最後の恋は神様とでした

明智 颯茄

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夏休みのパパたちは三角関係

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 プール開き。抜群のフォームで泳ぐ、イルカやペンギンたち。それに比べて、水に足を少しつけて冷たい感触に驚き、次は手のひらでバシャバシャと遊んでから、中へ入る人間の子たち。

 新しい授業で保護者参観が許され、今日もパパ友三人は肩を並べて、仲良く我が子の様子を見ながら話をしていた。

 いつも通り真ん中にいる、貴増参たかふみは夏の日差しにピンク色した瞳を細める。

「夏休みの予定はありますか?」

 右を陣取っている独健どっけんは珍しく困った顔をする。

「最近テレビでしきりにやってるだろう? 子供たちの夏休みに合わせて、遊園地のCM」
「えぇ、えぇ。陛下もご家族と一緒に訪れたという、今や国で一番の人気スポットです」

 企業としては、子供の人口が増えればターゲットをそこへ絞るわけで、あちこちで様々な遊園地ができ上がっていた。しかも、皇室御用達。

「それに行きたいって、毎日催促なんだ」

 小学一年生ばかりの兄弟が六人も集まれば、一致団結で親のところへデモ隊のようにやって来るのだ。

 左隣で明引呼あきひこが髪をガシガシをかくと、二重がけしていたペンダントヘッドがチャラチャラと歪んだ。

「どこの家でも変わらねぇな。海と火山をテーマにして二箇所あんだろ?」

 子供番組を一緒に見ている親としては、どんなところだか調べなくても、テレビが親切にも教えてくれるのだった。

「亀が遊びに来いって呼んでるから行かないといけないって、純粋だから応えようとするんだ、子供って」

 亀に人間の声が当てられているのではなく、本人が二本足で立って手招きする。リアルなファンタージランド。

「子供でない僕でも行きたくなっちゃいます」

 大人の貴増参でさえそうなのだから、子供は企業戦略にはまってしまうというものだ。明引呼のアッシュグレーの瞳には、イルカの子供が他の子たちに泳ぎを見せ、拍手をもらっているところが映っていた。

「片方にすりゃいいのによ。共通パスポートとか言って、両方行けるやつ買うって聞かねぇんだよ」

 夏休みは三ヶ月もある、時間はたくさんある。宿題は自分が決めた課題だけ。神様の家族らしい話が、独健、貴増参、明引呼の順でめぐってゆく。

「そうだ。ふたつをつなぐ乗り物があるらしいんだが、親の瞬間移動を当てにしてる」
「そのほうが移動時間が少なくて、たくさん楽しめますからね」
「てめぇで移動しろって、言ってやったぜ」

 兄貴は子供にもきっちりカウンターパンチを放っていた。

「明引呼は放任主義なんだな」

 独健の言葉を受けて、明引呼は手のひらを頬の横で念を押すように何度も縦に揺らす。

「何でもかんでもやっちまったら、ガキのためにならねぇだろ? 放っておいてもガキは育つんだよ。そのほうが瞬間移動できるように努力もすんだろ?」
「仕事は休めるが、テーマパークに泊まりがけなんてな。今までないから俺も戸惑ってな」

 一箇所にいるように言われた前統治の中で生きていた独健は、選択肢がいくつも前にある自由に幸せな気持ちでありながら立ち尽くしていた。

「陛下の子供が泊まりがけで行ったって、学校で話してたって言われっとよ。家族サービスってのも必要なんじゃねぇかって、他の家でも考えんだろ? けどよ、そういうのガラじゃねぇんだよな」

 護法童子だった我が子は、勝手に森へ行って木登りしたりして遊んでいた。そんな時代は終わりを告げ、明引呼の心に革命の嵐を起こしてゆくが、両足で踏ん張り自分のスタイルをつらぬき続ける。

 そんな男ふたりの間で、羽のように柔らかで低めの声が立っている場所通りに割って入ってきた。

「え~、んんっ! んんっ!」
「何咳払いなんか、急にし始めたんだ?」

 独健と明引呼の視線が、優男に集中する。

たかが話降ってきたんだから、何か企みがあんだろ?」
「さすが明引呼です。ですが、僕の名前は貴増参です。省略しな――」
「少しは笑いのパターン作れや」

 何年経っても同じネタで笑いを取ってくる保守的な貴増参に、フェイントをかけた明引呼のカウンターパンチがお見舞いされた。

 それを気にした様子もなく、貴増参のピンク色をした瞳は優しさが満ちあふれたように微笑む。

「僕たちの家族で一緒に行きませんか?」
「三家族一緒ってことか?」

 独健からの問いかけに、貴増参は「えぇ」とうなずき、

「そうすれば、明引呼のガラではないは、他の親たちが子供を見るでの解決しちゃいます。独健の瞬間移動の件も、僕は賛成派なので、僕がすれば子供たちも満足です。それに、大人でも楽しめちゃう乗り物もたくさんあるそうです。大人もたまには息抜きしてはどうでしょう?」
「策略的に話もっていきやがって。初めっから家族旅行したかったんだろ?」

 プールサイドのフェンスに、明引呼のガタイのいい体躯が黄昏気味に寄り掛かった。濃い青を見せる夏空を見上げ、独健はさわやかに微笑む。

「他の家族と一緒に旅行か。うんうん、新しい風が吹きそうでいいな」
「それでは決定です。家族旅行を一緒に楽しみ、僕たちの親睦をより一層深めちゃいましょう!」

 貴増参が話をまとめる頃には、水慣れしていなかった我が子も、他の子たちと一緒にプールで夢中になって遊んでいた。

    *

 海底にあるテーマパーク。息を吸うという必要がない魂の世界。重力が十五分の一は水力による圧迫死がない。

 本当の海のように青い空間で、三家族は様々なアトラクションを楽しみ、シーフードを中心としたランチを取っている。海の生き物がスタッフの多くを占めるレストランで、貴増参は真正面に座っている人に話しかけた。

「独健は最近、何か新しいことを始めましたか?」
「あぁ、いろいろやってる」

 子供が切りづらそうにしていたものを切りながら独健は答えた。

「例えば、どんなんでしょう?」
「サッカーだな。あんなスポーツは今までなかっただろう? 子供のために一緒に公園に行って遊んでたんだが、俺がはまって、今度みんなで大人のクラブを作ろうって話が出てるんだ」

 子供にフォークを戻して、独健は小さな頭を優しくなでた。そこへ、貴増参のボケが飛んでくる。

「さすが、独健です。魅惑的です」
「微妙にあってる気もするんだが、それは活動的」

 貴増参は気まずそうに咳払いをし、

「んんっ! そうです、それです」

 独健はピザをかじって、カラフルな皿があちこちで花咲いている様を眺めた。

「いろんな暮らしが変わった。今まで料理なんて誰もしなかっただろう?」
「えぇ。僕たちは食べなくても生きていけますからね。というか、食べないで働いてましたから、やはりブラックです」

 死なないからこそ、過酷な労働条件だった。独健の腕にしてあるミサンガが海の青を吸って、涼し気に揺れる。

「陛下がグルメだから、食べ物や作り方にもみんな興味が出てきて、俺も料理してみたんだ」
「どうなりましたか?」
「なかなか面白いんだ。しかも、自分でやった分が成果として出るし、お腹も満たされるしいいことづくめだ」

 父として、家族の笑顔が何よりも幸せを連れてきてくれて、独健の鼻声は楽し気に料理の上に降り注いた。貴増参は膝の上に乗せていた子供の口元を拭いて、ニッコリ微笑む。

「奥さんも子供も喜んでくれますからね」
「そうなんだ。この間なんて、チャーハンってやつを作ったけど、なかなか好評だった」

 食べている途中の子供がスプーンを持って、嬉しそうに大きく腕を上げた。

「チャーハン好き!」
「具材を変えると、いろいろなものができるって話は僕も聞きました。僕も少々やってみましょうか?」

 あっという間の八人の子持ちになった貴増参だったが、彼は家庭のために何ができるのか色々と悩んでいたところだった。

 パパ友は力強い存在で、別のテーブルに座っていた子供がそばに来て、膝の上に乗りたがるのを、独健は抱えながら、

「最初から覚えるなら、料理教室とかもあるらしいぞ。月主るなす先生が奥さんの付き添いでついて行って、できるようなったってこの間話してた」

 幸せそうで何よりの話だったのに、貴増参はこう言った。

「そうですか。なかなかの恐妻家・・・です」
「それを言うなら、愛妻家・・・!」

 いつもボケ倒してくる古くからの親友に、独健はピシャリと突っ込んだ。

    *

 そうして、もうひとつのテーマパーク。親の瞬間移動のお陰で、一日の間で遠く離れていても、海から山へと行ける子供たちは、アトラクションに乗っているのを、一緒に見ているパパ友に、貴増参は声をかけた。

「明引呼は何か悩みがありませんか?」

 そうそうおしゃべりでもなく、かといって寡黙でもなく、そこらへんの加減に気をつけていたつもりだったが、明引呼はあきれたように鼻で笑う。

「ふっ! てめぇには嘘は通用しねぇな」
「二千年も一緒にいちゃいますからね。おわかり・・・・です」

 順調に話が進みやしない。

「ったくよ、ボケてきやがって。お見通し・・・・だろ?」

 貴増参は咳払いをして、気まずそうにうなずいた。

「んんっ! そうとも言います」

 明引呼は柵に気怠そうに両腕をかけて、アッシュグレーの瞳はどこか遠くを見つめ始めた。

「ま、いいか。前の統治から解放されて、仕事にできることっつって考えてよ、魂の研究をするところで働いたけどよ。やっぱ、じっとして、淡々と作業すんのむいてねぇんだろな」
「君は行動力がありますからね」
「でよ、転職すっかって考えたんだよ」

 神様も色々と人生あるのである。

「目星はついてるんですか?」
「野郎どもがよ、一緒に何かしてぇって言ったんだよな」

 邪神界が倒された日。男たちが声をかけて去っていったのを、明引呼は思い出していた。貴増参も同じように柵に腕をかけ、余暇を楽しむ王子のような優しい笑みを見せる。

「そうなると、みんなで何かをする仕事ということになります」
「浮かばねぇんだよな。あいつらと一緒にやる仕事がよ」

 火山をテーマにしたパーク。会話が途切れた男ふたりの間に地鳴りが響き、地面が揺れたりをランダムに繰り返す。

 優しさに満ちたピンクの瞳は少しだけ陰り、

「君は昔から駆け引きが上手でした。城へ来ていた同じ傾向を持つ方で、貿易関係の仕事をしてる方がいます」

 邪神界の者が人間の霊を引っ張り込もうとした時、穏便に追い返していたのを何度もそばで見てきた。明引呼は立ち上がり際にくるっと反転して、今度は腰で柵にもたれかかった。

「新しく開拓された宇宙のやつと交渉して、物資とか交換する仕事だろ?」
「えぇ、そうです。それをしてみては?」

 暮れてゆく空に、山頂からのマグマがオレンジ色をにじませていた。明引呼は胸ポケットからシガーケースを取り出して、タバコサイズの葉巻――ミニシガリロを口に加える。

「どうせやるならよ。一発当ててみてぇんだよな」
「さすが、野郎どもに愛される兄貴です」

 さりげなく驚くようなことを言ってくる貴増参の隣で、ジェットライターで火をつけられた葉巻は、青白い煙を上げた。

「愛されてんじゃねぇんだよ。慕われるだろ」

 動じることなく、貴増参は少しだけ振り返って、視界の端に明引呼の藤色をした短髪を映した。

「ついつい本音が……」
「どいつの本音だよ?」

 明引呼は少しだけ後ろへ背をそらし、敏腕刑事が犯人に迫るように鋭いアッシュグレーの眼光で、優男の横顔に切り込んだ。それなのに、貴増参はニッコリ微笑み、顔の横で手をバイバイと振る。

「それはまた来週です」

 しかし、男ふたりの瞳はすれ違うような位置で、真摯にしばらく交わったままだった。

「…………」
「…………」

 世界がふたりきりで切り取られたみたいに、パークに流れる音楽も風景も何もかもが透明な幕の向こう側にある。唯一動いているのは、葉巻の青白い煙だけ。どこまでも続いていきそうな沈黙だったが、

「パパっ!」

 お互いを呼ぶ子供の声で、ふたりは我に返った。ウェスタンブーツのスパーはカシャっと金属音を歪ませて、再びアトラクションへ振り返った。愛しているのが本音だと言う優男に、明引呼は軽くパンチを放つ。

「ボケ倒しやがって、話元に戻せや」
「一発当てる、とはどのような職種ですか?」

 吸い殻を空へポイッと投げると、自動回収システムで、販売会社の工場へと行き、再利用の運命をたどった。

 転職先の話が、遊園地で現実的に続いてゆく。

「食う肉があんだろ?」
「えぇ」
「あれよ、ある日疑問に思ったんだよな」
「どう思っちゃったんですか?」

 アッシュグレーの鋭い瞳はパークのあちこちを歩く、人間以外の人々に向けられた。

「牛さんも豚さんも鶏さんも、オレらと同じように、言葉しゃべって家族がいんだろ? 食っちまったら、殺人事件が起きちまうだろ」

 国家機関に勤めている貴増参は、あごに手を当てて「ふむ」とうなずき、

「みんな仲良く、という法律違反が起きて、謁見の間に呼び出し、アンド地獄という独房に入れられちゃいます」

 明引呼は太いシルバーリングで、柵を叩くと、カツンカツンと冷えた音が響いた。

「っつうことは、別のとこから肉は来てるっつうことになんだろ?」
「どこから来ちゃってるんでしょう?」
「調べたんだよ」
「えぇ」

 まわりに聞こえないように、カーキ色の髪に頬を寄せて、明引呼の声がしゃがれた。

「肉のる木があって、実を取っておろしてるってよ」
「そういうことだったんですね。僕たちが食べていたお肉の正体は植物だった」

 貴増参も声のトーンをいつもよりもさらに低くして、綺麗にまとめ上げた。明引呼はつめた距離を空け、子供たちが夢中になって遊んでいる姿を眺める。

「これから人口も増えてくんだろ? まだ世の中にはあんまし知られてねぇってなると、そこついたほうがでっかく当てられるんじゃねぇかって思ってよ。惑星ひとつ農場用に買ったぜ」

 タフで瞬発力のある兄貴に、個性的な天然ボケをする貴増参からこんな言葉がプレゼントされる。

「さすが君も、手が早い・・・・です」
「から、手は出してねぇんだって」

 明引呼は手の甲で、貴増参の素肌の腕をパシンと叩いた。

「ということは、野郎どものみんさんと一緒に、肉の生産農家をやっていくってことですね?」
「まぁ、そういうことだ。平坦な道じゃねぇけどよ、がむしゃらにやりゃ、何とか見えてくんだろ」

 明引呼が見上げた先には、まるで未来を明るく照らすように、一番星が夕闇に輝いていた。

「兄貴はやはりかっこいいです」

 この男が海賊船の船長か何かで、男たちを熱く引き連れている後ろ姿を思い浮かべる。優男の自分とは違って、ずいぶん絵になるものだと貴増参は感心した。

 羽みたいに柔らかで、王子様でもおかしくない優男が言う言葉としては、妙に違和感があり、明引呼はしゃがれた声で注意した。

「貴は兄貴って呼ぶなよ」
「僕の名前は貴増参です。省略しないで呼んでくださいね♪」

 語尾がスキップするように飛び跳ねる。もう何度聞いたのかわからない言葉を、明引呼はわざと引き出させて、もうひとつの悩みは心の奥底にしまった。

「から、笑いのバリエーション増やせや」

 夕暮れとパークに灯り始めた明かりに照らし出された、パパふたりのもとに子供たちが嬉しそうに駆け寄ってきた。

    *

 激しい雨の中に一人立ち尽くしているような、テーマパークの夜のイベントを貴増参は眺めながら、物思いに窓にあるブラインドを下すよう仕草をした。

 それは、完全プライベートを守るための、この世界の決まり。瞬間移動をしてくる人々。自分も含めて、相手に失礼がないよう、移動する前に心の目を相手に飛ばして、相手が何をしているのかをうかがうことが起きる。

 それを見られなくする方法。たとえ配偶者でも家族でも、自分の居場所を探せない。この世界の人々から完全に孤立する。神様しか知り得ない。

 貴増参はあごに手を当て、何の障害もなく今も見えるイベントをぼんやりと見つめ、一人きりでつぶやく。

「僕は独健が好きです――。友人としてではなく、奥さんを愛しているのと同じ気持ちです」

 子供たちを何人か間に挟んで、ひまわり色の短髪を持ち、はつらつとした若草色の瞳をした男の横顔をうかがった。指さして、子供と一緒に笑顔を見せる。

「僕は明引呼も好きです――。しかし、彼らは奥さんもいて子供もいます。妻帯者というやつです」

 反対側へ振り返る。子供を肩車したアッシュグレーの瞳は鋭く真正面に向けられている。藤色の長めの短髪が耳元を隠すようで隠していない、チラ見せのセクシーさが、男っぽいのに誘惑する。

「僕にも奥さんと子供がいます。愛している気持ちは今も変わりません――。地上では不倫、不誠実という言葉が存在します。しかし、この世界にはそんな言葉もありませんし、概念もありません」

 自分のまわりにいる八人の子供たちと、お見合いで知り合った時から、自分へ微笑み続ける妻。幸せな家庭の中に入り込んできた、別の愛たち。

 貴増参はあごに手を当てたまま、足を軽くクロスさせた。

「僕のこの気持ちは何と言ったらいいんでしょう? 人生の哲学です」

 前代未聞の事件に巻き込まれてはいるが、優男の心は見た目と違ってとても強く、星空を見上げて問いかける。

「神様やっちゃってる僕の、守護をしてくださってる神様はどう思っていらっしゃるんでしょう?」

 楽し気な音楽の中で、一人きり耳を澄ます。答えを知りたくて。しかし、無情にも返事は返ってこず、貴増参はため息をついた。

「僕には霊感がないので神様の声が聞こえません。僕はどういう運命になっちゃったんでしょう? やはり哲学です」

 人間の守護をしている神々も、人として生きている以上悩みはあり、答えの出ないものに会い、立ち止まることもあるのだった。

    *

 イベントは終わり、眠そうな顔をした子供たちを連れて、ホテルのそれぞれの部屋へ戻ってきた。明引呼はベランダに出て、ミニシガリロの青白い煙を上げる。

 そうして、ブラインドを下ろす仕草をした。世界で一人きりの空間で、ひとりごちる。

「貴の野郎、探ってる振りして、オレに気持ち伝えてきやがって」

 どうにもやりきれない気持ち。恐れ多くも陛下のお宅はハーレムだが、他は全員男女で結婚をしている。女性同士はあっても……。

「野郎が野郎に惚れる。そんな話聞いたこともねぇんだよな」

 二千年も生きていれば、少しは理論も身につくものだが、基本感情で動く男は、黄昏気味に言うと、柔らかい灰がぽろっと落ちた。

「がよ、こんなのはフィーリングだろ? 動いちまったもんはしょうがねぇだろ」

 兄貴の中では、惚れたは惚れたなのだ。それ以上でもそれ以外でもない。学校では教わらない単語が、下界の人間に名前の知られた神の唇からもれ出る。

「人間が言ってたよな。他と区別するために、ゲイとかBLとか何とかよ」

 妻たちは女三人でやけに気が合って、一階のテラス席でさっきから酒をガンガン飲んでいるがベランダから見える。

「どよ、それじゃねぇんだよな。カミさんにも惚れたんだからよ。そうすっと、両刀使い。あとなっつったか? あ~っと、バイセクシャルとか言ってたな。それだろ?」

 奥さんたちの笑い声が天まで抜けるように届く。少しだけ振り返って、すやすやとベッドで眠っている子供たちを視界の端に映した。

「しかも、野郎ふたり同時に惚れちまって、どうなってやがんだ?」

 さっきアトラクションの柵で隣り合わせた男は、カーキ色のくせ毛を持ち、優しさの満ちあふれたピンク色の瞳で、いつもボケているかと思えば、罠だったりする。

 学校の廊下で会い、エスプレッソを飲む男は、マゼンダ色の長い髪を水色のリボンでピンと縛り、ニコニコのまぶたにヴァイオレットの瞳を隠し持っている。負けることが大好きな罠を仕掛けてくる女性的に思える男。

 絶妙に共通点があるのに、似ているようで似ていない。変な関係で、ひとつの教室の中で自分を入れて三人だけが浮き彫りにされた気分になる時がよくある。

「神さんよ、何させる気だよ?」

 保護者と担任教師とパパ友。我が子や人の未来は多少は見える。しかし、自分のことは予測がつかない。心の成長を望まれている以上、先が見えないようにできている。

 あっという間に仲良くなった奥さんたちを眺めていたが、明引呼は真正面に顔を向け、青白い煙を上げた。

「けどよ、まずは現実だろ? 野郎どもはどう思うんだよ? 人間にゃ、そんな性癖もあるんだろうけどよ、他の種族のやつにそういう概念あんのかよ?」

 価値観が多種多様で、話題にさえ昇らせたくない人だっているだろう。自分を慕ってくれる野郎どもの顔が一人一人、走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。

「一人でも納得できねぇなら、上に立つ身としちゃ、隠しちまったほうが、みんな仲良くになんだよ。上に立ってるやつは下のやつを守るためにいんだろ? 傷つけたりするためにいるんじゃねぇだろ」

 みんなを守りたい兄貴は、ミニシガリロの吸いカスを夜空を放り投げ、

「からよ、誰にも知られるわけにはいかねぇんだよ」

 自動回収で消えてゆくのと同時に、心に鍵をしっかりとかけた。

    *

 奥さんたちと交代で、旦那さんたちはホテルのバーへとやって来ていた。こんな場所も昔はなく、三人であちこち眺めながら、たわいのない会話をして酒を飲む。

 そうして、独健と明引呼の間で、貴増参は再び心のブラインドを下ろした。ビールを飲みながら、明引呼と話す男をじっと見つめる。

「独健は僕の気持ちに気づいてません。僕の気持ちは、家庭を持ってる彼には迷惑になっちゃいます。ですから、言いません」

 彼はノーマルで、男女の結婚で子供がいる今が幸せなのだ。彼を心から愛する貴増参には、親友でいるのが愛の形なのだ。

 ジンのショットをかみしめるように飲む男が、独健と話す姿をうかがう。

「明引呼は僕の気持ちに気づいてます。彼は勘の鋭い人ですからね。ですが、彼はみんなの兄貴です。たくさんの人の気持ちがかかってきます。ですから、やはり言いません」

 妻帯者でそこに他の男が加わった。未だに自分たちの関係性を表す言葉はないが、みんなに慕われる男だからこそ、貴増参にはこれ以上近寄れないのだった。

 微妙で複雑な愛が交差する夏休みの夜。彼らの関係性が壊れるのは意外なところからで、何年も先のことだった。
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