479 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
優雅な主人は罠がお好き/8
しおりを挟む
恋人のいない綺麗な男が目の前にいる――。四十代半ばの女は大きく息を吸い込んで、手をかけようとした。
「それでは、今度一緒に新しくできた喫茶店にでも行きませんか?」
わかりやすい女を前にして、崇剛のもうひとつの職業が威力を発揮するのだった。
「お誘いいただいて光栄ですが、遠慮させていただきます。神父である私は神に身も心も捧げました。ですから、聖書を読むことは赦されても、人を愛することは赦されていません」
そう言いながら、彼の心の奥底で、痛みという針玉が駆け抜けてゆく、ひどい傷跡を残しながら。
(想うことも……赦されていません)
伊勢崎は残念がる自分の気持ちを隠すために、わざと明るく言った。
「……そうですか」
それでも足りなくて、話題転換をしようと、立ち止まっている廊下から見えるいくつものドアを見渡す。
「部屋がずいぶんあるんですね?」
「えぇ、カラーセラピーなどに使うものですから……」
崇剛のロングブーツのかかとは心地よいリズムを刻みながら、出口へと案内し始めた。
「家の中に庭園があるという噂を耳にしましたが……」
肩幅はそれなりにあるのに、わざともたつかせて縛っている紺の長い髪のせいで、女性とも男性とも取れない。
神秘的な策略家で、神父で、ヒーラーで、メシア保有者という複数の顔を持つ。そんな男の後ろ姿が魅惑的に、伊勢崎の瞳に映っていた。
崇剛はふと立ち止まって、後ろからついてくる患者へ振り返った。紺の後れ毛が衝動で、誘いという罠へ導くように怪しく揺れる。
屋内庭園の話に、彼は「えぇ」とうなずき、
「先代が庭師をしておりましたので、家の中にも緑を取り入れたいという意向で、そちらのような部屋はありますよ」
紺の髪が揺れ動く様に、伊勢崎はドキッとして、それを隠すために窓の向こうに広がる暖流という春の香り海で、様々な色調が咲き乱れる庭を眺めた。
シャンパングラスを満たしたような淡い紫のデルフィニムとワルツでも踊るような、陽気な笑顔を浮かべているチューリップたち。
黄色いベールをかぶった花嫁――菜の花に祝福するライスシャワーのような桜の花びらは淡雪のように舞い散っている。
ラハイアット家は昔からの大富豪。崇剛の家には涼介の他に使用人や召使が何人もいて、もちろん庭師もいた。
(お庭も綺麗だから、庭園もきっと美しいでしょうね)
伊勢崎は庭の美しさに感嘆を覚え、思わず吐息をもらして、興味津々な顔を崇剛へ向けた。
「拝見させていただいても、よろしいですか?」
スケージュール帳を持ち歩く必要もない、崇剛は記憶で確認して、
「えぇ、構いませんよ」
優雅に微笑み、診療所の出口を通り過ぎ、廊下をそのまままっすぐ進んだ。
斜めに差し込む日差しに、瑠璃色の貴族服が通り過ぎるたびに、柱と窓で陰と陽を織り成しながら青系の千変万化――濃淡を、人を惑わせるように不規則にリフレインする。
エレガントな歩みから生み出される、カツカツという音が不意に消えると、そこには大きな磨りガラスが、秘密という魅惑を持って立っていた。
崇剛の神経質な手で、明るみへと引っ張り出されるように押し開けられると、安眠へと導くような優しい香りが廊下へあふれ出てきた。
「ラベンダーですか?」
「えぇ」
崇剛はさらにガラスを押し開け、男性らしく片手で軽々と支えた。優雅なヒーラーの紳士的な態度に、伊勢崎は女としての喜びを感じる。
「あ、ありがとうございます」
「それでは、今度一緒に新しくできた喫茶店にでも行きませんか?」
わかりやすい女を前にして、崇剛のもうひとつの職業が威力を発揮するのだった。
「お誘いいただいて光栄ですが、遠慮させていただきます。神父である私は神に身も心も捧げました。ですから、聖書を読むことは赦されても、人を愛することは赦されていません」
そう言いながら、彼の心の奥底で、痛みという針玉が駆け抜けてゆく、ひどい傷跡を残しながら。
(想うことも……赦されていません)
伊勢崎は残念がる自分の気持ちを隠すために、わざと明るく言った。
「……そうですか」
それでも足りなくて、話題転換をしようと、立ち止まっている廊下から見えるいくつものドアを見渡す。
「部屋がずいぶんあるんですね?」
「えぇ、カラーセラピーなどに使うものですから……」
崇剛のロングブーツのかかとは心地よいリズムを刻みながら、出口へと案内し始めた。
「家の中に庭園があるという噂を耳にしましたが……」
肩幅はそれなりにあるのに、わざともたつかせて縛っている紺の長い髪のせいで、女性とも男性とも取れない。
神秘的な策略家で、神父で、ヒーラーで、メシア保有者という複数の顔を持つ。そんな男の後ろ姿が魅惑的に、伊勢崎の瞳に映っていた。
崇剛はふと立ち止まって、後ろからついてくる患者へ振り返った。紺の後れ毛が衝動で、誘いという罠へ導くように怪しく揺れる。
屋内庭園の話に、彼は「えぇ」とうなずき、
「先代が庭師をしておりましたので、家の中にも緑を取り入れたいという意向で、そちらのような部屋はありますよ」
紺の髪が揺れ動く様に、伊勢崎はドキッとして、それを隠すために窓の向こうに広がる暖流という春の香り海で、様々な色調が咲き乱れる庭を眺めた。
シャンパングラスを満たしたような淡い紫のデルフィニムとワルツでも踊るような、陽気な笑顔を浮かべているチューリップたち。
黄色いベールをかぶった花嫁――菜の花に祝福するライスシャワーのような桜の花びらは淡雪のように舞い散っている。
ラハイアット家は昔からの大富豪。崇剛の家には涼介の他に使用人や召使が何人もいて、もちろん庭師もいた。
(お庭も綺麗だから、庭園もきっと美しいでしょうね)
伊勢崎は庭の美しさに感嘆を覚え、思わず吐息をもらして、興味津々な顔を崇剛へ向けた。
「拝見させていただいても、よろしいですか?」
スケージュール帳を持ち歩く必要もない、崇剛は記憶で確認して、
「えぇ、構いませんよ」
優雅に微笑み、診療所の出口を通り過ぎ、廊下をそのまままっすぐ進んだ。
斜めに差し込む日差しに、瑠璃色の貴族服が通り過ぎるたびに、柱と窓で陰と陽を織り成しながら青系の千変万化――濃淡を、人を惑わせるように不規則にリフレインする。
エレガントな歩みから生み出される、カツカツという音が不意に消えると、そこには大きな磨りガラスが、秘密という魅惑を持って立っていた。
崇剛の神経質な手で、明るみへと引っ張り出されるように押し開けられると、安眠へと導くような優しい香りが廊下へあふれ出てきた。
「ラベンダーですか?」
「えぇ」
崇剛はさらにガラスを押し開け、男性らしく片手で軽々と支えた。優雅なヒーラーの紳士的な態度に、伊勢崎は女としての喜びを感じる。
「あ、ありがとうございます」
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる