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13.たった一人の ※R18
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白井と別れてから、煌に「腹は?」と訊かれ、優鶴は昨夜から自分が何も食べていなかったことを思い出した。
激しい空腹感に襲われ、家まで待てる気がしなかった。コンビニで買ったおにぎり片手に二人で花井田公園へと向かう。
「俺、ここで食べたくないんだけど」
以前、ここで白井を襲いかけたことを思い出したのか、公園の入口で煌は言った。
「そうか? 子どもの頃よく遊んだじゃん」
優鶴は言い、ブランコに座っておにぎりのプラスチック包装を剥いだ。歯に食いこむ海苔の風味を感じながら食べていると、煌は「兄貴って意外と神経図太いよな」とフッと笑ってブランコの上に立って漕いだ。
優鶴の懇願に、はじめは戸惑っていた白井だった。が、思ったよりも早く冷静な態度を取り戻し、「少し焦ってました」と口を開いた。
「僕、昔から人を全然好きになれなかったんです。性欲も薄いし、フェロモンの量も一般的なオメガより少ないって言われてたから……さすがに『運命の番』が相手だったら、好きになれるかもって思っていたのかもしれません」
白井は自嘲気味に苦笑した。
「でもどうなんだろう。そんなこと思ってる時点で、人を好きになるの向いてないなって、どこかでわかってもいて……これに懲りて、一人で生きていく決心が着きました」
優鶴には、それが白井の本心だとはなんとなく思えなかった。「こんなこと言う権利ないかもしれないけど」と前置きしつつ言った。
「運命はともかく、縁はたくさん転がってるんじゃないかな。君のまわりにも」
優鶴の言葉に白井は何も言わなかった。ただ優鶴と煌の連絡先を事務的に消し、ペコッと頭を下げると背を向けて去っていった。
花井田公園でおにぎりを食べ終わったあと、優鶴と煌は手をつないで自宅を目指した。先に相手の手をとったのは、優鶴だった。
並んで歩く際、かすめた煌の手をそのまま握りしめると、煌は「兄貴の手、小さい」と泣きそうな声で笑った。
煌とはキスもしたし、合意の上ではなかったがそれ以上のこともしている。それなのに、手を握られただけで恥ずかしそうに下を向く煌のことを、優鶴は可愛いと思った。
家に帰ったのは、昼下がりだった。玄関に入るなり、煌が後ろから抱きしめてきた。首の後ろに鼻を押しつけられる。スンと匂いを嗅がれ、以前襲われた際、『これじゃない』と言われたことが頭をよぎった。反射的に煌の身体から逃げようとしたが、抱擁する煌の腕にぎゅっと閉じこめられる。
「や、やめろっ」
首の後ろを手で覆ったが、煌はその手をどかし、嫌というほど優鶴の身体じゅうに鼻をくっつけてあちこちの匂いを嗅いできた。優鶴の匂いを堪能したのか、しばらくすると煌は優鶴の身体から鼻を離して笑った。
「兄貴の匂いだ」
たまらなかった。どんな言葉より嬉しくて、そして怖い言葉だった。優鶴は身体の向きを変え、煌の胸元を掴んで訴えた。
「俺の匂いを忘れたら承知しないからな」
伸びてきた両手に頬を覆われ、優しく引き寄せられた先にあったのは煌の唇。ついばむように優鶴の唇を食んだあと、煌は言った。
「そっちこそ他の誰かと俺をくっつけようとするなよ。二度と」
再び唇を覆われる。斜めに押し当てられたそれは柔らかく、少し乾燥していた。繋がったそこから、ぬるりと生温かいものが優鶴の口内に侵入してくる。
舌の付け根から先端を舐められ、強く吸われると、何も考えられなくなった。煌の舌に舌や歯茎を犯され、やっと解放してもらったとき、互いの舌を唾液の糸が引いた。
「……聞いてる?」
煌が顔を覗いてくる。どれだけみっともない顔をしていたのだろうか。煌は「その顔反則だろ」と眉を歪ませ、優鶴の手を引いた。
引っ張られながら階段を上がり、煌が向かったのは寝室だった。優鶴をダブルサイズのベッドに転がすと、煌はあとから膝をついてマットレスに乗ってきた。優鶴の顔の横に手をつき、覆いかぶさってくる。
鋭い目に見下ろされ、優鶴は今更ながら顔が熱くなるのを感じた。「す、するのか?」と訊くと、煌はバツが悪そうな顔をした。
「体調も万全じゃないだろうし、その……前が酷かったから、嫌だったらやめる」
前、というのはおそらく無理やり優鶴を抱きかけたときのことだろう。申し訳なさそうに、煌は頭上でうなだれた。そんな男に向けて、優鶴は手を伸ばした。頬を指でなぞると、煌は「俺、情けねえな」と自信なさげに目を細めて優鶴の手のひらに頬をこすりつけてくる。
「こいよ。俺だって忘れられちゃたまんない」
下から言うと、煌はゴクリと唾を飲んだ。そして戸惑いと嬉しさを奥歯に隠したような口角を、上にもちあげた。
それから煌の手により、優鶴は汗で重たくなったスウェットを上下とも脱がされた。肌を隠すものをすべて奪われた際、恥ずかしさで枕を前に抱いた。だが、すぐに同じく全裸になった煌から枕を奪われた。
「恥ずかしいの?」
意地悪っぽく訊かれ、「あ、あたりまえだろ」と口ごもりながら言う。煌は「くそ可愛い」と言って優鶴の手首をベッドに押しつけ、チュッと軽いキスを唇に落としてきた。触れるほどのキスは、煌が舌を駆使してきたことによって徐々に深いものへと変わっていく。
どれだけキスをしていただろう。煌の舌の動きについていくのがやっとで、優鶴は息を吸うのもままならない。口の端から漏れた互いの唾液が耳の後ろに流れ、ベッドに小さな染みをつくっていることにも気づかなかった。軽い酸欠が心地よくて、とろけそうになる。
唇がやっと離れる。離れたら離れたで名残惜しくなり、かすれた声が出てしまう。
「おまえ……うますぎんだろ」
煌に「気持ちよかった?」と尋ねられ、「バカ」と言い返す。その声は自分のものとは思えないほど熱を帯びているような気がして、恥ずかしくなった。
煌は優鶴をうつ伏せにしすると、腰を高く上げるよう優しく命じてきた。優鶴は枕に顔をうずめ、言われるがまま腰を上げた。
すぐに挿れてくるのかと身構えたが、入ってきたものは予想よりもはるかに細いものだった。それが煌の指だと気づいたのは、そこを広げるように優しく出し入れされたからだ。
ゆっくりと入口を行き来する指の動きに意識を向けていると、妙な感覚に襲われる。気持ちいいとはいえないけれど、なんだかむずがゆいような不思議な感覚が下半身に集まる。不快だとは思わなかった。
「指、何本入ってるかわかる?」
「わ、かんな……っ」
三本、と耳元で告げられ、羞恥心で枕カバーを噛む。後ろをほぐされながら、背中から伸びてきた手が胸の上で止まった。滑りやすくしているのだろう。煌の唾液で濡れた指の腹でこねまわされると、たまらなくなって腰が勝手に動いた。肝心の前がもどかしい。刺激がもっとほしくて、優鶴は自分の手をそこに伸ばした。
だが、煌の手によって止められてしまう。
「や……っそこ、さわり、たい……っ」
振り返って後ろにいる男に懇願すると、煌にくるっと仰向けにさせられた。
「そういうときは『触って』って言うんだよ」
煌は優鶴の下半身に顔をうずめた。張りつめていた性器が生温かい粘膜に覆われる。他の箇所を散々愛撫されていたためか、煌の口内と舌が付け根から鈴口までを数回行き来しただけで、優鶴はあっという間に煌の口の中で達してしまった。
咄嗟に「ご、ごめんっ」と謝ると、優鶴のそこから口を離した煌の三白眼と目が合った。煌の喉がゴクッと鳴る。驚いて「飲んだ……のか?」と訊くと、煌はニヤッと笑って口の端を親指で拭った。
「挿れてもいい?」
「そ、そういうこと訊くなよ……」
煌は笑ってこの前通販で買ったというコンドームを自身の性器に被せた。その様子を見ていると、優鶴の胸に小さな不安が芽吹く。
「あのさ、煌はその……興奮してるか?」
「は?」煌が怪訝そうな目をこちらに向ける。
「なんか余裕だなって思ったからさ」
すると煌はハアとため息をついた。
「余裕なんてあるわけないだろっ」
煌に強く抱きしめられる。ぴたりと合わさった胸のあたりから、ドクドクと速く刻まれる鼓動の音が肌を介して伝わってくる。
「本能丸出しの男とかダサいだろ。これでも我慢してんだよ」
ふて腐れた煌の声を聞いて、クスッとなった。「今おまえが言うかって思っただろ」と声が降ってくる。「ちょっと思った」と返すと、煌はむっとしたのか再びベッドに仰向けに押し倒してきた。
それからどちらからともなくキスをして、ゆっくりと体内に侵入してくる煌のそれを優鶴は受け入れた。圧迫感で少し息が苦しかったが、たっぷりほぐしてもらったおかげで、痛くはなかった。むしろ腹側にある部分にずっしりと感じる煌の圧に、たまらない感覚が徐々に押し寄せてくるのを感じる。
「どう? 苦しくない……?」
優鶴は首を横に振った。むしろ――。
「う、ご……て……」
「なに? 悪い。よく聞こえなかった」
「早、く……うご、け……っ」
煌の頭に両腕を回し、懇願する。疼く場所を早く擦り上げてほしかった。自分の中で理性を振り払って、めちゃくちゃにしてほしいと思った。
「おまえのものに……してくれよ」
煌の濡れた目を見つめる。煌は覚悟を決めたように唇をぺろりと舐めた。それが合図のように、煌の腰がゆっくりと動き始めた。
「あ……っく……っ」
ゆっくりと擦り上げられる動きを腹の内側で感じながら、優鶴はベッドのシーツを握りしめた。煌の動きが徐々に加速していく。
「あ、兄貴……っ」
「んっ……ん……ふ……っ」
煌の動きに合わせて声が出る。腰を打ちつけられるたびに出る声を我慢しながら、優鶴は下半身にこみ上げてくる甘い快感に目をつむって耐えた。
やがてそれは限界を迎え、優鶴は声をあげながら煌の背中に爪を立てて二回目の射精に身をゆだねた。
正面から揺さぶられたあとは、両肘をもって身体を支えられながら、後ろから激しく突かれた。自分の中を行き来する動きと自身の重みで、ひと突きごとの刺激が大きい。生理的な涙と汗がいくつもベッドの上に散った。
再び正面から身体を揺さぶられたのは、度重なる射精感に息も絶え絶えになった頃だ。朦朧とする意識の中、優鶴は煌がまだ一度も果てていないことに気づいた。
「こ、う……おま、え……まだイッ、て……」
イッてないだろ、と言おうとしたけれど、唇を煌の力強い唇によって塞がれる。
「……っ最後にとっておきたかったんだよ」
息を切らしながら、煌が笑う。すると煌はグッと優鶴の腰を持ち上げ、ラストスパートをかけるように斜め下から激しく突いてきた。
「うあっ、く……っう……んンっ」
内壁をえぐられる感覚に目がチカチカする。同時に男の部分を煌の手によって擦り上げられた。
「そ、れ、やば……っ」
「くっ……お、れも、イキそ……っ」
腹の奥からせりあがってくる波が徐々に大きくなる。薄目を開けると、汗ばんだ煌の額から一筋の汗が流れて目に入った。沁みたのか、煌が目を細める。優鶴は薄れゆく理性をかき集め、煌の濡れた目尻を親指で拭った。
そのときだった。大きかった波が、あとに引けないところまで大きくなっていることに気づいた。
「あ、あああ……っイ、ク……っ!」
揺さぶられながら、きつく目を閉じる。こみ上げてくる快感に耐え切れず、優鶴は煌の腹の上に精液を吐き出した。煌にもたれてしがみついたその瞬間、今度は体内で煌が爆ぜるのを感じた。それはどくどくと脈打っていて、耳元で聞こえる煌の息遣いと似ていた。
翌日の朝食は煌が作ってくれた。まだ体調が万全ではない優鶴の身体を気遣ってか、お粥を作るのだと張り切っていた。火加減を間違って少し焦がしていたけれど、滅多に料理なんてしない煌が自分のために作ってくれたことが嬉しくて、優鶴はぜんぶ食べた。
午後は二人でテレビを観ながらダラダラした。夜には体調もすっかり回復し、手を繋いでコンビニにアイスを買いに行った。
優鶴はガリガリ君で、煌はカルピスバー。二人で食べながら夜道を帰っているとき、急に煌が立ち止まり、恐る恐る訊いてきた。
「兄貴は俺のこと……好きってことなんだよな……?」
そういえばちゃんと言葉にして伝えていなかったことを思い出す。不安に表情を曇らせる男が、こちらにじっと視線を向けている。
なんだか意地悪したくなる。優鶴はニッと唇の端を上げて「あたりまえじゃん」と笑った。
「おまえは俺のたった一人の家族で……恋人だ」
表面の硬いラムネ味のアイスバーを前歯でガリッと砕く。冷たい欠片が舌に乗り、ぬるい夜風を心地のいいものにしてくれる。
「俺はおまえが好きだ。これだけははっきり言っとくよ。煌は俺の男だって」
煌はキョトンとする。あまりにも直球な告白すぎて、頭の理解が追いついていないようだ。「え、え、え」と挙動不審になりながら、前髪をひたすら触っていた。
優鶴の言葉を噛み締める余裕ができたのだろう。やがて困惑顔をくしゃくしゃに綻ばせていった。幼く見えるその顔が好きだと改めて思う。
煌が目尻に涙を光らせ、勢いよく飛びついてくる。
煌の背中越しに広がる夜空を見上げながら、優鶴は笑って大きな背中をさすった。
〈了〉
激しい空腹感に襲われ、家まで待てる気がしなかった。コンビニで買ったおにぎり片手に二人で花井田公園へと向かう。
「俺、ここで食べたくないんだけど」
以前、ここで白井を襲いかけたことを思い出したのか、公園の入口で煌は言った。
「そうか? 子どもの頃よく遊んだじゃん」
優鶴は言い、ブランコに座っておにぎりのプラスチック包装を剥いだ。歯に食いこむ海苔の風味を感じながら食べていると、煌は「兄貴って意外と神経図太いよな」とフッと笑ってブランコの上に立って漕いだ。
優鶴の懇願に、はじめは戸惑っていた白井だった。が、思ったよりも早く冷静な態度を取り戻し、「少し焦ってました」と口を開いた。
「僕、昔から人を全然好きになれなかったんです。性欲も薄いし、フェロモンの量も一般的なオメガより少ないって言われてたから……さすがに『運命の番』が相手だったら、好きになれるかもって思っていたのかもしれません」
白井は自嘲気味に苦笑した。
「でもどうなんだろう。そんなこと思ってる時点で、人を好きになるの向いてないなって、どこかでわかってもいて……これに懲りて、一人で生きていく決心が着きました」
優鶴には、それが白井の本心だとはなんとなく思えなかった。「こんなこと言う権利ないかもしれないけど」と前置きしつつ言った。
「運命はともかく、縁はたくさん転がってるんじゃないかな。君のまわりにも」
優鶴の言葉に白井は何も言わなかった。ただ優鶴と煌の連絡先を事務的に消し、ペコッと頭を下げると背を向けて去っていった。
花井田公園でおにぎりを食べ終わったあと、優鶴と煌は手をつないで自宅を目指した。先に相手の手をとったのは、優鶴だった。
並んで歩く際、かすめた煌の手をそのまま握りしめると、煌は「兄貴の手、小さい」と泣きそうな声で笑った。
煌とはキスもしたし、合意の上ではなかったがそれ以上のこともしている。それなのに、手を握られただけで恥ずかしそうに下を向く煌のことを、優鶴は可愛いと思った。
家に帰ったのは、昼下がりだった。玄関に入るなり、煌が後ろから抱きしめてきた。首の後ろに鼻を押しつけられる。スンと匂いを嗅がれ、以前襲われた際、『これじゃない』と言われたことが頭をよぎった。反射的に煌の身体から逃げようとしたが、抱擁する煌の腕にぎゅっと閉じこめられる。
「や、やめろっ」
首の後ろを手で覆ったが、煌はその手をどかし、嫌というほど優鶴の身体じゅうに鼻をくっつけてあちこちの匂いを嗅いできた。優鶴の匂いを堪能したのか、しばらくすると煌は優鶴の身体から鼻を離して笑った。
「兄貴の匂いだ」
たまらなかった。どんな言葉より嬉しくて、そして怖い言葉だった。優鶴は身体の向きを変え、煌の胸元を掴んで訴えた。
「俺の匂いを忘れたら承知しないからな」
伸びてきた両手に頬を覆われ、優しく引き寄せられた先にあったのは煌の唇。ついばむように優鶴の唇を食んだあと、煌は言った。
「そっちこそ他の誰かと俺をくっつけようとするなよ。二度と」
再び唇を覆われる。斜めに押し当てられたそれは柔らかく、少し乾燥していた。繋がったそこから、ぬるりと生温かいものが優鶴の口内に侵入してくる。
舌の付け根から先端を舐められ、強く吸われると、何も考えられなくなった。煌の舌に舌や歯茎を犯され、やっと解放してもらったとき、互いの舌を唾液の糸が引いた。
「……聞いてる?」
煌が顔を覗いてくる。どれだけみっともない顔をしていたのだろうか。煌は「その顔反則だろ」と眉を歪ませ、優鶴の手を引いた。
引っ張られながら階段を上がり、煌が向かったのは寝室だった。優鶴をダブルサイズのベッドに転がすと、煌はあとから膝をついてマットレスに乗ってきた。優鶴の顔の横に手をつき、覆いかぶさってくる。
鋭い目に見下ろされ、優鶴は今更ながら顔が熱くなるのを感じた。「す、するのか?」と訊くと、煌はバツが悪そうな顔をした。
「体調も万全じゃないだろうし、その……前が酷かったから、嫌だったらやめる」
前、というのはおそらく無理やり優鶴を抱きかけたときのことだろう。申し訳なさそうに、煌は頭上でうなだれた。そんな男に向けて、優鶴は手を伸ばした。頬を指でなぞると、煌は「俺、情けねえな」と自信なさげに目を細めて優鶴の手のひらに頬をこすりつけてくる。
「こいよ。俺だって忘れられちゃたまんない」
下から言うと、煌はゴクリと唾を飲んだ。そして戸惑いと嬉しさを奥歯に隠したような口角を、上にもちあげた。
それから煌の手により、優鶴は汗で重たくなったスウェットを上下とも脱がされた。肌を隠すものをすべて奪われた際、恥ずかしさで枕を前に抱いた。だが、すぐに同じく全裸になった煌から枕を奪われた。
「恥ずかしいの?」
意地悪っぽく訊かれ、「あ、あたりまえだろ」と口ごもりながら言う。煌は「くそ可愛い」と言って優鶴の手首をベッドに押しつけ、チュッと軽いキスを唇に落としてきた。触れるほどのキスは、煌が舌を駆使してきたことによって徐々に深いものへと変わっていく。
どれだけキスをしていただろう。煌の舌の動きについていくのがやっとで、優鶴は息を吸うのもままならない。口の端から漏れた互いの唾液が耳の後ろに流れ、ベッドに小さな染みをつくっていることにも気づかなかった。軽い酸欠が心地よくて、とろけそうになる。
唇がやっと離れる。離れたら離れたで名残惜しくなり、かすれた声が出てしまう。
「おまえ……うますぎんだろ」
煌に「気持ちよかった?」と尋ねられ、「バカ」と言い返す。その声は自分のものとは思えないほど熱を帯びているような気がして、恥ずかしくなった。
煌は優鶴をうつ伏せにしすると、腰を高く上げるよう優しく命じてきた。優鶴は枕に顔をうずめ、言われるがまま腰を上げた。
すぐに挿れてくるのかと身構えたが、入ってきたものは予想よりもはるかに細いものだった。それが煌の指だと気づいたのは、そこを広げるように優しく出し入れされたからだ。
ゆっくりと入口を行き来する指の動きに意識を向けていると、妙な感覚に襲われる。気持ちいいとはいえないけれど、なんだかむずがゆいような不思議な感覚が下半身に集まる。不快だとは思わなかった。
「指、何本入ってるかわかる?」
「わ、かんな……っ」
三本、と耳元で告げられ、羞恥心で枕カバーを噛む。後ろをほぐされながら、背中から伸びてきた手が胸の上で止まった。滑りやすくしているのだろう。煌の唾液で濡れた指の腹でこねまわされると、たまらなくなって腰が勝手に動いた。肝心の前がもどかしい。刺激がもっとほしくて、優鶴は自分の手をそこに伸ばした。
だが、煌の手によって止められてしまう。
「や……っそこ、さわり、たい……っ」
振り返って後ろにいる男に懇願すると、煌にくるっと仰向けにさせられた。
「そういうときは『触って』って言うんだよ」
煌は優鶴の下半身に顔をうずめた。張りつめていた性器が生温かい粘膜に覆われる。他の箇所を散々愛撫されていたためか、煌の口内と舌が付け根から鈴口までを数回行き来しただけで、優鶴はあっという間に煌の口の中で達してしまった。
咄嗟に「ご、ごめんっ」と謝ると、優鶴のそこから口を離した煌の三白眼と目が合った。煌の喉がゴクッと鳴る。驚いて「飲んだ……のか?」と訊くと、煌はニヤッと笑って口の端を親指で拭った。
「挿れてもいい?」
「そ、そういうこと訊くなよ……」
煌は笑ってこの前通販で買ったというコンドームを自身の性器に被せた。その様子を見ていると、優鶴の胸に小さな不安が芽吹く。
「あのさ、煌はその……興奮してるか?」
「は?」煌が怪訝そうな目をこちらに向ける。
「なんか余裕だなって思ったからさ」
すると煌はハアとため息をついた。
「余裕なんてあるわけないだろっ」
煌に強く抱きしめられる。ぴたりと合わさった胸のあたりから、ドクドクと速く刻まれる鼓動の音が肌を介して伝わってくる。
「本能丸出しの男とかダサいだろ。これでも我慢してんだよ」
ふて腐れた煌の声を聞いて、クスッとなった。「今おまえが言うかって思っただろ」と声が降ってくる。「ちょっと思った」と返すと、煌はむっとしたのか再びベッドに仰向けに押し倒してきた。
それからどちらからともなくキスをして、ゆっくりと体内に侵入してくる煌のそれを優鶴は受け入れた。圧迫感で少し息が苦しかったが、たっぷりほぐしてもらったおかげで、痛くはなかった。むしろ腹側にある部分にずっしりと感じる煌の圧に、たまらない感覚が徐々に押し寄せてくるのを感じる。
「どう? 苦しくない……?」
優鶴は首を横に振った。むしろ――。
「う、ご……て……」
「なに? 悪い。よく聞こえなかった」
「早、く……うご、け……っ」
煌の頭に両腕を回し、懇願する。疼く場所を早く擦り上げてほしかった。自分の中で理性を振り払って、めちゃくちゃにしてほしいと思った。
「おまえのものに……してくれよ」
煌の濡れた目を見つめる。煌は覚悟を決めたように唇をぺろりと舐めた。それが合図のように、煌の腰がゆっくりと動き始めた。
「あ……っく……っ」
ゆっくりと擦り上げられる動きを腹の内側で感じながら、優鶴はベッドのシーツを握りしめた。煌の動きが徐々に加速していく。
「あ、兄貴……っ」
「んっ……ん……ふ……っ」
煌の動きに合わせて声が出る。腰を打ちつけられるたびに出る声を我慢しながら、優鶴は下半身にこみ上げてくる甘い快感に目をつむって耐えた。
やがてそれは限界を迎え、優鶴は声をあげながら煌の背中に爪を立てて二回目の射精に身をゆだねた。
正面から揺さぶられたあとは、両肘をもって身体を支えられながら、後ろから激しく突かれた。自分の中を行き来する動きと自身の重みで、ひと突きごとの刺激が大きい。生理的な涙と汗がいくつもベッドの上に散った。
再び正面から身体を揺さぶられたのは、度重なる射精感に息も絶え絶えになった頃だ。朦朧とする意識の中、優鶴は煌がまだ一度も果てていないことに気づいた。
「こ、う……おま、え……まだイッ、て……」
イッてないだろ、と言おうとしたけれど、唇を煌の力強い唇によって塞がれる。
「……っ最後にとっておきたかったんだよ」
息を切らしながら、煌が笑う。すると煌はグッと優鶴の腰を持ち上げ、ラストスパートをかけるように斜め下から激しく突いてきた。
「うあっ、く……っう……んンっ」
内壁をえぐられる感覚に目がチカチカする。同時に男の部分を煌の手によって擦り上げられた。
「そ、れ、やば……っ」
「くっ……お、れも、イキそ……っ」
腹の奥からせりあがってくる波が徐々に大きくなる。薄目を開けると、汗ばんだ煌の額から一筋の汗が流れて目に入った。沁みたのか、煌が目を細める。優鶴は薄れゆく理性をかき集め、煌の濡れた目尻を親指で拭った。
そのときだった。大きかった波が、あとに引けないところまで大きくなっていることに気づいた。
「あ、あああ……っイ、ク……っ!」
揺さぶられながら、きつく目を閉じる。こみ上げてくる快感に耐え切れず、優鶴は煌の腹の上に精液を吐き出した。煌にもたれてしがみついたその瞬間、今度は体内で煌が爆ぜるのを感じた。それはどくどくと脈打っていて、耳元で聞こえる煌の息遣いと似ていた。
翌日の朝食は煌が作ってくれた。まだ体調が万全ではない優鶴の身体を気遣ってか、お粥を作るのだと張り切っていた。火加減を間違って少し焦がしていたけれど、滅多に料理なんてしない煌が自分のために作ってくれたことが嬉しくて、優鶴はぜんぶ食べた。
午後は二人でテレビを観ながらダラダラした。夜には体調もすっかり回復し、手を繋いでコンビニにアイスを買いに行った。
優鶴はガリガリ君で、煌はカルピスバー。二人で食べながら夜道を帰っているとき、急に煌が立ち止まり、恐る恐る訊いてきた。
「兄貴は俺のこと……好きってことなんだよな……?」
そういえばちゃんと言葉にして伝えていなかったことを思い出す。不安に表情を曇らせる男が、こちらにじっと視線を向けている。
なんだか意地悪したくなる。優鶴はニッと唇の端を上げて「あたりまえじゃん」と笑った。
「おまえは俺のたった一人の家族で……恋人だ」
表面の硬いラムネ味のアイスバーを前歯でガリッと砕く。冷たい欠片が舌に乗り、ぬるい夜風を心地のいいものにしてくれる。
「俺はおまえが好きだ。これだけははっきり言っとくよ。煌は俺の男だって」
煌はキョトンとする。あまりにも直球な告白すぎて、頭の理解が追いついていないようだ。「え、え、え」と挙動不審になりながら、前髪をひたすら触っていた。
優鶴の言葉を噛み締める余裕ができたのだろう。やがて困惑顔をくしゃくしゃに綻ばせていった。幼く見えるその顔が好きだと改めて思う。
煌が目尻に涙を光らせ、勢いよく飛びついてくる。
煌の背中越しに広がる夜空を見上げながら、優鶴は笑って大きな背中をさすった。
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そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。
それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。
【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】
フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……?
・なぜか義弟と二人暮らしするはめに
・親の陰謀(?)
・50代男性と付き合おうとしたら怒られました
※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。
※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。
※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
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須宮先生〜〜😭
とっても素敵なハピエン💕をありがとうございました😭
本当に良かったです😭
白井くんがちゃんと理解の出来るお方で😱良かった〜
白井くんにもこんなに素敵なお方なので🙏きっと良い
ご縁が🥹ありますよね💗
もう間に合わないのかと😱心配しましたが…😰
須宮先生🙏ありがとうございます😭
いっぱい、切なく😭💘キュンキュン💘させて頂きました🙌🙌🙌
今回もとっても楽しませて頂きました🤗
ありがとうございました(*´ω`*)🩷
iku様
最後までお読みいただきありがとうございます😊
白井くんへのお優しい言葉をありがとうございます✨そうですね、機会があれば白井くんのその後のお話もお届けできたらと思います☺️
楽しんでいただけたみたいで私も嬉しいです✨
こちらこそありがとうございました😌💕
「11.寂しかったのは」です😭😭😭
頑張れ〜〜優鶴くん😭😭😭
お気持ちに🙏素直になって…
煌くんと二人で幸せになって欲しいです😭
急いで下さいね😣🙏😭
iku様
応援ありがとうございます!✨
走れ〜!って感じですね🥺
「9.家族ごっこ」です😭
タイトルからして…もう切ないです😭
白井さんは、『運命』とお人だったのですね…😣
どうりで、煌くんも抑え切れなかったはずですよね😓
やっと、優鶴くんも自分のお気持ちに気がついて下さったのに…😮💨
煌くんの幸せを願う反面、煌くんの事を想うお気持ちが切なくて…😭
最後のあのお二人の会話の
「なんで俺はアルファなんだよ」
「幸せになるためだよ」
「俺は兄貴のアルファになりたい」
あ〜〜切ない切ない😭😭😭😭😭
(とってもキュン💘で素敵です…😭)
本当に🥹運命の番と添う方が幸せになのか、好きな人と添う方が幸せになのか…
オメガバでの究極の選択ですよね😭
運命に抗って、大好きなお方と結ばれて欲しいなぁ〜🙏と願いつつ、次話も楽しませて頂きます🙇
スミマセン💦またいっぱい😭付けちゃいましたが…
この両片想い感が堪りません😣です…🤭
煌くん…優鶴くん…須宮先生…🥹🙏🙇
iku様
ご返信が遅くなりまして申し訳ございません🙇♀️💦
細部まで読み込んでくださってありがとうございます🥺💕
運命に抗って『好き』を貫いてもらいたいものですね😌
いつもありがとうございます😊