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閉鎖病棟の怪

幽霊と修業/6

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 自分と同じものを見て、自分と同じような武器を持っている。あの時の男だ、間違いない。颯茄は恐れもせず見上げ、言い返してやった。

「あなたもです」

 ふたりのやり取りを前にして、独健と知礼は顔を見合わせて、意味ありげに微笑み合った。

 乾杯もすみ、会話もそれなりに進み、料理の量が三分の一ぐらいになったころ――

 夕霧は箸を置いて、颯茄に話を切り出した。

「返事を聞きたい」

 居酒屋のざわめきが沖へと引いてゆく波のように遠ざかった気がした。颯茄はジョッキを持とうとしていた手を止めて、誠実に断ろうとした。

「合気は私にはできないと思うので……」

 動画サイトで見た。型を教えるものもあった。だが、目の前で見たあれは、そういうものではなく、もっと別のことからできている気がした。世界が違いすぎる。

 しかし、夕霧からしてみれば、見当違いも甚だしかった。

「お前には一生かかっても、合気は極められん」
「え……?」

 拍子抜けした颯茄が、さっきから食べているものが全てを物語っている。

 唐揚げ、焼き鳥、刺身は醤油を大量につける。油、肉、塩分。全て、胸の意識を強くするものだ。落ち着きがないことなど一目瞭然である。

「合気は前にも説明したが、護身術だ。待ち続けることができない人間には、不向きだ」

 向かってきた敵だけを倒す技だ。追いかけていくような人間にはできないのである。

「そうですか……」

 断ろうとしていたが、颯茄は心のどこかで残念に思った。それでも仕方がない。イエスかノーのどちらかしか、もう答えはないのだから。これ以上待たせるのは、誠実とは言えない。

 颯茄はジョッキに再び手を伸ばそうとした。前のめりの、早とちりの女と違って、落ち着きを失わない、野菜と魚しか口にしない夕霧の、地鳴りのような低い声が続いた。

「俺がお前に望んでいる修業はそれではない」

 独健と知礼は押し問答しているふたりを、黙ったまま視線だけで追いかけていた。

 終わったはずの会話。それなのに、呼び止められて、

「え……? どんな修業ですか?」
「相手の懐近くへ入る修業だ」
「ああ、この間言ってましたね。それが合気だって……」

 あの夜のことはよく覚えている。大抵のことは忘れてしまうのに。どうしてだかわからないが。

「技を今以上磨くためには、結婚することが必要だ」

 人を愛することが絶対条件。愛という道の入り口で、この男はずっと待っている。それに応えるために……。自分に足りないものは――

「ああ……。相手の懐に入る……」

 颯茄は違うところで、ピンときてしまった。

「ああっ!」

 全員の視線が、大声を上げた食い下がられている女に集中した。

「お前はいつも大騒ぎだ」

 シリアスシーンが一秒たりとも続かない女。夕霧の目は自然と緩んで、細められるのだった。だが、颯茄にとってはとても重要なことなのだ。

「ひとつ、聞きたいことがあります」
「何だ?」

 今はこげ茶のスーツを着ているが、袴姿だった、あの夜。この男を背にして、弓を自分の手に呼び寄せた時のこと。あの感覚を足し算すると、颯茄の中ではこうなった。

「教会に通ってるんですか?」
「なぜ、そんなことを聞く?」

 プロポーズの話だった。それなのに、全然違うところに話が飛び、夕霧は不思議そうな顔をした。

 実際の背以上の高さを感じた。何かあるのだろう、そこには。

「聖堂の縦にピンと張りつめた空気と、羽柴さんの――」
「夕霧でいい」

 颯茄は少し口ごもっていたが、

「……夕霧さんの雰囲気が似てたから、通ってるのか思ったんです」
「それは、正中線という気の流れの影響だ」

 やはり、武術で説明できた。颯茄は他のことなどすっかり忘れて、身を乗り出した。

「どういうものですか?」
「体を上下に貫き、宇宙の果てにまで伸ばすものだ」
「宇宙に果てってあるんですね?」
「ある」

 水を得た魚。男という生き物は、一点集中になりやすいものだ。得意分野の話になると、夢中で話してくる。それを聞くくらいの度量がないと、妻としてはやっていけないのだ。
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