翡翠の姫

明智 颯茄

文字の大きさ
上 下
4 / 28

月の魔法/4

しおりを挟む
 本から視線を一旦はずして、貴増参はにっこり微笑む。

「それは僕も驚いちゃいました。帰ってきたら、三十歳が三十五歳になっちゃってましたからね。お誕生日会を五回分まとめてしないといけません」

 どこまでもマイペース。のーてんき。何が起きれば、五年もの歳月をスルーできるかが、明引呼のあきれたため息と一緒に出てきた。

「発掘作業に没頭して、また時間忘れやがって」 

 だが、貴増参もやられてばかりではない。

「君は女性遊びが盛んでしたか?」

 さっきの大学校内の騒ぎが日常茶飯事、明引呼にとっては。ミニシガリロを持つ手で、こめかみをイライラとかく。

「遊んでんじゃねえんだよ。向こうからくんだよな。断りもなくよ」

 そして、貴増参らしい変な例えが出てきた。

「僕が女性だったとしましょう」

 真夏のうだるような熱くでどうしようもなく気だるいような声で聞き返しながら、明引呼のアッシュグレーの瞳は、本の表紙で見えない貴増参に向いた。

「ああ?」

 スラスラ~と、羽布団みたいな柔らかさで低い声が告げる。ソファーに座っている男の外見と履歴を。

「背が高い。スタイルは抜群」

 貴増参はソファーから足が大きくはみ出している男の真似をする。

「こう……鋭い視線に渋い声」

 だが、全然似ていなかった。それでも平気で綺麗にしめくくった。 

「職業はパイロット。僕も憧れちゃいます」

 しかし、最後の一言が余計だった。

「何言ってんだ?」

 同じ歳の男からの愛の告白。ミニシガリロの柔らかい灰はぽろっと床に落ちた。

 貴増参はマイペースでノリノリになってゆく。

「お嬢さん、僕と今夜、愛のフライトに行きませんか?」

 歯が浮くようなセリフが、男ふたりきりの教授室に響き渡った。発掘してきた土器のカケラがくすくす笑った気がした。明引呼は吸い殻をぽいっと床へ投げ捨て、

「相変わらず、頭ん中、お花畑でいやがる。たか様はよ」
「僕の名前は貴増参です」

 自分に尊称がついているところは、ツッコミを入れなかった。明引呼は手を上げて、念を押すように大きく揺らし、

「――っつうかよ。話それてってんだよ」

 また専門書を読み始めた貴増参に向かって、いつも通りの言葉を贈ってやった。

「少しはハニワさんから離れろや」
「土器です」

 即行、訂正が入った。シガーケースが取り出されて、ミニシガリロは火をつけられ、厚みのある唇に入れられる。くわえた葉巻をした口から、しゃがれた声がもれ出た。

「どっちも一緒だろ?」
「いいえ、違います」

 貴増参は持っていた本をパタンと閉じて、コホンと咳払いをした。

「ハニワは、古墳の上に並べられた素焼きの陶器を指します」

 青白い煙は退屈そうに天井へと登ってゆく。

「土器は、胎土が露出した素焼きの器です。磁器のように化学変化を起こさないで、不透明な状態がそのまま残っているものを指します」
「どっちも素焼きだろ」

 明引呼から当然な意見が飛んできたが、貴増参は何事もなかったように、受け取るたびに重ねていってしまう資料の山から一枚の紙を引っ張り出した。

 バランスを崩した紙の束が赤い絨毯の上へドサーッとなだれ落ちる。それはよくあることで、貴増参は改善することもなく、文字の羅列を追ってゆく。

 仕事以外のことは整理整頓もなっていない。乱雑な教授室のソファーで、明引呼は親友としていつも忠告していることを口にした。

「人生いろいろあんだから、他にも目え向けろや」

 だが、他人に言われたぐらいで変わるくらいならば、研究者としてはやっていけない。自分の信じた道を突き進まないと、あと一ミリ掘れば、世紀の大発見があるかもしれない。の連続なのだから。

 プリントの紙を右から左へと動かしながら、不必要なものは、これ以上入らないと叫んでいるゴミ箱へ落としては、こぼれ落ちて床に白を広げてゆく。

「それよりも、先日お願いした助手の件はどうしたんですか?」
「先日じゃねえんだよ。五年も前のことだろ。行方不明だったんだからよ」

 時間軸がずれたままの考古学者は、急に口調が変わった。 

「ごちゃごちゃ言ってねえで、早く言いやがれ、です」
「オレの真似しやがって」

 おうむ返しみたいなのを聞いて、紙があちこちに落ちている教授室の床に、明引呼のあきれたため息が降り積もった。

「何度見つけてきてもよ。てめぇの研究者魂を前にして、ドン引きしてすぐに辞めちまうんだろ」

 見た目は優男なのに、心はタフガイ。だが、それが災いして、身を結ばない助手探し。

「からよ。そこ直してからにしろよ。探すのはよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

復活の泉

明智 颯茄
恋愛
 *毎週土曜日に更新します。  異世界へと飛ばされた青年が出会ったのは、革命派の教皇だった――   ヒカリ ヴァッサー ダディランテ、十六歳は五歳の時、核戦争の末に以前住んでいた惑星の脱出を余儀なくされた。大混乱の中で、家族とは離れ離れになったが、なぜか双子の兄、ルナス モーント ダディランテとははぐれずに新しい惑星へと到着した。  しかし、そこは親のない彼らにとっては、ディストピアとしかいいようのない場所だった。研究者が世界を統治する星。他惑星からの難民の子供は、実験台として無残に命を落としてゆく。  ヒカリは研究所からなんとか抜け出したが、追っ手に迫られ、絶体絶命のピンチ! そうして、負けることが大好きな、兄のおかしな一言で異世界へと飛ばされてしまうのだった――  *この物語は、本編『明智さんちの旦那さんたち』から、一部伐採したものです。  夫婦構成は、夫九人妻九人の十八人です。  その中の四人だけで、ラブストーリーを演じているという設定です。  キャスティングは、  主人公が旦那の一人。  男の脇役がもう一人の旦那。  ヒロイン役が、主人公である妻。  女の脇役が、もう一人の妻。  となっています。  小説家になろう、カクヨム 、エブリスタにも掲載されています。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【完結】え、別れましょう?

水夏(すいか)
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」 「は?え?別れましょう?」 何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。  ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?  だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。   ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

【完結】夫は王太子妃の愛人

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵家長女であるローゼミリアは、侯爵家を継ぐはずだったのに、女ったらしの幼馴染みの公爵から求婚され、急遽結婚することになった。 しかし、持参金不要、式まで1ヶ月。 これは愛人多数?など訳ありの結婚に違いないと悟る。 案の定、初夜すら屋敷に戻らず、 3ヶ月以上も放置されーー。 そんな時に、驚きの手紙が届いた。 ーー公爵は、王太子妃と毎日ベッドを共にしている、と。 ローゼは、王宮に乗り込むのだがそこで驚きの光景を目撃してしまいーー。 *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

処理中です...