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翡翠の姫
十六夜に会いましょう/3
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そのころ、貴増参は一人きりの教授室で、書斎机の椅子にぼんやり腰掛けていた。
あの日以来どうやっても、発掘してきた土器の修復作業は、白の巫女との記憶と重なり、そのたびに気づくと、手は止まっているばかり。
出てくるのはため息と、約束の言葉、
「十六夜に会いましょう――」
あの不思議な体験をした深夜から、今日は二回目の十六夜。
貴増参はいくつかの本を広げて、読んでいた文字もどこかぼやけていき、またため息をつく。
三十五にもなって自分のある一面に、今さらながら気づいて、自分自身であきれてしまうのだった。
「僕は恋わずらいの王子さまみたいです」
囚われの姫の元へ毎日出向き、愛を語るだけでは助けることはできず、今日も城へ手ぶらで戻り、明日も同じことをする。馬鹿げていると思うが、今ならその王子さまの気持ちもわかるのだった。
研究者魂という胸の炎は、恋のスコールに消されそうだったが、それでも一ヶ月もかけて、一夜の夢のような出来事の真相にとうとうたどり着いた。
手書きのメモを取り上げると、切ない気持ちが胸の内に深くにじむように広がってゆく。
「……やっと見つけました」
時代はとても古い。惑星の反対側にある小さな島国の歴史。人よりは大量の本を所有している自分でも、手元に直接関連する資料はなかった。
ネットを駆使して調べ、外国のサイトにまでアクセスして、翻訳機の意味不明な言葉というなぞなぞを解き、要約したものを読み上げる。
「二百十五年、十月。長きに渡る巫女が治める谷和紀大国は、大量の降雨による災害により、国として成り立たなくなり隣国の可夢奈国に統合された」
侵略されたとはどこにも書いていなかった。だが、自分の目の前で起きたあの状況は、巧妙な侵略劇だった。
歴史はいつもそうだ。人の気持ちは載っていない。無機質な事実が並べられているだけ。そこからどう思うかは人それぞれだ。
貴増参はスリープしてしまったPCに、パスワードを入れて解除し、何枚かの画像をスクロールした。
白の巫女が生きていた国は、自分が今暮らしているこの国と同じように、民主主義国家となり、戦争もなく平和な社会となっているようだった。
自分一人の勝手で、過去に手を加える。少しのズレのように思えても、長い歳月をかけて、大きなズレとなって、今この国はなかったかもしれない。たくさんの人が必死で生きてきたから、平穏な世界が広がっているのだ。
よかったのだと思うのだ。それはそれでと割り切ろうとするのだ。過去は過去なのだ。もう戻らないのだ。
そう思おうと何度努力をしても、人とは弱いもので、貴増参は自然とため息が出るのだった。
「僕は勾玉さんに恋の魔法をかけられちゃったみたいです」
あの日からずっと書斎机の引き出しに入っていて、日に一度は二重ロックを解除して、取り出して眺めては、嘆息ばかりの日々。
これを魔法と言わずして、何と言うのか。どんなことをすれば、研究ばかりだった自分がここまで変わってしまうのかと、貴増参は客観的に思うのだった。
今日も結局キーを鍵穴に入れて、暗証番号を入力して、天気のいい日の南の海みたいな青緑の翡翠を取り出した。
初めのころは光を自ら発していた。いくら調べても、何が原因なのかわからなかった。だが、心の中ではそれが、あの白の巫女とのつながりのような気がしていた。
しかし、もう今はただの石だった。
どんな記憶でも、忙しい毎日に、これから訪れる多くの月日に埋もれてゆくだろう。だがしかし、彼女と過ごした数時間はいつまでも鮮やかなままだ。
貴増参がメランコリックにまたため息をつこうとすると、トントンとドアがノックされた。
上着のポケットに勾玉をそっと忍び込ませ、両肘を机の上について、真正面のドアをじっと見つめた。
今までは研究の妨げとなる女子学生を追い払うために、いつもロックをかけていたが、そんな気持ちにもなれず、鍵は開いている。
声をかけようとしたが、相手から先に話してきた。ガサツな男の声が喧嘩っぱやそうに、速攻パンチを放つように。
「おう!」
蹴り破りはしないが、それに近い勢いで扉が開くと、藤色の長めの短髪と鋭いアッシュグレーの瞳を持つ明引呼が立っていた。
あの日以来どうやっても、発掘してきた土器の修復作業は、白の巫女との記憶と重なり、そのたびに気づくと、手は止まっているばかり。
出てくるのはため息と、約束の言葉、
「十六夜に会いましょう――」
あの不思議な体験をした深夜から、今日は二回目の十六夜。
貴増参はいくつかの本を広げて、読んでいた文字もどこかぼやけていき、またため息をつく。
三十五にもなって自分のある一面に、今さらながら気づいて、自分自身であきれてしまうのだった。
「僕は恋わずらいの王子さまみたいです」
囚われの姫の元へ毎日出向き、愛を語るだけでは助けることはできず、今日も城へ手ぶらで戻り、明日も同じことをする。馬鹿げていると思うが、今ならその王子さまの気持ちもわかるのだった。
研究者魂という胸の炎は、恋のスコールに消されそうだったが、それでも一ヶ月もかけて、一夜の夢のような出来事の真相にとうとうたどり着いた。
手書きのメモを取り上げると、切ない気持ちが胸の内に深くにじむように広がってゆく。
「……やっと見つけました」
時代はとても古い。惑星の反対側にある小さな島国の歴史。人よりは大量の本を所有している自分でも、手元に直接関連する資料はなかった。
ネットを駆使して調べ、外国のサイトにまでアクセスして、翻訳機の意味不明な言葉というなぞなぞを解き、要約したものを読み上げる。
「二百十五年、十月。長きに渡る巫女が治める谷和紀大国は、大量の降雨による災害により、国として成り立たなくなり隣国の可夢奈国に統合された」
侵略されたとはどこにも書いていなかった。だが、自分の目の前で起きたあの状況は、巧妙な侵略劇だった。
歴史はいつもそうだ。人の気持ちは載っていない。無機質な事実が並べられているだけ。そこからどう思うかは人それぞれだ。
貴増参はスリープしてしまったPCに、パスワードを入れて解除し、何枚かの画像をスクロールした。
白の巫女が生きていた国は、自分が今暮らしているこの国と同じように、民主主義国家となり、戦争もなく平和な社会となっているようだった。
自分一人の勝手で、過去に手を加える。少しのズレのように思えても、長い歳月をかけて、大きなズレとなって、今この国はなかったかもしれない。たくさんの人が必死で生きてきたから、平穏な世界が広がっているのだ。
よかったのだと思うのだ。それはそれでと割り切ろうとするのだ。過去は過去なのだ。もう戻らないのだ。
そう思おうと何度努力をしても、人とは弱いもので、貴増参は自然とため息が出るのだった。
「僕は勾玉さんに恋の魔法をかけられちゃったみたいです」
あの日からずっと書斎机の引き出しに入っていて、日に一度は二重ロックを解除して、取り出して眺めては、嘆息ばかりの日々。
これを魔法と言わずして、何と言うのか。どんなことをすれば、研究ばかりだった自分がここまで変わってしまうのかと、貴増参は客観的に思うのだった。
今日も結局キーを鍵穴に入れて、暗証番号を入力して、天気のいい日の南の海みたいな青緑の翡翠を取り出した。
初めのころは光を自ら発していた。いくら調べても、何が原因なのかわからなかった。だが、心の中ではそれが、あの白の巫女とのつながりのような気がしていた。
しかし、もう今はただの石だった。
どんな記憶でも、忙しい毎日に、これから訪れる多くの月日に埋もれてゆくだろう。だがしかし、彼女と過ごした数時間はいつまでも鮮やかなままだ。
貴増参がメランコリックにまたため息をつこうとすると、トントンとドアがノックされた。
上着のポケットに勾玉をそっと忍び込ませ、両肘を机の上について、真正面のドアをじっと見つめた。
今までは研究の妨げとなる女子学生を追い払うために、いつもロックをかけていたが、そんな気持ちにもなれず、鍵は開いている。
声をかけようとしたが、相手から先に話してきた。ガサツな男の声が喧嘩っぱやそうに、速攻パンチを放つように。
「おう!」
蹴り破りはしないが、それに近い勢いで扉が開くと、藤色の長めの短髪と鋭いアッシュグレーの瞳を持つ明引呼が立っていた。
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