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Dual nature
噂の真相/1
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空中スクリーンは消え去り、それと入れ替えに食堂の電気が点り始めたが、颯茄の操作を誰かが邪魔をした。
またすっと暗くなって、代わりに満点の星空が浮かび、クレーターが見えるほど大きな月が現れた。
重力の方向は変わらないが、星々で埋め尽くされた、天井も壁も床も。宇宙の真ん中にテーブルと椅子に座った夫婦十三人がポツリと漂う。いきなりの異空間。
こんなことは時々起こる明智分家では。夫たちは気にした様子もなく、それぞれの飲み物を飲んだ。妻は斜め前で銀の長い髪を揺らしている、鋭利なスミレ色の瞳に目をやった。
(蓮が魔法で、家の中に夜空を作った)
彼は颯茄の視線に気づいてにらんできた。妻は慌てて視線をそらして、スナック菓子を口に放り込む。
(月さんが綺麗だったから気分がよくなって、魔法使ったんだ)
感性で動いている魔法使い――俺さま夫に文句を言うこともかなわない妻の頭上で、緑色の流れ星が青い星雲の前を通り過ぎてゆく。
チョコレートを食べていた雅威が最初に声を発した。
「ラブストーリーなのに、どうしてキスシーンがあんなにもたついたんだい?」
颯茄は思わずスナック菓子をのどに詰まらせそうになったが、
「っ…………」
散らかした食べクズを寄せ集めたり、バラバラに広げたりを繰り返すだけで、いつまでも待っても無言だった。右側に座っていた明引呼が鼻でふっと笑う。
「恥ずかしがってんだろ?」
「…………」
ジンジャエールの瓶を傾けている彼に、颯茄は悔しそうな顔を向けた。言わなくていいものを。焉貴は山吹色の髪をかき上げ、
「間に子供が十六人もいるのにね」
「君は可愛い人ですね」
当の本人、月命の凛とした儚げな声で言うと、颯茄は明引呼から視線を外して、
「…………」
コーラをガブガブとやけくそ的に飲んで、ドンとテーブルの上に強く置いた。
「キスシーンはもともとなかったんです!」
夫たちはため息交じりに、キャスティングミスを告げる。
「月と孔明の罠だったんだな……」
策士がタッグを組むと大変なことになるのだった。
「台本が勝手に変更されたんです。もう!」
颯茄はそばに置いてあった薄い本をパラパラと何度も何度もめくった。あんなメルヘンティックな展開ではなかったのである。
だが、夫たちも負けていないのだ。妻の用意した台本を修正するくらいは、会話の順番を全て覚えているデジタル頭脳なら簡単にできるのである。
まっちゃられをのんびり飲んでいた燿が間延びした声で言う。
「孔明が『気がする』って言ったとこで罠が張られてたんでしょ?」
「あそこか!」
颯茄は大声を上げて、椅子から勢いよく立ち上がった。他の策士、焉貴と光命からさらなる指摘がやってくる。
「『気がする』は使わないでしょ。デジタル頭脳の俺たちは」
「私たちは『感じがする』を使います」
わかりやすく孔明もわざと言ったが、妻の超感覚思考回路が抹消に近いほどスルーしていたのだった。
気がする。
感じがする。
ちょっとした言葉の違い。大したことないと思っていても、几帳面な人にとっては、命取りの作戦ミスと言っても過言ではないのだ。
妻は学びの旅に出ようとする。ふたつの言葉の意味の違いを、自分なりに理論的に説明できるようにならなくては、また罠にはまってしまうのである。
しかし、颯茄はいつまで経っても、魔法で作り出された宇宙の果てを見つめるだけで、彼女の唇は動くことはなかった。
時間切れというように、焉貴はもうひとつの問題点へ移る。
「お前、まだ『わかった』使ってんの?」
物語中、何度か月命と孔明に指摘されていた言葉遣い。颯茄は椅子にやっと座り直して、得意げに微笑む。
「使ってないですよ。わざとです」
「彼女は私たちと結婚する前から学んでいますよ」
斜め向かいの席から、光命の推薦を受けて、颯茄はニヤニヤし始めた。長い苦闘の末に手に入れた、デジタル頭脳の夫たちを理解するすべのひとつ。
差出人の姿が見えなかった手紙を読んでいた月が、それをしまいながら、真正面に座っている夫を見据えた。
「独健は時々使います~」
「『わかった』がどうしていけないんだ?」
独健からの問いかけに、孔明は間延びしたように言って、
「失敗しちゃうかも~?」
珍しく光命と月命の声が重なった。
「おかしいからです」
物語中と変わらない反応。颯茄はテーブルについている夫たちを見渡す。
「他に使ってる人っていましたっけ?」
またすっと暗くなって、代わりに満点の星空が浮かび、クレーターが見えるほど大きな月が現れた。
重力の方向は変わらないが、星々で埋め尽くされた、天井も壁も床も。宇宙の真ん中にテーブルと椅子に座った夫婦十三人がポツリと漂う。いきなりの異空間。
こんなことは時々起こる明智分家では。夫たちは気にした様子もなく、それぞれの飲み物を飲んだ。妻は斜め前で銀の長い髪を揺らしている、鋭利なスミレ色の瞳に目をやった。
(蓮が魔法で、家の中に夜空を作った)
彼は颯茄の視線に気づいてにらんできた。妻は慌てて視線をそらして、スナック菓子を口に放り込む。
(月さんが綺麗だったから気分がよくなって、魔法使ったんだ)
感性で動いている魔法使い――俺さま夫に文句を言うこともかなわない妻の頭上で、緑色の流れ星が青い星雲の前を通り過ぎてゆく。
チョコレートを食べていた雅威が最初に声を発した。
「ラブストーリーなのに、どうしてキスシーンがあんなにもたついたんだい?」
颯茄は思わずスナック菓子をのどに詰まらせそうになったが、
「っ…………」
散らかした食べクズを寄せ集めたり、バラバラに広げたりを繰り返すだけで、いつまでも待っても無言だった。右側に座っていた明引呼が鼻でふっと笑う。
「恥ずかしがってんだろ?」
「…………」
ジンジャエールの瓶を傾けている彼に、颯茄は悔しそうな顔を向けた。言わなくていいものを。焉貴は山吹色の髪をかき上げ、
「間に子供が十六人もいるのにね」
「君は可愛い人ですね」
当の本人、月命の凛とした儚げな声で言うと、颯茄は明引呼から視線を外して、
「…………」
コーラをガブガブとやけくそ的に飲んで、ドンとテーブルの上に強く置いた。
「キスシーンはもともとなかったんです!」
夫たちはため息交じりに、キャスティングミスを告げる。
「月と孔明の罠だったんだな……」
策士がタッグを組むと大変なことになるのだった。
「台本が勝手に変更されたんです。もう!」
颯茄はそばに置いてあった薄い本をパラパラと何度も何度もめくった。あんなメルヘンティックな展開ではなかったのである。
だが、夫たちも負けていないのだ。妻の用意した台本を修正するくらいは、会話の順番を全て覚えているデジタル頭脳なら簡単にできるのである。
まっちゃられをのんびり飲んでいた燿が間延びした声で言う。
「孔明が『気がする』って言ったとこで罠が張られてたんでしょ?」
「あそこか!」
颯茄は大声を上げて、椅子から勢いよく立ち上がった。他の策士、焉貴と光命からさらなる指摘がやってくる。
「『気がする』は使わないでしょ。デジタル頭脳の俺たちは」
「私たちは『感じがする』を使います」
わかりやすく孔明もわざと言ったが、妻の超感覚思考回路が抹消に近いほどスルーしていたのだった。
気がする。
感じがする。
ちょっとした言葉の違い。大したことないと思っていても、几帳面な人にとっては、命取りの作戦ミスと言っても過言ではないのだ。
妻は学びの旅に出ようとする。ふたつの言葉の意味の違いを、自分なりに理論的に説明できるようにならなくては、また罠にはまってしまうのである。
しかし、颯茄はいつまで経っても、魔法で作り出された宇宙の果てを見つめるだけで、彼女の唇は動くことはなかった。
時間切れというように、焉貴はもうひとつの問題点へ移る。
「お前、まだ『わかった』使ってんの?」
物語中、何度か月命と孔明に指摘されていた言葉遣い。颯茄は椅子にやっと座り直して、得意げに微笑む。
「使ってないですよ。わざとです」
「彼女は私たちと結婚する前から学んでいますよ」
斜め向かいの席から、光命の推薦を受けて、颯茄はニヤニヤし始めた。長い苦闘の末に手に入れた、デジタル頭脳の夫たちを理解するすべのひとつ。
差出人の姿が見えなかった手紙を読んでいた月が、それをしまいながら、真正面に座っている夫を見据えた。
「独健は時々使います~」
「『わかった』がどうしていけないんだ?」
独健からの問いかけに、孔明は間延びしたように言って、
「失敗しちゃうかも~?」
珍しく光命と月命の声が重なった。
「おかしいからです」
物語中と変わらない反応。颯茄はテーブルについている夫たちを見渡す。
「他に使ってる人っていましたっけ?」
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