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本気の嘘
①
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***
しばらく中断していた飛行訓練が再開されたのは、それからすぐのことだ。
ローシュの強い希望により、再びエアルが飛行訓練の指導をすることになった。
「足元は見ないで、常に目線と意識は上を向いていてください。そう――そうです」
エアルの身長分の高さまで浮上したローシュに向かって指示を出す。
地上では体幹が強い男も、空では生まれたての小鹿のように全身をプルプルとさせている。フリューゲルの杖を垂直に両手で握ったまま、ローシュは背後にいるエアルに向かって気持ち振り返った。
「つ、次はどうすればいいんだっ?」
「行きたい方向に向かって杖の先を傾けてください」
「そのあとは!?」
「少しずつご自身の魔力を放出させるんです。飛ぶ前にご自身の魔力を杖に込め、一体化させたでしょう。杖はあなたの魔力の、いわばハンドルです」
ローシュは「やってみる」と頷いた。男の手が恐る恐る杖を頭上で回転させると、ローシュの体が連動するようにゆっくりと空で回った。
鍛え上げられた筋肉にあまり柔軟性はないのか、ローシュの動きはぎこちない。だが、わずかな距離ながらも一人で宙に浮上し、自身の体を杖で操ることができたのは、今回が初めてだった。
「どうだっ? 今のは成功かっ?」
気が緩んだのか、ローシュの体に重力がずしんと乗る。まるでジャンプ後の着地のような品のない足音が、バルコニーの床を踏んだ。着地の仕方はまた後日教えるとして、宙への浮上と方向転換に関しては、
「今の段階では上出来かと」
エアルはなるべく表情を変えずに答えた。もちろんお世辞ではない。
「本当か! よっしゃ!」
王子とは思えない声を発しながら、ローシュは勢い良く肘を引いてガッツポーズをした。
ローシュの寝室かつ膝の上で、エアルが爆睡したのは二日前のことだ。約束の時間を大幅に過ぎて訪れたエアルを責めることなく、ローシュはエアルに睡眠の場を与えてくれた。
睡眠不足だったとはいえ王族の――いや、誰かの膝の上で無防備に寝てしまうなんて自分らしくない。目覚めたあと、エアルは自身の行動に酷く狼狽えた。ベッドから飛び起き、「どうして起こしてくれなかったんですか!」とローシュに詰め寄った。
「どうしてもこうしてもないさ」
ローシュは苦笑交じりに言うと、「よく眠れたみたいでよかった」とホッとした顔で言った。
そのあと、改めて奉仕することをエアルからローシュに提案した。だがローシュはエアルの声を聞いてくれなかった。
代わりに要求されたのが、今まで何かと理由をつけて中断させていた飛行訓練の再開。そしてその指導をしてもらいたいという内容のものだった。
苦手なことに再チャレンジしようとする心意気は応援したい。けれど空を飛べることができるようになれば、自分が振り向いてくれるとは……期待しないでほしかった。ローシュが空を飛ぶことができるようになっても、自分が想いには応えられないのだから。
知らぬ間に微妙な顔をしていたのだろう。こちらが考えていることを見抜いたのか、ローシュは「そんな顔をするな」とエアルの頭を撫でた。エアルに気を遣わせないような口ぶりだった。
「いつか俺も王になるんだ。今までの王ができていたことは、俺もなるべくできていた方がいいだろう?」
エアルは少し間を空けてから、「そうですね」と答えた。腑に落ちない理由が、自分でもよくわからなかった。
飛行訓練に自ら再チャレンジしただけあって、ローシュの上達ぶりは目を見張るものがあった。訓練を再開させたばかりだというのに、もう杖を使いこなし始めているのだ。数年のブランクを感じさせないどころか、飛行のセンスが元々備わっていなければここまで早く飛行技術を身につけることは難しいだろう。
センスや才能がなかったわけじゃない。飛行訓練に対して、今まで本当にいいイメージがなかっただけなのだなとエアルは納得した。
ローシュは杖の石突き部分を床にコツンと置き、ふうと息を吐いた。汗ばんだ額が、太陽の光に反射する。
「ゼリオスに乗る方が好きだが、空を飛ぶのも案外楽しいものだな」
「まだ空を飛ぶというほどの飛行高さではありませんでしたけどね」
「まぁた、おまえはそういうことを言う。教え子の意欲を削がないようにするのも、教育係の努めじゃないのか?」
「教え子の特性を見極めることも教育係の努めです」
褒められると調子に乗るタイプだと自覚しているのか、ローシュは「痛いところを突くなぁ」とばつが悪そうに背中を丸めた。
こうやって話していると、まだまだローシュは子どもだなと思う。王になる自覚も少しずつ芽生えているみたいだが、まだまだ幼さが目立つように感じる。
それなのに……どうして自分はあの日、ローシュの膝の上で眠ってしまったんだろう。頭を撫でる手を心地いいと感じたのだろう。
何よりもあの日、ローシュの囁いた言葉が気になって今も頭から離れない。今さらもう一度言ってくれと頼んだところで、ローシュは再び口にしてくれるのだろうか。その言葉を聞いて、自分は一体どんな反応をすればいいのか……。
小さいため息をつくと、「まだ疲れが取れていないんじゃないか?」とローシュの整った顔が覗き込んできた。ドキリとする。思わず息を止め、後ずさる。
しばらく中断していた飛行訓練が再開されたのは、それからすぐのことだ。
ローシュの強い希望により、再びエアルが飛行訓練の指導をすることになった。
「足元は見ないで、常に目線と意識は上を向いていてください。そう――そうです」
エアルの身長分の高さまで浮上したローシュに向かって指示を出す。
地上では体幹が強い男も、空では生まれたての小鹿のように全身をプルプルとさせている。フリューゲルの杖を垂直に両手で握ったまま、ローシュは背後にいるエアルに向かって気持ち振り返った。
「つ、次はどうすればいいんだっ?」
「行きたい方向に向かって杖の先を傾けてください」
「そのあとは!?」
「少しずつご自身の魔力を放出させるんです。飛ぶ前にご自身の魔力を杖に込め、一体化させたでしょう。杖はあなたの魔力の、いわばハンドルです」
ローシュは「やってみる」と頷いた。男の手が恐る恐る杖を頭上で回転させると、ローシュの体が連動するようにゆっくりと空で回った。
鍛え上げられた筋肉にあまり柔軟性はないのか、ローシュの動きはぎこちない。だが、わずかな距離ながらも一人で宙に浮上し、自身の体を杖で操ることができたのは、今回が初めてだった。
「どうだっ? 今のは成功かっ?」
気が緩んだのか、ローシュの体に重力がずしんと乗る。まるでジャンプ後の着地のような品のない足音が、バルコニーの床を踏んだ。着地の仕方はまた後日教えるとして、宙への浮上と方向転換に関しては、
「今の段階では上出来かと」
エアルはなるべく表情を変えずに答えた。もちろんお世辞ではない。
「本当か! よっしゃ!」
王子とは思えない声を発しながら、ローシュは勢い良く肘を引いてガッツポーズをした。
ローシュの寝室かつ膝の上で、エアルが爆睡したのは二日前のことだ。約束の時間を大幅に過ぎて訪れたエアルを責めることなく、ローシュはエアルに睡眠の場を与えてくれた。
睡眠不足だったとはいえ王族の――いや、誰かの膝の上で無防備に寝てしまうなんて自分らしくない。目覚めたあと、エアルは自身の行動に酷く狼狽えた。ベッドから飛び起き、「どうして起こしてくれなかったんですか!」とローシュに詰め寄った。
「どうしてもこうしてもないさ」
ローシュは苦笑交じりに言うと、「よく眠れたみたいでよかった」とホッとした顔で言った。
そのあと、改めて奉仕することをエアルからローシュに提案した。だがローシュはエアルの声を聞いてくれなかった。
代わりに要求されたのが、今まで何かと理由をつけて中断させていた飛行訓練の再開。そしてその指導をしてもらいたいという内容のものだった。
苦手なことに再チャレンジしようとする心意気は応援したい。けれど空を飛べることができるようになれば、自分が振り向いてくれるとは……期待しないでほしかった。ローシュが空を飛ぶことができるようになっても、自分が想いには応えられないのだから。
知らぬ間に微妙な顔をしていたのだろう。こちらが考えていることを見抜いたのか、ローシュは「そんな顔をするな」とエアルの頭を撫でた。エアルに気を遣わせないような口ぶりだった。
「いつか俺も王になるんだ。今までの王ができていたことは、俺もなるべくできていた方がいいだろう?」
エアルは少し間を空けてから、「そうですね」と答えた。腑に落ちない理由が、自分でもよくわからなかった。
飛行訓練に自ら再チャレンジしただけあって、ローシュの上達ぶりは目を見張るものがあった。訓練を再開させたばかりだというのに、もう杖を使いこなし始めているのだ。数年のブランクを感じさせないどころか、飛行のセンスが元々備わっていなければここまで早く飛行技術を身につけることは難しいだろう。
センスや才能がなかったわけじゃない。飛行訓練に対して、今まで本当にいいイメージがなかっただけなのだなとエアルは納得した。
ローシュは杖の石突き部分を床にコツンと置き、ふうと息を吐いた。汗ばんだ額が、太陽の光に反射する。
「ゼリオスに乗る方が好きだが、空を飛ぶのも案外楽しいものだな」
「まだ空を飛ぶというほどの飛行高さではありませんでしたけどね」
「まぁた、おまえはそういうことを言う。教え子の意欲を削がないようにするのも、教育係の努めじゃないのか?」
「教え子の特性を見極めることも教育係の努めです」
褒められると調子に乗るタイプだと自覚しているのか、ローシュは「痛いところを突くなぁ」とばつが悪そうに背中を丸めた。
こうやって話していると、まだまだローシュは子どもだなと思う。王になる自覚も少しずつ芽生えているみたいだが、まだまだ幼さが目立つように感じる。
それなのに……どうして自分はあの日、ローシュの膝の上で眠ってしまったんだろう。頭を撫でる手を心地いいと感じたのだろう。
何よりもあの日、ローシュの囁いた言葉が気になって今も頭から離れない。今さらもう一度言ってくれと頼んだところで、ローシュは再び口にしてくれるのだろうか。その言葉を聞いて、自分は一体どんな反応をすればいいのか……。
小さいため息をつくと、「まだ疲れが取れていないんじゃないか?」とローシュの整った顔が覗き込んできた。ドキリとする。思わず息を止め、後ずさる。
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