上 下
7 / 35
【フェリクス編】

01.メリッサ、悪役令嬢ムーブをかます?

しおりを挟む
「まずいわ……」

 メリッサは一人きりの自室で、珍しく室内を忙しなく歩きながら呟きを漏らした。
 つい先ほどフェリクスとオリフィエルが訪ねてきて、先月現れた聖女についてようやく話してくれたのだが、いまだ彼女は戸惑うばかりで現状を受け入れられていないらしい。
 ゲームとは違う流れに内心で驚きつつ、メリッサは詳細を尋ねた。
 聖女は名前を「アキノ」と名乗ったという。それが苗字なのか、下の名前なのかは分からないが、日本人っぽい名前だと思う。
 しかも色白の肌ではあるが自分たちとは色味が異なり、髪は黒く、瞳はこげ茶だというので、やはり聖女は日本人である可能性が高い。
 身長は低く華奢な体格で、幼く見えるのに年齢は二十歳だと言うから驚いた、とフェリクスもオリフィエルも口を揃えて言っていた。
 言葉は通じるらしく会話はできるが文字は読めず、オリフィエル側はまず文字を覚えてみてはと提案したが、神殿側は「そんなものは必要ない」と突っぱねているらしい。
 神に選ばれた聖女に「余計な労力なんて」という考え方なのかも知れない。
 そんな両者の軽い衝突もあり、おまけに聖女は戸惑うばかりで「自分がどうしたいか」という望みすら口にしない。
 結局、神殿側が侍女と護衛をつけて、こちらの生活に慣れてもらおうと、いまは彼女の思うままに過ごしてもらっているらしい。
 だが聖女が現れたということは精霊の――ひいては国の危機である。国側としては、彼女の“聖女としての役割”をなるべく早急に取り掛かれるようするべきでは、という不安がすでに出て来ている。

「カルスと言ったか、護衛だという男にそれとなく訊ねてみたが、『聖女様は安全に過ごされております。ご安心ください』と取り付く島もない。まったく頭の固いヤツだった」

 そう愚痴をこぼすオリフィエルは、不満を隠そうともしていなかった。

(これはまずいわ)

 普通なら協力体制をとり、聖女の行動を補助する役目を担う両者が、対立してしまっては物語が――というよりは国が分裂してしまう。
 しかし、なぜこうもゲームと違うのか。

(……わたしが悪役令嬢ではないから? だけど、序盤は関係ないはずよ。ヒロインがフェリクス様のルートに入れば関係してくるけど――ん?)

 序盤なので誰のルートにもまだ入っていないだろうが、聖女は精霊王を除き他三人の攻略キャラと接触している。
 そういった描写はなかったが、恐らくゲーム内でフェリクスは聖女のことを、“悪役令嬢メリッサ”に話して聞かせただろう。
 あるいは、メリッサの方から聞きたがったのかも知れない。
 そうして聖女のことを知ったメリッサは、毎週、祈りのために通う神殿にて偶然聖女を見かけることも――

「あっ!」

 ゲーム内で描かれなかった流れを脳内で補完していたとき、メリッサはあることに思い至り思わず声を漏らした。

(なんてこと……すっかり忘れていたわ。序盤で“わたし”、ヒロインに突っかかって行ったシーンがあったんだった……)

 聖女としてみんなからチヤホヤされながらも、異世界から来たせいで右も左も分からずドジばかり踏む彼女に、“悪役令嬢メリッサ”は辛辣な言葉を投げかけていた。

(なんて言ったんだっけ。確か……『のんきなものね』とか、『そんな悠長に庭園を散策している暇があるのかしら』とか、そんな感じだったかしら)

 まだ序盤なのでフェリクスルートにさえ入っていないのに、“悪役令嬢メリッサ”はなぜか彼女に攻撃的だった。
 そのことに多少違和感を覚えつつも、メリッサは当初の『聖女とは極力接触しない』という予定を変えるべきかどうか迷う。
 ゲーム通りに行動を起こすか、それとも無視するか――逡巡するメリッサの脳裏に、先ほど訪ねて来たフェリクスとの会話が思い起こされる。

『聖女様は戸惑っておられる様子だったけど、不思議なほど取り乱すようなことは無かったんだ。要望も不満も口にすることはなく、かと言って僕らの言うことを飲み込めているようにも感じない。どうしたらいいのか……』

(フェリクス様が困っていらっしゃる――それが、わたしのせいなのだとしたら――やるしかないわ!)

 聖女が動かなければ精霊は癒せず、瘴気は増え続け、国の危機にも成りかねない。あるいは、神殿と国が対立してしまう恐れもある。
 そうなれば、王太子オリフィエルの側近になったフェリクスが、本来しなくて良い苦労を背負うはめになる。

(たとえ婚約解消するとしても、今はまだ婚約者だもの)

 婚約者を助けるため――ゲームの通り物語を進めるため、メリッサは意を決して立ちあがった。





 神殿の回廊は祈りの間から出入り口に続くが、それを通り過ぎると中庭をぐるりと一周する造りになっている。
 通常は制限されているが、週に一度、昼間であれば貴族はその回廊を通ることができる。
 神殿の中庭には、神話に縁のある大きな木が中心にあり、その大木を囲むように石製のベンチが並んでいた。
 一見、質素な光景だがそれゆえに、その場にいる者を落ち着かせる神聖な雰囲気が感じられる。
 その回廊を歩きながら、メリッサは目的の人物を視界に収めて、一度おおきく深呼吸する。
 あらかじめフェリクスから確認した情報によれば、近ごろ聖女は昼食後に回廊を歩き、中庭で休憩をとることが日課になっているらしい。
 その情報の通りに、いま聖女らしき人物が、休憩していた中庭から再び回廊へ戻ろうとしているところだった。
 黒いストレートの髪を肩を過ぎたあたりまで伸ばし、肌の色は色白だが確かに自分たちとは若干異なる。遠目なので目の色は分からないが、遠目だからこそ日本人的な顔立ちに見えた。
 そして傍には侍女らしき女性と、護衛である聖騎士――カルスが付き従っていた。
 回廊に戻って来た聖女は、こちらへ向きを変えると歩いて来る。メリッサもゆっくりと進みながら、緊張に喉を鳴らす。
 あと三メートルという距離でメリッサが立ち止まれば、相手も何かを察したのか歩く速度が遅くなり、互いの声が届くだろう距離まで来て立ち止まった。メリッサがじっと自分を見ていることに気づいたのだろう。
 ここまで近くに来れば聖女の容姿はよくわかった。

(やはり、日本人に間違いないわね)

 ヒロインに相応しく好ましい顔立ちをしているが、彫りが深くなく小鼻で、一見して目を引く華やかさはないように感じる。
 だが、目鼻立ちが整っているために、清楚で可愛らしい雰囲気が庇護欲をそそる。身長も高くなく華奢なため余計にそう感じさせられる。まさに“ヒロイン”といった雰囲気の女性だ。
 メリッサはまず挨拶をするため、膝を折り頭を下げる。

「初めてお目にかかります、聖女様。わたくし、メリッサ・ルーベンスと申します」

 顔を上げて再び目を合わせようとしたが、彼女はやや動揺しているのか視線が定まらない。挨拶を返すどころか、「えっと、あの」と言ったきり何も言葉が出てこないようだった。

(突然、異世界に呼び出されて戸惑う気持ちは分かるけど、でも聖女として覚醒してもらわないと困るのよ)

 それは“国の危機”ということもあるが、婚約者のためでもあるし、“逆ハーレムルートに行って欲しいから”というメリッサ個人の望みのためでもある。

「断りもなく声をかける無礼を、どうぞお許しください。――先日、わたくしの婚約者であるフェリクス様から、聖女様は異なる世界から来た方だと聞きました。遠い異界から来られたとなれば、きっと分からないこと、戸惑うこと多々おありでしょう。ですが――」

 それまで同情を込めていた表情を、メリッサは真顔に戻す。

「聖女様はその戸惑うお気持ちを、言葉にしたことはございますか? ここはどこか、なぜ自分はここに居るのか、自分は何をしたらいいのか――いくつかはご質問なさったことでしょう。では、『元の世界に帰りたい』と仰ったことは?」
「っ――」

 メリッサの言葉に、初めて聖女が表情を大きく崩す。目を見開き、次いで苦しそうに顔を歪める。

「何も理解していないのに、受け入れよう、馴染もうとするから先へ進めないのでしょう」

 日本人は概ね、感情をはっきりと他人に伝えることが苦手だ。協調性を重んじ、同調圧力に慣れ、自分を抑制することが比較的うまい。
 だが、異世界に突然召喚されたこんな状況で、そんな性質を発揮したとしても思考が追いつかないだろう。

(それに“ここ”ではゲームのように選択肢は出てこない。なら、彼女の方から選択肢を見つけるよう動いてもらわなければ)

「聖女様はまず、我々にこういうべきです。『自分を元の世界に帰して』と」

 そこまで言って、メリッサは彼女を挑発するつもりで笑みを浮かべた。

「それから皆様と一緒に、将来のことを考えていくと良いですよ。もしかしたら聖女としての役目を終えたあとに、精霊界を統べる王があなたの望みを叶えてくださるかも知れません。そのためには王太子殿下やフェリクス様のご提案に、いま少し耳を傾けてくださると良いかと存じます」

 メリッサの言葉に聖女は、またも大きく目を見開き、そしてみるみる頬に赤みが差していくのが分かった。
 どうやら希望が見えたことで活力が戻って来たようだと、メリッサは自分の行動が上手くいったことを確信し、辞去の挨拶のため再び頭を下げた。

「では、聖女様の願いが一刻も早く叶うよう願っております」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。

シェルビビ
恋愛
 膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。  平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。  前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。  突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。 「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」  射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。

悪役令嬢は双子の淫魔と攻略対象者に溺愛される

はる乃
恋愛
旧題:悪役令嬢は自分の手下その1とその2のインキュバスと攻略対象者達に溺愛される。 お父様に連れられて魔物市場にやって来た私は、インキュバスの双子を見つけた。 その瞬間に私は前世の記憶を思い出す。そして気付いた。この世界がR18指定の乙女ゲーム、「白薔薇の乙女」の世界で、私が悪役令嬢だという事に。 記憶を取り戻すまではシナリオ通り、王太子殿下をお慕いしていたけれど、前世の私の推しは攻略対象じゃない。このインキュバスの双子だったのよ! 攻略対象者やヒロインなんてどうでもいいし。 双子のフィルとナハトと楽しく過ごそ!! そう思ってたのに、何故だか他の攻略対象者達にも迫られて…… あれれ?おかしくない? 私、ヒロインじゃありませんから!! 迫ってこなくていいから!! どうしてこうなった?! ※本編2についての注意 書籍化に伴い、本編の内容が変わった為、本編2とは話が合わなくなっております。 こちらは『if』としてお楽しみいただければ幸いです。

転生お姫様の困ったお家事情

meimei
恋愛
前世は地球の日本国、念願の大学に入れてとても充実した日を送っていたのに、目が覚めたら 異世界のお姫様に転生していたみたい…。 しかも……この世界、 近親婚当たり前。 え!成人は15歳なの!?私あと数日で成人じゃない?!姫に生まれたら兄弟に嫁ぐ事が慣習ってなに?! 主人公の姫 ララマリーアが兄弟達に囲い込まれているのに奮闘する話です。 男女比率がおかしい世界 男100人生まれたら女が1人生まれるくらいの 比率です。 作者の妄想による、想像の産物です。 登場する人物、物、食べ物、全ての物が フィクションであり、作者のご都合主義なので 宜しくお願い致します。 Hなシーンなどには*Rをつけます。 苦手な方は回避してくださいm(_ _)m エールありがとうございます!! 励みになります(*^^*)

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...