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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

主人は執事をアグレッシブに叱りたい/13

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 しかし、感覚的な執事はそのままスルーしようとしたが、

「そうか、ありがとうな」

 主人の正確さは神業のように素晴らしく、涼介は強い違和感を覚えた。

「俺を守るために、ソファーに横向きに倒させた……ん?」

 今日はどんな言葉が執事の口から出てくるのかと期待をしながら、ポーカフェースで優雅に微笑み、崇剛は涼介へ命令を下した。

「それでは、十一時にきていただけるよう、急いで連絡してください」

 十三.涼介が私に暴言を吐いてくる――
 こちらの可能性が、最初の32.11%から上がり、99.99%――

「カーテンのことは俺に直接言えば済むことだろう! 俺のどこを触った?! この、セクハラ神父――!」

 屋敷中に響くような、執事の少し鼻にかかる声が炸裂すると、崇剛は手の甲を唇に当てて、くすくす笑い出した。

(やはり、そちらの言葉を言ってきましたね。十分楽しませていただきましたから、こうしましょうか)

 舞踏会でダンスが終わったあとに、お姫様の前で跪くように、優雅に微笑んでいつもの言葉を、主人も返した。

「ありがとうございます」
「だから、褒めてない!」

 涼介はソファーから勢いよく立ち上がって、うなるように吐き捨てた。

 絨毯には紅茶のシミ。読みかけの新聞は広げられるものではない。崇剛は惨事をさけるようにすうっと優雅に立ち上がり、書斎机へと歩いてゆく。

「こちらを片付けるように伝えてください」
「わかった。これは、俺がこぼしたんだからな」

 涼介は主人とは離れて、ドアへ向かって手を伸ばした。策略的な主人によってかけられた鍵をはずし、部屋を出て行こうとする。

 その時だった――

 金色の一筋の光が、崇剛の頭上を追い越すように外から飛び込んできて、ひまわり色の髪にすうっと入り込んだ。

 冷静な水色の瞳はついっと細められる。

(直感、天啓……)

 千里眼も霊感も持っていない涼介は、ドアを押そうとしていた手をふと止めた。線の細い主人へ振り返って、純粋なベビーブルーの瞳で冷静な水色のそれを見つめ返した。

「そういえば、呪縛霊の他に、いくつか種類があったよな? お化けって」

 崇剛は優雅に微笑みながら、精巧な頭脳の中でデジタルに変化をもたらした。

(そちらの話が何かと関係するという可能性が出てきた――)

 主人の異変に気づかず、涼介は話を続けている。

「ふ……何だったか?」
「浮遊霊ですか?」
「その違いって、何だ?」

 瑠璃色の貴族服は書斎机に腰で寄り掛かった。

「呪縛霊は、未練や怨念を死後も持ち、ある場所から動けなくなった霊を指します。すなわち、そちらの場所に、縛られているというわけです」
「浮遊霊は?」

 部屋の主人の背後で、春風に揺られた羽ペンが風見鶏のようにくるくると角度を変えた。

「そちらは、成仏する機会を何らかの理由で逃し、地上に浮遊している霊です。従って、どちらへも行き来は自由です」
「そうか。あとは、じば……?」

 次々質問してくるのはいいが、涼介の記憶力はザルに近かった。崇剛は包帯を巻いている手をあごに当てる。

「地縛霊ですか?」
「それだ」

 涼介は人差し指を崇剛に向けた。聖霊師は書斎机の木の滑らかさを、神経質な指先で堪能する。

「地縛霊は、自身が死んだことを受け入れられなかったり、自分自身が死んだことを理解できなかったりして、死亡した時にいた土地や建物などから離れられずに、縛られている霊を指します」
「なるほどな。あともうひとつあったよな?」

 穏やかな春の日差しのもと、恐ろしい単語が次々と部屋の中で舞い上がる。

怨霊おんりょうですか?」
「そうだ」
「怨霊とは自身が受けた仕打ちに恨みを持ち、たたりをしたりする、死霊または生霊のことを指し、こちらは自由に動くことができます」

 罠を成功させるためにわざと下ろしてしまった、紺の髪が風にサラサラと踊った。知らない単語が出てきて、涼介は眉間にシワを寄せる。

「死霊?」
「えぇ」

 崇剛が優雅にうなずくと、鮮やかな黄色の花を咲かせる、カロライナジャスミンの甘い香りが漂ってきた。

 霊界を連想させると、崇剛は思う。いい香りと引き換えに花には毒があり時には人を死へと導くのだから。

「肉体を持っておらず、この世にとどまり、天へ帰らない魂、全てを指します」
「色々種類があるんだな」

 涼介はうんうんと笑顔でうなずいて、部屋から出て行こうとする。理論武装の主人にしてみれば、何の脈略もなく、意味もない会話だった。

 主人ならばまずしないことをしてくる執事。崇剛は理由を知りたがった。

「なぜ、そちらの話を私に、今聞こうと思ったのですか?」
(どのようにして、直感――天啓を受けるのですか?)

 素直な執事は首を傾げながら天井を見ていたが、やがてさわやかに微笑んだ。

「んー、急にそんな気がしたからだ」
「そうですか」

 どうとでもとれる主人の相づちを最後に、執事は部屋から出ていった。パタリと閉まったドアを見つめ、崇剛は髪をゆい直す。

「私には直感――天啓というものはありません。ですから、どのようなものかはきちんと理解できませんが……。涼介が今言った言葉のような感覚なのかもしれませんね」
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