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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
Beginning time/3
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落ちた資料はそのままに、国立は机の上から一枚の写真をつかんで、空中でピラピラと見せびらかした。
「墓場は墓場で、違う角度からいろいろ見れんぜ」
「兄貴らしいっすね、その言葉」
素直に褒められて、居心地が悪くなった国立は、恥ずかしさを隠すために、スチールデスクの足に蹴りをガツンと入れた。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、てめぇ仕事に戻りやがれ!」
「また来るっす!」
威勢よく言って、若い男は部屋から去っていこうとする。その背中に、さっきの凝視事件が二度と起きないよう、兄貴は釘を刺した。
「今度やったら、ドロップキックだ!」
「おっす」
若い男は一旦振り返り、軽快に答えて聖霊寮から廊下へ飛び出していった。不浄な空気の中で、兄貴はひとりごちる。
「オレは甘党だ。無糖のコーヒー買ってきやがって……」
おごってやるからと言って、お金を渡したのに、違うものを買ってこられるという珍事。文句のひとつぐらい出てしまうのだった。
手に持っていた写真を、帽子の下からのぞき込む。気品漂う男がひとり写っている。鋭いブルーグレーの眼光は、机の上に広げてある資料に落とされた。
「崇剛 ラハイアット……三十二歳。出生不明……」
足を軸にして椅子を左右に回しながら、さらに情報を追ってゆく。
「庭崎市……ベルダージュ荘在住。……聖霊師、神父」
ずいぶんと浮世離れした職業をいくつもする男で、罪科寮にいた国立がどんなに理解しようと努力しても、右から左へとデータが抜けていってしまうのだった。
そうして、聖霊寮でしか知り得ない、ディープな世界へと入ってゆく。
「霊、天使が霊視可能。除霊。短剣使用による浄化」
霊感はまったく持っておらず、その手の話も半信半疑。国立は非日常を前にして、胡散臭そうに部屋を見渡す。
「聖霊師……。悪霊を倒す職業……てか。映画かなんかみてえだな」
信じてもいないスピリチュアルワールドで、国立は精神まで左遷されたようだった。
他の聖霊師の経歴も疑わしいものばかりだったが、極めつけがこの男しか持っていないスキルだった。国立は思わず、吐息をもらす。
「千里眼の特殊能力……」
しかしそれよりも、おかしいものを若い男がくる前に、左遷刑事は見つけていた。反対の手を伸ばし、タバコの火が落ちて焼け焦げ、茶色く変色した紙をもう一枚つかんだ。
「がよ、これもオレの目がおかしくなってのか?」
崇剛のデータが印字された紙を、国立は今度穴が開くほど見つめていたが、やがてしゃがれた声でボソッと言った。
「毒盛りって字に見えんだよな……」
いくら見えないものを信じていなくても、国立もさすがに違和感を強く抱いた。
「お化けさんにゃ、毒は効かねえだろ、どうなってんだ?」
辻褄が合っていないし、たとえそうだとしても、それはそれで危険な人物だ。急に寒気がした気がして、無糖の缶コーヒーに手を伸ばし、苦味と酸味で気持ちを入れ替えた。
「触らぬ神に祟りなしってか……」
崇剛とおさらばするために、紙を持つ手を下へだらっと垂らした。しかし、刑事の勘に何かが引っかかり、再び眼前に持ってきた。
「がよ、何だ?」
黄ばんだ壁。よどんだ空気。ゾンビみたいな同僚たち。不浄の代名詞と言ってもいい空間。
その水面に一石投じたように聖なる波紋で浄化したようだった。崇剛の写真がその石のような感じがした。
「この変な感覚は……」
一瞬まわりの色形が歪み、今までの人生で感じたこともない、別の感覚が引き出されたような気がした。
自分を包み込む世界――いや宇宙そのものが次元の違うチャンネルへと無理やり変えられてしまったようだった。
何とも言えない体験で、国立はしばらく考えながら、あちこちに視線を乱れ飛ばしていた。
さっきまで平気で過ごせた聖霊寮だったが、今は重く息苦しい。何かが違う。うまく説明はつかないが。
黄ばんだ部屋と不浄な空気。死んだような目をしている同僚たちは相変わらずで、特に変わった様子もない。
「気のせいか……」
二口でギブアップした無糖のコーヒーを、灰皿へざばっとかけた。
「墓場は墓場で、違う角度からいろいろ見れんぜ」
「兄貴らしいっすね、その言葉」
素直に褒められて、居心地が悪くなった国立は、恥ずかしさを隠すために、スチールデスクの足に蹴りをガツンと入れた。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、てめぇ仕事に戻りやがれ!」
「また来るっす!」
威勢よく言って、若い男は部屋から去っていこうとする。その背中に、さっきの凝視事件が二度と起きないよう、兄貴は釘を刺した。
「今度やったら、ドロップキックだ!」
「おっす」
若い男は一旦振り返り、軽快に答えて聖霊寮から廊下へ飛び出していった。不浄な空気の中で、兄貴はひとりごちる。
「オレは甘党だ。無糖のコーヒー買ってきやがって……」
おごってやるからと言って、お金を渡したのに、違うものを買ってこられるという珍事。文句のひとつぐらい出てしまうのだった。
手に持っていた写真を、帽子の下からのぞき込む。気品漂う男がひとり写っている。鋭いブルーグレーの眼光は、机の上に広げてある資料に落とされた。
「崇剛 ラハイアット……三十二歳。出生不明……」
足を軸にして椅子を左右に回しながら、さらに情報を追ってゆく。
「庭崎市……ベルダージュ荘在住。……聖霊師、神父」
ずいぶんと浮世離れした職業をいくつもする男で、罪科寮にいた国立がどんなに理解しようと努力しても、右から左へとデータが抜けていってしまうのだった。
そうして、聖霊寮でしか知り得ない、ディープな世界へと入ってゆく。
「霊、天使が霊視可能。除霊。短剣使用による浄化」
霊感はまったく持っておらず、その手の話も半信半疑。国立は非日常を前にして、胡散臭そうに部屋を見渡す。
「聖霊師……。悪霊を倒す職業……てか。映画かなんかみてえだな」
信じてもいないスピリチュアルワールドで、国立は精神まで左遷されたようだった。
他の聖霊師の経歴も疑わしいものばかりだったが、極めつけがこの男しか持っていないスキルだった。国立は思わず、吐息をもらす。
「千里眼の特殊能力……」
しかしそれよりも、おかしいものを若い男がくる前に、左遷刑事は見つけていた。反対の手を伸ばし、タバコの火が落ちて焼け焦げ、茶色く変色した紙をもう一枚つかんだ。
「がよ、これもオレの目がおかしくなってのか?」
崇剛のデータが印字された紙を、国立は今度穴が開くほど見つめていたが、やがてしゃがれた声でボソッと言った。
「毒盛りって字に見えんだよな……」
いくら見えないものを信じていなくても、国立もさすがに違和感を強く抱いた。
「お化けさんにゃ、毒は効かねえだろ、どうなってんだ?」
辻褄が合っていないし、たとえそうだとしても、それはそれで危険な人物だ。急に寒気がした気がして、無糖の缶コーヒーに手を伸ばし、苦味と酸味で気持ちを入れ替えた。
「触らぬ神に祟りなしってか……」
崇剛とおさらばするために、紙を持つ手を下へだらっと垂らした。しかし、刑事の勘に何かが引っかかり、再び眼前に持ってきた。
「がよ、何だ?」
黄ばんだ壁。よどんだ空気。ゾンビみたいな同僚たち。不浄の代名詞と言ってもいい空間。
その水面に一石投じたように聖なる波紋で浄化したようだった。崇剛の写真がその石のような感じがした。
「この変な感覚は……」
一瞬まわりの色形が歪み、今までの人生で感じたこともない、別の感覚が引き出されたような気がした。
自分を包み込む世界――いや宇宙そのものが次元の違うチャンネルへと無理やり変えられてしまったようだった。
何とも言えない体験で、国立はしばらく考えながら、あちこちに視線を乱れ飛ばしていた。
さっきまで平気で過ごせた聖霊寮だったが、今は重く息苦しい。何かが違う。うまく説明はつかないが。
黄ばんだ部屋と不浄な空気。死んだような目をしている同僚たちは相変わらずで、特に変わった様子もない。
「気のせいか……」
二口でギブアップした無糖のコーヒーを、灰皿へざばっとかけた。
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