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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

愛おしさの刃/1

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 小さい頃から繰り返し見る夢。

 屋敷の裏手にある雑木林を走り抜け、旧聖堂へ向かってゆく夢。

 だがそれは、自身が見過ごしてきた感情が入り込み、途中から切り替わって、別の結末を迎えるようになった。

 感情は激しく乱れ、冷静な思考回路に支障を来たすまでとなっていた。

 息苦しさを覚え、崇剛はふと目を覚ました。

「っ!」

 薄暗い一人きりの寝室。起きたばかりの頭脳で、違和感を記憶でたどる。

 邪神界の者が私の寝室にある窓へやってきた。
 幽体離脱をし、私は彼らと戦った。
 大鎌を持った敵と遭遇した。
 私は倒すことができなかった。
 私は首を切られ……瑠璃が除霊し、ラジュ天使が現れて……。
 そのあとの記憶がない――。

 夢の前の出来事は、現実だと実感すると、五感が急速に戻ってきた。

「気を失った……肉体は窓のすぐそばに落ちた――」

 そこまでやっとたどり着くと、薄闇が広がる部屋で、崇剛は体に触れているものを強く感じる。ふんわりとした感触で、自分の下にあるものはサラサラという清潔感のある音を立てた。

 毛布がかぶせられている。
 ベッドに横になっている……。
 感じる重力の感覚……肉体。
 従って、以下の可能性が出てくる――。

 冷静な水色の瞳は静かに閉じられ、弾き出したものは重要かつ取り返しのつかないものだった。

 日付が過ぎているかもしれない。
 なぜなら幽体離脱をする前の時刻は、二時十三分五十四分過ぎだった。
 真夜中です。

 屋敷の主人は使用人や召使の行動はある程度把握している。

 涼介が今起きているという可能性は23.45%――
 ですが、私はベッドの上に横たわっています。

 最後に会った人物たちは、崇剛とは法則の違う世界で生きている。触れ合うことはできないふたりだ。

 瑠璃とラジュ天使は、私の肉体を運ぶことはできません。
 そうなると、肉体を持つ他の者が運んだという可能性が99.99%で出てきます。
 では、いつ、誰に運ばれたのか……。
 可能性の一番高い日時と人物は……。
 四月二十一日、木曜日の朝食時ある――こちらが98.75%――
 涼介が私を運んだという可能性が99.98%――

 執事が起こしにくる時は、部屋の扉をノックして声をかける。それに応えないことは今まで一度もなかった。

 返事が返ってこなければ、執事は一言断って、様子を見るために中へ入ってくる。そこで、自身が倒れているのを窓の下で見つけた。

 何度呼びかけても返事がなかったから、ベッドへ寝かせ、医者でも呼んだのかもしれなかった。

 冷静な水色の瞳は再び姿を現し、あたりに漂う薄闇を眺める。

 今は夜……。
 少なくとも、四月二十二日の夜であるという可能性が34.56%――
 もしくは、さらに日付が過ぎているという可能性が65.44%――
 霊体が傷ついたことは、今までありませんでした。
 ですから、データがありません。
 どのくらい眠っていたのかが導き出せません。
 今日は何月何日なのでしょう?

 斜め後ろにあるカーテンは開かれたままで、銀の月明かりがレースのカーテンのように降り注いでいた。

「――何故なにゆえ、想わなかったのじゃ?」

 時計を確認しようとすると、薄闇の中に、百年の重みを感じさせる、幼い少女の声が響き渡った。

 窓辺ににわかに現れた、この世のものでない者。しかし、声は小さい頃から聞き慣れているもの。

 その人と話すため、崇剛はそっと起き上がった。毛布がするするとパジャマのシルクを落ちてゆき、腰のあたりでいくつもの波を作った。

 白と朱を基調にした巫女服ドレスを着た少女が、月光を背中で浴びていた。幻想的な雰囲気を色濃く漂わせて、宙に浮かんでいる。

 問いかけられた言葉。滅多なことでは思考せずに動くことをしない崇剛。守護霊に心を読み取られないように、この言葉を選び取った。

「瑠璃さん……どちらのことですか?」

 最新の注意を払っていることさえ悟られないように、崇剛は心を隠した。冷静な頭脳の中には膨大なデータが流れ出す。

 自分が夢の中のように思うことによって、特別な感情を抱いてしまった相手を困らせないよう、愛ゆえに隠してきた言動。

 しかし、相手が守護霊である以上、思い浮かべれば、心を読みとられ、即座にバレてしまうのだ。

 怖かった。身が引き裂かれてしまうほど怖かった。さっきの夢の言葉が相手に伝わってしまったのではないかと、その可能性と対峙しようとすると、恐怖に駆られた。

 だが、残酷にも、聖女から審判が下ってしまった。

「お主、寝言を申しておったぞ――」
「…………」

 感情がどうにも揺れ動いて、いつも通り決断を下せず、崇剛は瑠璃とは反対側の壁に視線をやった。

 聖女は守護する者からの質問を無視して、静かに告げた。

「守護霊として、お主の行いは見逃せぬ。想うがよい。我の態度は変わらぬ」

 百年の余裕で言われてしまった。その意味はあまりにも破壊的で、崇剛は珍しく感情で受け取った。

(私の独りよがり。彼女は心のとても強い人です。私とはつり合わない……)

 打ちしがれた。聖女の言動はとても大人で、三十二年ばかり生きてきた崇剛の想いはとても儚く子供じみたものに思えた。

 冷静な水色をした瞳の斜め後ろには、月影を浴びた白と朱を基調にした巫女服ドレスと、漆黒の長い髪を持つ少女が浮かんでいた。 
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