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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

Spiritual liar/9

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 神父として、人を悪戯に傷つける――嘘に変わるかもしれない、未確定要素の出来事は伝えないことにした。元の心臓は大きく波打ち、手のひらに汗がにじむ。

「は、はい。どんなことですか?」
(な、何を言われるんだろう?)

 嘘をつく依頼主にも、慈愛の精神で、崇剛は真摯な気持ちで向き合った。

「水道から血が流れ出てくる。こちらを、霊が物理的に行うことは不可能です。なぜなら、水道管の水を全て抜き取り、血に置き換えなくてはいけません」

 元は目をパチパチと瞬かせながら、流暢に話す聖霊師の話に何とかついていこうとしていた。

「さらに、どなたの血なのかという疑問点が残ります。霊の体――霊体には血が流れていません。ですから、理論的に考えて起こり得ません。すなわち、脳に呼びかけられ、幻を見せられたのです。その後、血は残っていましたか?」

 あの不気味な夜のお勝手で、妻に話しかけられたあとのことを思い出して、元は頭をプルプルと横に振った。

「い、いえ……残ってなかったです。カラのコップだけでした……」

 崇剛はいつの間にか、切り立った崖の上に立っていた――。茶色のロングブーツで一歩踏み出し、騎馬隊だらけの戦場の真ん中で眼下を眺めた。

 その戦況はとても奇妙で、右手は整然と並んでいるのに、左手だけが大混乱に陥っていた。

 霊界は心の世界――。
 気持ちが弱っていれば、肉体を乗っ取られてしまう。
 邪神界の者が他の邪神界の者を狙う。
 当たり前に起きます。

 冷静な水色の瞳の遠くで、我先に手柄と願うばかりに、内部紛争が起こり、血が無駄に流れてゆくのが見え、虚しさという風が紺の長い髪を揺らした。

 己自身のことが最優先。
 仲間意識など、彼らには当然ありません。
 あなたを狙ってくるかもしれない――。

 診療室へと意識が戻ってくると、カミソリが飛ぶような逆風が吹き荒ぶ中に立っているような、元に崇剛は一言忠告した。

「どうか、お気を強く持ってください」

 そこで初めて、ラジュから待ったの声がおどけた感じでかかった。

「この者が霊的な理由によって、人生の途中で死ぬ可能性は0%です~」

 人間とは違って、未来をある程度見ることができる天使からの忠告に、崇剛は心の中で相づちを打った。

「そうですか」

 霊界で会話をしていると、聖霊師に励まされた依頼主はほっと胸をなで下ろした。

「は、はい……」
(じゃあ、気のせいだったのか。よかった、これで、安心して眠れる)

 歪んだレンズで世の中を見ている男には、物事はそのまま伝わらなかった。崇剛が間違いを訂正しようとすると、ラジュから催促――巻きの合図が入った。

「この者に関しては、ここで切り上げて、国立 彰彦の元へ行っていただけませんか~?」

 これ以上ないくらいにっこり微笑んで、邪悪という名のサファイアブルーの瞳を元へやった。

(この者には、少し怖い想いをしていただきましょうか。お仕置きが必要な者ですからね)

 戯言天使の脳裏に鮮やかに蘇る。針のような輝きを持つ銀色の長い前髪。その奥に隠れた鋭利なスミレ色の瞳が。

 人差し指をこめかみに突き立てて、ラジュは珍しく困った顔をする。

「おや~? 失念していました~」

 崇剛は水色の瞳をついっと細めて、何らかの罠が隠されているとにらんだ。ラジュはニコニコの笑みで、真意を簡単に隠す。

「国立 彰彦が崇剛に会いたがっていると、ある方・・・から聞きましたよ~? ふたりでぜひ楽しんできてくださいね~。うふふふっ」

 意味深な言い方をしてきて、聞き出そうとしても、のらりくらりと交わされてしまうのだ。いつだってそうだった。

 子供の頃はそれで悔しい思いをしたが、もう三十二歳だ。負けたがりの天使に付き合う暇はない。

(そうですか。彼の元へ行きましょう。何か重要な意味があるのかもしれませんね)

 診療室は春風が優しい旋律を紡いでいただけで、聖霊師と依頼主は黙ったままだった。

 神経質な手で、ズボンのポケットに入っている懐中時計を軽く触る。

 十一時四十一分五十六秒――。
 今から出ても、治安省へ到着するのは十二時十五分過ぎ。
 休憩時間中です。
 ですが、ひとつ手に入れたい情報があるため、すぐに出かけましょう。
 私が予測した通りならば、通常より時間がかかるという可能性が97.45%――
 すなわち、今出発しても十三時より、遅れて到着するということです。

 依頼主を放置した時間は約一秒。崇剛の遊線が螺旋を描く優雅な声が診察室に上品に舞った。

「本日は、こちらで終了です」
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