503 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
主人と執事の大人関係/7
しおりを挟む
この男が執事となったあの日が、全てを覚えている崇剛の脳裏に蘇ると、断ることはもうできなかった。
「あなたには知る権利がありましたね」
愁いを帯びた声で言うと、悪霊と戦い続けてきた聖霊師はそっと目と閉じ、さっとまぶたを開けると、涼介をじっと見つめた。
「それでは、決めつけないと言う約束のもとで聞いてください。予測と事実が大幅にはずれた時、対応するのが遅れます。すなわち、負ける――死ぬという可能性が高くなってしまいます。よろしいですか?」
「わかった」
涼介が慎重にうなずき返すと、崇剛は静かに語り出した。
「白着物を着た女の霊体が玄関前の石畳へきました。時刻は十七時十六分三十五秒過ぎです」
「幽霊か?」
普通の人の見解が飛んできたが、聖霊師はゆっくりと首を横に振った。
「違うという可能性があります」
そう言いながらも、崇剛の頭脳は小数点以下二桁の計算をきっちりとする。
幽霊であるという可能性は11.02%――
「じゃあ、何だ? あっちの世界って、幽霊以外にいるのか?」
主人が手を動かすと、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンに、ろうそくの明かりがキラキラと揺らめいた。
「生霊であるという可能性があります」
崇剛の中で引き算をすると、
こちらの可能性が89.98%――
涼介にとってはまた知らない単語で、不思議そうな顔をする。
「生霊って何だ? 幽霊とどこがどう違うんだ?」
隙間風にろうそくの炎が消え去るように強く揺れる。和やかな雰囲気に霊という見えない恐怖がじんわりと忍び寄る。
「生きている人の念――想いがその人の姿形を取って、別の場所へ飛ぶことを指します。念が弱いと体の一部分。例えば頭部だけしか見えないことなどがあります。ですが、全身が見えていました。非常に強い想いがそちらにあるという可能性がとても高いです。今日見た女の生き霊は非常に珍しいです」
二年前の忘れることができない、いや忘れてはいけない式を涼介は思い出した。
「白い着物……死装束。死ぬ間際ってことか? それを着てるってことは、そういうことだろう?」
崇剛とは違って、直感を受け付けやすい涼介は、理論的に物事を捉えることが不得意で、感覚で考えてしまう。そうして、最初の約束からはずれて決めつけ始めた。
冷静な頭脳は今も健在で、主人は慎重に言葉を紡ぐ。
「そちらの可能性もあります」
「他は?」
涼介は身を乗り出した。崇剛はテーブルの上で両手を軽く組んで視線を変えずに、ひとつひとつ丁寧に伝えてゆく。
「こちらのような話はよくあります。病気か何かで肉体が衰弱していて、動けないということも考えられます。その後、回復して通常の生活に戻るということもあります」
つまりは、死ぬ間際ではないかもしれない。不確定要素なのに、涼介は今までの話だけで、とうとうきっちり断定してしまった。
「じゃあ、関係してるのはその女一人だけってことか?」
「そうとは言い切れません」
「どうしてだ?」
「涼介には情報がまだ足りないみたいです」
斜め横にかけてある川面の油絵を、崇剛は薄闇の中でじっと見つめた。
「三つの場面を見たのです。子供が見るには少々辛いことだったと思いますよ」
料理を食べては、誰もいない場所へ向かって話す瞬を、涼介は心配そうにそっと見つめた。
「三つの場面は何を指してるんだ?」
「ひとつ目は大きな大通りでの衝突音。二つ目は夜に断末魔が聞こえ、血の匂いがした。三つ目は落下したです」
「ずいぶん断片的だな」
「えぇ。ひとつ目は事故。二つ目は殺された。三つ目は転落。という可能性が、今のところそれぞれ一番高いです」
壁がけのガス灯のあたりで、涼介は視線を彷徨わせる。
「どれがどうつながってるんだ? 全部、バラバラに思えるが……」
「ひとつ目と三つ目は今世、二つ目は過去世の記憶という可能性があります。二つ目以外は今のところ可能性が低く、断定するのは非常に危険です」
そういう崇剛の脳裏には、美しい数列が並んでいた。
ひとつ目が46.78%――
二つ目が78.87%――
三つ目が45.46%――
ルッコラの青味を口の中で味わい、涼介は霊界初心者らしい疑問を投げかけた。
「過去世って、前世のことか?」
「あなたには知る権利がありましたね」
愁いを帯びた声で言うと、悪霊と戦い続けてきた聖霊師はそっと目と閉じ、さっとまぶたを開けると、涼介をじっと見つめた。
「それでは、決めつけないと言う約束のもとで聞いてください。予測と事実が大幅にはずれた時、対応するのが遅れます。すなわち、負ける――死ぬという可能性が高くなってしまいます。よろしいですか?」
「わかった」
涼介が慎重にうなずき返すと、崇剛は静かに語り出した。
「白着物を着た女の霊体が玄関前の石畳へきました。時刻は十七時十六分三十五秒過ぎです」
「幽霊か?」
普通の人の見解が飛んできたが、聖霊師はゆっくりと首を横に振った。
「違うという可能性があります」
そう言いながらも、崇剛の頭脳は小数点以下二桁の計算をきっちりとする。
幽霊であるという可能性は11.02%――
「じゃあ、何だ? あっちの世界って、幽霊以外にいるのか?」
主人が手を動かすと、ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンに、ろうそくの明かりがキラキラと揺らめいた。
「生霊であるという可能性があります」
崇剛の中で引き算をすると、
こちらの可能性が89.98%――
涼介にとってはまた知らない単語で、不思議そうな顔をする。
「生霊って何だ? 幽霊とどこがどう違うんだ?」
隙間風にろうそくの炎が消え去るように強く揺れる。和やかな雰囲気に霊という見えない恐怖がじんわりと忍び寄る。
「生きている人の念――想いがその人の姿形を取って、別の場所へ飛ぶことを指します。念が弱いと体の一部分。例えば頭部だけしか見えないことなどがあります。ですが、全身が見えていました。非常に強い想いがそちらにあるという可能性がとても高いです。今日見た女の生き霊は非常に珍しいです」
二年前の忘れることができない、いや忘れてはいけない式を涼介は思い出した。
「白い着物……死装束。死ぬ間際ってことか? それを着てるってことは、そういうことだろう?」
崇剛とは違って、直感を受け付けやすい涼介は、理論的に物事を捉えることが不得意で、感覚で考えてしまう。そうして、最初の約束からはずれて決めつけ始めた。
冷静な頭脳は今も健在で、主人は慎重に言葉を紡ぐ。
「そちらの可能性もあります」
「他は?」
涼介は身を乗り出した。崇剛はテーブルの上で両手を軽く組んで視線を変えずに、ひとつひとつ丁寧に伝えてゆく。
「こちらのような話はよくあります。病気か何かで肉体が衰弱していて、動けないということも考えられます。その後、回復して通常の生活に戻るということもあります」
つまりは、死ぬ間際ではないかもしれない。不確定要素なのに、涼介は今までの話だけで、とうとうきっちり断定してしまった。
「じゃあ、関係してるのはその女一人だけってことか?」
「そうとは言い切れません」
「どうしてだ?」
「涼介には情報がまだ足りないみたいです」
斜め横にかけてある川面の油絵を、崇剛は薄闇の中でじっと見つめた。
「三つの場面を見たのです。子供が見るには少々辛いことだったと思いますよ」
料理を食べては、誰もいない場所へ向かって話す瞬を、涼介は心配そうにそっと見つめた。
「三つの場面は何を指してるんだ?」
「ひとつ目は大きな大通りでの衝突音。二つ目は夜に断末魔が聞こえ、血の匂いがした。三つ目は落下したです」
「ずいぶん断片的だな」
「えぇ。ひとつ目は事故。二つ目は殺された。三つ目は転落。という可能性が、今のところそれぞれ一番高いです」
壁がけのガス灯のあたりで、涼介は視線を彷徨わせる。
「どれがどうつながってるんだ? 全部、バラバラに思えるが……」
「ひとつ目と三つ目は今世、二つ目は過去世の記憶という可能性があります。二つ目以外は今のところ可能性が低く、断定するのは非常に危険です」
そういう崇剛の脳裏には、美しい数列が並んでいた。
ひとつ目が46.78%――
二つ目が78.87%――
三つ目が45.46%――
ルッコラの青味を口の中で味わい、涼介は霊界初心者らしい疑問を投げかけた。
「過去世って、前世のことか?」
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる