17 / 49
長い気の迷い
③
しおりを挟む「父上の話は聞きたくない」
意外だった。お互い無関心な親子だとは思っていたが、ローシュの口からレイモンドの話題を拒否する言葉が出てくるとは思いもしなかった。エアルは「失礼いたしました」と形ばかりの詫びを入れた。
その後、湯殿には変な間が流れた。怒っているのだろうか。ローシュの口数が目に見えて減った。
気まずさを感じているわけではないが、このままあの晩の続きを促していいのか迷う。この調子だと、ローシュが乗り気じゃないことは明らかだ。
「夜伽の手ほどきですが、今日はどうされますか? 私は今からでも、次回に持ち越すのでも、どちらでもよいのですが」
「今日は気分じゃない」
ローシュが即答する。
「では後日にいたしましょう。ご希望の日時などはございますか?」
本当に今だけ気分ではないのだろう。エアルの質問に、ローシュは「明日の夜なら」と代わりの日を示した。
「申し訳ございませんが、明日の夜は王の寝室に参らねばなりませんので」
せっかく提示してくれたのに悪いが、明日の夜はレイモンド王に呼び出されている。もちろん夜の相手として。
「くっ……。じゃあ明後日の夜は」
「申し訳ございません。明後日の夜も王に」
こう考えると、最近はほぼ毎日だ。ちなみに明々後日の夜も空けておけと命じられている。ローシュに希望日を訊くより、こちらが空いている日を提示した方がよかったかもしれない。
ローシュの眉が険しく歪む。長めのため息を吐く。
「父上との逢瀬はその……昔からなのか?」
沈んだ声が問う。
たった今、レイモンドの話はしたくないと拒絶したのはローシュだ。まさか向こうから話題を振ってくるとは思わず、エアルは変な声が出そうになった。
ローシュがまだ子どもだった頃は、レイモンドとの逢瀬で何が行われているか答えることは憚られた。だがローシュも二年後には成年王族の仲間入りをする。夜のまぐわいも経験したし、この様子だと薄々……いや、父親と自分が夜な夜な何をしているのか気づいているのだろう。もはや隠す理由も必要もない。
「そうですね。王が今のローシュ様と同じご年齢の頃から今日まで――王の命があったときに、夜のお相手をさせていただいております」
「……っ」
ローシュがギリッと奥歯を噛む音が響いた。
「やはりお気付きでしたか」
「この城の人間で知らぬ者などいない」
ローシュは歯を食いしばり、みるみるうちに目を充血させていった。気持ちを寄せている相手が、自分の父親と寝ていると知ればさぞかし悔しいだろうなと思う。
だが、人を愛したことのないエアルにとって、ローシュの怒りや悔しさはあくまで後天的に汲み取ることができるものだった。自分には感じたことのない気持ちだ。頭では同情することができても、気持ちに寄り添うことはできない。
それでも、悔しさから目を真っ赤にさせて涙ぐむローシュを見ると、少しだけ申し訳ない気持ちになった。自分の意に反して溢れる涙に、本人もどうしていいかわかっていないようだった。ゴシゴシと腕で目を擦るせいで、ローシュの目の周りは赤く腫れ上がっている。
明々後日の翌日――つまり四日後の夜は、まだ何もないはずだ。といっても、連日レイモンドから呼び出される可能性もなくはない。だが、三日連続で呼び出された翌日も呼び出されることは、今までの経験上少ない。
四日後なら、ローシュのために時間を作ることができるはずだ。
湯殿の隅に置かれているタオルを取り、ローシュの肩にそっとかけた。
「四日後はいかがでしょうか」
四日後、とローシュが繰り返しながら顔を上げた。
「その日でしたら、夜通しローシュ様のご寝室にいられます」
夜通しという言葉が良かったのか、ローシュの目に光が戻る。
「本当かっ?」
表情の変わりように驚く。エアルは「え、ええ」と頷いた。
「でも約束してください。今回の手ほどきはあくまで生誕日にお教えできなかった内容を補填するものです。ちゃんと性技の訓練として励んでいただくと」
「わかってる」
ローシュはさっきまで引きつっていた顔で笑顔を作った。ぎこちない笑顔を見せられた直後、胃の上がキリッと痛んだ。
人間の笑顔を見たあとに、そんな場所が痛むのは初めてだった。あれと思ったが、ローシュによって与えられたストレスで胃痛がするだけだろう。たいしたことはない。エアルは痛みに気づかない振りをして、「そんなに先なのか」と肩を落とす男に「四日なんてあっという間ですよ」と返した。
「エアルにとっては短くても、俺にとっては長いんだよ」
時間のことだろうか。
「人間とフリューゲルでは、時間の流れを感じる速度が違いますからね」
淡々と真実を伝えると、ローシュは何か言いたさげに目を細めて笑った。そして、
「俺と会えない時間が、いつかエアルにも長いと感じるときが来たらいいのに」
独り言を口にしたあと、顔を隠すようにタオルを頭から被り直した。
38
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!
ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。
「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」
なんだか義兄の様子がおかしいのですが…?
このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ!
ファンタジーラブコメBLです。
平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡
【登場人物】
攻→ヴィルヘルム
完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが…
受→レイナード
和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる