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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
愛おしさの刃/2
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先ほど、あちらの夢を見ました。
瑠璃が私のそばにいます。
従って、夢の中の言葉を聞かれたという可能性が99.99%――
すなわち、私の想いを彼女が知ってしまったという可能性が99.99%――
感情を交えたばかりに、誤った判断の仕方をしてしまった。それは自身の予想をはうかに上回り、聖女を密かに守るつもりが、宣言をして戦いに出て、瀕死の重傷を負って戻ってくる結果となってしまった。
何か気の利いたことでも言って、この場から立ち去ってしまいたかったが、今や雄叫びを上げて狂っている、激情の獣を冷静な頭脳という名の盾で抑えるのは至難の技だった。いつも流暢な崇剛は、思わず返す言葉を失った。
「…………」
心の奥底で、ひどく子供じみた自分が言うのだ。
私の想いは、あなたの心をかすりもしない――。
瑠璃の言葉は自身のことを想ってもいいが態度はこの先も変わらない。それは相手にされていないという意味を指していた。
こんなバカげた解釈の仕方など捨ててしまえばいいのだ。彼女は百年以上の時を経て、三十二年しか生きていない自分よりも、物事に対して動じないだけの経験を積んでいるのだ。
それは尊敬であり、見習うべきところであって、自身を苛むものではない。ここから抜け出せない限り、聖女と同じ霊層へは上がれないのだろう。どうにかこの機会をバネにして、前へ進みたいと崇剛は願った。
癒しをもたらす月明かりの下、穢れを浄化するような風が窓から入り込む。住む世界――生きている法則の違うふたりが交わり合うような、絡まり合うような薄闇。
「寝言を申すほどとなると、想うこともせぬとは辛かろう」
「…………」
素知らぬふりをする日々。規律を守る日々。細心の注意を払ってきたが、自身のミスで愛しい人に伝わってしまった。
崇剛とは視線を一度も合わせない瑠璃は、窓の外をしばらく眺めていたが、ふと静寂を破った。
「お主は昔から素直じゃないの」
「…………」
何も返さず、何も思わない崇剛。この男がまだ幼く自身と同じくらいの歳の頃には、もう今のように策略を組んでは悪戯をしたり、人を幸せにしたり、そうやって生きていた。
守護をする身として、瑠璃は崇剛のことを許してきた。しかし、今回は見逃せなかった。
「己をごまかすとは、我は許さぬ」
瑠璃と反対方向を向いたまま、崇剛はにじむ視界をクリアにした。くすりと笑って、おどけた感じで言葉を紡ぐ。
「身を切り裂くほどの、牢獄といったところでしょうか?」
読書する本のほとんどが辞書。語彙力があり、言葉遊びが好きな男を前にして、聖女は首を横にゆっくりと振った。
「遠回しじゃのう。またお主、そういうごちゃごちゃした考えをしおってからに」
枕元においてある、小さな聖書を神経質な手で触って、崇剛は神父であろうとする。
「私には赦されていませんよ、口にすることも。神に身も心も捧げました。ですから、神以外の存在に、あなたを想う感情を持つことは、私には赦されていません。まして、守護霊であるあなたに対して、想うことなど……」
「お主は本に幸せなのか? 申すどころか思い浮かべることもせぬのが。今回のことはそれが招いた結果なのではないか?」
聖女の言う通りだった。本末転倒とはまさしくこのことを言うのだろう。崇剛は今の自分がとても滑稽に思えた。
「……愛という煉獄ですか」
「お主、本に素直じゃないのう。己で望むことをどうやって叶えるか知っておるであろう?」
「そちらの質問には答えたくはありませんね」
崇剛らしくなく、真っ直ぐ質問を交わそうとした。聖女は決して見逃さなかった。
「ダガーを使えばできるであろう? 何を戸惑っているのじゃ?」
ルールはルールとして絶対に守る崇剛。月影を反射し、白く浮き上がっている巫女服の少女へ、冷静な水色の瞳は上げられ、頑なに拒んだ。
「こちらはそのようなものではありませんよ。悪を引き剥がすものであり、他の目的に使うものではありません」
「そういうために、神は与えてくださったのかもしれぬぞ。何事にも意味があるであろう?」
一歩も引かない神父と聖女――。
紺の長い髪を神経質な手でかき上げながら、崇剛はくすくすと上品に笑う。
「快楽という堕落へと導くのですか? 聖女――瑠璃さんは」
瑠璃は崇剛のことを恋愛対象としては見ていない。彼女の気持ちを無視して、自分ばかりが踏み込むということが、崇剛にはどうしてもできなかった。
「それは違うであろう! 人を愛することが堕落なのか?!」
瑠璃の表情は真剣そのもので、珍しく強い口調だった。引く気のない聖女。彼女と聖霊師の間にあるサイドテーブルでは、ダガーの柄が鋭いシルバー色を月影に揺れていた。
「罪な人ですね、あなたも」
綺麗な幕引きをと、崇剛は願っていたが、どうやらそれは難しいようだった。即座に別の回避方法を模索する。
(こちらの場を乗り切り方法……そちらの可能性が一番高い。それでは、こうしましょうか)
瑠璃が私のそばにいます。
従って、夢の中の言葉を聞かれたという可能性が99.99%――
すなわち、私の想いを彼女が知ってしまったという可能性が99.99%――
感情を交えたばかりに、誤った判断の仕方をしてしまった。それは自身の予想をはうかに上回り、聖女を密かに守るつもりが、宣言をして戦いに出て、瀕死の重傷を負って戻ってくる結果となってしまった。
何か気の利いたことでも言って、この場から立ち去ってしまいたかったが、今や雄叫びを上げて狂っている、激情の獣を冷静な頭脳という名の盾で抑えるのは至難の技だった。いつも流暢な崇剛は、思わず返す言葉を失った。
「…………」
心の奥底で、ひどく子供じみた自分が言うのだ。
私の想いは、あなたの心をかすりもしない――。
瑠璃の言葉は自身のことを想ってもいいが態度はこの先も変わらない。それは相手にされていないという意味を指していた。
こんなバカげた解釈の仕方など捨ててしまえばいいのだ。彼女は百年以上の時を経て、三十二年しか生きていない自分よりも、物事に対して動じないだけの経験を積んでいるのだ。
それは尊敬であり、見習うべきところであって、自身を苛むものではない。ここから抜け出せない限り、聖女と同じ霊層へは上がれないのだろう。どうにかこの機会をバネにして、前へ進みたいと崇剛は願った。
癒しをもたらす月明かりの下、穢れを浄化するような風が窓から入り込む。住む世界――生きている法則の違うふたりが交わり合うような、絡まり合うような薄闇。
「寝言を申すほどとなると、想うこともせぬとは辛かろう」
「…………」
素知らぬふりをする日々。規律を守る日々。細心の注意を払ってきたが、自身のミスで愛しい人に伝わってしまった。
崇剛とは視線を一度も合わせない瑠璃は、窓の外をしばらく眺めていたが、ふと静寂を破った。
「お主は昔から素直じゃないの」
「…………」
何も返さず、何も思わない崇剛。この男がまだ幼く自身と同じくらいの歳の頃には、もう今のように策略を組んでは悪戯をしたり、人を幸せにしたり、そうやって生きていた。
守護をする身として、瑠璃は崇剛のことを許してきた。しかし、今回は見逃せなかった。
「己をごまかすとは、我は許さぬ」
瑠璃と反対方向を向いたまま、崇剛はにじむ視界をクリアにした。くすりと笑って、おどけた感じで言葉を紡ぐ。
「身を切り裂くほどの、牢獄といったところでしょうか?」
読書する本のほとんどが辞書。語彙力があり、言葉遊びが好きな男を前にして、聖女は首を横にゆっくりと振った。
「遠回しじゃのう。またお主、そういうごちゃごちゃした考えをしおってからに」
枕元においてある、小さな聖書を神経質な手で触って、崇剛は神父であろうとする。
「私には赦されていませんよ、口にすることも。神に身も心も捧げました。ですから、神以外の存在に、あなたを想う感情を持つことは、私には赦されていません。まして、守護霊であるあなたに対して、想うことなど……」
「お主は本に幸せなのか? 申すどころか思い浮かべることもせぬのが。今回のことはそれが招いた結果なのではないか?」
聖女の言う通りだった。本末転倒とはまさしくこのことを言うのだろう。崇剛は今の自分がとても滑稽に思えた。
「……愛という煉獄ですか」
「お主、本に素直じゃないのう。己で望むことをどうやって叶えるか知っておるであろう?」
「そちらの質問には答えたくはありませんね」
崇剛らしくなく、真っ直ぐ質問を交わそうとした。聖女は決して見逃さなかった。
「ダガーを使えばできるであろう? 何を戸惑っているのじゃ?」
ルールはルールとして絶対に守る崇剛。月影を反射し、白く浮き上がっている巫女服の少女へ、冷静な水色の瞳は上げられ、頑なに拒んだ。
「こちらはそのようなものではありませんよ。悪を引き剥がすものであり、他の目的に使うものではありません」
「そういうために、神は与えてくださったのかもしれぬぞ。何事にも意味があるであろう?」
一歩も引かない神父と聖女――。
紺の長い髪を神経質な手でかき上げながら、崇剛はくすくすと上品に笑う。
「快楽という堕落へと導くのですか? 聖女――瑠璃さんは」
瑠璃は崇剛のことを恋愛対象としては見ていない。彼女の気持ちを無視して、自分ばかりが踏み込むということが、崇剛にはどうしてもできなかった。
「それは違うであろう! 人を愛することが堕落なのか?!」
瑠璃の表情は真剣そのもので、珍しく強い口調だった。引く気のない聖女。彼女と聖霊師の間にあるサイドテーブルでは、ダガーの柄が鋭いシルバー色を月影に揺れていた。
「罪な人ですね、あなたも」
綺麗な幕引きをと、崇剛は願っていたが、どうやらそれは難しいようだった。即座に別の回避方法を模索する。
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