上 下
801 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜

Time of repentance/5

しおりを挟む
 黄色のサングラスの奥に潜む、赤い目をじっと見つめると、自分の居場所がわからなくなるように、ぐるぐるとまた回り出す。聖戦争の最後に感じた遠心力を受けているように。

「そう」とナールは言って、「ラジュがいないのはもちろんだけどさ、カミエもいなくなちゃって、俺一人になったんだよね」

 土砂降りの交差点で大鎌を投げては戻して、敵と対峙した夜は、神の脳裏にもはっきりと残っていた。

「他の方は主の正体をご存知なのでしょうか?」
「そうね、ラジュだけじゃないの? 気づいてんの。もしかすると、ダルレシアンもね」

 パチンと指が鳴る音がして気がつくと、聖堂の青い絨毯の上にふたりとも立っていた――。

「で、懺悔は?」

 あたりの空気は一転して、ビリビリと体中を震わせる畏敬で埋め尽くされた。黒い神父服はひざまづき、崇剛はこうべを垂れる。

「生霊から瞬を助ける時間の導き出し方を誤ってしまいました」
「まあね、あれは、正神界の生霊だったからさ、間に合わなくても全然オッケーじゃん」

 ナールは片足に体重をかけることもせず、祭壇に寄りかかることもなく、裸足のまま聖堂で感じる縦の線――正中線を、まるで自身の体に持っているように立っていた。

「あとは?」
「悪霊に襲われた時、感情に流され判断を誤ってしまいました」

「あれは、厄落としが大きく関わってるからね。お前の判断鈍らせたの、俺の力だし。お前なりに十分制御できてたよ」聖書の中にあった、エジプト王の話と同じだった。

「ありがとうございます」

 銀のロザリオを、崇剛は強く握りしめた。

「それから?」
「四月十八日、月曜日。二十時五分二秒から、瑠璃に罠を仕掛けてしまいました」

 いけない癖だ――。聖女に罠を仕掛ける時刻をインデックスとして記憶しておくのは。こうやって、最後に懺悔をするためになのだ。

「お前、好きだよね、罠仕掛けんの」

 さすがの神もあきれた顔をした。崇剛は両方の手のひらを天井へ向けて上げ――優雅に降参のポーズを取る。

「罠に相手がはまるという快楽から逃れられないのです」

 ナールはマスカットを口の中に放り入れて、シャクッと噛み砕いた。

「でも、まあさ。あのガキも気にしてないから、いいんじゃないの? コミュニケーションのひとつってことでさ」
「赦していただいて、ありがとうとざいます」
「終わり?」

「いいえ」崇剛の紺の髪は横へ揺れ、さっきまでと違って真摯な眼差しになった。
「国立 彰彦の心を傷つけました。どのように罪を償ってゆけばよいのでしょうか?」

 恋愛――という感情が絡む出来事。データが少なかったばかりに、取り返しのつかないことをしてしまった。後悔の海へと断崖絶壁から真っ逆さまに落ちて、海面で派手な音を上げ、そのまま深く深く……青が闇色へと変わっても、崇剛は沈み続けてゆく。

 その時だった、一筋の光が天から差してきたのは。

「そうね。お前なりの断り方だったんだからいいんじゃないの? それに、反省してるしさ。今後、同じように傷つけないでしょ?」

 赤い目をした神からの問いかけに、崇剛は少しだけ微笑んだ。

「えぇ、そうかもしれません」

 未来の見えない人間は、戒めとして曖昧な返事を返した。

 裸足で身廊に降り立つ神は、無機質な表情だった。まるで、どんな感情にも左右されることとは無縁だというように。

「それにさ、あれ・・には厄落としがまだ継続してんだよね。それと関係してるから、お前が深く反省しすぎることじゃないよ」
「そうですか」

 ナールは足音ひとつさせず、跪いている崇剛へと近づき、神経質な頬に手を当てた。神の手に吸いついたように、崇剛の体はすうっと立ち上がる。

「今回の事件についての懺悔は、こちらで終了です。導いてくださって、感謝いたします」

 遊線が螺旋を描く優雅な声が聖堂に響き渡ると、ナールは神父をいきなり抱き寄せた。崇剛の手から絨毯へと思わず落ちた聖書。二百三十一センチの背丈がある神の腕の中で、百八十七センチの神父は身を任せる。

 青い光のシャワーが抱き合う男ふたりに、祝福するように降り注ぎ続ける。その中で、崇剛は神を触れられなくても強く感じ、神経質な頬を一粒――贖罪しょくざいの涙――がこぼれ落ちていった。

 ナールの大きな手は、崇剛の頭をぽんぽんと優しくなでる。パイプオルガンの曲が流れてきて、しばらく神父は瞳を閉じ、その音色に、神の存在に酔いしれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

処理中です...