7 / 31
死臭の睡魔/7
しおりを挟む
この国では、武器を所持するにも許可がいる。それを実践するとなると、安全を確保した場所へ行ってでないと使えない。それが法律。
だが、そんな常識を覆す、言葉が返ってくる。
「するが、実弾は入れん。霊力を使って撃つものだ」
実弾など、幽霊にはかすりもしない。ただ通り抜けてゆくだけだ。何の脅威にもならない。おもちゃどころか、それこそ幻だ。
独健は赤いスニーカーで地面を軽く蹴って、ブランコを揺らした。
「それで、お前、一人でずっと退治してたんだろう? 修業バカのお前なら、そうなるだろう? 違うか?」
「退治はしていない」
夕霧が首を横に振ると、ライフルはどこかへ消え去った。予測していたのとは違う返事が返ってきて、独健は拍子抜けした。
「じゃあ、何をしてるんだ?」
「邪気を散らす、吹き飛ばすだけだ。トドメは刺せん」
現実は非常に厳しく。原因がわかって、術があったとしても、数が減るわけではないのだ。
この国を蝕んでいる眠り病。根元から断ち切ることができない現状。憤りで、ふと言葉は途切れた。少し離れたところで、つかの間の平和な日常が目に入り込んでくる。
「せんせい、さよなら」
「じゃあ、また来週ね」
小さな子供が親の手に引かれて、帰路につこうと、暗い夜道へと消えてゆく。そんな姿を何人か見送りながら、男ふたりは幼稚園のブランコに座り続ける。
ふと視線を、独健は夕霧の横顔に向けた。
「というか、お前に霊感があるなんて知らなかったな」
「それは話しとらんからだ」
無感情、無動のはしばみ色の瞳が見つめ返してきた。独健は一人ボケツッコミをする。
「まぁ、それじゃ当然だな。――って! お前、言葉数が少なすぎだ! 少しは話をしろ!」
この男ときたら、寡黙すぎて、聞かなければ、余計なことは自分から話してこないのである。
オーバーリアクションで、ブランコから立ち上がった独健を見上げ、夕霧は拳を口元に当てて、噛みしめるように笑った。
「くくく……」
自分が手を貸せるなら、貸してやりたい。だが、幽霊などという非現実的なものではどうすることもできない。
しかしそれでも笑わせて、少しでも緊迫感の連続から解放してやろうと、心優しい独健は思った。
「だから、結婚しないのか?」
地位や名誉も持っている。背は高く、端正な顔立ちで、性格もよく。掃いて捨てるほど、女が言い寄ってくる。そんな毎日を過ごしている夕霧。
だが、自分には死という影が常につきまとう。
「俺のまわりには邪気が集まってくる」
ため息まじりに、独健は両手で気だるそうに、ひまわり色の髪をかき上げた。
「まぁ、敵からすれば、お前は邪魔者だからな。そうなって当然だな」
「俺一人を守るのはできるが、誰かを守りながらは戦えん」
自分が死ねば、立ち向かう者は誰もいなくなる。だからこそ、そうそう無謀に死ぬことは赦されていない。
サバイバル世界で、守るものが二倍になる。いくら独健が戦場とは程遠い生活を送っていても、少し考えれば容易に想像がついた。
「巻き込まない方が賢明な判断だな。命がかかってるんだから」
結婚など夢のまた夢だ。そんなことにかまけている暇などない。夕霧には。たくさんの命を守れる可能性がそこに少しでもあるのなら、自分の幸せなどあと回しだ。
「自分のことを何かで守ることができる女がいるのなら、俺は結婚する」
だが、誰よりも結婚願望は強かった。独健はあきれた顔をする。
「あれか? 合気は愛の気だから、結婚して修行したいのか?」
「そうだ」
「本当に修行バカだな、お前。合気が人生なんだな」
独健は思いっきり皮肉たっぷりに言ってやったが、夕霧は切れ長な瞳を少し細めただけだった。
「そうかもしれん」
児童の少なくなった部屋の明かりがまたひとつ消えてゆく。あの電気のように命が尽きた両親のことを、独健は思い浮かべ、若草色の瞳は再び正面を向いたままになった。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「何をだ?」
真相に触れれば、そこにあるのは、聞かなくてよかったという後悔だけだろう。だが、肉親の死と向き合うために、独健の心臓はバクバクと音を立てた。
「その……邪気が具体的に何をするんだ?」
「生気――魂を食う」
人の領域ではなかった。地鳴りのような低い声が言ってきた言葉は。独健の声はいつもよりもトーンが下がった。
「……それで死ぬんだな」
「そうだ」
だが、そんな常識を覆す、言葉が返ってくる。
「するが、実弾は入れん。霊力を使って撃つものだ」
実弾など、幽霊にはかすりもしない。ただ通り抜けてゆくだけだ。何の脅威にもならない。おもちゃどころか、それこそ幻だ。
独健は赤いスニーカーで地面を軽く蹴って、ブランコを揺らした。
「それで、お前、一人でずっと退治してたんだろう? 修業バカのお前なら、そうなるだろう? 違うか?」
「退治はしていない」
夕霧が首を横に振ると、ライフルはどこかへ消え去った。予測していたのとは違う返事が返ってきて、独健は拍子抜けした。
「じゃあ、何をしてるんだ?」
「邪気を散らす、吹き飛ばすだけだ。トドメは刺せん」
現実は非常に厳しく。原因がわかって、術があったとしても、数が減るわけではないのだ。
この国を蝕んでいる眠り病。根元から断ち切ることができない現状。憤りで、ふと言葉は途切れた。少し離れたところで、つかの間の平和な日常が目に入り込んでくる。
「せんせい、さよなら」
「じゃあ、また来週ね」
小さな子供が親の手に引かれて、帰路につこうと、暗い夜道へと消えてゆく。そんな姿を何人か見送りながら、男ふたりは幼稚園のブランコに座り続ける。
ふと視線を、独健は夕霧の横顔に向けた。
「というか、お前に霊感があるなんて知らなかったな」
「それは話しとらんからだ」
無感情、無動のはしばみ色の瞳が見つめ返してきた。独健は一人ボケツッコミをする。
「まぁ、それじゃ当然だな。――って! お前、言葉数が少なすぎだ! 少しは話をしろ!」
この男ときたら、寡黙すぎて、聞かなければ、余計なことは自分から話してこないのである。
オーバーリアクションで、ブランコから立ち上がった独健を見上げ、夕霧は拳を口元に当てて、噛みしめるように笑った。
「くくく……」
自分が手を貸せるなら、貸してやりたい。だが、幽霊などという非現実的なものではどうすることもできない。
しかしそれでも笑わせて、少しでも緊迫感の連続から解放してやろうと、心優しい独健は思った。
「だから、結婚しないのか?」
地位や名誉も持っている。背は高く、端正な顔立ちで、性格もよく。掃いて捨てるほど、女が言い寄ってくる。そんな毎日を過ごしている夕霧。
だが、自分には死という影が常につきまとう。
「俺のまわりには邪気が集まってくる」
ため息まじりに、独健は両手で気だるそうに、ひまわり色の髪をかき上げた。
「まぁ、敵からすれば、お前は邪魔者だからな。そうなって当然だな」
「俺一人を守るのはできるが、誰かを守りながらは戦えん」
自分が死ねば、立ち向かう者は誰もいなくなる。だからこそ、そうそう無謀に死ぬことは赦されていない。
サバイバル世界で、守るものが二倍になる。いくら独健が戦場とは程遠い生活を送っていても、少し考えれば容易に想像がついた。
「巻き込まない方が賢明な判断だな。命がかかってるんだから」
結婚など夢のまた夢だ。そんなことにかまけている暇などない。夕霧には。たくさんの命を守れる可能性がそこに少しでもあるのなら、自分の幸せなどあと回しだ。
「自分のことを何かで守ることができる女がいるのなら、俺は結婚する」
だが、誰よりも結婚願望は強かった。独健はあきれた顔をする。
「あれか? 合気は愛の気だから、結婚して修行したいのか?」
「そうだ」
「本当に修行バカだな、お前。合気が人生なんだな」
独健は思いっきり皮肉たっぷりに言ってやったが、夕霧は切れ長な瞳を少し細めただけだった。
「そうかもしれん」
児童の少なくなった部屋の明かりがまたひとつ消えてゆく。あの電気のように命が尽きた両親のことを、独健は思い浮かべ、若草色の瞳は再び正面を向いたままになった。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「何をだ?」
真相に触れれば、そこにあるのは、聞かなくてよかったという後悔だけだろう。だが、肉親の死と向き合うために、独健の心臓はバクバクと音を立てた。
「その……邪気が具体的に何をするんだ?」
「生気――魂を食う」
人の領域ではなかった。地鳴りのような低い声が言ってきた言葉は。独健の声はいつもよりもトーンが下がった。
「……それで死ぬんだな」
「そうだ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる