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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

Escape from evil/14

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 平然と罠を仕掛けてくる人間の横顔を見ながら、カミエが首を傾げると、深緑の短い髪が重力に逆えず、頭から少しだけ離れた。

「お前のところは、どうなっている?」
「どのような意味ですか? そちらの言葉は」
「その守護の縦ラインはおかしい」
「私に聞かれても困りますよ。私が守護天使と守護神を選んだわけではありませんからね」
「光命さまもラジュもお前も、なぜ、俺に全員で策を張りめぐらす?」

 散々なカミエだった。

 紺の後れ毛を耳にかけて、問いかけられたのに、崇剛は逆に質問し返した。

「そちらを四字熟語で表したら、どのようにおっしゃるのですか?」

 カミエは日頃の鍛錬を見せる場面がめぐってきたと思った。一字一句はっきりと、わざとらしく、

「策・略・連・鎖だ」

 天使の地鳴りのように低い声でもたらされた言葉を、崇剛は途中まで言ったが、

「策略……」
「それ以外に、どんな言い方がある?」

 神経質な手の甲を中性的な唇に当て、くすくす笑い出し、肩を小刻みに揺らしながら、何も言わなくなり、崇剛なりの大爆笑を始めた。

「…………」
「武術を極めるためには、真面目でふざけていないとできん。笑いの修業は大切だ」

 両腕を腰の位置で組み、カミエは目を細めた。まるで日本刀で鮮やかに敵を叩き切ったように、天使は崇剛を撃沈したのだった。

「お前は過去にこだわり過ぎだ。起きた事実から可能性を導き出すからだ」

 食べ終えた瑠璃と瞬は一緒にちょうちょを探しに行ってしまった。涼介が遠くに行かないように注意している声が少し遠くで聞こえる。

「お前の選ぶ選択肢で未来は変わる。右手を傷つけたのはひとつの未来の形だった」
「そうですか」

 確かに自身の記憶力は人並みをはずれてはいるが、世の中はとても広い。同じ思考回路の人間は他にもいくらでもいるだろう。

 同じ出来事を一緒に見たとしても、そこから導き出す答えは人それぞれ違う。まだまだ自身の可能性の導き出し方には、成長するノリシロが残っているのだ。

 漆黒の髪が揺れるのを、崇剛は心の瞳でずっと追っていた。あの少女をあきらめなければいけないという、戒めの鎖を巻きつけながら。

 それでも、帰る気のないカミエ。情報源はすぐ近くにある。それを見逃すはずもなく、冷静な水色の瞳はついっと細められた。

 そうですね……?
 大鎌の悪霊と恩田 元の件――
 四月二十一日、木曜日、二時十三分五十四秒過ぎ。
 私を襲ってきた悪霊の数は少なくとも二百です。
 四月二十九日、金曜日、十三時十四分十七秒過ぎ。
 恩田 元の事件を話している時、国立氏が受けた天啓――
 邪神界の大魔王と四天王の話でした。

 茶色のロングブーツは優雅に組み替えられ、腰元に刺してあった聖なるダガーの柄が、春の日差しに妖しく揺らめいた。

 先ほどの大鎌の悪霊は、涼介と瞬を狙っているように見えた。
 大鎌の悪霊は、千恵さんと関係しているという可能性38.98%――
 従って、恩田 元と関係しているという可能性が45.67%――
 国立氏は恩田 元と接触しています。
 涼介も恩田 元と接触しています。
 ですが、瞬は接触していません。
 事実がひとつ合いません。
 そうなると……。

 崇剛は視界の端に天使の無感情、無動の瞳を映しながら、山頂からの素晴らしい景色を眺めた。

 大鎌の悪霊と、恩田 元の過去世が関係しているのはおかしい――です。
 従って……

 柔らかな春風に吹かれながら、策略家は怖いくらい優雅に微笑み、こんな可能性を導き出した。

 全ては恩田 元と関係する――です。
 100%――確定です。

 理論的におかしい心の声が聞こえてきたカミエは、不思議そうな顔で短く言い切った。なぜその答えにたどり着いたのだと。

「違う」
「やはり、そうなのですね?」

 水を得た魚――。崇剛は流暢に話し始めた。

「まったく別の非常に大きなことが同時に起きているということですか?」

 カミエは水色の瞳をじっと見つめていたが、やがてあきれたため息をついた。

「なぜ、同じことを何度もする?」

 情報を得るために、わざと間違ったことを思い浮かべるという策略。まわりくどい人間の前で、真っ直ぐで正直な天使は手を持て余す。

「お前はよくわからん」

 それなのに、崇剛は優雅に微笑んで、

「ありがとうございます。お褒めの言葉をいただいて、光栄です」
「意味がわからん。なぜ、そこで礼を言う?」
「…………」

 悪戯が過ぎる崇剛はくすくす笑い出した。誰かが幸せそうに笑う姿を見るのは、天使にとっても幸せなことで、カミエは目を細める。

 手の甲を唇に当てて、肩を小刻みに揺らしている人間が、どの選択肢を選ぼうとも、進んでゆく未来はただひとつ。

 天使にとって、は長い輪廻転生の区切りであるだけで、そこに人間のように必死にしがみつく理由などない。

 どんな未来が待っていようと、天使は無感情に、何も忠告せず去っていこうとする。

「帰る」
「ありがとうございました」

 瞬の隣で遊んでいた瑠璃が振り返ると、漆黒の長い髪が巫女服ドレスの背中できらびやかに揺れた。

「またの。ラジュの策に巻かれるぬようにの」

 聖なる光をキラキラとちりばめ、三沢岳の山頂から純白の袴姿は艶やかに消えていった。

 涼介が見守るそばで、地面に枝を使って絵を描いている、瞬のそばへ瑠璃はすぐに行ってしまった。

 ほとんど口にしていないランチを置き去りにして、崇剛は物思いにふける。

「おかしいです。カミエ天使は、私、涼介、瞬の誰の守護天使でもありません。ラジュ天使は神ではありません」

 水色の瞳と濃く混じり合うような青空を見上げ、崇剛は神が与えしもの――風、食べ物、心……何もかもを全身で感じながら考え続ける。

「まったく関係のないカミエ天使を、ラジュ天使が私たちの元へこさせることはできません」

 神の領域へと物事のレベルは引き上げられてしまった、尊い姿を見ることも声を聞くことも赦されない、千里眼の持ち主は全ての可能性を切り捨てずに持ち続けようとする。

「従って、まったく別の非常に大きなことに、カミエ天使も関係しているという可能性が非常に高い。どのようなことが起きているのでしょう?」

 遠い外国を見ようとはせず、冷静な水色の瞳はすぐ近くで遊んでいる聖女の背中にじっと訴えかけていた。

 疑問形で話を止めている策略家に、聖女は振り返って、しっかりと釘を刺した。

「崇剛、教えぬぞ」
「そうですか」

 絶対に勝ちにくる策略家にとって、条件が厳しくなるほど、解決したあとに感じる快感はひとしおだった。まさしく中毒。

 ずっと食べ損なっていたサンドイッチを口へ入れ、崇剛ははるか遠くに広がる海の青を眺める。この先起きるであろう、予測のつかない出来事に太刀打ちできる方法を模索しながら。
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