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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
紅血の波紋/2
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――――薄暗い部屋で男は急にぱっと目を覚ました。
「っ!」
嘘みたいに静かで誰もいない。
「何だ……?」
見慣れた空間のはずなのに、縛り付けてくるような闇に浸食され、いつもより薄暗く感じた。重たい空気が漂っているようだった。
男は上半身だけ起こし、カーテンの隙間から街頭の明かりがのぞいているのを見つけて、いつも通りだと知ると、胸をほっととなで下ろした。
「夢……はぁ……はぁ……」
悪夢という言葉だけでは、到底言い表せない恐怖で、呼吸が激しく乱れていた。左下へ視線を落とすと、乱れた黒髪の女の顔があった。
「千恵……」
男は妻の名前を安堵のため息とともにつぶいたが、冷や汗で全身が水浴びでもしたかのように、びっしょりだった。
汗で張りついてしまった前髪を、手でグシャグシャとはがし、布団からそっと抜け出た。
発汗で熱の奪われた冷たい首に手をやって、顔をしかめる。
「のど、乾いたな……」
歩き慣れた畳の上を、手持ちの燭台に火をつけることなく、妻を起こさないようふすまをそっと開けた。小さな台所の奥にある、銀色の蛇口を目指す。
男の足音は畳をするものから、床をピタピタと歩くものに変わり、シンクにつくと、そばに逆さに置いてあった、コップを慣れた感じで手に取り、蛇口をひねった。
男はお勝手の小さなすりガラスを見つめて、さっきの夢のことをぼんやり考える。
「何なんだ……。最近見るようになって……。いや毎晩見る……」
音がおかしかった――。いつも通りにサアッと水が流れるのではなく、何かが引っかかっているように、ごぼごぼと鈍い音を立てている。
「ん? どうした……?」
男が蛇口へ視線を落とすと、コップの中が真っ赤な血で満たされていた――。水道から血が出てくる。さっきの夢と合わせると恐怖心が煽られ、男は思わず飛び上がらんばかりに叫んだ。
「うわぁっ!」
慌てて離したコップが、シンクにがたんと落ちる。まだ血が流れ出てくる蛇口を素早く閉めて、後ずさろうとすると、ダイニングにテーブルにどんとぶつかり、行手を阻まれた。
誰もいないのに、自分を嘲笑うような女の声がにわかに大音量で体中に爆風でも吹いたように響いた。
「あははははは……っ!」
その時、背後から、
ズズーッ、ズズーッ!
と、何かを引きずるような音が聞こえ、気配が色濃くなった。男は恐怖で表情が凍りつき、両手で顔を思わず覆いそうになった。
「――また見たんですか?」
馴染みのある女の声で、男は我に返った。恐る恐る後ろへ振り返ると、長い黒髪の女――妻が薄衣の着物を着て、心配そうな顔をこっちへ向けていた。
「いや……夢ごときに惑わされるなんて……」
自分自身を恥じて、男は首を横に振って気を取り直した。妻は片足を引きづりながら、板の間を歩いてきて、男の頬を優しくなでる。
「すごい汗……」
「…………」
妻の手の温もりがさっきの死の恐怖を思い出させ、男はぜいぜいと息を返しただけだった。
昼間は骨董屋を営んでいるが、客はほとんどこず、暇つぶしのために新聞を読む毎日。
そうして、夜になると決まって、紅血の波紋の夢を見る。何が関係するのかさっぱりわからない。疲れているのかと思って、早めに眠るようにしても、変わらないどころか、ひどくなるようだった。
頻度も最近増してきて、眠れない日々が続き、何者かによって精気が奪われていくように弱っていた。
妻は夫の肩をしっかりと抱き寄せ、男が落ち着くのを待つ。目に見えないものが迫りくるような静寂が広がっていたが、やがて女が口を開いた。
「丘の上にある、ベルダージュ荘を訪ねてみてはいかがですか?」
「ベルダージュ荘?」
心霊現象などあるわけがないと思っていた男は、妻の顔をまじまじと見つめた。妻は真剣な眼差しで見つめ返す。
「えぇ。あちらの先生は、その道の専門だと聞いたことがあります。先生なら、何かわかるかもしれませんよ」
水を飲みそびれた男は、カラカラに乾いたのどをゴクリと鳴らした。
「そう……だな。明日、訪ねてみるか」
シンクへ視線を再び落とすと、血などどこにもなく、カラのコップが転がっているだけだった。
「っ!」
嘘みたいに静かで誰もいない。
「何だ……?」
見慣れた空間のはずなのに、縛り付けてくるような闇に浸食され、いつもより薄暗く感じた。重たい空気が漂っているようだった。
男は上半身だけ起こし、カーテンの隙間から街頭の明かりがのぞいているのを見つけて、いつも通りだと知ると、胸をほっととなで下ろした。
「夢……はぁ……はぁ……」
悪夢という言葉だけでは、到底言い表せない恐怖で、呼吸が激しく乱れていた。左下へ視線を落とすと、乱れた黒髪の女の顔があった。
「千恵……」
男は妻の名前を安堵のため息とともにつぶいたが、冷や汗で全身が水浴びでもしたかのように、びっしょりだった。
汗で張りついてしまった前髪を、手でグシャグシャとはがし、布団からそっと抜け出た。
発汗で熱の奪われた冷たい首に手をやって、顔をしかめる。
「のど、乾いたな……」
歩き慣れた畳の上を、手持ちの燭台に火をつけることなく、妻を起こさないようふすまをそっと開けた。小さな台所の奥にある、銀色の蛇口を目指す。
男の足音は畳をするものから、床をピタピタと歩くものに変わり、シンクにつくと、そばに逆さに置いてあった、コップを慣れた感じで手に取り、蛇口をひねった。
男はお勝手の小さなすりガラスを見つめて、さっきの夢のことをぼんやり考える。
「何なんだ……。最近見るようになって……。いや毎晩見る……」
音がおかしかった――。いつも通りにサアッと水が流れるのではなく、何かが引っかかっているように、ごぼごぼと鈍い音を立てている。
「ん? どうした……?」
男が蛇口へ視線を落とすと、コップの中が真っ赤な血で満たされていた――。水道から血が出てくる。さっきの夢と合わせると恐怖心が煽られ、男は思わず飛び上がらんばかりに叫んだ。
「うわぁっ!」
慌てて離したコップが、シンクにがたんと落ちる。まだ血が流れ出てくる蛇口を素早く閉めて、後ずさろうとすると、ダイニングにテーブルにどんとぶつかり、行手を阻まれた。
誰もいないのに、自分を嘲笑うような女の声がにわかに大音量で体中に爆風でも吹いたように響いた。
「あははははは……っ!」
その時、背後から、
ズズーッ、ズズーッ!
と、何かを引きずるような音が聞こえ、気配が色濃くなった。男は恐怖で表情が凍りつき、両手で顔を思わず覆いそうになった。
「――また見たんですか?」
馴染みのある女の声で、男は我に返った。恐る恐る後ろへ振り返ると、長い黒髪の女――妻が薄衣の着物を着て、心配そうな顔をこっちへ向けていた。
「いや……夢ごときに惑わされるなんて……」
自分自身を恥じて、男は首を横に振って気を取り直した。妻は片足を引きづりながら、板の間を歩いてきて、男の頬を優しくなでる。
「すごい汗……」
「…………」
妻の手の温もりがさっきの死の恐怖を思い出させ、男はぜいぜいと息を返しただけだった。
昼間は骨董屋を営んでいるが、客はほとんどこず、暇つぶしのために新聞を読む毎日。
そうして、夜になると決まって、紅血の波紋の夢を見る。何が関係するのかさっぱりわからない。疲れているのかと思って、早めに眠るようにしても、変わらないどころか、ひどくなるようだった。
頻度も最近増してきて、眠れない日々が続き、何者かによって精気が奪われていくように弱っていた。
妻は夫の肩をしっかりと抱き寄せ、男が落ち着くのを待つ。目に見えないものが迫りくるような静寂が広がっていたが、やがて女が口を開いた。
「丘の上にある、ベルダージュ荘を訪ねてみてはいかがですか?」
「ベルダージュ荘?」
心霊現象などあるわけがないと思っていた男は、妻の顔をまじまじと見つめた。妻は真剣な眼差しで見つめ返す。
「えぇ。あちらの先生は、その道の専門だと聞いたことがあります。先生なら、何かわかるかもしれませんよ」
水を飲みそびれた男は、カラカラに乾いたのどをゴクリと鳴らした。
「そう……だな。明日、訪ねてみるか」
シンクへ視線を再び落とすと、血などどこにもなく、カラのコップが転がっているだけだった。
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