鳥籠の天翼と不屈の王子 ~初体験の相手をしたら本気になった教え子から結婚を迫られています~

須宮りんこ

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結婚の条件

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「ローシュ様のお気持ちとお言葉を……迷惑だとは感じませんでした」

 次の瞬間、王の眉間がさらに濃くなる。エアルを睨みつける目に鋭さが増す。

 自分でもいい返答とは思えなかった。ローシュの立場どころか、自分の立場さえ悪くなるだろう。だけど先ほどローシュの真摯な想いに触れて、自分の中の何かが突き動かされた。噓偽りのない正直な気持ちを言わなければ、自分は一生ローシュの目を見ることができない気がした。

 ローシュはどんな顔をしているだろう。どんな気持ちで自分を見守っているだろうか。エアルはちらりと横を見て、相手の顔を窺った。

 するとローシュは顔を真っ赤にして斜め下を向いていた。緊迫した空間に放り出されているにもかかわらずだ。口元を左手で隠しているが、指の隙間から見える唇が嬉しさを嚙み潰すようにはにかんでいる。

 その様子を見ていると、みぞおちから熱がせり上がってくるみたいに苦しくなった。ドキドキと心臓が跳ねる。ずっと見ていたくなる。どうしてか、こちらまで嬉しくなってくる。

 なんだこの気持ちは。

 エアルは慌てて男から王に視線を戻した。

「ただのたわごとが真になる日もそう遠くはない――ということか」

 王は唸るように声を轟かせる。否定したかったが、エアルの視線は自然と王の背中に移動した。煤のような黒い点が、王の背後からまばらに浮き上がっていたのだ。

 またあのオーラだ。花の咲くような気持ちを覆いつくすほどの存在感に、エアルは釘付けになってしまう。黒いエネルギーの動向に気を取られているうちに、王は玉座をゆっくりと立ち上がった。

「そうまでしてエアルを伴侶にしたいと言うのなら、条件がある」

 ローシュに向かって、王は強い口調で言い放つ。

「ユレウス地方北の廃洞窟へ向かえ。そこには先の大戦で魔物に奪われた我がザウシュビーク国王室の宝が眠っていると言い伝えられている。その宝を見つけ、取り返すのだ。そうすればエアルとの結婚を考えてやろうではないか」

 王の提案に、もちろんローシュは目を輝かせて飛びついた。

「本当ですか!?」

「ああ。時期国王がフリューゲルを伴侶にするというのなら、私も国民へ納得のいく説明を考えねばならない」

 王はローシュに向かって、縦皺が刻まれた人差し指の先を向けた。

「その覚悟を私に見せるのだ。でなければ、おいそれとおまえたちの結婚を許すことはできない」

 ローシュにとっては絶好のチャンスのように感じられるのだろう。それまで王に反抗的だった態度が急に軟化する。

「もちろんです! 今に父上を納得させられるよう、必ず王族の宝を取り返してみせます!」

 胸に片手を当て、ローシュはその場で嬉々として宣言した。王に示された条件を遂行すれば、本当にエアルと結婚できると信じて疑っていないようだった。

 ローシュの嬉しそうな声が遠くなっていく。エアルの胸の中では、反対に不安と疑念ばかりが膨らんでいく。

 レイモンド王の出した条件には、不可解な点がいくつかあったのだ。まずユレウス地方の北にある洞窟は、廃洞窟などではなく今もさまざまな魔物が棲んでいる。何よりも王族の宝が眠っているなんて言い伝えを、エアルはこの数百年のあいだに一度も聞いたことがなかった。

 王はローシュに、実際には存在しない宝を魔物の巣食う洞窟へ取りに行かせようとしているということになる。

 エアルはゾッとした。これが息子に課す条件なのか。レイモンドという男の人間性を心底恐ろしく感じた。

 王の条件を受け入れたローシュは、会議室を出てから早速廊下にいた侍女や下僕に旅の支度を指示した。明朝には出発するつもりらしかった。

 使用人に指示を終えた男の後ろで王の思惑をどう伝えようか思案していると、

「明日の夜には帰ってくるから」

 とローシュはエアルに耳打ちした。不安な心が顔に出ていたのかもしれない。こちらを安心させようとする相手の声が、あまりにも優しくて切なくなった。男の息が耳たぶに触れてくすぐったかった。

 祝賀パーティーが開かれる大広間にローシュが姿を消したあと、エアルは一人小屋に戻った。

 一人分にも満たない狭いベッドは、エアルが長年使ってきたせいでスプリングは固くなり、シーツも色褪せてところどころほつれている。そんな寝具の上で、木目の天井を仰ぎながらエアルは両手を瞼の上に乗せた。憂鬱だった。

 ローシュはどの程度の準備をして、魔物の棲む洞窟に向かうつもりなんだろう。本当に王族の宝はあるのだろうか。このままローシュを一人で行かせてもいいのだろうか。危なくはないだろうか……。ローシュを祝賀パーティーへと見送ってから、エアルの頭の中はそればっかりがぐるぐると渦巻いている。

 ローシュの剣技の腕前は国の中でも一、二を争うほどだ。ユレウス地方を生息地としている魔物のレベルも、エアルが知る限りそこまで高くない。心配するほどではないかもしれないが、そうは言ってもローシュには実戦経験がないのだ。いざ魔物と遭遇した際、戦闘を交えて場をかいくぐることができるかどうかはわからなかった。

 それに、もし怪我を負ったら? 毒属性の魔物と闘って、毒に侵されてしまったら?

 薬草や毒消し草を持っていったところで、数が足りなくなってしまったらどうしよう。考えたら考えただけ不安が押し寄せてくる。心配事が次々と湧き出てくる。エアルは何度目かのため息とともに、寝返りを打った。







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