上 下
887 / 967
翡翠の姫

十六夜に会いましょう/5

しおりを挟む
 着ている服はまったく違う。髪の色も少々違う。だが、見間違えるはずがない。あの白の巫女にそっくりだった。貴増参は思わず椅子から立ち上がった。

「君は……」
「あれ?」

 女も思うところがあったようで、小首をかしげて、黒いロングブーツは小走りに近づいてきて、貴増参を指差して、こんなことを言う。

「どこかで会いませんでしたっけ?」

 それを聞いた明引呼があきれた顔をした。

一体いってえ、いつの時代じでえの口説き文句だよ?」

 女は怒りで顔を歪め、ソファーまで走り込んで戻り、明引呼の腹めがけてストレートパンチを放った。

「っ!」

 大きな手のひらで慣れた感じで受け止め、明引呼は口の端でフッと笑い、

「っ! 相変わらず手がはいえな」

 すると、女からはこう返ってくるのである。

「節操はあるわっ!」
「嘘つくんじゃねぇよ!」

 友人は喧嘩っ早いところがあるが、そうそうなことでは怒らない性格。それなのに、子供みたいにもめ出した。

「本当だわっ!」
「から、嘘つくんじゃねぇよ!」
「また笑い取ってきて!」
「少しは、オレに違うこと言わせろや!」
「今のは『嘘つくんじゃねえよ』でしょ! 勝手に変えて!」

 黙って眺めていた貴増参にはなぜか、痴話喧嘩には見えず、夫婦で仲良く遊んでいるみたいに思えた。

 どこまでも、ふたりだけで話が続いていきそうだったが、女は明引呼の大きな体を引っ張って、ドアの方へ押し出す。

「もう! 明は帰ってよ!」

 無理やり退場させられそうになっている明引呼は、少しだけ振り返って、

「おう、たか!」
「僕は貴増参です」

 きっちり突っ込んでやった。

「てめえ、こいつきちんと家に送れよ」

 なぜこんなことをわざわざ言うのか。三十五の男だ。この男が女に依存する面を持っていたとは意外だった。

 人に蹴りを入れる女だって、もういい大人だ。一人で家に帰れるだろう。どうも話がおかしいようだった。

「もう! 早く出て行く!」

 女は大きな背中を両手で、容赦なくぽかぽか叩いている。それを両腕で避けながら、明引呼は口の端でニヤリと笑い、いつもの言葉をわざと言った。

「ハニワさんに夢中になって、どこかに置き去りにすんじゃねえぜ」

 ふたり一緒にツッコミが返ってきた。

「土器!」
「土器です」

 似た者同士の男と女を前にして、明引呼は面白そうに微笑んで、ドアから出て行った。パタンと扉が閉まると、教授室は急に静かになった。

 黒いロングブーツはかかとを鳴らして、書斎机の前にまでやってきた。軽く咳払いをして、低くボソボソとした声が言う。

「颯茄 デュスターブと申します」

 なぜ明引呼と仲よく、家に送れと一言忠告してきたのかが、ファミリーネームで納得がいった。貴増参はあごに手を当てる。

「デュスターブ……。ふむ。確かにある意味、彼の女性です」

 だが、颯茄は別のところで意見をした。

「私は物ではないので、それは間違ってます」

 生きている時代は違う。だが、生まれ変わりがあるのなら、目の前にいる颯茄は、あの白の巫女のリョウカと性質は似ているだろう。環境が変わろうが、人の本質とはそんなものである。

 他にはいないのだ。望んでいたひとが机を挟んだ向こう側という手の届く距離にいることが、貴増参を悲恋という魔法から解き放ったようだった。

「君らしいです」
「え……?」

 颯茄は不思議そうに顔を前に押し出して、まぶたをパチパチと激しく瞬かせた。その仕草も白の巫女とそっくりだった。

 叶うはずもない約束は、長い時を経たのか。それとも、たった一ヶ月だったのかはわからないが、果たされたのだ。

 背筋を伸ばして、ある意味明引呼の女は頭を丁寧に下げる。

「――兄がいつもお世話になってます」

 八つ違いの兄妹きょうだい。いつまでたっても、子供の頃と変わらず、小競り合いばかりをしている仲のいい兄妹。

 微笑ましい限りで、茶色の瞳はいつもにも増して、優しさがこぼれ落ちそうなほどになった。

「こちらこそ、お世話になってます。貴増参 アルストンです。よろしくお願いますね」
「よろしくお願いします」

 颯茄が勢いよく頭を前へ下げると、ブラウンの髪がザバッと空中を縦に切った。貴増参はポケットにさっき入れた勾玉を取り出し、

「こちらを君にプレゼントします」
 ――君に返します。

 彼の心の中では違う言葉があふれる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...