明智さんちの旦那さんは10人いるそうで……

明智 颯茄

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愛の形はまた愛

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 今日は忙しい一日だった。午前中はそうでもなかったのだが、午後が忙しかった。子供たちはいつも13時~15時までは昼寝。しかし、菩華ゔぉっかが急にアート教室へ行きたいと言ってきた。

 ネットで菩華が調べたのだが、月命るなすのみことが友人でやっているところがあるということで、私と月命が付き添いで、15時までに教室へ行った。

 月命は服を散々迷ったが、女装をして行った。菩華も慣れたもので、パパの女装も気にせず、三つ先のバス停で降りた。

 お上品で少しのんびりとした女性の方で、木がずいぶん生い茂った庭だった。そこで、紅茶をいただきながら、菩華と先生で話をする。

 月命の女装は完璧にスルーされていた。しかし、妻は先生の雰囲気が普通と違う気がして、ふと顔を上げたら、何と人ではなく猫の方だった。

 あぁ~、るなすさんの知り合いの人って、猫の女性だったのか~!
 だから、女装しても反応しないんだなぁ。

「茂みが好きなんです」

 とおっしゃっていて、だからこんなに庭に木があるのかと合点がいった。そうこうしているうちに、月命が赤い小さな実がなる木に興味を示した。

「そちらはぎ木で育つんですよ」

 先生は植物にも詳しいらしく、月命の趣味が盆栽と庭園だと判明し、その接ぎ木をもらい、菩華は教室の申し込みをして、バスに乗って帰ろうとすると、今度は光命ひかりのみことと一緒に出かける時間になってしまった。

 メールが来て、

「ひとつ手前のバス停で降りてください」

 月命と菩華と別れると、策羅さくらをつれた光命が歩道で待っていた。策羅の彼女の家に初めて行く日であり、永遠に別れることのないこの世界では、のちに結婚するのは、いくら5歳児でも目に見ていることで、挨拶に行かないといけないということで、一緒に向かう。

 昔からの家族らしく、全員で八十五人いるそうだ。中に入ると、みんなに出迎えられた。

 策羅の好きになった女の子はピアノを弾く子で、光命の大ファンだったようで、CDと一緒にサインペンを渡されていた。

「ずっと憧れてたんです」

 光命は慣れたもんで、ささっとサインをして、CDを女の子に返していた。近くにいた高校生の娘さんに話を聞くと、今は一緒に住んでいないが、結婚している兄弟もいるそうだ。

 手土産のお菓子もあらかじめ数を把握しておいたお陰で、きちんと間に合い、親同士はご挨拶をして、子供は普通に遊んでいた。

 その後、家に帰ってくると、百叡びゃくえいが彼女を家に連れてきたいとのことだったが、二つ先の宇宙に住んでいるらしく、気楽に来れないため、光命が相手の両親に電話をして、今度の日曜日に泊まりがけで来るということになった。

 それから、明引呼あきひこが妻の部屋へやって来て、

「秘書やれや」

 というのだ。妻は気がかないのは自分でも重々承知している。すると、光命が先日一緒に行った舞踏会で出会った、龍の女性の方を紹介すると言う。

 電話をさっそくかけたら、明日の10時に会社を観に来るという約束となった。そうして、明引呼と話していると、彼はまた休みがなくなっていた。

「今まで思ってなかったけどよ。オレ、案外働きもんだな」
「だね。どんだけブラック企業? 社長の休みがないのがこれで2回目なんて。しかも前倒れてるしね」

 明日人と会うのに倒れるわけにはいかないということで、明引呼は早くに眠った。

 そうして、光命も無理が来たらしく、夕霧命ゆうぎりのみことを呼んだあとに、やはり倒れて、そのまま眠っている。彼も紹介した以上、明引呼の会社に明日10時にはどうやっても行かなくてはいけない。

 そこで、妻は月命の接ぎ木が気になった。さっき菩華に言われたことをふと思い出す。

「ママが部屋に行かないから、パパの部屋知らないんでしょ? パパは来て欲しいと思うんだけど……」

 確かに、無理やり連れて行かれたのは、焉貴これたかだけ。反省をして、月命の部屋を訪ねた。

 地球一個分もある我が家。どこだかはわからないが、ねんじてみると、廊下の行き止まりにたどり着いた。

 ちょっとしたホールで、窓の向こうで夜の庭が月明かりに照らされている。ドアは左右にひとつずつ。しかし、左側の気がして、ノックしてみた。

「どなたですか~?」
颯茄りょうかです」
「どうぞ」

 ドアは開けず、瞬間移動で中に入る。半円を描くような曲線のある部屋で、展望台のように窓がはられている。

 その向こうには、クレーターが見えるほど大きな紫の月が、癒しの光を落としていた。

「幻想的な部屋なんですね?」
「えぇ、月に住んでいた時がこのような部屋だったんです」
「あぁ、そうなんですね」

 子供たちが伸び伸びと遊べるように、部屋に置いたままの盆栽の鉢を三つ眺める。一つはもう少しで花が咲きそうな木が主役で、下に小さなこけのベンチがあった。

「これ、咲くんですか?」
「えぇ、冬咲きの花なんです」
「家族で花が咲く木を眺めるっていうテーマですか?」
「えぇ、月に住んでいた時に考えたものです」

 月命は何か調べ物をしているようだった。妻は次の鉢を眺める。それは、丘の上にある緑豊かな大木のようだった。

「これって、あれですね? 急な雨の時に、あの木の下に避難だ~!」
「君は何かの見過ぎでしょうか~?」

 みんなが住んでいる世界は雨がほとんど降らないのだ。年に一、二回程度である。しかも、瞬間移動ができるのだ。雨に濡れるはずがない。

 淡いオレンジ色の明かりの下で、月命が本のページをめくる。妻は次の鉢へ移動した。それは、小さな松が斜めに枝をつけているものだった。

るなすさん、この松の枝の伸び方が、父上の心を動かしそうです」

 父も庭園に灯籠とうろうや盆栽などを置いている。

「そうでしょうか~?」

 義理の父と義理の息子の、こういう関係というのはどんなものなんだろうか。実の娘はよくわからないのだった。

 そうして、水に少しだけ浸されている接ぎ木のところへやって来た。窓の向こうには紫色に染まる、芝生と庭の木々が見える。薄暗い空間に、実の赤がえる。

「これって、どうやって育てるんですか?」
「今調べたんですが、あまり日に当てるのはよくないみたいなんです~」
「あぁ、だから、先生のお宅は生い茂っていて、日陰に植ってたんですね」

 月命が本を閉じて、椅子から立ち上がった。妻のそばまで歩いてきて、接ぎ木の前に夫婦で、ふたりきりの部屋で立った。

「それから愛が必要みたいなんです~」
「あぁ、そうですか」

 植物でも育てるには、手間暇がかかるから確かにそうだと、妻は思った。

 月命の指先は妻のあごに当てられ、彼の方へ真正面を向けられて、夫の唇が妻のそれに慣れた感じで触れた。

「え……?」

 妻は目の前がチカチカし、足元がいつの間にか絨毯の海に変わっていた。

「おや? 腰を抜かしたんですか~?」

 助ける気もない月命の前で、妻は気を取り直して、すくっと立ち上がった。

「その愛じゃないです!」

 夫は人差し指をこめかみに突きつけて、全て覚えている頭脳の中から、もう一度さっき読んでいた本の内容を思い浮かべる。

「そうでしょうか~? 愛が必要・・・・とだけ書いてありましよ~」
「それって、精霊族とかの花を育てる愛じゃないんですか?」

 あぁ言えばこう言うで、月命の部屋からしばらく、妻と夫の意見交換がエキサイティングしていた。

 そうして、お風呂に入ったあと、光命に妻のことを頼まれている夕霧命と話していると、アイスを食べ終わった孔明こうめいと月命が部屋に入ってきた。そうして、さっきの愛の話をすると、夕霧命は噛みしめるように笑った。

「くくく……」

 孔明は笑いもせず、小首を可愛くかしげる。

「そうかなぁ~? 可能性の問題だから、夫婦の愛もあるよね?」
「孔明さんまで言わなくていいんです!」

 そうこうしているうちに、夕霧命が、

「確かにそうだ。違うとは書いとらん」

 同意してくる、植木の接ぎ木に夫婦の愛が大切だと。月命がニコニコしながら、

「ですから、毎日僕の部屋に来て、君はキスをするんです~」

 妻はそこで思いついてしまった。

「夫婦の愛が必要なら、その相手は、孔明さんでも夕霧さんでもいいんですよね? だって、みんなも夫夫ふうふだから」

 というか、その本を書いた人に、もう少しはっきり書いて欲しかった! と思うが、その後のみんなの意見は、

「どんな愛でも愛ならば、その植木は育つのではないか?」

 ということでまとまった。

 2019年10月21日、月曜日

 おまけ――

 翌日の朝。光命と朝食を食べていると、久鉏くす、童子5歳がやって来た。

「月パパの接ぎ木について調べたよ」
「あぁ、そうか。久鉏はお花だけじゃなくて、ガーデニングもやるから、木にも詳しいんだね?」
「うん。学校で友達がいろいろ教えてくれるの」
「それで、何て書いてあったの?」
「あの木には、最上の愛が必要・・・・・・・なんだって」

 妻がどうして、この木の育て方はこんなに曖昧なのだろうと思っていると、夕霧命がやって来た。

「今朝は俺が部屋に呼ばれた」
「じゃあ、今日の愛は木にあげたんだね」

 昨日早く寝てしまった光命は何も知らず、妻はにっこり微笑んで、朝食を楽しんでいた夫に話を振った。

「明日は月さん、光さんとの愛をあげるのかもしれませんね」

 うちには最上の愛がいっぱいだ。木にとってもさぞかしいい環境だったのではないだろうか。

 おまけ2――

 お昼前に、月命が接ぎ木を持ってそばにやって来た。

「こちらを見てください」

 一緒に話をしていた孔明と覚師かくしと木をのぞき込むと、小さな白い花が咲いていた。それはまるで一輪で咲いている真ん中が黄色のマーガレットのようだった。

「こんな花が咲くんですね?」
「愛の形で咲く花が変わるのではないでしょうか~?」

 アート教室の先生の庭を思い浮かべる。確かにこんな花は木に咲いていなかった。

「これは僕と颯茄の愛の花かもしれません~」

 さすが、みんなが生きている世界だ。愛を受けて咲く花が、そのペアごとに変わる植物があるとは、素敵なところだ。接ぎ木を眺めていた孔明が、

「じゃあ、ボクとるなすのチューだったら、どんな花が咲くかなぁ~?」

 そうして、今度は月命と孔明のキスが、植物に降り注がれた。

「ボクたちの愛が入ったかな?」

 我が家にぴったりの接ぎ木だったのかもしれない。様々な花が咲く可能性を秘めているのだから。夫十人と妻十一人の組み合わせ、半端な数じゃない。

 おまけ3――

 そうして、23日、水曜日の今日。書いた内容を確認しながら、

「あのあと、花咲いたのかな?」

 と独り言を言うと、隣に座っていた光命が、

「ピンクの花が咲いたそうですよ」

 と言った。ちょうど、コスモスのような感じらしい。それが、月命と夕霧命の愛の花だ。明日は、孔明さんとの花が咲くのだろうか?

「っていうか、あの接ぎ木、我が家に来て大忙しですね?」
「えぇ」

 光命は優雅に微笑んで、手の甲を唇に当ててくすくす笑い出した。

 妻は思う。他の家だったら、一種類だけ花が咲いて、それが大きく綺麗に育つだけだが、我が家ではいくつも咲いてゆくのだから……。木も大忙しだ。

 昨日、庭師の人が我が家に来たが、通称、あの接ぎ木は『愛の木』と呼ばれているらしい。
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