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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
Nightmare/9
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海のような青が広がる聖堂へ、崇剛の意識は再び戻ってきた。
「もう終わりましたから、構いませんよ」
涼介はNightmare――悪夢から解放され、ほっと胸をなで下ろした。同じ夢を共有したはずなのに、いつも通りクールな主人の前で、涼介は拍子抜けする。
「お前、驚かないのか?」
「驚きませんよ」
崇剛はしれっと言ってのけた。
「お前を驚かすのって、どうやったらできるんだろうな?」
「おそらくできませんよ」
「どうしてだ?」
「最後の0.01%は別の何かが起きると予測していますから、何が起きても心構えができています」
「お前らしい回避の仕方だな……」
主人の理論武装は今日も健在で、涼介はほっとするやら、あきれるやらでため息をついた。
この夢に何か予言みたいなものが隠されているのかもしれないと思い、執事は恐る恐る聞き返す。
「何て言ってたんだ?」
「そうですね?」
乾いた秋の匂いを吸い込みながら、神経質な指先をあごに当て、全てを記憶する冷静な頭脳から英和辞書を引っ張り出してきた。
主人の頭の中で、素早く翻訳されていたが、あるところで、崇剛は唇に手の甲を当てて、急にくすくす笑い出した。
「…………」
肩を小刻みに振るわせている、主人が笑いの渦に落ちていることは、いつも一緒の執事にはよくわかっていた。
「そんなに笑うくらい、おかしなところあったか?」
「えぇ……」
かろうじてうなずいたが、崇剛はまた笑い出して、いつまで経っても診断してもらえず、涼介は瑠璃色の貴族服の細い腕を引っ張った。
「いいから、教えろ。時間がないだろう?」
「全てを聞きたいのですか?」
「残したら、気になるだろう?」
こうやって、執事は主人の罠のひとつに、いつもはまるのだ。
「そうですか。それでは、全ての会話を最初から順番に翻訳して、あなたの言葉と組み合わせます。よろしいですか?」
主人からの最終確認に、涼介は大きくうなずいた。
「頼む」
水色の瞳に冷静さは戻り、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が、聖堂の高い天井にまで舞い始める。まずは男の言葉から。
「こんな風に見えるんだ」
「何て言ったんだ?」
「とても綺麗……」
「何をしてるんだ?」
「一度きてみたかったんだ。どうして、心が癒されるのかな?」
「神さまが祝してくれてる? キミもそう思う?」
「神さまが何だ?」
「キミはそういう人?」
「今度は何て言った?」
「こうしたら、どうするの?」
「翻訳!」
崇剛はここで一旦言葉を止めた。茶色のロングブーツを優雅に組み替える。
「そういうわけで、涼介は彼の言葉を聞き取れるようになったみたいです」
「はぁ?」
思いっきり聞き返した涼介を前にして、崇剛はまた上品に笑いそうになったが、何とか冷静さを保ち、
「こちらから、涼介が『問題、大アリだろう!』と言うところまでは訳しませんよ。あなたはきちんと理解していましたからね」
「わかった」
崇剛は続きを告げる。雨風が吹き込むベッドの上で、仰向けに倒れたまま、聡明な瑠璃紺色の瞳がじっと見つめてくる。
「どうして?」
「いや、何で普通に聞き返してるんだ?」
「そういう人は感覚のことかも?」
「な、何を言ってるんだ?」
「どうして、そう思うの?」
「今度は何だ?」
「そういう人は同性愛者のことかも?」
主人の口からすんなり出てきた言葉に驚いて、涼介は大声を聖堂の隅々まで轟かせ、慌てて椅子から立ち上がった。
「うわぁっ!」
崇剛は手の甲を素早く唇に当てて、くすくす笑い出した。主人の態度に、執事は心臓をバクバクさせながら、
「お前また罠はって!」
「違いますよ。きちんと訳しています。ですから、全て訳してよいのかと、初めに確認したではありませんか?」
「何だか、お前と似てるな」
「Why do you think so?/なぜ、そのように思うのですか?」
主人まで異国の言葉で返してきて――。執事はうんざりした顔で、これ以上追求するのをやめた。
「……いい、先だ」
「もう終わりましたから、構いませんよ」
涼介はNightmare――悪夢から解放され、ほっと胸をなで下ろした。同じ夢を共有したはずなのに、いつも通りクールな主人の前で、涼介は拍子抜けする。
「お前、驚かないのか?」
「驚きませんよ」
崇剛はしれっと言ってのけた。
「お前を驚かすのって、どうやったらできるんだろうな?」
「おそらくできませんよ」
「どうしてだ?」
「最後の0.01%は別の何かが起きると予測していますから、何が起きても心構えができています」
「お前らしい回避の仕方だな……」
主人の理論武装は今日も健在で、涼介はほっとするやら、あきれるやらでため息をついた。
この夢に何か予言みたいなものが隠されているのかもしれないと思い、執事は恐る恐る聞き返す。
「何て言ってたんだ?」
「そうですね?」
乾いた秋の匂いを吸い込みながら、神経質な指先をあごに当て、全てを記憶する冷静な頭脳から英和辞書を引っ張り出してきた。
主人の頭の中で、素早く翻訳されていたが、あるところで、崇剛は唇に手の甲を当てて、急にくすくす笑い出した。
「…………」
肩を小刻みに振るわせている、主人が笑いの渦に落ちていることは、いつも一緒の執事にはよくわかっていた。
「そんなに笑うくらい、おかしなところあったか?」
「えぇ……」
かろうじてうなずいたが、崇剛はまた笑い出して、いつまで経っても診断してもらえず、涼介は瑠璃色の貴族服の細い腕を引っ張った。
「いいから、教えろ。時間がないだろう?」
「全てを聞きたいのですか?」
「残したら、気になるだろう?」
こうやって、執事は主人の罠のひとつに、いつもはまるのだ。
「そうですか。それでは、全ての会話を最初から順番に翻訳して、あなたの言葉と組み合わせます。よろしいですか?」
主人からの最終確認に、涼介は大きくうなずいた。
「頼む」
水色の瞳に冷静さは戻り、遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が、聖堂の高い天井にまで舞い始める。まずは男の言葉から。
「こんな風に見えるんだ」
「何て言ったんだ?」
「とても綺麗……」
「何をしてるんだ?」
「一度きてみたかったんだ。どうして、心が癒されるのかな?」
「神さまが祝してくれてる? キミもそう思う?」
「神さまが何だ?」
「キミはそういう人?」
「今度は何て言った?」
「こうしたら、どうするの?」
「翻訳!」
崇剛はここで一旦言葉を止めた。茶色のロングブーツを優雅に組み替える。
「そういうわけで、涼介は彼の言葉を聞き取れるようになったみたいです」
「はぁ?」
思いっきり聞き返した涼介を前にして、崇剛はまた上品に笑いそうになったが、何とか冷静さを保ち、
「こちらから、涼介が『問題、大アリだろう!』と言うところまでは訳しませんよ。あなたはきちんと理解していましたからね」
「わかった」
崇剛は続きを告げる。雨風が吹き込むベッドの上で、仰向けに倒れたまま、聡明な瑠璃紺色の瞳がじっと見つめてくる。
「どうして?」
「いや、何で普通に聞き返してるんだ?」
「そういう人は感覚のことかも?」
「な、何を言ってるんだ?」
「どうして、そう思うの?」
「今度は何だ?」
「そういう人は同性愛者のことかも?」
主人の口からすんなり出てきた言葉に驚いて、涼介は大声を聖堂の隅々まで轟かせ、慌てて椅子から立ち上がった。
「うわぁっ!」
崇剛は手の甲を素早く唇に当てて、くすくす笑い出した。主人の態度に、執事は心臓をバクバクさせながら、
「お前また罠はって!」
「違いますよ。きちんと訳しています。ですから、全て訳してよいのかと、初めに確認したではありませんか?」
「何だか、お前と似てるな」
「Why do you think so?/なぜ、そのように思うのですか?」
主人まで異国の言葉で返してきて――。執事はうんざりした顔で、これ以上追求するのをやめた。
「……いい、先だ」
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