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【フェリクス編】

09.ハッピーエンド?

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 王宮の広大な敷地内にある小宮殿で、今日、結婚披露宴が行われている。
 メリッサはモレナール公爵令息フェリクスの隣で、多くの人の祝福に応え笑顔を振りまいていた。
 つい今しがた、司祭が執り行う結婚式にて夫婦の誓いを立てたばかりだ。
 多くの貴族が招待され、たくさんの食事が振舞われ、あちらこちらで祝福の言葉が飛び交っている。
 皆、祝いの場に相応しく着飾っていたが、当然、主役の一人であるメリッサもまた、一段と豪華なドレスを身にまとっていた。
 メリッサの気持ちが定まっていない頃から、着々と公爵家が準備していてくれたお陰だと聞いている。
 この王家所有の小宮殿を貸し切ることができたのもまた、公爵家の高い地位と財産があってのことだ。
 有難いという気持ちもありつつ、気後れしてしまう気持ちもある。前世の記憶があるからだろう。元の悪役令嬢のままであれば、「これくらい当然よ」とでも言っていたに違いない。
 そんな煌びやかな光景を、笑みを張り付けたままメリッサは見渡す。
 最初に目に入ったのは、年頃の貴族子女に囲まれた王太子オリフィエルだった。側近の結婚式ということもあって招待されている。
 いまは貴族令嬢に笑顔を見せているが、数日前、結婚式を挙げるという報告をした際、彼は不満気な様子を隠そうともしなかった。

『どうやって彼女を説得したんだ。ずっと先延ばしにされてただろう。公爵は上手くやったな。非常に残念だよ』

 それでも王族という権力をかさに着て、フェリクスとの婚約破棄とメリッサを第二妃にするという自分の望みを命令しなかったのは、彼にまだ常識的なところがあったからだろう。
 あるいは――

『おめでとうございます、メリッサさん! 花嫁衣裳を着たメリッサさんを私も早く見たいです! きっとすごく、すっごく素敵なんだろうなぁ』

そう、うっとりとしながらも祝福してくれた、聖女の言葉があったからかも知れない。
 聖女は王族よりも絶対的な存在だ。その彼女の言葉、願いは叶えられなければならない。彼女が祝ってくれたお陰で、オリフィエルも強引な手段に出ることが出来なかった、という事実もあるだろう。
 ただ、頬を染めてメリッサを見つめる聖女の様子は、確かに友情や憧れを越えたものに感じてしまった。

(もし、聖女様が本当にわたしを想っていて、それを口にされてしまったら……)

 そう考えるとゾッとしてしまうが、慌ててメリッサは脳裏に浮かびかけた光景を振り払った。再度、広間を見渡す。
 その聖女もまた『花嫁衣裳を見たい』という願いを叶えるため、畏れ多いことだが招待している。
 聖女らしく清らかなドレスを身に着け、日本人らしいお辞儀をしつつ丁寧に貴族の挨拶に応えているところだった。
 その彼女の傍では、やはりいつもの様に護衛の聖騎士カルスが付き従い、周囲に厳しい視線を投げかけている。
 だが、メリッサと視線が合うとふいに表情が和らいだ。なぜか戸惑うように視線を泳がせたあと、分かるか分からないか程度の目礼をされる。
 メリッサもそれに応えつつ、先日、神殿で会ったときのことを思い出した。その時、聖女が現れてからの彼には珍しく一人で、そしてやはり珍しく表情を曇らせていた。

『結婚するのだと聖女様から伺った――失礼、伺いました。誠におめでとうございます。私の中であなたは、出会ったころの幼い少女のままでしたが、すっかり大人の淑女になられていた。これからは態度を改めなければなりませんね』

 そう言って彼はどこか寂しそうに笑った。
 カルスとは年が離れていたので、彼はメリッサのことを妹のように思っていたのかも知れない。

(彼は攻略キャラだけど、聖女様はたぶんオリフィエル殿下とご結婚されるはず……。聖女様が『絶対イヤだ』と言わなければだけど。そうすると、彼は誰と――)

 思わず妹分としてそんなことを考えてしまったが、彼は神殿に所属する聖騎士だ。一部の聖職者と同じように生涯独身でいることを望む可能性もある。
 そのような心配は余計なお世話だろう。そう断じてメリッサはカルスから視線を離し、目の前に居る貴族との会話に集中する。
 ときに小さく声を上げて笑い、その微笑みで華やぐ雰囲気を演出するメリッサへ、幾つもの視線が向けられていることに彼女は気づいていない。
 隣では夫となったばかりのフェリクスが、愛しさと執着の目でメリッサを見下ろしている。
 貴族子女の群れから離れ、こちらへ向かってくるオリフィエルは、いたずらを思いついた子供というには邪気のある、愉悦のこもった目をメリッサに向けている。
 同じようにメリッサに向かう聖女は、憧れと真っ直ぐな想いをこめた目でメリッサを見つめている。
 聖女に侍る聖騎士カルスは、標的を見極める狩人のような目でメリッサに狙い定めている。
 そんな視線を向けられているとも知らず、メリッサは隣の夫を見上げて、心からの笑みを浮かべ幸せを噛みしめる。
 これからその身に、想像し得ない苦難が待ち受けているとも知らずに――。
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