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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

主人と執事の大人関係/7

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 この男が執事となったあの日が、全てを覚えている崇剛の脳裏に蘇ると、断ることはもうできなかった。

「あなたには知る権利がありましたね」

 愁いを帯びた声で言うと、悪霊と戦い続けてきた聖霊師はそっと目と閉じ、さっとまぶたを開けると、涼介をじっと見つめた。

「それでは、決めつけないと言う約束のもとで聞いてください。予測と事実が大幅にはずれた時、対応するのが遅れます。すなわち、負ける――死ぬという可能性が高くなってしまいます。よろしいですか?」
「わかった」

 涼介が慎重にうなずき返すと、崇剛は静かに語り出した。

「白着物を着た女の霊体が玄関前の石畳へきました。時刻は十七時十六分三十五秒過ぎです」
「幽霊か?」

 普通の人の見解が飛んできたが、聖霊師はゆっくりと首を横に振った。

「違うという可能性があります」

 そう言いながらも、崇剛の頭脳は小数点以下二桁の計算をきっちりとする。

 幽霊であるという可能性は11.02%――

「じゃあ、何だ? あっちの世界って、幽霊以外にいるのか?」

 主人が手を動かすと、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンに、ろうそくの明かりがキラキラと揺らめいた。

「生霊であるという可能性があります」

 崇剛の中で引き算をすると、

 こちらの可能性が89.98%――

 涼介にとってはまた知らない単語で、不思議そうな顔をする。

「生霊って何だ? 幽霊とどこがどう違うんだ?」

 隙間風にろうそくの炎が消え去るように強く揺れる。和やかな雰囲気に霊という見えない恐怖がじんわりと忍び寄る。

「生きている人の念――想いがその人の姿形を取って、別の場所へ飛ぶことを指します。念が弱いと体の一部分。例えば頭部だけしか見えないことなどがあります。ですが、全身が見えていました。非常に強い想いがそちらにあるという可能性がとても高いです。今日見た女の生き霊は非常に珍しいです」

 二年前の忘れることができない、いや忘れてはいけない式を涼介は思い出した。

「白い着物……死装束。死ぬ間際ってことか? それを着てるってことは、そういうことだろう?」

 崇剛とは違って、直感を受け付けやすい涼介は、理論的に物事を捉えることが不得意で、感覚で考えてしまう。そうして、最初の約束からはずれて決めつけ始めた。

 冷静な頭脳は今も健在で、主人は慎重に言葉を紡ぐ。

「そちらの可能性あります」
「他は?」

 涼介は身を乗り出した。崇剛はテーブルの上で両手を軽く組んで視線を変えずに、ひとつひとつ丁寧に伝えてゆく。

「こちらのような話はよくあります。病気か何かで肉体が衰弱していて、動けないということも考えられます。その後、回復して通常の生活に戻るということもあります」

 つまりは、死ぬ間際ではないかもしれない。不確定要素なのに、涼介は今までの話だけで、とうとうきっちり断定してしまった。

「じゃあ、関係してるのはその女一人だけってことか?」
「そうとは言い切れません」
「どうしてだ?」
「涼介には情報がまだ足りないみたいです」

 斜め横にかけてある川面かわもの油絵を、崇剛は薄闇の中でじっと見つめた。

「三つの場面を見たのです。子供が見るには少々辛いことだったと思いますよ」

 料理を食べては、誰もいない場所へ向かって話す瞬を、涼介は心配そうにそっと見つめた。

「三つの場面は何を指してるんだ?」
「ひとつ目は大きな大通りでの衝突音。二つ目は夜に断末魔が聞こえ、血の匂いがした。三つ目は落下したです」
「ずいぶん断片的だな」
「えぇ。ひとつ目は事故。二つ目は殺された。三つ目は転落。という可能性が、今のところそれぞれ一番高いです」

 壁がけのガス灯のあたりで、涼介は視線を彷徨わせる。

「どれがどうつながってるんだ? 全部、バラバラに思えるが……」
「ひとつ目と三つ目は今世、二つ目は過去世の記憶という可能性があります。二つ目以外は今のところ可能性が低く、断定するのは非常に危険です」

 そういう崇剛の脳裏には、美しい数列が並んでいた。

 ひとつ目が46.78%――
 二つ目が78.87%――
 三つ目が45.46%――

 ルッコラの青味を口の中で味わい、涼介は霊界初心者らしい疑問を投げかけた。

「過去世って、前世のことか?」
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