874 / 967
翡翠の姫
白の巫女/6
しおりを挟む
白の巫女がウンウンとうなずくと、純白の巫女服の肩で、栗皮色の髪がサラサラと揺れ動いた。
「そうです。月が出てる時は私が表に出ます。隠れてる時は黒の巫女が表に出ます」
「そうですか」
にっこり微笑みながら、貴増参は間を置く言葉を使った。そうして、頭の中で整理する。
(二大勢力。内部分裂……そのような国の行く末は……少なくともふたつ)
必要なものだけが、考古学者の脳裏に並べられる。
非常に不安定な情勢。
黒の巫女の言葉と態度。
呪いの跳ね返し。
天災は起きない。
(ひとつは内部紛争で国は分裂。もしくは、崩壊……)
暗雲が立ち込めているような国の行く末。目の前にいる、どこからどう見ても十代後半の少女が巻き込まれているであろう政治。
だが、事実はどこにもない。今までの話で判断するのは危険だ。だからこそ、もうひとつの結論を出すのは、先送りにする。
ヒューヒューと通り抜ける風が咆哮する。それを遠くで聞きながら、貴増参はあごに手を当て、考え続ける。
(ですが、内部紛争だけではおかしい……)
すれ違う事実たち。白の巫女の態度からすると、自分がここにいることを知らないようだった。
そうなると、黒の巫女側に自分が捕まった。それが事実に近いだろう。しかし、矛盾が出てくるのだ。
(僕が黒の巫女の話を聞いたかもしれないと、彼らは判断している可能性が高い)
人の口には戸は立てられない。
(白の巫女に僕を近づければ、僕から反対勢力の情報が渡ってしまう危険が上がります。しかし、僕はここにいます)
黒の巫女の荒げた声は、あの高い茂みにいる自分にまで届いていた。見張りをしていた誰かに、それを見られていたと考えるのは当然のことだった。
だが、目の前にいる白の巫女は、表情を曇らせるわけでもない。
(そうなると……。単なる、白と黒の対立ではない。という可能性が出てきた)
さっき見送った危険性という残り火が、徐々に大きな炎になってゆく予感を覚える。
「他国との国交で最近変わったことはありませんでしたか?」
さっきまでと全然違ったことを聞かれて、白の巫女は首を傾げ、遠くの壁をじっと見つめ、
「ん~~?」
しばらく考えていたが、パッと表情を明るくして、人差し指をすっと顔の横に持ち上げた。
「あぁ、ありました!」
貴増参は思った。自分も大概のんびりしている性格だが、どうやっても政治戦略に長けている、少女には見えなかった。
「どのようなことですか?」
「半年前から、東の国から布地が安く手に入るようになったと聞きましたよ」
見ず知らずの自分へと、簡単に自分の服を破いて、渡してきた原因はこれだったのかもしれない。
だが、誰かに聞いた、だ。この白の巫女ならば、事実と違っていても、部下の言葉を鵜呑みにする可能性がないとは言い切れない。
だからこそ、貴増参は問うた。
「相手はどのような理由だと説明してましたか?」
「新しい方法で入手が簡単になったからだと言ってました」
何の支障もなく、薄紅の唇から言葉が出てきた。貴増参はにっこりと微笑んで、ただうなずき返す。
「そうですか」
これ以上は自分には何も言えない。考古学という見地から歴史の一ページとして、傍観者となるだけだ。
「国の名前は聞けたりしますか?」
「はい。ここが谷和紀大国で、東の国が可夢奈です」
貴増参は聞いた名をそのまま繰り返した。
「ヤワキ、カムナ……」
専門書のページが何冊も同時にめくられてゆく。だが、どこにもそんな国の名前はなかった。
(僕の知らない歴史上の場所。もしくは、まったく違う世界に来た……どちらなのでしょう?)
あごに手を当てたまま動かなくなってしまった男の綺麗な顔を、どこかずれているクルミ色の瞳は落ち着きなくうかがっていた。
ふたりの頭上高くで黒い雲が尾を引いて、いくつも空を流れてゆき、建物の外で草の揺れる音と虫の音がしばらく響いていた。
だが、ふたりの沈黙は別の女によって破られた。
「リョウカさま、夕食を持ってまいりました」
「そうです。月が出てる時は私が表に出ます。隠れてる時は黒の巫女が表に出ます」
「そうですか」
にっこり微笑みながら、貴増参は間を置く言葉を使った。そうして、頭の中で整理する。
(二大勢力。内部分裂……そのような国の行く末は……少なくともふたつ)
必要なものだけが、考古学者の脳裏に並べられる。
非常に不安定な情勢。
黒の巫女の言葉と態度。
呪いの跳ね返し。
天災は起きない。
(ひとつは内部紛争で国は分裂。もしくは、崩壊……)
暗雲が立ち込めているような国の行く末。目の前にいる、どこからどう見ても十代後半の少女が巻き込まれているであろう政治。
だが、事実はどこにもない。今までの話で判断するのは危険だ。だからこそ、もうひとつの結論を出すのは、先送りにする。
ヒューヒューと通り抜ける風が咆哮する。それを遠くで聞きながら、貴増参はあごに手を当て、考え続ける。
(ですが、内部紛争だけではおかしい……)
すれ違う事実たち。白の巫女の態度からすると、自分がここにいることを知らないようだった。
そうなると、黒の巫女側に自分が捕まった。それが事実に近いだろう。しかし、矛盾が出てくるのだ。
(僕が黒の巫女の話を聞いたかもしれないと、彼らは判断している可能性が高い)
人の口には戸は立てられない。
(白の巫女に僕を近づければ、僕から反対勢力の情報が渡ってしまう危険が上がります。しかし、僕はここにいます)
黒の巫女の荒げた声は、あの高い茂みにいる自分にまで届いていた。見張りをしていた誰かに、それを見られていたと考えるのは当然のことだった。
だが、目の前にいる白の巫女は、表情を曇らせるわけでもない。
(そうなると……。単なる、白と黒の対立ではない。という可能性が出てきた)
さっき見送った危険性という残り火が、徐々に大きな炎になってゆく予感を覚える。
「他国との国交で最近変わったことはありませんでしたか?」
さっきまでと全然違ったことを聞かれて、白の巫女は首を傾げ、遠くの壁をじっと見つめ、
「ん~~?」
しばらく考えていたが、パッと表情を明るくして、人差し指をすっと顔の横に持ち上げた。
「あぁ、ありました!」
貴増参は思った。自分も大概のんびりしている性格だが、どうやっても政治戦略に長けている、少女には見えなかった。
「どのようなことですか?」
「半年前から、東の国から布地が安く手に入るようになったと聞きましたよ」
見ず知らずの自分へと、簡単に自分の服を破いて、渡してきた原因はこれだったのかもしれない。
だが、誰かに聞いた、だ。この白の巫女ならば、事実と違っていても、部下の言葉を鵜呑みにする可能性がないとは言い切れない。
だからこそ、貴増参は問うた。
「相手はどのような理由だと説明してましたか?」
「新しい方法で入手が簡単になったからだと言ってました」
何の支障もなく、薄紅の唇から言葉が出てきた。貴増参はにっこりと微笑んで、ただうなずき返す。
「そうですか」
これ以上は自分には何も言えない。考古学という見地から歴史の一ページとして、傍観者となるだけだ。
「国の名前は聞けたりしますか?」
「はい。ここが谷和紀大国で、東の国が可夢奈です」
貴増参は聞いた名をそのまま繰り返した。
「ヤワキ、カムナ……」
専門書のページが何冊も同時にめくられてゆく。だが、どこにもそんな国の名前はなかった。
(僕の知らない歴史上の場所。もしくは、まったく違う世界に来た……どちらなのでしょう?)
あごに手を当てたまま動かなくなってしまった男の綺麗な顔を、どこかずれているクルミ色の瞳は落ち着きなくうかがっていた。
ふたりの頭上高くで黒い雲が尾を引いて、いくつも空を流れてゆき、建物の外で草の揺れる音と虫の音がしばらく響いていた。
だが、ふたりの沈黙は別の女によって破られた。
「リョウカさま、夕食を持ってまいりました」
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます
富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。
5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。
15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。
初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。
よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる