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神の旋律
月夜の幻想曲(ファンタジア)/3
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レンの鋭利なスミレ色の瞳にはまだ映っていない。だが、この押しつぶされそうな威圧感。気配を隠すどころか、恐怖で手足が震え出す。
この雰囲気はただ者ではない。よくて差し違い。下手に動けば無慈悲に殺されるだろう。
それでも、己の宿命に忠実に、レンは銃弾をはじき出すハンマーをカチカチと後ろに向かって下げ切る。トリガーに人差し指をかけ、干上がりそうなのどで生唾を飲み込み、振り向きざまに悪魔をぶち抜く。
こうべをめぐらし、銃を素早く構え、黄緑色の瞳を真正面で見つけて――
「っ!」
――魔法でも使ったかのように、レンはいきなり夜空の中に立っていた。絶え間ない雨音は嘘のように消え去り、湿った夜風が頬と髪を優しくなでる。
「っ……」
驚いてあたりを見渡すレンの頭上には、クレーターが見えるほど大きな紫の満月が冴えていた。足元のはるか下には、都会の光る海に雨上がりの街が浮かんでいる。
どうやら、いつの間にかタワービルの屋上にいて、コンクリートの上にしっかり立っているようだった。遠くの空に、航空障害灯の光がルビーのような輝きを点滅させている。
寒い日の朝のように、いつもは聞こえない遠く離れた騒音が、水に包み込まれたようなゴーッという膨張した響きで耳に入り込んでくる。
あの印象的な黄緑色の瞳を探す。三百六十度ぐるっとかかとを軸にして、見渡す。近くに同じ高さの建物はなく、空と街並みの境界線が遠くで地平線の半円を描いていた。
宙に浮いて、闇に紛れているのかもしれない。フロンティアのトリガーに指をかけて――
「っ!」
レンは手に違和感を抱いた。金属の冷たく重い感覚がなくなっていたのである。そうっと自分の手を持ち上げると、細い棒があった。
「?」
それは二本が並行して並んでいるもの。今度は左手に拳銃ではない重さが広がる。持ち上げると、女性らしいボディーをした弦の張られたものがあった。
「ヴァイオリン……?」
拳銃とすり替えられたのか。だが、相手の意図がわからない。
何のために?――
紫の幻想的な光の下で、レンは銀の長い前髪をさらさらと左右へ揺らす。悪魔の気配どころか、人の気配もない。いつの間にか着ていた黒のロングコートの裾が強風でハタハタとひるがえった。
楽器など弾けない――
そしてまた、すぐに考えは変わる。
いや弾ける――
覚えている体が、弓の握り方もヴァイオリンをあごに挟む感覚も。レンは流れるような仕草で楽器を構えた。息を吸い吐き出すと同時に、弓はゆっくりと動いた。
聖堂の身廊を覆っていたシルクを静かに拾い上げるような、ひとつの音が伸びやかに鳴り出す。紫の大きな月影を背負い、黒のゴスパンクのすらっとした体躯を持つ男の影が浮かび上がる。
バッハ G線上のアリア――
鋭利なスミレ色の瞳はまぶたの裏に隠され、ヴァイオリンの音色にレンは身を委ねる。まるで天使が魔法でもかけたように金に光る風が吹き抜けては、ロングコートを斜めに揺らしてゆく。
一人きりの夜空の演奏会。のように思えたが、もう一人耳を傾けている人物がいた。遠く離れたビルのてっぺんの細いポールの上に、絶妙なバランスを持って裸足で乗り、細身のズボンとはだけた白のシャツが風にはためく。
ボブ髪の縁で山吹色と紫の月明かりは彩られ、幻想的な色を夜空に引いていた。閉じられていたまぶたが開くと、宝石のように異様にキラキラと輝く黄緑色の瞳が現れる。
コレタカは軽くため息をついて、ボブ髪を片手で気だるくかき上げた。
「これからってとこね……」
金色の光る風がビュービューと咆哮し、彼のまわりにまとわりつくように吹いてくる。
それでも、黄緑色の瞳は風圧とまぶしさに閉じられることなく、見えないはずの距離にいるレンをじっと見つめていたが、ふと気づくとコレタカの姿は不思議なことにどこにもなかった――
この雰囲気はただ者ではない。よくて差し違い。下手に動けば無慈悲に殺されるだろう。
それでも、己の宿命に忠実に、レンは銃弾をはじき出すハンマーをカチカチと後ろに向かって下げ切る。トリガーに人差し指をかけ、干上がりそうなのどで生唾を飲み込み、振り向きざまに悪魔をぶち抜く。
こうべをめぐらし、銃を素早く構え、黄緑色の瞳を真正面で見つけて――
「っ!」
――魔法でも使ったかのように、レンはいきなり夜空の中に立っていた。絶え間ない雨音は嘘のように消え去り、湿った夜風が頬と髪を優しくなでる。
「っ……」
驚いてあたりを見渡すレンの頭上には、クレーターが見えるほど大きな紫の満月が冴えていた。足元のはるか下には、都会の光る海に雨上がりの街が浮かんでいる。
どうやら、いつの間にかタワービルの屋上にいて、コンクリートの上にしっかり立っているようだった。遠くの空に、航空障害灯の光がルビーのような輝きを点滅させている。
寒い日の朝のように、いつもは聞こえない遠く離れた騒音が、水に包み込まれたようなゴーッという膨張した響きで耳に入り込んでくる。
あの印象的な黄緑色の瞳を探す。三百六十度ぐるっとかかとを軸にして、見渡す。近くに同じ高さの建物はなく、空と街並みの境界線が遠くで地平線の半円を描いていた。
宙に浮いて、闇に紛れているのかもしれない。フロンティアのトリガーに指をかけて――
「っ!」
レンは手に違和感を抱いた。金属の冷たく重い感覚がなくなっていたのである。そうっと自分の手を持ち上げると、細い棒があった。
「?」
それは二本が並行して並んでいるもの。今度は左手に拳銃ではない重さが広がる。持ち上げると、女性らしいボディーをした弦の張られたものがあった。
「ヴァイオリン……?」
拳銃とすり替えられたのか。だが、相手の意図がわからない。
何のために?――
紫の幻想的な光の下で、レンは銀の長い前髪をさらさらと左右へ揺らす。悪魔の気配どころか、人の気配もない。いつの間にか着ていた黒のロングコートの裾が強風でハタハタとひるがえった。
楽器など弾けない――
そしてまた、すぐに考えは変わる。
いや弾ける――
覚えている体が、弓の握り方もヴァイオリンをあごに挟む感覚も。レンは流れるような仕草で楽器を構えた。息を吸い吐き出すと同時に、弓はゆっくりと動いた。
聖堂の身廊を覆っていたシルクを静かに拾い上げるような、ひとつの音が伸びやかに鳴り出す。紫の大きな月影を背負い、黒のゴスパンクのすらっとした体躯を持つ男の影が浮かび上がる。
バッハ G線上のアリア――
鋭利なスミレ色の瞳はまぶたの裏に隠され、ヴァイオリンの音色にレンは身を委ねる。まるで天使が魔法でもかけたように金に光る風が吹き抜けては、ロングコートを斜めに揺らしてゆく。
一人きりの夜空の演奏会。のように思えたが、もう一人耳を傾けている人物がいた。遠く離れたビルのてっぺんの細いポールの上に、絶妙なバランスを持って裸足で乗り、細身のズボンとはだけた白のシャツが風にはためく。
ボブ髪の縁で山吹色と紫の月明かりは彩られ、幻想的な色を夜空に引いていた。閉じられていたまぶたが開くと、宝石のように異様にキラキラと輝く黄緑色の瞳が現れる。
コレタカは軽くため息をついて、ボブ髪を片手で気だるくかき上げた。
「これからってとこね……」
金色の光る風がビュービューと咆哮し、彼のまわりにまとわりつくように吹いてくる。
それでも、黄緑色の瞳は風圧とまぶしさに閉じられることなく、見えないはずの距離にいるレンをじっと見つめていたが、ふと気づくとコレタカの姿は不思議なことにどこにもなかった――
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