上 下
921 / 967
Dual nature

噂の真相/1

しおりを挟む
 空中スクリーンは消え去り、それと入れ替えに食堂の電気が点り始めたが、颯茄の操作を誰かが邪魔をした。

 またすっと暗くなって、代わりに満点の星空が浮かび、クレーターが見えるほど大きな月が現れた。

 重力の方向は変わらないが、星々で埋め尽くされた、天井も壁も床も。宇宙の真ん中にテーブルと椅子に座った夫婦十三人がポツリと漂う。いきなりの異空間。

 こんなことは時々起こる明智分家では。夫たちは気にした様子もなく、それぞれの飲み物を飲んだ。妻は斜め前で銀の長い髪を揺らしている、鋭利なスミレ色の瞳に目をやった。

(蓮が魔法で、家の中に夜空を作った)

 彼は颯茄の視線に気づいてにらんできた。妻は慌てて視線をそらして、スナック菓子を口に放り込む。

(月さんが綺麗だったから気分がよくなって、魔法使ったんだ)

 感性で動いている魔法使い――俺さま夫に文句を言うこともかなわない妻の頭上で、緑色の流れ星が青い星雲の前を通り過ぎてゆく。

 チョコレートを食べていた雅威が最初に声を発した。

「ラブストーリーなのに、どうしてキスシーンがあんなにもたついたんだい?」

 颯茄は思わずスナック菓子をのどに詰まらせそうになったが、

「っ…………」

 散らかした食べクズを寄せ集めたり、バラバラに広げたりを繰り返すだけで、いつまでも待っても無言だった。右側に座っていた明引呼が鼻でふっと笑う。

「恥ずかしがってんだろ?」
「…………」

 ジンジャエールの瓶を傾けている彼に、颯茄は悔しそうな顔を向けた。言わなくていいものを。焉貴は山吹色の髪をかき上げ、

「間に子供が十六人もいるのにね」
「君は可愛い人ですね」

 当の本人、月命の凛とした儚げな声で言うと、颯茄は明引呼から視線を外して、

「…………」

 コーラをガブガブとやけくそ的に飲んで、ドンとテーブルの上に強く置いた。

「キスシーンはもともとなかったんです!」

 夫たちはため息交じりに、キャスティングミスを告げる。

「月と孔明の罠だったんだな……」

 策士がタッグを組むと大変なことになるのだった。

「台本が勝手に変更されたんです。もう!」

 颯茄はそばに置いてあった薄い本をパラパラと何度も何度もめくった。あんなメルヘンティックな展開ではなかったのである。

 だが、夫たちも負けていないのだ。妻の用意した台本を修正するくらいは、会話の順番を全て覚えているデジタル頭脳なら簡単にできるのである。

 まっちゃられをのんびり飲んでいた燿が間延びした声で言う。

「孔明が『気がする』って言ったとこで罠が張られてたんでしょ?」
「あそこか!」

 颯茄は大声を上げて、椅子から勢いよく立ち上がった。他の策士、焉貴と光命からさらなる指摘がやってくる。

「『気がする』は使わないでしょ。デジタル頭脳の俺たちは」
「私たちは『感じがする』を使います」

 わかりやすく孔明もわざと言ったが、妻の超感覚思考回路が抹消に近いほどスルーしていたのだった。

 気がする。
 感じがする。

 ちょっとした言葉の違い。大したことないと思っていても、几帳面な人にとっては、命取りの作戦ミスと言っても過言ではないのだ。

 妻は学びの旅に出ようとする。ふたつの言葉の意味の違いを、自分なりに理論的に説明できるようにならなくては、また罠にはまってしまうのである。

 しかし、颯茄はいつまで経っても、魔法で作り出された宇宙の果てを見つめるだけで、彼女の唇は動くことはなかった。

 時間切れというように、焉貴はもうひとつの問題点へ移る。

「お前、まだ『わかった』使ってんの?」

 物語中、何度か月命と孔明に指摘されていた言葉遣い。颯茄は椅子にやっと座り直して、得意げに微笑む。

「使ってないですよ。わざとです」
「彼女は私たちと結婚する前から学んでいますよ」

 斜め向かいの席から、光命の推薦を受けて、颯茄はニヤニヤし始めた。長い苦闘の末に手に入れた、デジタル頭脳の夫たちを理解するすべのひとつ。

 差出人の姿が見えなかった手紙を読んでいた月が、それをしまいながら、真正面に座っている夫を見据えた。

「独健は時々使います~」
「『わかった』がどうしていけないんだ?」

 独健からの問いかけに、孔明は間延びしたように言って、

「失敗しちゃうかも~?」

 珍しく光命と月命の声が重なった。

「おかしいからです」

 物語中と変わらない反応。颯茄はテーブルについている夫たちを見渡す。

「他に使ってる人っていましたっけ?」 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...