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嫌いになれない男
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「……ごめん」
高辻に担がれたままホテルを後にしたあと、奏は歩く男のふくらはぎに落とすように、小さく謝った。
高辻は何も言わず、霧のかかった並木道をただひたすら進んでいく。
自分でも何に対して謝っているのか分からない。休日にもかかわらず時間と労力を使わせ、東京から来てもらったことだろうか。ヒートになって足腰が立たなくなった自分を、こうして運ばせていることだろうか。それとも、もっと別の――――。
ヒートのせいで朦朧とする意識の中、鼻の奥がつんと痛む。
高辻を嫌いになれない自分……そしてその理由に、改めて気がついてしまったからだ。
「なんでおまえ、そんなに優しいの」
高辻は黙ったまま歩みを止めない。それでも奏は伝えたかった。
「……来てくれて、ありがとう……」
震える声で言う。まばたきをすると、一筋の涙が湿気に濡れた地面に吸いこまれるように落ちた。
そう。高辻は優しいのだ。
たしかに言葉や態度は冷たい。だが奏を抱こうとしないのも、時には残酷とも思えるような拒絶をするのも、奏のことが嫌いだからではない。あくまでも奏のことを雇い主として見ているからなのだ。
行動を見れば、いつだって奏のことを最優先に考えてくれているのが分かる。さっきも部屋に連れていかれるのかと思った時は青ざめたものだが、結果的に奏の意思を汲み取り、こうやって連れ出してくれた。
好きだから、この男に抱かれたいと願っていた。でも好きだから……我儘を押し付けても傍にいてくれる男のことを、頭のどこかで不憫だとも思っていた。
本当はずっとそのことに気づいていたはずなのに、見ない振りをしていた。いつか高辻が自分を好きになり、抱いてくれる日が来るんじゃないかと信じていたかったから。
だけどもう、本当にここで終わりにした方がいいのかもしれない。
奏は高辻の肩の上で、力の抜けた腕を振り落とした。呼びかけるように背中を叩く。
「休みの日にすまなかったな。自分で歩けるから……降ろしてくれ」
鼻をすすって涙声を殺し、奏は言う。
「どの口が言っているんですか。そんな体で本当に一人で歩けるとでも?」
「……歩くさ。いい加減一人で……自分で歩かないと」
高辻の足が止まる。奏の口調に、強い意思を感じ取ったのだろう。
奏はもう一度「降ろしてくれ」と訴えた。口を閉ざしたまま、高辻がゆっくりと奏の体を足から降ろしてくれる。
高辻の厚い胸板を支えに、地面に足の裏をつける。目線を上にやった時、高辻と久しぶりに目が合ったような気がした。
「僕、ピルを飲むよ。もう……おまえに迷惑かけたくない、から……」
意外そうな顔をして、高辻は片眉を上げた。
「今すぐピルを飲まれても、ヒートは治まらないと思いますが」
男から火照った体を離し、「わか……って、る」と無理に笑顔をつくる。
周期を鑑みても、明らかにまだヒートになる時期ではない。美弥子の冷静さと慈愛を含んだ笑みを思い出し、奏はゾッとする。
思えばあの美弥子の父親は、本当に自分との見合いを承諾していたのだろうか。美弥子の目的は知らない。が、やはりヒートを誘発する薬か何かを盛られたと考えるのが妥当だろう。
奏は崩れそうになる膝に力を入れて体を支えた。本当は高辻に手を貸してもらいたかったけれど、触れればこちらの決意が揺らぎそうで怖かった。
「……悪いが、抑制剤を買ってきて、もらえない……っか」
奏は肩を抱き、湿り気のあるため息を漏らしながら頼む。
「私が薬局に走っているあいだ、お一人でどうするおつもりですか」
「ど、どこかに……隠れてる……、から」
「そのような濃いフェロモンを垂れ流して、本当に隠れられるとでも?」
「わ、かんな、い……けど……っ」
はあ、と苛立たしそうに高辻が息を吐いた。
「今の状態のあなたを、一人にできるはずがないでしょう。病院に行きましょう」
高辻にグイッと肘を引っ張られる。触れたところからビリッと電流が走ったような感覚が伝わり、奏は思わず高辻の手を弾いた。
こんな風に高辻の手を拒絶したのは初めてだった。自分でも自分の行動に驚いたが、高辻はもっと驚いたようだ。見開かれた目が、奏と弾かれた手を交互に見る。
「……病、院は……行きたく、ない……」
高辻は奏に拒まれた手でギュッと拳を作った。綺麗に切りそろえられた眉根が歪み、見るからに不愉快そうだ。
高校以来、久しぶりにゴミ置き場で再会した高辻の雨に濡れた眉は、ボサボサだった。そんなところも、いいなぁ好きだなぁ、と思いつつ、奏は目の前の男に見惚れたものだ。
「なにを子どもみたいなことを言ってるんですか。まさか注射が怖いだなんて言わないでくださいよ」
高辻が呆れたように前髪を掻き上げる。
何も考えられないくらい体は欲情しているのに、高辻のことを好きだと想う気持ちだけは、いつだってくっきりと輪郭が濃い。
奏は乾いた笑みを浮かべて「そうだよ」とつぶやいた。
「僕は、注射が怖い……子どもの頃、血管が細くてな……っ見えづらかったらしい。打たれる時には看護師によく失敗されたよ。だから今でも、注射が怖いんだ……」
自嘲気味に笑って見上げると、苦渋の表情で見下ろす男の目と目が合う。
所詮子どもの頃の他愛ない話だ。どうして高辻がそんな顔をするのか、分からなかった。
次の瞬間、伸びてきた高辻の手に腕を掴まれた。えっ、と驚いているうちに、高辻は奏の腕を引っ張って並木道を外れた。
男の急な行動に困惑しているうちに連れ込まれたのは、近くの茂みだった。そこは背の低い広葉樹を中心として円を描き、低い雑草の生い茂る場所だった。
伸びっぱなしの芝生のような地面に、奏は押し倒された。服越しに冷たい湿気が伝わる。
見上げると、西日を覆い隠すほどの葉が、高辻の後ろで風に揺れていた。思いのほか冷静な自分が不思議だった。
「……何がおまえの気に障った?」
奏は自身に覆いかぶさる男に尋ねた。
高辻は怒りを湛えた目で、奏を見下ろした。
「注射が苦手で病院にも行けないオメガの雇い主に、呆れたか?」
奏がふっと笑うと、高辻は「違う」と強い口調で否定の言葉を吐いた。
「あなたが……っあんたが自分の価値を分かっていないことに、俺は腹を立てている」
芝生に押し付けられた両手首が痛い。
「……おまえが『俺』って言うの、久しぶりに聞いたな」
言うと、被せ気味に高辻が続ける。
「何度言ってもピルでヒートの周期をコントロールしようとしない。人を見る目もない」
最悪だ、と低い声で言うと、高辻は怒りを湛えた目で奏の目を射抜いた。
「はは……話を飛躍させすぎだ。たかが注射が嫌いな大人子どもの戯言だぞ……」
「玉井美弥子」
単発にその名前を口にしたかと思うと、高辻は「よりによって、なぜあの娘なんですか」と苛々した口調で吐くように言った。
「彼女の父親があなたを毛嫌いしていることは、知っているはずでしょう。それにあの女はフェロモン誘発剤を父親の会社から不正に入手し、数々のオメガをレイプしています。あなたにもお伝えしたことだ」
「……知らない」
「いいえ、私は確かに伝えました。あなたはすぐに人を信用する。だから私はあなたの周辺にいる危険人物をあぶりだし、写真付きのリストをまとめて、あなたに渡したんだ!」
高辻の語気が強くなる。
そういえば以前、どこかの会議のあとに高辻からそんなファイルを受け取ったような気がする。だがそのリストに載っていたのは、危険度合いはよりけりだったものの、ざっと目を通しただけで百人近くいた。
「そんなことを言われたって……ふ、普通覚えられないだろ、そんなにたくさん……。大体、おまえは僕の母から見合い相手のことを聞いてるはずじゃ――」
「たかが秘書の私に、聞く権利があると思いますか? あなたのプライベートを」
おまえならいいよ、と口を開こうとしたが、できなかった。高辻が今だかつてないほどに、怒りを滲ませているのが、分かったからだ。
「まったく……麗子様の紹介だからと油断しましたよ。人を見る目は親子揃って侮れない」
どうしてそんなに怒っているのだろう。今にも殴ってきそうな勢いの男に、喉が恐怖できゅっと縮こまる。
すると緊張で体が強張った影響だろうか。少し波が引いたと思っていた下半身の疼きが、再び強くなっていった。
「あ……っ、はぁ……ん……っ」
高辻以外の目に触れない場所。そんな環境下に置かれ、たまらず声が出てしまう。
その時、手首を押さえつけてくる高辻の手がわずかに緩んだ。タイミングを見計らって男の手から逃げる。仰向けだった体を横に倒すと、草叢の青臭さが鼻につく。
このままでは、また高辻に縋ってしまう。不毛な願望を口にして、より高辻の呆れを買うことになるだろう。それだけは、もう嫌だと思った。この優しい男の顔に失望の表情を浮かばせたいわけじゃないのだ。
笑いあいたかった。高校の同級生だった頃のように名前を呼び合って、他愛のない話をして、ご飯を一緒に食べるだけでよかった。
秘書に誘ったのは、高辻を傍に置いておくためだけのただの口実だ。社長と秘書という関係を超えた先で対等に……ただ高辻に、好きになってもらいたかった。
だけど結局、誰かを誰かの代わりにしようとする人間を、高辻は好きになることはないだろう。人を見る目の無い自分を、好きになりはしないだろう。今なら分かる。
「く、あ……っ、たか、つじ……おねが……抑、せい、剤、を……っ」
奏は雑草を握り締め、懇願する。
下半身を襲う激しい疼きで、息が苦しかった。早く抑制剤を打って、なんとかしなければ、酸欠でどうにかなりそうだ。
その時だった。カチャカチャと金属音が下から聞こえてきた。「な……っ」と目を下にやると、高辻が奏のベルトを緩めていた。
「な、に……何、してるんだっ」
「今、解放して差し上げますよ」
この男は何を言っているんだ。これまでどんなに懇願しても、指一本触れてこなかったはずだ。それなのに、どうして。
「や、だ……っ!」
「拒むんですか。あなたらしくもない」
あっという間にジッパーを開くと、高辻は奏のスラックスと下着を膝まで下ろした。切なくそそり立った中心が、高辻の目前に晒される。恋焦がれた願望が叶おうとしているのに、いざ沸いたのは恥ずかしさだった。
嫌だ嫌だと抵抗するうちに、腹につくまで膝を折られてしまう。ヒクヒクと脈打つ後部の口に息を吹きかけられ、「う、ぁ……っ」と奏は首をのけぞらせた。
奏の中心に、高辻の手が指先から触れてきた。たくましい手に全体を包まれた瞬間、奏はすぐに果ててしまった。
「……こんな状態で、一体どこに隠れるつもりだったんですかね」
そう言って、高辻は奏が放った精液を指に絡ませた。白い粘度のある液体が男の指から手のひらを伝う。
射精はしたものの、満足感を得られたのは一瞬だけだった。
高辻は指にまとわりつく粘液を、奏の後ろに塗り込んだ。中指の第一関節をツプッと挿れられただけで、全身が快感を拾ってしまう。
もっと奥まで来てほしい、そのまま疼く場所を抉るつもりで擦ってほしい――本能の波に襲われる。衝動がより強く全身で叫ぶのを感じる。だが、わずかに残る理性が、奏にそれを許さなかった。
「や……めろ……っ!」
同情でもいいから抱いてもらいたいなんて嘘だった。そのことに気づいた今、こんな状況で高辻に慰められたくはない。
奏は両手で口を押さえながら、高辻の指から逃げようと腰を引く。逃げたのも束の間、背中が硬い木の表面に当たり、逃げ場を失う。
高辻が何を考えているのか分からなかった。だから抱かれたくない。そう思っているはずなのに、こちらをじっと見据える高辻の瞳には、情けないほど欲情した自分が映っていた。
「あ……っはあ、あ……っふ、う……っい、や……ん……っ」
男の指で中から腹側を押し上げられるたび、濡れた声が口からこぼれる。息も絶え絶えに奏は「や……っめ、ろ……っ」と訴える。
「ずっと欲しがっていたのはあなたですよ」
高辻は怒気を孕んだ低い声で言った。
退路を断たれた先に待っていたのは、高辻の手淫だった。高辻は容赦なく指を根本まで挿れると、奏のクルミ大のそこを捏ねるように揉んだ。一本から二本になり、愛液に溢れた奏のそこは、あっという間に三本の指を受け入れるまでになった。
射精の伴わない絶頂を迎えたのも、もう何度目になるだろう。木に背を預けた奏の下半身は、股関節まわりから膝までの広範囲を愛液で光らせている。
「……っあ、は……っん……っそこ、ばっ……か……やめ……っあぁ」
ドロドロに溶かされ、意識が混濁してくる。口ではやめろと言えるのに、高辻の指に腹を掻きまわされると体が『もっと』と反応する。
奏は高辻の肩に爪を立て、服を握り締める。
「や、め……やめ、ない、で……ん、っや、めて……っ挿れ……って……っ」
「自分でも何を言ってるか、分からなくなっていますね」
耳元で言われると、ビクビクッと体が痙攣する。また、だ。
「あぁ……っ!」
何度も絶頂を迎え、体が疲労で辛かった。でも腹の最奥が疼いてしょうがない。指ではなく、もっと太くて長いもので突いてほしい。
ヒートとはいえ、さっきまで拒絶していたとは思えないほど乱れる自分が嫌だった。高辻の指を受け入れる自分に虚しくなった。
「……っ濃いな」
高辻がボソッと言いながら片手を鼻にやる。朦朧とする意識の中見上げると、高辻の薄く開けられた唇から吐息が聞こえてくる。歪んだ表情から、男が欲情しているのが分かった。
アルファ用の抗フェロモン剤を飲んでいても、長時間にわたってオメガのフェロモンを浴び続けていると、薬剤の効果は薄まるのだ。
徐々に高辻の息が荒くなる。互いの声が混じり合う。ふと目をやると、高辻のそこはスラックスの下で隆起していた。
布越しに見ただけで腰にくる。すべて忘れて、目の前で自分に欲情する男のことだけしか考えられなくなる。
相手も本能と理性のあいだで闘っているのだろう。高辻は「あぁ……っクソ」と漏らし、前髪をガシガシと乱暴に掻いた。奏は力の入らない腕を伸ばして、高辻のそこに触れた。布を挟んでも熱が伝わってくるようだった。
「こ、れ……っほし、い……っ」
見上げて訴える。
完全に欲情した目をしている高辻は、
「あなたには……世間知らずな……優しい金持ちがお似合いだと、思っていました……」
と途切れ途切れに言った。
それから自身の腰にあるベルトに手をかけ、手早く緩めた。奏の前で、赤黒く光る高辻のペニスが露わになる。
ずっと待ち望んでいたそれは、先走りに光っていた。さすがアルファのペニスだ。奏が想像していた以上に太く、そして長かった。
こんな猛々しいもので疼く体内を抉られたら、自分はどうなってしまうんだろう……期待と不安で腹の奥がズクンと疼く。
次の瞬間、高辻は奏の両膝を抱えて持ち上げた。背もたれにしていた木から、再び草叢の上に倒される。やっと挿れてもらえる。そう期待したのも束の間だった。
のしかかってきた高辻は、奏の膝を抱えたまま太もものわずかな隙間にペニスを挟み、腰を動かし始めたのだった。
「なん、でぇ……っ?」
思わず落胆の声が情けなく出てしまう。高辻が腰を突き出してくるたびに、たくましいペニスと自身の腹のあいだでペニスを潰されるのは気持ちよかった。
だが、もっと欲しい場所は別のところだ。
「はっ、あっ、んっ……そこ、じゃな……っ」
突き上げられながら、奏は首を横に振る。だが高辻は短く息をつきながら、奏の太もものあいだでペニスを抜き差しするだけだった。
発情しているアルファとオメガがセックスした場合、高確率で妊娠するといわれている。高辻が自分を妊娠させないよう気を遣ってくれているのが分かった。
だが、肌のぶつかり合う音はセックスを連想させるのに、望んでいたものとは異なる刺激が切なかった。欲しいのに、最後まで手に入らない。刺激も、この男も――。
「り、ひと……っお、ねが……っ」
奏の太ももを抱く男の腕に、手を伸ばす。はじめはこの腕に優しく抱きしめてもらいたかった。ただそれだけだったはずなのに、求めすぎたがゆえに何も手に入らなかった。
「ぼ、く……の秘書、にな……って、後、悔……して、る、か……っ?」
高辻は口を閉ざしたまま腰を振り続ける。
高辻が答えないのも想定内だ。無視されることにも、拒絶されることにも慣れすぎた。
でも、これで最後だ。最後にするから、願いを口にしても、いいだろうか。
揺さぶられながら、奏は相手を見上げる。
「……頭……あた、ま……撫で、て……」
また無視されるものだと思っていたから、高辻の手が伸びてきた時にはびっくりした。さわさわと額から頭の横を撫でられ、嬉しいのに胸がチリッと痛む。
もう十分だ、と泣きそうになったその時だった。奏の太ももを抱えていた高辻が、合わせられた太ももを開き、割って入ってきた。頭を優しい手つきで支えられながら、柔らかいものに唇を塞がれる。
一瞬、何をされているのか理解できなかった。困惑しているうちに、生暖かいものがぬるりと口内に侵入してくる。奏はそこでようやく、高辻に口付けられていることを知った。
「ん……っふ、う……ん……っ」
歯茎を舐められ、舌の根本から先までを絡めとられる。キスをするのは生まれて初めてだ。しかも相手が高辻だなんて――。ぎこちない動きでしか返せない自分に焦りつつ、奏は口いっぱいに高辻を感じた。
唇と舌を絡ませながら、高辻は互いのペニスを包み込んだ。そしてペニスの裏を擦り合わせるようにして、上下に扱きはじめた。互いの体液が泡立ち、グチュグチュと卑猥な音が耳を刺激する。
疼く場所を擦りあげられているわけじゃないのに、気持ちよくてたまらなかった。心が満たされる。同時に悲しかった。
きっと高辻も、これが奏の最後の望みだと分かっている。だから応えてくれたのだ。そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
だとしたら、覚えておこう。高辻の唇の感触に舌の熱さ、手の大きさ、肌の触り心地、そして頭を撫でた手の優しさを――。
「はっ……理っ、と……きも、ち、い……っ」
息継ぎの合間に、奏は相手に伝える。欲張って高辻の首に手を回してみたが、これも拒まれることはなかった。恋人同士のように抱き合うこの時間が、永遠に続けばいいのに。そうは思っても、高辻の手によって性感は絶頂に向かって高められていく。
やがて大きな波が全身を駆け巡る感覚に、奏は震えた。与えられていたのは外からの刺激だけだったが、中への刺激で果てるような感覚だった。
「…………っ!」
大きすぎる絶頂に、声も出ない。高辻の体にすがりつくことしかできない。
一歩遅れて、高辻も「くっ……」と声を漏らし、体を震わせる。同時に奏の腹の上に、生暖かいものが放たれる。
果てたことで冷静さを取り戻したのか、高辻の唇は離れていった。追いかけてしまいそうになる舌の中心に力を込め、思いとどまる。
けれど、高辻の唇は再び降ってきた。唇に唇を覆われ、不意打ちのプレゼントに涙ぐむ。死んでもいい、と思った。
高辻に担がれたままホテルを後にしたあと、奏は歩く男のふくらはぎに落とすように、小さく謝った。
高辻は何も言わず、霧のかかった並木道をただひたすら進んでいく。
自分でも何に対して謝っているのか分からない。休日にもかかわらず時間と労力を使わせ、東京から来てもらったことだろうか。ヒートになって足腰が立たなくなった自分を、こうして運ばせていることだろうか。それとも、もっと別の――――。
ヒートのせいで朦朧とする意識の中、鼻の奥がつんと痛む。
高辻を嫌いになれない自分……そしてその理由に、改めて気がついてしまったからだ。
「なんでおまえ、そんなに優しいの」
高辻は黙ったまま歩みを止めない。それでも奏は伝えたかった。
「……来てくれて、ありがとう……」
震える声で言う。まばたきをすると、一筋の涙が湿気に濡れた地面に吸いこまれるように落ちた。
そう。高辻は優しいのだ。
たしかに言葉や態度は冷たい。だが奏を抱こうとしないのも、時には残酷とも思えるような拒絶をするのも、奏のことが嫌いだからではない。あくまでも奏のことを雇い主として見ているからなのだ。
行動を見れば、いつだって奏のことを最優先に考えてくれているのが分かる。さっきも部屋に連れていかれるのかと思った時は青ざめたものだが、結果的に奏の意思を汲み取り、こうやって連れ出してくれた。
好きだから、この男に抱かれたいと願っていた。でも好きだから……我儘を押し付けても傍にいてくれる男のことを、頭のどこかで不憫だとも思っていた。
本当はずっとそのことに気づいていたはずなのに、見ない振りをしていた。いつか高辻が自分を好きになり、抱いてくれる日が来るんじゃないかと信じていたかったから。
だけどもう、本当にここで終わりにした方がいいのかもしれない。
奏は高辻の肩の上で、力の抜けた腕を振り落とした。呼びかけるように背中を叩く。
「休みの日にすまなかったな。自分で歩けるから……降ろしてくれ」
鼻をすすって涙声を殺し、奏は言う。
「どの口が言っているんですか。そんな体で本当に一人で歩けるとでも?」
「……歩くさ。いい加減一人で……自分で歩かないと」
高辻の足が止まる。奏の口調に、強い意思を感じ取ったのだろう。
奏はもう一度「降ろしてくれ」と訴えた。口を閉ざしたまま、高辻がゆっくりと奏の体を足から降ろしてくれる。
高辻の厚い胸板を支えに、地面に足の裏をつける。目線を上にやった時、高辻と久しぶりに目が合ったような気がした。
「僕、ピルを飲むよ。もう……おまえに迷惑かけたくない、から……」
意外そうな顔をして、高辻は片眉を上げた。
「今すぐピルを飲まれても、ヒートは治まらないと思いますが」
男から火照った体を離し、「わか……って、る」と無理に笑顔をつくる。
周期を鑑みても、明らかにまだヒートになる時期ではない。美弥子の冷静さと慈愛を含んだ笑みを思い出し、奏はゾッとする。
思えばあの美弥子の父親は、本当に自分との見合いを承諾していたのだろうか。美弥子の目的は知らない。が、やはりヒートを誘発する薬か何かを盛られたと考えるのが妥当だろう。
奏は崩れそうになる膝に力を入れて体を支えた。本当は高辻に手を貸してもらいたかったけれど、触れればこちらの決意が揺らぎそうで怖かった。
「……悪いが、抑制剤を買ってきて、もらえない……っか」
奏は肩を抱き、湿り気のあるため息を漏らしながら頼む。
「私が薬局に走っているあいだ、お一人でどうするおつもりですか」
「ど、どこかに……隠れてる……、から」
「そのような濃いフェロモンを垂れ流して、本当に隠れられるとでも?」
「わ、かんな、い……けど……っ」
はあ、と苛立たしそうに高辻が息を吐いた。
「今の状態のあなたを、一人にできるはずがないでしょう。病院に行きましょう」
高辻にグイッと肘を引っ張られる。触れたところからビリッと電流が走ったような感覚が伝わり、奏は思わず高辻の手を弾いた。
こんな風に高辻の手を拒絶したのは初めてだった。自分でも自分の行動に驚いたが、高辻はもっと驚いたようだ。見開かれた目が、奏と弾かれた手を交互に見る。
「……病、院は……行きたく、ない……」
高辻は奏に拒まれた手でギュッと拳を作った。綺麗に切りそろえられた眉根が歪み、見るからに不愉快そうだ。
高校以来、久しぶりにゴミ置き場で再会した高辻の雨に濡れた眉は、ボサボサだった。そんなところも、いいなぁ好きだなぁ、と思いつつ、奏は目の前の男に見惚れたものだ。
「なにを子どもみたいなことを言ってるんですか。まさか注射が怖いだなんて言わないでくださいよ」
高辻が呆れたように前髪を掻き上げる。
何も考えられないくらい体は欲情しているのに、高辻のことを好きだと想う気持ちだけは、いつだってくっきりと輪郭が濃い。
奏は乾いた笑みを浮かべて「そうだよ」とつぶやいた。
「僕は、注射が怖い……子どもの頃、血管が細くてな……っ見えづらかったらしい。打たれる時には看護師によく失敗されたよ。だから今でも、注射が怖いんだ……」
自嘲気味に笑って見上げると、苦渋の表情で見下ろす男の目と目が合う。
所詮子どもの頃の他愛ない話だ。どうして高辻がそんな顔をするのか、分からなかった。
次の瞬間、伸びてきた高辻の手に腕を掴まれた。えっ、と驚いているうちに、高辻は奏の腕を引っ張って並木道を外れた。
男の急な行動に困惑しているうちに連れ込まれたのは、近くの茂みだった。そこは背の低い広葉樹を中心として円を描き、低い雑草の生い茂る場所だった。
伸びっぱなしの芝生のような地面に、奏は押し倒された。服越しに冷たい湿気が伝わる。
見上げると、西日を覆い隠すほどの葉が、高辻の後ろで風に揺れていた。思いのほか冷静な自分が不思議だった。
「……何がおまえの気に障った?」
奏は自身に覆いかぶさる男に尋ねた。
高辻は怒りを湛えた目で、奏を見下ろした。
「注射が苦手で病院にも行けないオメガの雇い主に、呆れたか?」
奏がふっと笑うと、高辻は「違う」と強い口調で否定の言葉を吐いた。
「あなたが……っあんたが自分の価値を分かっていないことに、俺は腹を立てている」
芝生に押し付けられた両手首が痛い。
「……おまえが『俺』って言うの、久しぶりに聞いたな」
言うと、被せ気味に高辻が続ける。
「何度言ってもピルでヒートの周期をコントロールしようとしない。人を見る目もない」
最悪だ、と低い声で言うと、高辻は怒りを湛えた目で奏の目を射抜いた。
「はは……話を飛躍させすぎだ。たかが注射が嫌いな大人子どもの戯言だぞ……」
「玉井美弥子」
単発にその名前を口にしたかと思うと、高辻は「よりによって、なぜあの娘なんですか」と苛々した口調で吐くように言った。
「彼女の父親があなたを毛嫌いしていることは、知っているはずでしょう。それにあの女はフェロモン誘発剤を父親の会社から不正に入手し、数々のオメガをレイプしています。あなたにもお伝えしたことだ」
「……知らない」
「いいえ、私は確かに伝えました。あなたはすぐに人を信用する。だから私はあなたの周辺にいる危険人物をあぶりだし、写真付きのリストをまとめて、あなたに渡したんだ!」
高辻の語気が強くなる。
そういえば以前、どこかの会議のあとに高辻からそんなファイルを受け取ったような気がする。だがそのリストに載っていたのは、危険度合いはよりけりだったものの、ざっと目を通しただけで百人近くいた。
「そんなことを言われたって……ふ、普通覚えられないだろ、そんなにたくさん……。大体、おまえは僕の母から見合い相手のことを聞いてるはずじゃ――」
「たかが秘書の私に、聞く権利があると思いますか? あなたのプライベートを」
おまえならいいよ、と口を開こうとしたが、できなかった。高辻が今だかつてないほどに、怒りを滲ませているのが、分かったからだ。
「まったく……麗子様の紹介だからと油断しましたよ。人を見る目は親子揃って侮れない」
どうしてそんなに怒っているのだろう。今にも殴ってきそうな勢いの男に、喉が恐怖できゅっと縮こまる。
すると緊張で体が強張った影響だろうか。少し波が引いたと思っていた下半身の疼きが、再び強くなっていった。
「あ……っ、はぁ……ん……っ」
高辻以外の目に触れない場所。そんな環境下に置かれ、たまらず声が出てしまう。
その時、手首を押さえつけてくる高辻の手がわずかに緩んだ。タイミングを見計らって男の手から逃げる。仰向けだった体を横に倒すと、草叢の青臭さが鼻につく。
このままでは、また高辻に縋ってしまう。不毛な願望を口にして、より高辻の呆れを買うことになるだろう。それだけは、もう嫌だと思った。この優しい男の顔に失望の表情を浮かばせたいわけじゃないのだ。
笑いあいたかった。高校の同級生だった頃のように名前を呼び合って、他愛のない話をして、ご飯を一緒に食べるだけでよかった。
秘書に誘ったのは、高辻を傍に置いておくためだけのただの口実だ。社長と秘書という関係を超えた先で対等に……ただ高辻に、好きになってもらいたかった。
だけど結局、誰かを誰かの代わりにしようとする人間を、高辻は好きになることはないだろう。人を見る目の無い自分を、好きになりはしないだろう。今なら分かる。
「く、あ……っ、たか、つじ……おねが……抑、せい、剤、を……っ」
奏は雑草を握り締め、懇願する。
下半身を襲う激しい疼きで、息が苦しかった。早く抑制剤を打って、なんとかしなければ、酸欠でどうにかなりそうだ。
その時だった。カチャカチャと金属音が下から聞こえてきた。「な……っ」と目を下にやると、高辻が奏のベルトを緩めていた。
「な、に……何、してるんだっ」
「今、解放して差し上げますよ」
この男は何を言っているんだ。これまでどんなに懇願しても、指一本触れてこなかったはずだ。それなのに、どうして。
「や、だ……っ!」
「拒むんですか。あなたらしくもない」
あっという間にジッパーを開くと、高辻は奏のスラックスと下着を膝まで下ろした。切なくそそり立った中心が、高辻の目前に晒される。恋焦がれた願望が叶おうとしているのに、いざ沸いたのは恥ずかしさだった。
嫌だ嫌だと抵抗するうちに、腹につくまで膝を折られてしまう。ヒクヒクと脈打つ後部の口に息を吹きかけられ、「う、ぁ……っ」と奏は首をのけぞらせた。
奏の中心に、高辻の手が指先から触れてきた。たくましい手に全体を包まれた瞬間、奏はすぐに果ててしまった。
「……こんな状態で、一体どこに隠れるつもりだったんですかね」
そう言って、高辻は奏が放った精液を指に絡ませた。白い粘度のある液体が男の指から手のひらを伝う。
射精はしたものの、満足感を得られたのは一瞬だけだった。
高辻は指にまとわりつく粘液を、奏の後ろに塗り込んだ。中指の第一関節をツプッと挿れられただけで、全身が快感を拾ってしまう。
もっと奥まで来てほしい、そのまま疼く場所を抉るつもりで擦ってほしい――本能の波に襲われる。衝動がより強く全身で叫ぶのを感じる。だが、わずかに残る理性が、奏にそれを許さなかった。
「や……めろ……っ!」
同情でもいいから抱いてもらいたいなんて嘘だった。そのことに気づいた今、こんな状況で高辻に慰められたくはない。
奏は両手で口を押さえながら、高辻の指から逃げようと腰を引く。逃げたのも束の間、背中が硬い木の表面に当たり、逃げ場を失う。
高辻が何を考えているのか分からなかった。だから抱かれたくない。そう思っているはずなのに、こちらをじっと見据える高辻の瞳には、情けないほど欲情した自分が映っていた。
「あ……っはあ、あ……っふ、う……っい、や……ん……っ」
男の指で中から腹側を押し上げられるたび、濡れた声が口からこぼれる。息も絶え絶えに奏は「や……っめ、ろ……っ」と訴える。
「ずっと欲しがっていたのはあなたですよ」
高辻は怒気を孕んだ低い声で言った。
退路を断たれた先に待っていたのは、高辻の手淫だった。高辻は容赦なく指を根本まで挿れると、奏のクルミ大のそこを捏ねるように揉んだ。一本から二本になり、愛液に溢れた奏のそこは、あっという間に三本の指を受け入れるまでになった。
射精の伴わない絶頂を迎えたのも、もう何度目になるだろう。木に背を預けた奏の下半身は、股関節まわりから膝までの広範囲を愛液で光らせている。
「……っあ、は……っん……っそこ、ばっ……か……やめ……っあぁ」
ドロドロに溶かされ、意識が混濁してくる。口ではやめろと言えるのに、高辻の指に腹を掻きまわされると体が『もっと』と反応する。
奏は高辻の肩に爪を立て、服を握り締める。
「や、め……やめ、ない、で……ん、っや、めて……っ挿れ……って……っ」
「自分でも何を言ってるか、分からなくなっていますね」
耳元で言われると、ビクビクッと体が痙攣する。また、だ。
「あぁ……っ!」
何度も絶頂を迎え、体が疲労で辛かった。でも腹の最奥が疼いてしょうがない。指ではなく、もっと太くて長いもので突いてほしい。
ヒートとはいえ、さっきまで拒絶していたとは思えないほど乱れる自分が嫌だった。高辻の指を受け入れる自分に虚しくなった。
「……っ濃いな」
高辻がボソッと言いながら片手を鼻にやる。朦朧とする意識の中見上げると、高辻の薄く開けられた唇から吐息が聞こえてくる。歪んだ表情から、男が欲情しているのが分かった。
アルファ用の抗フェロモン剤を飲んでいても、長時間にわたってオメガのフェロモンを浴び続けていると、薬剤の効果は薄まるのだ。
徐々に高辻の息が荒くなる。互いの声が混じり合う。ふと目をやると、高辻のそこはスラックスの下で隆起していた。
布越しに見ただけで腰にくる。すべて忘れて、目の前で自分に欲情する男のことだけしか考えられなくなる。
相手も本能と理性のあいだで闘っているのだろう。高辻は「あぁ……っクソ」と漏らし、前髪をガシガシと乱暴に掻いた。奏は力の入らない腕を伸ばして、高辻のそこに触れた。布を挟んでも熱が伝わってくるようだった。
「こ、れ……っほし、い……っ」
見上げて訴える。
完全に欲情した目をしている高辻は、
「あなたには……世間知らずな……優しい金持ちがお似合いだと、思っていました……」
と途切れ途切れに言った。
それから自身の腰にあるベルトに手をかけ、手早く緩めた。奏の前で、赤黒く光る高辻のペニスが露わになる。
ずっと待ち望んでいたそれは、先走りに光っていた。さすがアルファのペニスだ。奏が想像していた以上に太く、そして長かった。
こんな猛々しいもので疼く体内を抉られたら、自分はどうなってしまうんだろう……期待と不安で腹の奥がズクンと疼く。
次の瞬間、高辻は奏の両膝を抱えて持ち上げた。背もたれにしていた木から、再び草叢の上に倒される。やっと挿れてもらえる。そう期待したのも束の間だった。
のしかかってきた高辻は、奏の膝を抱えたまま太もものわずかな隙間にペニスを挟み、腰を動かし始めたのだった。
「なん、でぇ……っ?」
思わず落胆の声が情けなく出てしまう。高辻が腰を突き出してくるたびに、たくましいペニスと自身の腹のあいだでペニスを潰されるのは気持ちよかった。
だが、もっと欲しい場所は別のところだ。
「はっ、あっ、んっ……そこ、じゃな……っ」
突き上げられながら、奏は首を横に振る。だが高辻は短く息をつきながら、奏の太もものあいだでペニスを抜き差しするだけだった。
発情しているアルファとオメガがセックスした場合、高確率で妊娠するといわれている。高辻が自分を妊娠させないよう気を遣ってくれているのが分かった。
だが、肌のぶつかり合う音はセックスを連想させるのに、望んでいたものとは異なる刺激が切なかった。欲しいのに、最後まで手に入らない。刺激も、この男も――。
「り、ひと……っお、ねが……っ」
奏の太ももを抱く男の腕に、手を伸ばす。はじめはこの腕に優しく抱きしめてもらいたかった。ただそれだけだったはずなのに、求めすぎたがゆえに何も手に入らなかった。
「ぼ、く……の秘書、にな……って、後、悔……して、る、か……っ?」
高辻は口を閉ざしたまま腰を振り続ける。
高辻が答えないのも想定内だ。無視されることにも、拒絶されることにも慣れすぎた。
でも、これで最後だ。最後にするから、願いを口にしても、いいだろうか。
揺さぶられながら、奏は相手を見上げる。
「……頭……あた、ま……撫で、て……」
また無視されるものだと思っていたから、高辻の手が伸びてきた時にはびっくりした。さわさわと額から頭の横を撫でられ、嬉しいのに胸がチリッと痛む。
もう十分だ、と泣きそうになったその時だった。奏の太ももを抱えていた高辻が、合わせられた太ももを開き、割って入ってきた。頭を優しい手つきで支えられながら、柔らかいものに唇を塞がれる。
一瞬、何をされているのか理解できなかった。困惑しているうちに、生暖かいものがぬるりと口内に侵入してくる。奏はそこでようやく、高辻に口付けられていることを知った。
「ん……っふ、う……ん……っ」
歯茎を舐められ、舌の根本から先までを絡めとられる。キスをするのは生まれて初めてだ。しかも相手が高辻だなんて――。ぎこちない動きでしか返せない自分に焦りつつ、奏は口いっぱいに高辻を感じた。
唇と舌を絡ませながら、高辻は互いのペニスを包み込んだ。そしてペニスの裏を擦り合わせるようにして、上下に扱きはじめた。互いの体液が泡立ち、グチュグチュと卑猥な音が耳を刺激する。
疼く場所を擦りあげられているわけじゃないのに、気持ちよくてたまらなかった。心が満たされる。同時に悲しかった。
きっと高辻も、これが奏の最後の望みだと分かっている。だから応えてくれたのだ。そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
だとしたら、覚えておこう。高辻の唇の感触に舌の熱さ、手の大きさ、肌の触り心地、そして頭を撫でた手の優しさを――。
「はっ……理っ、と……きも、ち、い……っ」
息継ぎの合間に、奏は相手に伝える。欲張って高辻の首に手を回してみたが、これも拒まれることはなかった。恋人同士のように抱き合うこの時間が、永遠に続けばいいのに。そうは思っても、高辻の手によって性感は絶頂に向かって高められていく。
やがて大きな波が全身を駆け巡る感覚に、奏は震えた。与えられていたのは外からの刺激だけだったが、中への刺激で果てるような感覚だった。
「…………っ!」
大きすぎる絶頂に、声も出ない。高辻の体にすがりつくことしかできない。
一歩遅れて、高辻も「くっ……」と声を漏らし、体を震わせる。同時に奏の腹の上に、生暖かいものが放たれる。
果てたことで冷静さを取り戻したのか、高辻の唇は離れていった。追いかけてしまいそうになる舌の中心に力を込め、思いとどまる。
けれど、高辻の唇は再び降ってきた。唇に唇を覆われ、不意打ちのプレゼントに涙ぐむ。死んでもいい、と思った。
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