 肌を打つ音が響き、メリッサの体に衝動が走る。勢いよく奥を貫かれて、またメリッサの体が跳ねる。

「どうやったら俺の方を向いてくれる? どうしたら俺を好きになってくれるんだ?」

 オリフィエルの律動が荒々しくなり、弛緩していたメリッサの体がまた強張っていく。

「俺は、こんなにお前のことが――っ!!」

 ぎゅうっと締め付けるメリッサのなかで、オリフィエルの熱が迸る。奥へと注がれる熱量にゾクゾクと肌を粟立たせながら、メリッサは完全に弛緩する体をベッドに投げ出した。
 ずるり、と熱い塊がメリッサから引き抜かれる。

「……俺が最初にお前に会っていれば違ったのか?」

 それは問いかけられているのか分からなかったが、激しい絶頂の余韻に襲われているメリッサには、どのみち答えられなかった。

「誰よりも早くお前に出会い、お前を俺だけのものにしたかった――」

 ドサリ、とベッドを弾ませてオリフィエルがメリッサの横に倒れ込む。メリッサの体を自分の方へ向けて抱き寄せ、赤く染まる頬を優しい手つきで撫でていく。

「三日だけなどと……こんな風に体を重ねても虚しいだけだったな」

 彼は独り言のように呟くと、メリッサの唇に口づけを落とす。メリッサは朦朧としながらも、聞こえるオリフィエルの呟きに、内心で胸を撫でおろしていた。
 オリフィエルが自分のことを諦めたのだと思ったからだ。

(そう……こんな関係、虚しいだけよ……)

 閨教育だと装って、その実オリフィエルの欲望を満たすための三日間だったが、何度体を重ねても心が通うことはない。

(わたしにはフェリクス様が――)

「――っ、ああ!」

 まるでメリッサの心の声が聞こえたかのように、それを打ち消そうとオリフィエルが再び自身をメリッサのなかに埋めた。
 嫉妬に狂ったかのように激しく求められ――

「メリッサ、好きだっ――」

自分の想いだけで満たそうと、譫言のように何度もそう告げながら、オリフィエルはメリッサを抱き続けた。
 メリッサは前後不覚になり身悶えながら、時折体の上に振ってくる水滴が、オリフィエルの汗なのか涙なのか、確認するのが怖くて目を閉じた。
 そしてそのまま、共に絶頂へと上り詰めると意識を失うように眠りについた。





 翌日、夕刻前にはモレナール家からの迎えが来ていた。
 迎えが来ていると知らされて案内されたのは、王宮の玄関口だった。それだけでメリッサは、迎えに来たのがフェリクスではないと察する。
 それを寂しくも思うが、安堵する気持ちもあった。
 フェリクスに会う前に帰ってすぐ湯あみをしたかったからだ。
 ドレスに着替える前に湯あみはしたが、その後、ドレスを着たままでまたオリフィエルに迫られてしまったのだ。
 『ご容赦ください』とやんわり拒否をしてみたが、『迎えはまだ来てない』と一蹴されて、テーブルに押し倒されてしまった。
 そのまま、庭園の東屋でやったことをなぞるように、さらにはテーブルの上で最後までされてしまった。
 そのあと侍女に手伝ってもらい可能な限り身を清めたが、まだなかに彼の精液が残っているはずだ。
 そんな状態で夫と会いたくはない。彼はそれを了承しているとしても、腹立たしく思わないわけがない。
 メリッサはそわそわしつつ迎えの馬車に乗り込んで、動き出すまで緊張に身を強張らせた。もしかしたら今にも、オリフィエルが追って来て『帰さない』と言い出さないか不安だったからだ。
 だがそんな心配も杞憂だったようで、馬車は何事もなく走り出す。
 安堵の息を吐き出したメリッサは、車窓のカーテンを少しだけ開けて外を見た。大きくて立派な王宮が遠ざかっていくのを見て、さらにホッと胸を撫でおろす。

(良かったわ、わたし、耐えられて……)

 胸中で呟き、ふと自分の言葉に疑問を覚える。
 “耐える”という程の苦痛はなかった。快楽が続く苦悶はあったかも知れないが、心身がボロボロに疲弊するほどではない。彼はちゃんとメリッサの限界を――際どいところではあったが――見極めてくれていた。
 では何に耐えたのか。

(オリフィエル様の想いに、応えられなかったのが辛かった……)

 それはつまり、メリッサのなかでオリフィエルへの想いが芽生え始めていたからなのかも知れない。

(最初に出会っていれば、わたしはオリフィエル様に惹かれていたのかしら)

 王子だからか傲慢なところはあるが、その強引さがときに心地よくあった。また、自分よりも年下なため、どこか弟のように憎めないところもある。
 しかし、そこまで考えてメリッサは首を振って、彼への思いを振り払った。

(“もしも”なんて、無いわ。わたしはフェリクス様をお慕いしているもの。オリフィエル様も――殿下も『虚しい』と仰っていたから、きっと諦めて下さったはず)

 カーテンを閉じ車窓から顔を背けると、メリッサは邸に着くまでの間ずっと脳裏にフェリクスの姿を思い描いた。
 まるでこの三日で見慣れてしまった、切なげな表情で自分を求め続けるオリフィエルの姿を打ち消すように。
 だが、メリッサは気づかなかった。
 モレナール邸へ向かう馬車を、王宮の窓からオリフィエルが見つめていたことに。その目や口元に、微かな笑みが浮かんでいることに。
 まだオリフィエルから完全に逃れられていないことを、メリッサはついぞ気づくことができなかった。
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