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【フェリクス編】

08.メリッサ、真実を知る

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 翌日、メリッサは夜明けとともに覚醒する。
 昨日から、何度か意識を失ったり目を覚ましたりしたような気がするが、カーテンの隙間から差し込む朝日を感じて、ようやくはっきりと目が覚めた。
 身じろぎしようとして、背後からがっしりと自分を抱きしめる腕に気づく。もちろん、メリッサを抱きしめているのはフェリクスだ。
 メリッサは寝返りを打つのを諦めて、昨日からのことを振り返る。
 フェリクスが部屋を訪ねてきたのは昼食後だから、昼間から今朝までずっとメリッサは寝室にいたことになる。そして、その間に起きているときは必ず、フェリクスに求められていた気がする。
 所々意識が曖昧ではっきりとはしないが。

(初めてなのに、何だかすごいことをしてしまった気がする……)

 初めてフェリクスと体を重ねて、彼もメリッサのなかで達して――だが、それだけでは終わらなかった。
 フェリクスのメリッサを求める欲情は萎えることを知らず、二度三度と射精をしても、少し休めば復活して求められる。その間何度メリッサは達したか分からない。
 意識を失っても、目を覚ませばまた体を重ね、また意識を失い――その繰り返しだった。

『十年分だよ、メリッサ。僕がどれほど深く思ってるか、教えてあげるって言っただろう。分かった? 僕の想いが』

 途中、涙ながらに『もうお許しください』と懇願するメリッサに、返ってきたフェリクスの返事がそれだった。

(思い知ったわ……フェリクス様がこんなにわたしのことを――)

 普通なら執拗に抱かれて嫌気がさすか恐怖を覚えるところだが、思い返して頬を染めてしまうメリッサもまた、同じくらいにフェリクスを想っていたのかも知れない。

「メリッサ、起きてる?」

 ふいに背後から声をかけられて、メリッサは思わずビクリと震えてしまう。頬どころか耳まで熱くなって、羞恥が隠せない。

「ごめん……ちょっと強引だったよね。体は大丈夫?」

(『ちょっと』どころじゃないわ!)

 本当はそう言い返したかったが、恥ずかしさのあまり振り向くこともできず、枕に顔を埋めて黙ってしまう。

「怒ってる? でも分かって欲しい。きみを早く僕の妻にするために、既成事実が必要だったんだよ」

(それなら一度だけで良かったはずよ。あんなに何度も、何度も……)

「これでメリッサは僕の妻だ。でも、きみが嫌ならもう抱くことはしない。僕の妻でいてくれるなら、それだけで――」

 ふいにフェリクスの声が沈み、体を抱き寄せていた腕が離れて行こうとした。背中から温もりが無くなり、焦ったメリッサは慌ててフェリクスを振り返った。

「フェリクス様!――?」

 てっきりベッドから降りようと、起き上がっているものとばかり思っていたフェリクスは、まだ横になったまま、上半身を起こしたメリッサを見上げていた。
 裸のままのメリッサを、微笑みを浮かべて愛でている。
 騙されたのだと思ってメリッサは、先ほどとは別の意味で顔を赤くすると眉尻を吊り上げた。両手で枕を抱えると、思い切りそれをフェリクスに投げつけようとして――

「やっ、離して!」

 逆に枕を取り上げられると、両手をとられて引き寄せられた。仰向けになったフェリクスの体の上に、強引に抱き寄せられる。

「ごめん、試すようなことをして。だけどメリッサが何も言ってくれないと、僕も不安になるんだ」
「……」

 どこか寂し気な笑みを見せられると、メリッサもそれ以上怒りを持続させることはできなかった。

「僕が嫌いになったなら、そう言ってくれ。きみを僕から解放することはできないけど、もう二度と抱いたりしない、指一本触れない――メリッサ?」

 答えを求めるように名前を呼ばれて、メリッサは力を抜くとフェリクスに体を預けた。『抱いたりしない』と言いながら、腕を掴む彼の手に力がこもる。
 矛盾するフェリクスの行動にメリッサは苦笑した。だがその苦笑は、自分に向けたものでもある。

「嫌いになど、なるわけがありません。フェリクス様、わたしは気づいていない振りをしてきましたが、ずっとあなたのことをお慕いしておりました」
「っ、メリッサ!」

 メリッサの告白に感極まったようにフェリクスは声を上げ、強くメリッサを抱きしめた。抱きしめたまま体を入れ替えると、メリッサに覆いかぶさり何度も口づけを落とす。
 フェリクスの歓喜する姿に、メリッサもつられて笑みをこぼしながら、想いを通わせる幸せにしばし浸った。





 朝日が完全に登りきる短い時間、互いの想いを言葉にして確かめ合った。
 その後、体を清めて服を着替え、メリッサにあてがわれた部屋で二人朝食を取ると、改めてこれからのことを話し合う。

「ルーベンス侯爵のことは、結婚式を挙げるときだけは我慢してもらうけど、以後は気にしなくていい。彼らには所領に引きこもってもらうから」

 元々ルーベンス侯爵は王宮に役職があるわけではない。侯爵に見合った、納めるべき広い領地があるが、代官に任せたきりで放置していたのだ。
 本当なら社交のシーズンだけ王都に来て、それ以外は領地で暮らすはずなのだが、メリッサの母親に執着して以降は王都の邸で暮らすようになってしまった。
 なので本来の生活に戻るだけだが、その領地も恐らく徐々に削られて没落していくだろうと予想される。ルーベンス侯爵に領地経営の能力がなく、代官もあまり良い評判を聞かないからだ。
 それに加えてルーベンス侯爵は、モレナール公爵を怒らせて目をつけられている、という噂もすでに広まっている。怒らせた理由は両家の子息子女の婚約を反故にしようとしたからだ、と言われている。
 実の娘に懸想したからだという理由は広まっていないが、おおむね間違ってはいない。
 公爵を怒らせたなどという噂が広まれば、付き合いを考える貴族も出てくるだろう。
 自分の実家がそんな状態になっているのは、結婚して縁づくモレナール公爵家に申し訳ない思いだが、フェリクスが「それも気にしなくていい」というので頷いておく。きっと公爵夫人も同じことを言うに違いない。

「目下の問題はオリフィエル殿下だが――それよりも聖女様だ」
「聖女様?」

 思わぬ言葉にメリッサは首を傾げる。
 だがすぐに、フェリクスとオリフィエルから聖女の話を聞かされていたことを思い出した。

(確か、聖女様がわたしになぜか傾倒しているという……)

 メリッサを『絶世の美女』と褒めちぎり、メリッサのためならと聖女の役目にやる気を漲らせている、という話だった。

「“聖女”という存在は、実は王族の方々よりも尊い。魔力があって、道具を使わず魔法が使えて、何より精霊を癒すことができる。彼女の存在は絶対なんだ」

 フェリクスの説明にメリッサはつい姿勢を正してしまう。
 『聖女は王族と結婚するのが慣例』という話から、自然と王族の下にと考えていたが、実際は聖女の方が上なのだと言う。
 だからこそ、聖女は結婚に関しても慣例を無視できるのだとメリッサは理解していたはずだったが。

(言われてみれば当然よね。でも、そこまで深く考えたことがなかったわ……)

 現実の聖女の立ち位置よりも、ゲームのことばかりが頭にあった気がする。

「その聖女様が、メリッサに好意を持ってる。言い方は悪いが、それを利用できればオリフィエル殿下が万が一暴挙に出た場合、抑えることができるかも知れない」
「――どういうことでしょう?」
「つまり、聖女様と友人のような関係を築くことができれば、もしオリフィエル殿下がメリッサの意思を無視して『第二妃に』と言い出したとき、それを聖女様がたしなめてくださるかも知れない、ということだ」

 フェリクスの推考にメリッサは目を丸くするが、確かに彼の言う通りになれば大いに助かる。
 メリッサはオリフィエルのことが嫌いというわけではないが、王太子妃になるなど考えてもいなかったし、そういった教育を受けて来たわけでもない。
 なによりメリッサは想いに蓋をしていただけで、ずっとフェリクスのことが好きだったから、彼の妻になること以外考えられない。

「ただ聖女様とメリッサが親しくなることに、懸念が無いとも言い切れない」
「? 懸念、とは?」

 再び首を傾げると、フェリクスが心もとなげに眉尻を下げる。

「聖女様のメリッサへの傾倒は、友情というよりはその……」
「?」
「同性愛に近い気がする」
「同性愛?」

 メリッサにとってあまり馴染みのない言葉に、思わずきょとんとしてしまう。しかし、言葉の意味がじわじわと浸透してくると、今度はそれが驚愕に変わる。

「同性愛とはつまり――」
「うん、友情としての“好き”ではなくて、僕らと同じような“好き”なんだと、思う……」

 何もそれはフェリクスだけが思っているのではなく、オリフィエルも同意見らしい。目の前で聖女が、メリッサのことを話す様子を見ているから感じることなのだろう。

「だから本当は近づかない方がいいのかも知れない。オリフィエル殿下はきみと聖女様を親しくさせたいみたいだし……」

 フェリクスの言葉に、本能的にメリッサはゾクリと震えた。
 王太子であるオリフィエルと、聖女の二人がともに自分を狙っている――などと、単なる想像に過ぎなかったが、それでもメリッサは身の危険を感じてしまった。

「なぜ、わたしが……」

 そんなに好かれるのか、悪役令嬢のはずなのに。そう続けられず口をつぐむと、なぜかフェリクスが呆れたような表情をして言う。

「メリッサ――きみは自分がどれだけ魅力的か考えたこともないんだろうね」
「どれだけ、魅力的か……?」
「聖女様が言っていた、きみは絶世の美女だと。その言葉は誇張なんかじゃない。僕も、きみは誰よりも美しいと思っている」

 突きつけられる真実に、メリッサは呆然となる。
 “悪役令嬢メリッサ”は、悪役令嬢でなくなれば、“絶世の美女である侯爵令嬢”ということになるらしい。

「それに教養があるし、努力家で所作も完璧だし、思いやりもあって、可愛らしいところも――」

 気がつけば、フェリクスが自分の思うメリッサの魅力的なところを羅列していたが、放心するメリッサの耳には届かなかった。
 そんなメリッサの手を握り締めて、フェリクスが真剣な表情を作る。

「一刻も早く結婚式を挙げよう。それでどれだけきみを守れるか分からないけど、王族だってモレナール公爵家を敵に回したいとは思っていないはずだ」

 彼の言葉を呆然と聞き流し、メリッサは胸の内で後悔の言葉を吐いた。

(わたしは最初から間違ってたんだわ。このゲームの世界で役割は変えられないんじゃない、変えるべきじゃなかったのよ!)

 だが後悔先に立たず、だ。それが分かったからといって、時間が巻き戻らない限り現実は変えられない。
 何となくメリッサは、フェリクスと結婚してもこの危機を完全に脱することができないような予感を、ひしひしと感じるのだった。
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