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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
お礼参り/2
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車内に広がる青白い煙と芳醇な香り。車窓を見つめたまま、それらを感じながら、崇剛は茶色のロングブーツを組み直した。
「えぇ、構いませんよ」
休日までに使う衣類や物を取りに行く可能性が高いと踏んでいたが、今回の事件現場のひとつである場所が、彰彦の口から出てきた。
「らよ、夜見二丁目の交差点にあるデパートに行ってくれ」
「家へは行かないのですか?」
予測したものと違うものを選んできた――策士は軌道修正を余儀なくされた。
彰彦は窓から灰を落としながら、
「男のひとり暮らしに大した荷物なんかねえぜ。今度の休みん時で片付く」
それよりも、彰彦は崇剛と話をしたいと願った。
リムジンという珍しい物に人々の視線が集中する。崇剛にとってはいつものことで、今さら気にすることもない。
まわりに煽られやすい感情というものを持ち合わせている彰彦。不安定なはずなのに、自身の経験と情熱で強引に対処してしまう強さを持つ男。
崇剛とは違う法則で生きている男の情報を、仕草を、言葉を見逃したくはない。心霊探偵は刑事をじっと見つめたまま、
「そうですか」
了承して、運転手へ命令を下した。
「それでは、デパートへお願いします」
「かしこまりました」
リムジンが馬車の列に入り込み、走り出す。
「何を買うのですか?」
「葉巻だ。それがあれば十分だ」
屋敷から崇剛が滅多に外へ出ない理由がひとつ明らかになる。
「葉巻は屋敷に定期的に届けてもらうようにしましょうか? 私も時々吸いたい時がありますからね。あなたと私のふたり分を購入しましょう」
金持ちのボンボンだ――彰彦は鼻でふっと笑う。
「さすが、ラハイアット家は違えな。よっぽど金落としてねえと、届けてなんかくれねえぜ」
街で噂の、庭崎市にある小高い丘に建っている赤煉瓦の建物――通称、祓いの館。と言われているだけあって、そこの主人は浮世離れしていた。
短くなったミニシガリロの熱が指と唇に襲いかかるようになった。節々のはっきりした男らしい手から、葉巻を歩道へ投げ捨てる。リムジンのタイヤが通り過ぎてゆく風圧で、くるくると宙を回っていたかと思うと、赤いテールランプを見送るように、石畳の上へポトンと落ちた。
*
買い物を終え、ふたりを乗せたリムジンは、デパートのある交差点から三つ北へ行った信号の手前でハザードを出していた。彰彦がどうしても寄りたいところがあると言って。
ドアが運転手によって開けられ、和洋折衷の人々が目を輝かせているリムジンから、ウェスタンブーツについているスパーがかちゃっとという音を出しながら、長いジーパンの足が歩道に出た。
「すまねぇな」
少し肌寒い風が吹き、カウボーイハットが飛びそうになる。シルバーリング三つがついたゴツい手が抑えようとすると、迷彩柄のシャツの胸元でペンダントのチェーンを引っ掛けた。
ジャラジャラとなっている後ろで、線の細い瑠璃色の貴族服が、紺のもたつかせ感のある長い髪を靡かせながら、夜の繁華街に現れた。
デパートがある綺麗な通りとは違って、飲食店が立ち並ぶゴチャゴチャとした庶民的な街角。
ウェスタンスタイルで兄貴肌の男と中性的で優雅な男がふたり。事件現場を一緒に見に行くことも今までなく、聖霊寮の応接セット以外の場所で並んで立っている、珍しい光景。街ゆく人は、映画のワンシーンでも観ているような気分に陥り、リムジンから崇剛と彰彦たちに視線を今度は集中させた。
ふたりともそんなことはどこ吹く風で、崇剛は運転手へ言伝をする。
「涼介へ伝えてください。彰彦の名前を呼び捨てにし、くれぐれも敬語は使わないようにと。それから、迎えは二十一時でお願いします」
「かしこまりました」
運転手はぐるっとリムジンを回り込み、ドアを開けて乗り込んだ。車が離れ始めると、彰彦は今初めて、冷静な水色の瞳と視線を合わせた。
「こっちだ」
「えぇ」
ガッチリとした体格の彰彦のあとを、線の細い崇剛が歩くと、紺の長い髪が夜風に揺れて、初めてのデートで微妙な距離を取っているカップルように脇道へ入っていた。
「えぇ、構いませんよ」
休日までに使う衣類や物を取りに行く可能性が高いと踏んでいたが、今回の事件現場のひとつである場所が、彰彦の口から出てきた。
「らよ、夜見二丁目の交差点にあるデパートに行ってくれ」
「家へは行かないのですか?」
予測したものと違うものを選んできた――策士は軌道修正を余儀なくされた。
彰彦は窓から灰を落としながら、
「男のひとり暮らしに大した荷物なんかねえぜ。今度の休みん時で片付く」
それよりも、彰彦は崇剛と話をしたいと願った。
リムジンという珍しい物に人々の視線が集中する。崇剛にとってはいつものことで、今さら気にすることもない。
まわりに煽られやすい感情というものを持ち合わせている彰彦。不安定なはずなのに、自身の経験と情熱で強引に対処してしまう強さを持つ男。
崇剛とは違う法則で生きている男の情報を、仕草を、言葉を見逃したくはない。心霊探偵は刑事をじっと見つめたまま、
「そうですか」
了承して、運転手へ命令を下した。
「それでは、デパートへお願いします」
「かしこまりました」
リムジンが馬車の列に入り込み、走り出す。
「何を買うのですか?」
「葉巻だ。それがあれば十分だ」
屋敷から崇剛が滅多に外へ出ない理由がひとつ明らかになる。
「葉巻は屋敷に定期的に届けてもらうようにしましょうか? 私も時々吸いたい時がありますからね。あなたと私のふたり分を購入しましょう」
金持ちのボンボンだ――彰彦は鼻でふっと笑う。
「さすが、ラハイアット家は違えな。よっぽど金落としてねえと、届けてなんかくれねえぜ」
街で噂の、庭崎市にある小高い丘に建っている赤煉瓦の建物――通称、祓いの館。と言われているだけあって、そこの主人は浮世離れしていた。
短くなったミニシガリロの熱が指と唇に襲いかかるようになった。節々のはっきりした男らしい手から、葉巻を歩道へ投げ捨てる。リムジンのタイヤが通り過ぎてゆく風圧で、くるくると宙を回っていたかと思うと、赤いテールランプを見送るように、石畳の上へポトンと落ちた。
*
買い物を終え、ふたりを乗せたリムジンは、デパートのある交差点から三つ北へ行った信号の手前でハザードを出していた。彰彦がどうしても寄りたいところがあると言って。
ドアが運転手によって開けられ、和洋折衷の人々が目を輝かせているリムジンから、ウェスタンブーツについているスパーがかちゃっとという音を出しながら、長いジーパンの足が歩道に出た。
「すまねぇな」
少し肌寒い風が吹き、カウボーイハットが飛びそうになる。シルバーリング三つがついたゴツい手が抑えようとすると、迷彩柄のシャツの胸元でペンダントのチェーンを引っ掛けた。
ジャラジャラとなっている後ろで、線の細い瑠璃色の貴族服が、紺のもたつかせ感のある長い髪を靡かせながら、夜の繁華街に現れた。
デパートがある綺麗な通りとは違って、飲食店が立ち並ぶゴチャゴチャとした庶民的な街角。
ウェスタンスタイルで兄貴肌の男と中性的で優雅な男がふたり。事件現場を一緒に見に行くことも今までなく、聖霊寮の応接セット以外の場所で並んで立っている、珍しい光景。街ゆく人は、映画のワンシーンでも観ているような気分に陥り、リムジンから崇剛と彰彦たちに視線を今度は集中させた。
ふたりともそんなことはどこ吹く風で、崇剛は運転手へ言伝をする。
「涼介へ伝えてください。彰彦の名前を呼び捨てにし、くれぐれも敬語は使わないようにと。それから、迎えは二十一時でお願いします」
「かしこまりました」
運転手はぐるっとリムジンを回り込み、ドアを開けて乗り込んだ。車が離れ始めると、彰彦は今初めて、冷静な水色の瞳と視線を合わせた。
「こっちだ」
「えぇ」
ガッチリとした体格の彰彦のあとを、線の細い崇剛が歩くと、紺の長い髪が夜風に揺れて、初めてのデートで微妙な距離を取っているカップルように脇道へ入っていた。
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