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翡翠の姫
白の巫女/4
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少女以外には人はおらず、ずいぶん狭い空間で、小さな松明が壁にふたつだけ。鉄格子ではないが、木の棒が縦に何本も自分を囲むように床から天井に埋められている。
錠前がついていて、踏み固められた土が床がわり。頭上高くにある窓からは、星がいくつか見えても、流れてゆく雲のせいですぐに闇夜となってしまう。
目の前にしゃがみ込んでいる少女は、檻に入っているわけでもなく、自分から離れていくわけでもなく、話しかけてくるわけでもない。
見張り。それにしては少々おかしい。今も自分に微笑みかけていて、服を裂いてまで、怪我の心配をしている。
夢。それもおかしい。この頭の痛みが否定する。
やはり自分の知らない場所へ、突然来てしまった、が可能性として一番高いだろう。いつ終わるのか。だいたい、終わりが来るのかも不明である。
一番、都合のいい話はこうだ。何かでもう一度元の位置へ戻れば、牢屋からも抜けられ、怪我もしていないかもしれない。
だが、そうそう世の中、自分の思う通りにいかない。現実として受け止め、対策を練る、が必要だ。とにかく、この世界の情報を集めないと、何もできない。
発掘作業で怪我をするなどよくあることで、くるくると頭に布を巻きつけて、端をズレ落ちてこないように結わいた。
「君も捕まってるんですか?」
「ん?」
予想外のことを聞かれたようで、少女は顔を大きく前に突き出し、まぶたを激しくパチパチさせた。
物珍しそうに木の棒の並びを眺めていたが、やがて、牢屋に入れられている貴増参を指差して、
「……あなたは捕まってるんですか?」
焚火を見下ろす茂みの中で、背後から近づく足音にも気配にも気づけず、後頭部に激痛が走って、目を覚ましたのはついさっきだ。
「記憶にはないんですが、どうやらそうみたいです。君は違うんですか?」
自分がここへ運ばれた時、少女はいなかったのか。だが、檻に入っている自分を見て、拘束されているのかとわざわざ聞いてくる。どうもおかしいようで、少女から返ってきた返事も意外なものだった。
「私は隠れてます」
ボケているわけでもなく、少女は真面目に答えているようだ。彼女が立っていた場所を見ると、鏡や鈴が朱色の布を結びつけて置いてあった。
服装と調度品からすると、平民ではないだろう。牢屋のそばで、隠れている少女に、貴増参は次の質問を投げかけた。
「何からですか?」
「影からです」
文化が違うのだ。相手にとっては当たり前のことが、自分にとっては未知の世界だ。
「そうですか」
貴増参はただ相づちを打った。謎だ。
影から隠れる――
影に隠れる、ならわかるが、場所と時間を忘れてしまいそうになり始める。何もかもが輪郭と音を失い、貴増参はマイワールドの旅路へ着こうとした。
少女は少女で、ピタピタと足音を立てて、衣擦れの音を右へ左へ落ち着きなく連れて行っては、貴増参の前に戻ってくるを繰り返す。
ふたりそろって、思考の航海をしていたが、少女がやがて立ち止まって、難しそうな顔でボソボソとつぶやいた。
「向こうの人が捕まえたのかしら?」
さっきまで何も聞こえなかったのに、少女の声が貴増参の胸の奥へと流れ込んだ。今までの情報が透かし絵のように浮かび上がる。
焚火のそばにいた少女の服は黒。
あのオレンジ色の炎のまわりで交わされていた会話。
今目の前にいる少女の服は白。
何かの罠なのか。それとも、この少女に警戒心がもともとないのか。どちらかはわからないが、聞けば答えてくる可能性は大だ。
貴増参はにっこり微笑んで、優しく問いかけた。
「白の巫女とはどなたのことですか?」
「私のことです」
すんなり即答だった。巫女という立場からなのか、素直で正直な心の澄んでいる少女だった。
錠前がついていて、踏み固められた土が床がわり。頭上高くにある窓からは、星がいくつか見えても、流れてゆく雲のせいですぐに闇夜となってしまう。
目の前にしゃがみ込んでいる少女は、檻に入っているわけでもなく、自分から離れていくわけでもなく、話しかけてくるわけでもない。
見張り。それにしては少々おかしい。今も自分に微笑みかけていて、服を裂いてまで、怪我の心配をしている。
夢。それもおかしい。この頭の痛みが否定する。
やはり自分の知らない場所へ、突然来てしまった、が可能性として一番高いだろう。いつ終わるのか。だいたい、終わりが来るのかも不明である。
一番、都合のいい話はこうだ。何かでもう一度元の位置へ戻れば、牢屋からも抜けられ、怪我もしていないかもしれない。
だが、そうそう世の中、自分の思う通りにいかない。現実として受け止め、対策を練る、が必要だ。とにかく、この世界の情報を集めないと、何もできない。
発掘作業で怪我をするなどよくあることで、くるくると頭に布を巻きつけて、端をズレ落ちてこないように結わいた。
「君も捕まってるんですか?」
「ん?」
予想外のことを聞かれたようで、少女は顔を大きく前に突き出し、まぶたを激しくパチパチさせた。
物珍しそうに木の棒の並びを眺めていたが、やがて、牢屋に入れられている貴増参を指差して、
「……あなたは捕まってるんですか?」
焚火を見下ろす茂みの中で、背後から近づく足音にも気配にも気づけず、後頭部に激痛が走って、目を覚ましたのはついさっきだ。
「記憶にはないんですが、どうやらそうみたいです。君は違うんですか?」
自分がここへ運ばれた時、少女はいなかったのか。だが、檻に入っている自分を見て、拘束されているのかとわざわざ聞いてくる。どうもおかしいようで、少女から返ってきた返事も意外なものだった。
「私は隠れてます」
ボケているわけでもなく、少女は真面目に答えているようだ。彼女が立っていた場所を見ると、鏡や鈴が朱色の布を結びつけて置いてあった。
服装と調度品からすると、平民ではないだろう。牢屋のそばで、隠れている少女に、貴増参は次の質問を投げかけた。
「何からですか?」
「影からです」
文化が違うのだ。相手にとっては当たり前のことが、自分にとっては未知の世界だ。
「そうですか」
貴増参はただ相づちを打った。謎だ。
影から隠れる――
影に隠れる、ならわかるが、場所と時間を忘れてしまいそうになり始める。何もかもが輪郭と音を失い、貴増参はマイワールドの旅路へ着こうとした。
少女は少女で、ピタピタと足音を立てて、衣擦れの音を右へ左へ落ち着きなく連れて行っては、貴増参の前に戻ってくるを繰り返す。
ふたりそろって、思考の航海をしていたが、少女がやがて立ち止まって、難しそうな顔でボソボソとつぶやいた。
「向こうの人が捕まえたのかしら?」
さっきまで何も聞こえなかったのに、少女の声が貴増参の胸の奥へと流れ込んだ。今までの情報が透かし絵のように浮かび上がる。
焚火のそばにいた少女の服は黒。
あのオレンジ色の炎のまわりで交わされていた会話。
今目の前にいる少女の服は白。
何かの罠なのか。それとも、この少女に警戒心がもともとないのか。どちらかはわからないが、聞けば答えてくる可能性は大だ。
貴増参はにっこり微笑んで、優しく問いかけた。
「白の巫女とはどなたのことですか?」
「私のことです」
すんなり即答だった。巫女という立場からなのか、素直で正直な心の澄んでいる少女だった。
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