閉鎖病棟の怪

明智 颯茄

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死の帳降りて/3

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「気のせいかな? 停電っていうか、瞬電?」

 人が生活するには、支障のない電力の供給不足。だが、計測などをする病院や研究所では大問題となる瞬停。

 颯茄はドライヤーのスイッチを切って、部屋を見渡す。散らかったままの机の上。デュアルモニターにしているPC。帰ってくるたび、床にすぐ置いてしまうバック。

 何もかもがいつも通りだったが――ついたり消えたりと何度か繰り返し、とうとう照明器具から明かりはなくなった。

「あぁ~、真っ暗だ」

 バッテリーの入っているPCのブルーライトだけになった。それでも、六畳の部屋には十分な明るさ。

 ドライヤーをドレッサーの上に置いて、十一月半ばの気温を思い返しながら、壁の上の方にある四角い箱を見上げた。

「おかしいなぁ。エアコンつけてないのに、ブレーカー落ちるなんて……」

 違和感のある停電。パジャマ姿で机へと近づき、バックの中をガサガサと探し出す。

「携帯、携帯……」

 部屋を出たキッチンは真っ暗だろう。だが、そこが今一番行きたい場所だ。一人暮らしの空間。それなのに、

 パキン!
 コツ!

 さっきまで聞こえなかった音がした。幽霊ばかりの日々の颯茄は、手を止めて壁の端や敷居の線を眺める。

「ん、何の音?」

 パキン!
 コツ!

 携帯電話をバックから取り出し、耳をよくすます。

「これって、ラップ音……?」

 目に見えない存在が出す音。動いたり、何かを伝えたいがために。

 この部屋にはすでに、颯茄以外の何かがいる。それでも、彼女は気にした様子もなく立ち上がった。

「この周波数って……ん? 混じってる?」

 幽霊とそれ以上の高次元の存在は聞こえ方が違う。これは、体験したことがある人間にしか判断ができない。

「二種類、鳴ってる気がする……」

 だがしかし、悪霊の上も、自分の命を狙っている存在かもしれない。天使や神とは限らない。姿形を変えて、何食わぬ顔をして、近づいてくる。そんなことが当たり前の死という闇。

 携帯電話のライトを操作して、足元にスポットライトのような光の線ができた。

「とにかく、ブレーカーだ」

 キッチンと部屋を仕切っている引き戸をすっと開ける。部屋よりも闇が侵食する、いつもよりも心なしか冷たい床。

 体温を奪うような板の間を歩き出そうとして、玄関ドアのすぐ近くにある、突起物の横並びの線を見上げた。

「届かないから包丁を持って……」

 シンク下にある片開きの扉から、家で唯一の刃物を取り出す。使う用途は違う。ただ、背が低くて届かないからだ。

「よし!」

 起用に刃先で、ブレーカーのスイッチを上に押し上げた。

「あれ?」

 だが、開けっ放しの引き戸からは、相変わらずのPCの青白い光だけで、手に持っている携帯電話のライトは充電池という限りある視界確保のままだった。

「ショートした?」

 つまみを落としたり上げたりを繰り返してみたが、うんともすんとも言わない。一人暮らし。他に誰がしてくれるわけでもない。金曜日の夜。包丁を下駄箱の上に放り出す。

「そうか。じゃあ、電力会社に電話して――」

 携帯電話を目の前に持ってこようとすると、後ろから肩を叩かれたように、

 ――ゴボゴボ……。

 ひどく濁った音がシンクの方から聞こえてきた。電話をかけようとしてた手を止める。

「ん、何の音?」

 ゴボゴボ……。

 今までの記憶からさぐり出すと、それは液体の音だった。鈍い銀色を放っているくだに視線を落とす。

「水道から聞こえる……」

 爆弾でも見つめるようにうかがい、パジャマの襟口をぎゅっと手で握りしめた。携帯電話のライトを当てる。

「何かつまってる?」

 ゴボゴボ……。

 水道ではなく、誰かの口の中から吐き出されるような、流れ出てくるものから目をそむけたいような想いに駆られる。それでも、颯茄は蛇口を下からのぞき込もうとした、その時だった。

 水道のレバーが下へスパッと下がり、開いた安全弁を通り越して、シンクに降り始めの大粒の雨のように、べったりとした赤がポタポタと滴り落ち始めた。

 颯茄は思わず後ろに一歩下がり、

「っ! 血っっ!?」

 停電した一人暮らしの部屋で、水道から血が流れ出る。怪奇現象、奇絶怪絶きぜつかいぜつ

 勝手に下げられたレバーは、上げようとしても何かで固定しているみたいに、蛇口をしめることができない。

 前に気を取られている颯茄の背後に、すうっと人影が立った――
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