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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
逢魔が時/2
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――治安省、聖霊寮。
相変わらずうず高く積まれた未解決事件がつまった資料の山。合間にいるゾンビみたいな職員たち。
スリラー、ホラーという言葉がぴったりくる部屋。その中のデスクのひとつで、国立はある事件資料を広げていた。
カウボーイハットのツバは落ちてこないように、ゴツい指先でつままれている。鋭いブルーグレーの眼光は、紙に穴があくほど差し込まれていた。
タバコの煙に汚染された空気を吸い込みながら、心霊刑事は古い事件を前にして、しゃがれた声でつぶやく。
「度重なる転落死亡事故? 多額の保険金? また、オレの目がおかしくなってのか? 現場が一ミリもずれてねぇ、どんな玄人だ? マッチしすぎだろ」
保険金をかけた人を連れていって、故意に落とした。それが普通の見解だ。罪科寮第一課から回ってきたと記載があった。
場所がまったく同じ。そうなると、
「お化けさんの仕業ってか?」
銀の薄っぺらい灰皿に乗せられていたミニシガリロ。国立はそれを取り上げ、青白い煙を口から吐き出す。
「かよ、肉体に宿ってる魂の仕業ってこともあるぜ?」
幽霊ではなく、邪神界の魂がターゲットであり、国立は捜査範囲を勝手に狭めては、事件がお蔵入りしかねないと心得ていた。
心霊刑事として、駆け抜けてきた一年とちょっと。その中で手に入れた勘という名の経験値。それを使ってこの事件を見つけ出した。
手つかずになっている未解決の案件から、重要性が高いと判断したのだ。変色した紙にデコピンを食らわせる。
「初見はシンプル。がよ、本質は複雑っつうのはよくあるぜ。お化けさんの世界にはよ」
幽霊が絡む以上、資料に載っている――今の時代の人物だけで起きている事件とは限らない。
悩む。迷う。自身に幾度も問いかける。この事件の糸口がどこにあるのか。資料の隅々まで、鋭い眼光でアリ一匹見逃さないよう探し続ける。
「何がどうなって――」
「また新しい事件っすか?」
左遷されたあの日から、日に一度は必ず国立のところへやってくる、若い男の声が割って入ってきた。
「あぁ?」
ブルーグレーの鋭い瞳からは事件資料が消え失せ、気だるそうに視線をそっちへやる。
そこには罪科寮時代から慕ってくれている二十代前半の若い男がいた。親指を立てて、全然オッケーですみたいに微笑んだ。
「兄貴ならすぐに解決っすよ!」
軽々しく言いやがってと、兄貴は思う。机の上に並べてあった四枚の写真を、太いシルバーリングをはめた人差し指の第二関節で、心霊刑事は左からトントンと順番に叩いてゆく。
「どれが邪さんか、どれが正さんか、わかんねぇんだよ。どいつしょっぴいて、歌わせりゃいいんだ?」
さすが一年も仕事をしてきただけあって、兄貴の言葉は言い慣れたもんだった。
それにしても、幽霊を感じる力はあっても、国立には見えないし、話もできない。邪神界の者によって人は幻を見せられる。嘘を事実だと思い込まされることなど簡単に起きるのだ。
誰も乗っていないはずの救急車が走っているのを見た。人が入れるはずのない隙間に誰かいた。
落ち着いて考えれば起こり得ない。それなのに、人は信じて恐怖に陥る。そんなふうに騙されて冤罪《えんざい》をかけたのでは、心霊刑事としては失格だ。
それに比べて男は、心霊現象など映画か何かのフィクションだと思っている。シナリオ通りに進んでいけば、結末が絶対にある。
若い男は気楽な気持ちで、国立に聞き返した。
「兄貴でも解けない事件なんてあるっすか?」
「オレはシャバだ。聖霊師じゃねぇ」
輪廻転生は――魂の歴史。
犯人をにらむことはできても、罪の重さは測りしれない。国立はそういう事件に数多出会ってきた。
「ファイナルはやつらに手渡さねえと、裁ける機関はねえからな、現世にはよ」
幽霊を逮捕して判決を下すことは、物理的に無理だ。だからこそ、聖霊師の存在が必要なのだ。
彼らが心の声を聞いて判断した上で犯人逮捕――いや邪神界――悪の世界から足を洗わせるのである。
一年ほど前に何かに導かれるように霊感を身につけた国立。そんな兄貴に向かって、若い男はニヤニヤした。
「霊媒体質じゃないっすか、思いっきり。三十過ぎてから開眼する――」
「受けろ、ジャンピング ハイキック!」
古い回転椅子に今日もしっかり座っている国立は、若いのの言葉を素早くさえぎり、聖霊寮の不浄な空気にしゃがれた声をひずませた。
「おっす!」
若い男は顔の前で両手を構え、また笑いの前振りをスルーしていった。ウェスタンブーツはスチールデスクをガツンと横蹴りする。
「座ってる状態でできるか! アホ。オレが飛び上がって、てめぇの頭に蹴り入れんだろうが!」
「すまないっす!」
若いのはペコリと頭を下げた。
相変わらずうず高く積まれた未解決事件がつまった資料の山。合間にいるゾンビみたいな職員たち。
スリラー、ホラーという言葉がぴったりくる部屋。その中のデスクのひとつで、国立はある事件資料を広げていた。
カウボーイハットのツバは落ちてこないように、ゴツい指先でつままれている。鋭いブルーグレーの眼光は、紙に穴があくほど差し込まれていた。
タバコの煙に汚染された空気を吸い込みながら、心霊刑事は古い事件を前にして、しゃがれた声でつぶやく。
「度重なる転落死亡事故? 多額の保険金? また、オレの目がおかしくなってのか? 現場が一ミリもずれてねぇ、どんな玄人だ? マッチしすぎだろ」
保険金をかけた人を連れていって、故意に落とした。それが普通の見解だ。罪科寮第一課から回ってきたと記載があった。
場所がまったく同じ。そうなると、
「お化けさんの仕業ってか?」
銀の薄っぺらい灰皿に乗せられていたミニシガリロ。国立はそれを取り上げ、青白い煙を口から吐き出す。
「かよ、肉体に宿ってる魂の仕業ってこともあるぜ?」
幽霊ではなく、邪神界の魂がターゲットであり、国立は捜査範囲を勝手に狭めては、事件がお蔵入りしかねないと心得ていた。
心霊刑事として、駆け抜けてきた一年とちょっと。その中で手に入れた勘という名の経験値。それを使ってこの事件を見つけ出した。
手つかずになっている未解決の案件から、重要性が高いと判断したのだ。変色した紙にデコピンを食らわせる。
「初見はシンプル。がよ、本質は複雑っつうのはよくあるぜ。お化けさんの世界にはよ」
幽霊が絡む以上、資料に載っている――今の時代の人物だけで起きている事件とは限らない。
悩む。迷う。自身に幾度も問いかける。この事件の糸口がどこにあるのか。資料の隅々まで、鋭い眼光でアリ一匹見逃さないよう探し続ける。
「何がどうなって――」
「また新しい事件っすか?」
左遷されたあの日から、日に一度は必ず国立のところへやってくる、若い男の声が割って入ってきた。
「あぁ?」
ブルーグレーの鋭い瞳からは事件資料が消え失せ、気だるそうに視線をそっちへやる。
そこには罪科寮時代から慕ってくれている二十代前半の若い男がいた。親指を立てて、全然オッケーですみたいに微笑んだ。
「兄貴ならすぐに解決っすよ!」
軽々しく言いやがってと、兄貴は思う。机の上に並べてあった四枚の写真を、太いシルバーリングをはめた人差し指の第二関節で、心霊刑事は左からトントンと順番に叩いてゆく。
「どれが邪さんか、どれが正さんか、わかんねぇんだよ。どいつしょっぴいて、歌わせりゃいいんだ?」
さすが一年も仕事をしてきただけあって、兄貴の言葉は言い慣れたもんだった。
それにしても、幽霊を感じる力はあっても、国立には見えないし、話もできない。邪神界の者によって人は幻を見せられる。嘘を事実だと思い込まされることなど簡単に起きるのだ。
誰も乗っていないはずの救急車が走っているのを見た。人が入れるはずのない隙間に誰かいた。
落ち着いて考えれば起こり得ない。それなのに、人は信じて恐怖に陥る。そんなふうに騙されて冤罪《えんざい》をかけたのでは、心霊刑事としては失格だ。
それに比べて男は、心霊現象など映画か何かのフィクションだと思っている。シナリオ通りに進んでいけば、結末が絶対にある。
若い男は気楽な気持ちで、国立に聞き返した。
「兄貴でも解けない事件なんてあるっすか?」
「オレはシャバだ。聖霊師じゃねぇ」
輪廻転生は――魂の歴史。
犯人をにらむことはできても、罪の重さは測りしれない。国立はそういう事件に数多出会ってきた。
「ファイナルはやつらに手渡さねえと、裁ける機関はねえからな、現世にはよ」
幽霊を逮捕して判決を下すことは、物理的に無理だ。だからこそ、聖霊師の存在が必要なのだ。
彼らが心の声を聞いて判断した上で犯人逮捕――いや邪神界――悪の世界から足を洗わせるのである。
一年ほど前に何かに導かれるように霊感を身につけた国立。そんな兄貴に向かって、若い男はニヤニヤした。
「霊媒体質じゃないっすか、思いっきり。三十過ぎてから開眼する――」
「受けろ、ジャンピング ハイキック!」
古い回転椅子に今日もしっかり座っている国立は、若いのの言葉を素早くさえぎり、聖霊寮の不浄な空気にしゃがれた声をひずませた。
「おっす!」
若い男は顔の前で両手を構え、また笑いの前振りをスルーしていった。ウェスタンブーツはスチールデスクをガツンと横蹴りする。
「座ってる状態でできるか! アホ。オレが飛び上がって、てめぇの頭に蹴り入れんだろうが!」
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