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お参りと共有する男
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大きな公園へ行く予定が変わり、稲荷神社へ菊祭りを見に行くことになった。
防寒着はどれがいいかと悩んでいると、孔明が、
「窓開けてみたら?」
と、言う。指示なんて滅多に出さないから、何か意味があるのだなと思いながら、窓を開けると、緑のウロコが横に広がっていた。
そうして、黄色のヒゲと蛇のような大きな瞳を見つけた。
「え? 緑色の龍が家を回るようにいる……」
戸惑っている妻に、龍はにこやかに言う。
「初めまして」
ピンときた!
「どうも初めまして、孔明がお世話になっております」
妻は後ろに立っている夫に問いかける。
「友達を誘ったんですか?」
「そう」
「龍の友達がいたんだね」
「昔からの友達なの」
仕事柄あまりプライベートで人脈を作らない孔明の友達。
「古い付き合いです」
何度なくだが、もう十数年という友人らしい。
ということで、何人かの子供たちを連れて、光命も一緒に出かけた。
龍族も車に乗ると言うことを聞き、レーサーの友達がいるなどという話をしながら、ちょい渋滞を抜けてゆく。
光命と童話の話をしている最中で、ふと思い出した。今朝見た夢を。
蓮に抱きしめられて、耳元で、
「好きだ」
と囁かれ、とても満たされた気持ちで、いつもと違い、自分も素直に、
「うん、好きです」
と答える夢――。
そこで、妻はハッとして、光命に慌てて頭を下げた。
「すみません。蓮のことを考えしまって」
すると、バイセクシャルの複数婚をしている夫はこう返してきた。
「なぜ、あなたと蓮が一緒の時に、二人で私の名を呼びながら、エクスタシーを迎えるのがよくて、あなたと私が話している時に、蓮のことを考えてはいけないのですか?」
結婚当初の去年、そんな出来事があった。最初は一瞬戸惑ったが、妻と蓮の仲では暗黙の了解で、愛した男を共有するのが心地よく、性的な刺激を与えるのだとすぐに受け入れられた。
しかし、付き合いの浅い光命は違った。それを、光命は気にしていたのかもしれない。というか、自分もしてみたかったのかもしれない。その機会がめぐってきた。だから、動いてきた。
「あぁ、そうですよね。光さんも蓮のことを一緒に考えたいですよね?」
「えぇ。あなたは彼をどのように感じているのですか?」
「どう感じてる……?」
妻は夫に、別の夫に対する感情を問われている。愛しているのは当たり前。お互いが共有する男の話をしている。
改めて考えてみると、結婚九年目を迎える蓮。しかも、感覚を答えろという少々難しい質問。妻はしばらくして、
「落ち着いてるけど甘い、です」
「そうですか」
妻がワーキャー騒いでも、蓮は感情などないものだから、ただただ落ち着き払って見ていて、よほど必要でなければ動かない。それなのに、突然近づいてきて、愛しているなどと耳元で囁く、ナルシスト的な夫。
「光さんはどう感じてますか?」
「感性を磨き上げてくれる人です」
同じ音楽家ならではの感じ方だろう。そうして、光命はもうひとつ聞く。
「キスをする時はどのように感じますか?」
「はぁ?」
他人に聞くのはエチケット違反だが、夫婦間なら当たり前の質問。
しかし、妻は思ってもみなかったことを聞かれて、記憶の引き出しをあちこち引っ張り出して探してみるが、そんなものいちいち覚えていない。大体、旦那さんの数が多くて、大雑把な妻にはキスの記憶などごちゃ混ぜになっていた。
それでも、何とか思い出して、
「少しだけ柔らかいです。光さんはどうですか?」
「柔らかく優しいです」
遊線が螺旋を描く惑わせ感を持ちながら、優雅で心のある声が貴族的に響いた。
いや~! そのエレガントな笑みが、恋に落ちてしまったお姫様みたいになってます!
っていうか、恥ずかしいな。蓮と光命の話をするのは平気なのに、なぜ、光命と蓮の話をするのはこんなにも戸惑いがあるのだろうか。
まぁ、配偶者によって、好きな気持ちも度合いも変わってるってことだ。当たり前のことだ。相手が違うのだから。
そうして、目的地に到着。まずはお参り。お賽銭を握りしめて、順番を待つ間、妻は考える。
何を言おうかな?
妻の心の声がバッチリ聞こえている光命が、こんな提案をした。
「私が賽銭箱の向こう側に立ちましょうか?」
「あ、そうですね。神様ですからね」
夫婦そろって、素知らぬ振りをして、笑いの前振りからオチへ向かってカウントダウンしてゆく。
そうして、私の番になると、光命は瞬間移動をして、物理的法則を無視して、賽銭箱の中に立った。
妻はそれを確認して、二拝二拍手一礼して、心の中で感謝を示した。
「神様、今日は素敵な夢を見せてくださって、ありがとうございます」
神様からの返事を聞く前に、妻は笑い出した。
「何ですか? この出来レースみたいなお参りは! 朝話したじゃないですか? 蓮の夢を見て、幸せな気持ちになったって。しかも、光さんがそれを蓮に話して、私のそばに呼んでくれて、現実でも夢と同じこと、蓮がしたじゃないですか? それを蓮は光さんの罠だって気づいてないっていう裏がありますけど……」
朝からどこまで夫婦で、同じネタで引っ張る気だ。光命は神経質な手の甲を、中性的な唇につけて、くすくす笑い出した。妻は現実世界の神社でひとりニヤニヤしながら、階段を降りてゆき、心の中できちんとお参りをする。
「みんなの上にいる神様に感謝をいたします。素敵な夢でした」
そうして、菊祭り。昔は何が面白いのかわらかなかったが、先日の月命の盆栽を見たあとでは、やはり違っていた。
岩や木に菊の細い枝や幹が、綺麗な庭でも見ているように生えていると、思わず足を止めてしまうのだった。そうして、隣を一緒に歩いていた光命に、
「月さん、来れなかったんですね?」
「えぇ。家にいると言っていましたよ。ですから、写真を撮っていきます」
「そうですね」
今日は学校の日だ。先生である月命は当然仕事。しかも、非常勤でも出発時刻には間に合わず、メールで伝えはしたものの、夫が二人も抜けて、外出しているのでは、月命は来れなかったのだろう。
帰りには、光命が月命のために、菊の鉢植えを買っていた。月命の日本庭園が完成したため、盆栽の鉢も増やせるようになった。だからこそ、新しい植木をという、夫の愛だ。
いい日和だなぁ~。
帰りの車の中で、光命と手をつないで、流れてゆく景色を眺める。
孔明は友達と、議論したりゲームをしたりして、集中しているらしく、後ろの座席に振り返ってみても、気づいていおらず、真剣な顔をしていた。
2019年11月13日、水曜日
防寒着はどれがいいかと悩んでいると、孔明が、
「窓開けてみたら?」
と、言う。指示なんて滅多に出さないから、何か意味があるのだなと思いながら、窓を開けると、緑のウロコが横に広がっていた。
そうして、黄色のヒゲと蛇のような大きな瞳を見つけた。
「え? 緑色の龍が家を回るようにいる……」
戸惑っている妻に、龍はにこやかに言う。
「初めまして」
ピンときた!
「どうも初めまして、孔明がお世話になっております」
妻は後ろに立っている夫に問いかける。
「友達を誘ったんですか?」
「そう」
「龍の友達がいたんだね」
「昔からの友達なの」
仕事柄あまりプライベートで人脈を作らない孔明の友達。
「古い付き合いです」
何度なくだが、もう十数年という友人らしい。
ということで、何人かの子供たちを連れて、光命も一緒に出かけた。
龍族も車に乗ると言うことを聞き、レーサーの友達がいるなどという話をしながら、ちょい渋滞を抜けてゆく。
光命と童話の話をしている最中で、ふと思い出した。今朝見た夢を。
蓮に抱きしめられて、耳元で、
「好きだ」
と囁かれ、とても満たされた気持ちで、いつもと違い、自分も素直に、
「うん、好きです」
と答える夢――。
そこで、妻はハッとして、光命に慌てて頭を下げた。
「すみません。蓮のことを考えしまって」
すると、バイセクシャルの複数婚をしている夫はこう返してきた。
「なぜ、あなたと蓮が一緒の時に、二人で私の名を呼びながら、エクスタシーを迎えるのがよくて、あなたと私が話している時に、蓮のことを考えてはいけないのですか?」
結婚当初の去年、そんな出来事があった。最初は一瞬戸惑ったが、妻と蓮の仲では暗黙の了解で、愛した男を共有するのが心地よく、性的な刺激を与えるのだとすぐに受け入れられた。
しかし、付き合いの浅い光命は違った。それを、光命は気にしていたのかもしれない。というか、自分もしてみたかったのかもしれない。その機会がめぐってきた。だから、動いてきた。
「あぁ、そうですよね。光さんも蓮のことを一緒に考えたいですよね?」
「えぇ。あなたは彼をどのように感じているのですか?」
「どう感じてる……?」
妻は夫に、別の夫に対する感情を問われている。愛しているのは当たり前。お互いが共有する男の話をしている。
改めて考えてみると、結婚九年目を迎える蓮。しかも、感覚を答えろという少々難しい質問。妻はしばらくして、
「落ち着いてるけど甘い、です」
「そうですか」
妻がワーキャー騒いでも、蓮は感情などないものだから、ただただ落ち着き払って見ていて、よほど必要でなければ動かない。それなのに、突然近づいてきて、愛しているなどと耳元で囁く、ナルシスト的な夫。
「光さんはどう感じてますか?」
「感性を磨き上げてくれる人です」
同じ音楽家ならではの感じ方だろう。そうして、光命はもうひとつ聞く。
「キスをする時はどのように感じますか?」
「はぁ?」
他人に聞くのはエチケット違反だが、夫婦間なら当たり前の質問。
しかし、妻は思ってもみなかったことを聞かれて、記憶の引き出しをあちこち引っ張り出して探してみるが、そんなものいちいち覚えていない。大体、旦那さんの数が多くて、大雑把な妻にはキスの記憶などごちゃ混ぜになっていた。
それでも、何とか思い出して、
「少しだけ柔らかいです。光さんはどうですか?」
「柔らかく優しいです」
遊線が螺旋を描く惑わせ感を持ちながら、優雅で心のある声が貴族的に響いた。
いや~! そのエレガントな笑みが、恋に落ちてしまったお姫様みたいになってます!
っていうか、恥ずかしいな。蓮と光命の話をするのは平気なのに、なぜ、光命と蓮の話をするのはこんなにも戸惑いがあるのだろうか。
まぁ、配偶者によって、好きな気持ちも度合いも変わってるってことだ。当たり前のことだ。相手が違うのだから。
そうして、目的地に到着。まずはお参り。お賽銭を握りしめて、順番を待つ間、妻は考える。
何を言おうかな?
妻の心の声がバッチリ聞こえている光命が、こんな提案をした。
「私が賽銭箱の向こう側に立ちましょうか?」
「あ、そうですね。神様ですからね」
夫婦そろって、素知らぬ振りをして、笑いの前振りからオチへ向かってカウントダウンしてゆく。
そうして、私の番になると、光命は瞬間移動をして、物理的法則を無視して、賽銭箱の中に立った。
妻はそれを確認して、二拝二拍手一礼して、心の中で感謝を示した。
「神様、今日は素敵な夢を見せてくださって、ありがとうございます」
神様からの返事を聞く前に、妻は笑い出した。
「何ですか? この出来レースみたいなお参りは! 朝話したじゃないですか? 蓮の夢を見て、幸せな気持ちになったって。しかも、光さんがそれを蓮に話して、私のそばに呼んでくれて、現実でも夢と同じこと、蓮がしたじゃないですか? それを蓮は光さんの罠だって気づいてないっていう裏がありますけど……」
朝からどこまで夫婦で、同じネタで引っ張る気だ。光命は神経質な手の甲を、中性的な唇につけて、くすくす笑い出した。妻は現実世界の神社でひとりニヤニヤしながら、階段を降りてゆき、心の中できちんとお参りをする。
「みんなの上にいる神様に感謝をいたします。素敵な夢でした」
そうして、菊祭り。昔は何が面白いのかわらかなかったが、先日の月命の盆栽を見たあとでは、やはり違っていた。
岩や木に菊の細い枝や幹が、綺麗な庭でも見ているように生えていると、思わず足を止めてしまうのだった。そうして、隣を一緒に歩いていた光命に、
「月さん、来れなかったんですね?」
「えぇ。家にいると言っていましたよ。ですから、写真を撮っていきます」
「そうですね」
今日は学校の日だ。先生である月命は当然仕事。しかも、非常勤でも出発時刻には間に合わず、メールで伝えはしたものの、夫が二人も抜けて、外出しているのでは、月命は来れなかったのだろう。
帰りには、光命が月命のために、菊の鉢植えを買っていた。月命の日本庭園が完成したため、盆栽の鉢も増やせるようになった。だからこそ、新しい植木をという、夫の愛だ。
いい日和だなぁ~。
帰りの車の中で、光命と手をつないで、流れてゆく景色を眺める。
孔明は友達と、議論したりゲームをしたりして、集中しているらしく、後ろの座席に振り返ってみても、気づいていおらず、真剣な顔をしていた。
2019年11月13日、水曜日
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