上 下
622 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜

春雷の嵐/4

しおりを挟む
 国立に渡された連続事故の調書から手に入れた情報を鮮やかに呼び出して、

「三百五十一年前……」

 この交差点がまだ石畳でなく土の道で、藁葺き屋根の家々が点々と並ぶ時代へと、意識を持っていくため、冷静な水色の瞳は珍しく、この世での焦点を完全に失った。

「……夜道」

 雨は降っていなかったが、青白い月がちょうど雲に隠れ、街灯もないあたりに突如、

「きゃあぁああっっっ!!!!」

 女の悲鳴が上がった。崇剛は血生臭い風に吹かれながら、霊界の古い時代にひとり立ち尽くす。

 女の悲鳴だけしか聞こえてこない。
 子供の姿は見えない。
 従って――

 激しい雨音が再び戻り、リムジンのバックミラーで崇剛の瞳のピントはすっと合った。

 悲劇としか言いようのない、人の最期を心の中で審神者する人へ静かに告げた。

「身ごもった女性が殺された」
「合っておる。よくある話じゃ」

 宙を物憂げに見つめたまま、瑠璃はうなずいた。崇剛はあごに手を当て、スマートに足を組み替える。

 胎児のまま亡くなった。
 死んだ子は、死を理解できる状態ではなかった。
 ですから、地縛霊となった。

 しかし、時折り静止画のように部分だけが印象的に見える子供の霊は、自分の足で地面に立っている。さっきの瑠璃の言葉からも三歳だと証明されている。年齢の不一致は、聖女によってつじつまが合わせられた。

「霊界の習わしじゃ。親子でも離れ離れになるからの。己ひとりで生き抜くために、神の力で三つまでに育ったんじゃ」

 大人の理不尽な理由で、小さな命はひとり取り残されたのだ。地上へと。

 崇剛は感傷的にもならず、ただデジタルに脳に記憶した。

「事実として確定、100%です。母子ともに、三百五十一年前、こちらの場所で一生を終えた」

 最大の疑問点。もう子供の幽霊はここにいない。いつどうやっていなくなったのか。

 三歳の子供がひとり、地上に縛りつけられている。母親とははぐれた。そうなると、出てくる可能性は自ずと絞られてくる。

 ひとりでいなくなったのなら、追いかけて行って、本来行くべきところへ送り出せるものだが、それは叶わない。その可能性が非常に高かった。

 しかしそれは、事実ではなく、あくまでも可能性だ。負の連鎖が待っているかもしれないと思いながらも、崇剛は神経を研ぎ澄ました。

 聖女の力を借りたとしても、千里眼を使っていても、たどろうとすると途中で見失うを繰り返す。

 崇剛は神経質な指をあごに当てたまま、何度も足を優雅に組み替えた。必要な情報が迫ってきては通り過ぎてゆく。

 ザーッと絶え間ない雨音と、時折り青白い閃光を放ちながら、近くの建物へと落雷する。地鳴りを引き起こす雷の中、交わされる言葉はなかった。

 三十二年間ずっと一緒の聖女は、崇剛の仕草が何を意味しているのかわかっていた。

 瑠璃だけが見えている、次元の高い霊界で、大きな鉄の塊が空中を横滑りしてゆくのがさっきから何度も起きていた。

 赤目をした男のすらっとした体が動くたび、白い服の裾が激しく揺れる。立派な両翼はどこにもなく、ボブ髪の上で光る輪が救済の一筋に見えた。

 不思議と敵はそばへ不意打ちをかけてはこず、瑠璃はあの天使に見える男の言葉通り、守護霊としてできることを精一杯しようとする。

 ラジュもいない。カミエも助けにこない。それでも、聖女は心を沈めて、大きく深く息を吸う。

 白いブーツのかかとをきちんとそろえ、背筋を伸ばした。

「願主、瑠璃!」

 小さな両手を胸の前でパンと鳴らすと、さっきと同じようにパチンと世界中に響くようなかすかな音がして、邪気が消えてゆくが、いつもとは規模が違うことに気づいた。

 赤い目がふたつこっちを見ていた。瑠璃はそれをチラッと横目で見やり、寒気を覚える。

(あやつ、ラジュより上じゃ。本に何者じゃ?)

 次の瞬間、雷鳴も雨音も一瞬にしてかき消え、静寂と安寧があたり一帯に広がった。少女の聖なる低い声が祝詞を唱え始める。

「掛けまくもかしこき、伊耶那岐大神いざなぎのおおかみ筑紫つくし日向ひむかたちばな小戸おど阿波岐原あわぎはらに、みそはらえ。たまいし時にりませる祓戸大神はらえどのおおかみたち、諸々の禍事まがごと、罪、けがれらんをば、祓え給い、清め給えと、もうすことをこしめせとかしこみ恐み白す」

 蛍火のような緑色の光が、聖女の体からゆらゆらと燃え上がり、リムジンという小さな空間に聖なる結界が張られると、若草色の瞳からは男の姿も悪霊たちも見えなくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

処理中です...