上 下
858 / 967
閉鎖病棟の怪

番外編:気が向く

しおりを挟む
 一期一会。
 俺の人生はまさしくそれだ。悪霊と戦い続ける日々で、次に会えるかどうかはわからない。生きているかわからない。いつ死が訪れてもおかしくはないのだ。

 病院の通常業務を終えた空き時間に、俺は独健の働いている幼稚園へとやってきていた。病院の院長という忙しい仕事の傍で、俺はどうしても、親友の独健に会いにいって謝らなければいけなかった。

「すまんかった……」

 夜桜が頬をかすめ舞い散る。幼稚園児が遊ぶ低いブランコに男二人並んで座り、視線は合わせずに、ただ前を向いて俺は謝罪を口にした。

 独健からしばらく返事は返ってこなかった。気の流れを読めばわかる。今泣きそうになっているのだと。それは悲しみというより、悔しさなのだ。両親の死に対して何もできなかったという後悔。

 俺は視線を前に向けたまま、深く長く息を吐く。できることなら、強く抱きしめて、落ち着かせてやりたい。だが、男同士でそんなことができるはずもなかった。

「……お前が謝ることじゃないだろう」

 やっとの想いで言った、独健の鼻声は少し震えていた。春の暖かな風が俺たちの間を吹き抜けてゆく。

 手放しで幸せになることを祈るのが、独健にとっても幸せなのだ。それならば、今まで通り、遠くから見守ればいい。俺はそう思った。

 ブランコの鎖を少しきつめに握って、俺は素知らぬふりで言葉を紡ぐ。

「合気の修業には結婚が必要だ」
「それができる相手を探してるってことか?」
「そうだ」

 前にも話したことのある会話だった。独健はきっと、女の話をしていると思っている。だが、俺にとっては独健の話をしているのだ。それはきっとこの先も変わらない――

「それって、男でもいいってことか?」

 変化球がやってきた。それでも、俺の絶対不動は崩れなかった。

「気の流れに男女の差はない」
「そうか」

 ため息が夜空ににじむ。独健はいつもの癖で、手首にしていたミサンガを落ち着きなく触っていた。気の流れを読んでみると、落ち着きがさらになくなっていた。なぜなのか、俺が考えていると、独健が口火を切った。

「驚かないで聞いて欲しいんだが……」
「驚かん。何だ?」

 俺はどこか遠い目をする。やけに、落ち着きをなくしている。何があった? 俺へ向かって伸びてきている気の流れはいつも通りだ。他におかしなところもなしだ。どういうことだ?

 独健は何度か深呼吸をしていたが、つっかえながら一気に言った。

「お前のことを……ずっと前から……好きだったんだ」
「そうか」

 合点がいった。俺は目を細めて笑みを作った。

「どうして、驚かないんだ?」

 独健が今初めてこっちを見た。俺は姿勢を崩さず、はつらつとした若草色の瞳を見つめ返す。

「知っとった」
「へ?」
 
 間の抜けた顔をした独健の前で、俺なりに説明した。

「お前の気が俺にずっと向かってきていた。それは俺に気があるということだ」
「武術の技で知ったのか……」
「そうだ。それがなんのかわからんかったが、今ようやくわかった」

 いい修行になった。俺は珍しく微笑んだ。独健はスニーカーで土をすりながら不思議そうに聞き返す。

「どういうことだ?」
「気が向かってきているは、だ。それはということだ」
「お前、本当に護身術の修業バカだな。そこまでわかってたのに、ただ待ってるだけなんて」

 げっそりしている独健へ、一歩踏み出すために、俺は立ち上がる。正中線をずらさなずまっすぐと立つ――。縮地を使ってあっという間に間合いを詰め、独健の頬に手を添えた。温もりが広がる。夜風で揺れる髪が俺の手を引っかく。

「お前と結婚する」
「愛してる」

 独健は少し背伸びして、俺はかがみ込むと、唇が真っ暗になった視界の中で触れ合った。少し肌寒い風が心地よく、耳のすぐそばをすり抜けてゆく。まるで時間が止まったように長く感じた。

「――成洲先生! 結婚式にはぜひ呼んでくださいね!」

 割り込んできた女の声に、ここが職場だと思い出した独健は、パッとムードも何もなく俺から離れて、仕事仲間の女に抗議をした。

「いや、まだプロポーズされただけです!」

 俺は握った拳を唇に当てて、噛み締めるように笑った。新しい愛が夜桜の下で今静かにしっかりと咲いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...