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Dual nature
眠り王子/2
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死んだことも気づいていない、少女の霊――浮遊霊と、青年は話していたのだった。
ピンクや紫、ミッドナイトブルーなどの様々なグレデーションを見せる夕焼けを、少女は瞳に映すと、風もないのに、おかっぱ頭の髪がサラサラ揺れる。
「そら? どうやったらいけるんだろう?」
「ボクが送ってあげるよ」
青年は板の間から立ち上がって、足袋に草履の足を石畳の上で、ジャリジャリと音を鳴らした。少女は目を輝かせる。
「できるの?」
「できるよ」
嘘は言っていない。服は着ているが神主見習い。だが、目の前にいる幽霊の少女を――霊界へと送ることは容易い。今まで何度もしてきた。
「すごい! おにいちゃん」
少女はまるで魔法使いでも見ているような気持ちになって、手を叩いて大喜びした。その幸せはとても儚いもので、青年の脳裏で電光石火のごとく、少女の行く末が厳しく流れてゆく。
(死後、どんな理由があっても地上に残ることは赦されてない。たとえ、どんなに幼くて、それを知らなかったとしても、例外はない。彼女はまだ三年で地獄から出られる。これ以上罪を重ねないうちに……)
死んだことも知らず、生きている他の人に声をかけては無視されての日々。少女の心は十分傷ついているだろう。
知らずに地獄へと行って、自分に課せられる試練を懸命に乗り越えた方が、罪が軽くなる可能性だって上がるだろう。
恐怖心で後ろ向きになればなるほど、年数は増えていってしまうのだから。誰だってそうだった。
青年は真意を隠すように、春風のような穏やかで柔らかな笑い声だけをもらす。
「ふふっ」
大きく深く息を吸って吐いて、心を鎮める。精神を統一するように、両手を胸の前でパンと鳴らした。
夏の湿った風ではなく、サワサワと嵐のような強風がふいに吹きすさぶ。ごうっと火が勢いよく燃える音がすると、少女の後ろにある石畳に突如現れた、青白い光を放つ魔法陣。
服も髪も風で激しく揺れている少女は、思わず腕で目を覆っていた。だが、痛みなどという感覚はとうになく、すぐにしっかりと立った。
背の高い青年の漆黒の長い髪は横へ横へと流れるようになびく。少女へと近づいた彼には、さっきまであった陽だまりみたいな穏やかさはどこにもなく、今は氷雨降るほど冷たかった。
「じゃあ、その円の中に入って」
何も知らない少女の赤い靴は小走りで、青白い魔法陣の中へ入って、得意げに振り返った。
「こう?」
「そう。じゃあ行くよ」
凛々しい眉をした青年は優しく言って、組んだ両手を口元へ持ってきた。さっきまでとは違って、低くボソボソとした声で唱えられ始める祝詞。
「高天原に座す八百万の神……」
魔法陣の青白い線は高波のように上下に激しい曲線を描いていたが、二匹の龍のように空高くへ登るように、少女のまわりで螺旋を引き出した。続く呪文の中で、少女の姿は完全に光に包まれた。
そして、長い祝詞は結びを迎える。神にもそれぞれ役割がある。今この時に最適な神との約束を取りつけようと、その名を口にした。
「……六審神さま、この御霊を天へ戻し給え!」
急に立ち込めた雨雲が空の低くへモクモクと吐き出された煙のように降りてくる。ザザーンと大地を震わせるような雷鳴が鳴り響き、雷光が雲の合間をはうと、六柱の鎧兜を着た神が降臨した。
あっという間に金の尾を引いて、少女を連れて空へ登り、雲の隙間からさらに高い場所へと消え去った。
台風一過のように、何事もなかったように、田舎町ののんびりした夕暮れの空が、山が、カラスのカーカーと鳴く声と風鈴が風に儚げに揺れる音が戻ってきた。
乱れた漆黒の髪を手ですうっとなでながら、背中へ戻す。青年の瑠璃紺色の瞳は黄昏れ気味に夕闇を眺め、今の自分の言動を振り返った。
「あと、除霊かなぁ~? ボクの能力を使うのって……」
特殊能力。それは素晴らしいことかもしれない。だが、田舎町に暮らす青年にとっては、宝の持ち腐れ。珍しくため息が夏の湿った空気に入り混じった。
「はぁ~」
しかし、いつまでも落ち込んでいても、現状が変わるわけでもなく、青年はささっと気持ちを入れ替え踵を返して、母屋に歩き出した。
「テレビでニュースでも見よう」
年末年始は近隣の人々が参拝に訪れる、ちょっとした有名な神社だが、七月半ばのこの時期になど、夏祭りでもなければ人は来ない。
さっきの幽霊の除霊事件を除けば、平和でのんびりとした田舎町の神社の境内だった。
ピンクや紫、ミッドナイトブルーなどの様々なグレデーションを見せる夕焼けを、少女は瞳に映すと、風もないのに、おかっぱ頭の髪がサラサラ揺れる。
「そら? どうやったらいけるんだろう?」
「ボクが送ってあげるよ」
青年は板の間から立ち上がって、足袋に草履の足を石畳の上で、ジャリジャリと音を鳴らした。少女は目を輝かせる。
「できるの?」
「できるよ」
嘘は言っていない。服は着ているが神主見習い。だが、目の前にいる幽霊の少女を――霊界へと送ることは容易い。今まで何度もしてきた。
「すごい! おにいちゃん」
少女はまるで魔法使いでも見ているような気持ちになって、手を叩いて大喜びした。その幸せはとても儚いもので、青年の脳裏で電光石火のごとく、少女の行く末が厳しく流れてゆく。
(死後、どんな理由があっても地上に残ることは赦されてない。たとえ、どんなに幼くて、それを知らなかったとしても、例外はない。彼女はまだ三年で地獄から出られる。これ以上罪を重ねないうちに……)
死んだことも知らず、生きている他の人に声をかけては無視されての日々。少女の心は十分傷ついているだろう。
知らずに地獄へと行って、自分に課せられる試練を懸命に乗り越えた方が、罪が軽くなる可能性だって上がるだろう。
恐怖心で後ろ向きになればなるほど、年数は増えていってしまうのだから。誰だってそうだった。
青年は真意を隠すように、春風のような穏やかで柔らかな笑い声だけをもらす。
「ふふっ」
大きく深く息を吸って吐いて、心を鎮める。精神を統一するように、両手を胸の前でパンと鳴らした。
夏の湿った風ではなく、サワサワと嵐のような強風がふいに吹きすさぶ。ごうっと火が勢いよく燃える音がすると、少女の後ろにある石畳に突如現れた、青白い光を放つ魔法陣。
服も髪も風で激しく揺れている少女は、思わず腕で目を覆っていた。だが、痛みなどという感覚はとうになく、すぐにしっかりと立った。
背の高い青年の漆黒の長い髪は横へ横へと流れるようになびく。少女へと近づいた彼には、さっきまであった陽だまりみたいな穏やかさはどこにもなく、今は氷雨降るほど冷たかった。
「じゃあ、その円の中に入って」
何も知らない少女の赤い靴は小走りで、青白い魔法陣の中へ入って、得意げに振り返った。
「こう?」
「そう。じゃあ行くよ」
凛々しい眉をした青年は優しく言って、組んだ両手を口元へ持ってきた。さっきまでとは違って、低くボソボソとした声で唱えられ始める祝詞。
「高天原に座す八百万の神……」
魔法陣の青白い線は高波のように上下に激しい曲線を描いていたが、二匹の龍のように空高くへ登るように、少女のまわりで螺旋を引き出した。続く呪文の中で、少女の姿は完全に光に包まれた。
そして、長い祝詞は結びを迎える。神にもそれぞれ役割がある。今この時に最適な神との約束を取りつけようと、その名を口にした。
「……六審神さま、この御霊を天へ戻し給え!」
急に立ち込めた雨雲が空の低くへモクモクと吐き出された煙のように降りてくる。ザザーンと大地を震わせるような雷鳴が鳴り響き、雷光が雲の合間をはうと、六柱の鎧兜を着た神が降臨した。
あっという間に金の尾を引いて、少女を連れて空へ登り、雲の隙間からさらに高い場所へと消え去った。
台風一過のように、何事もなかったように、田舎町ののんびりした夕暮れの空が、山が、カラスのカーカーと鳴く声と風鈴が風に儚げに揺れる音が戻ってきた。
乱れた漆黒の髪を手ですうっとなでながら、背中へ戻す。青年の瑠璃紺色の瞳は黄昏れ気味に夕闇を眺め、今の自分の言動を振り返った。
「あと、除霊かなぁ~? ボクの能力を使うのって……」
特殊能力。それは素晴らしいことかもしれない。だが、田舎町に暮らす青年にとっては、宝の持ち腐れ。珍しくため息が夏の湿った空気に入り混じった。
「はぁ~」
しかし、いつまでも落ち込んでいても、現状が変わるわけでもなく、青年はささっと気持ちを入れ替え踵を返して、母屋に歩き出した。
「テレビでニュースでも見よう」
年末年始は近隣の人々が参拝に訪れる、ちょっとした有名な神社だが、七月半ばのこの時期になど、夏祭りでもなければ人は来ない。
さっきの幽霊の除霊事件を除けば、平和でのんびりとした田舎町の神社の境内だった。
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