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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
Beginning time/2
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自身を疑い始めた彼は、目の前で展開されている事件の真相へと迫った。
「どっからどう見ても無糖だ……」
なんてことはない。無糖の缶コーヒーが机の上に乗っているという、よくある話だった。
しかし、国立 彰彦、三十八歳。二メートルに迫る背丈で、ガッチリとした体格にとっては死活問題なのだ。
話す言葉に横文字をわざと入れる癖あり、変な風に短縮したりと、少々遊び心を持っている、この男。
藤色の少し長めの耳にかかる短髪で、ハングリー精神旺盛なハンサムな顔立ち。
性格は粗野で男気があり、面倒見がいいところが同性に慕われ、この名前で国立はよく呼ばれる。
「すまないっす、兄貴……」
男らしい大きな体が古い回転椅子を軋ませている隣で、これまた喧嘩っ早そうな二十代ぐらいの男が所在なさげに立っていた。
そうして、国立の趣味――プロレスの技をかけるが出る。椅子にしっかりと、しっかりと座っている状態で、兄貴は口の端だけでふっと笑い、
「てめぇ、回し蹴りバックだ!」
「わかったす!」
若い男はボクサーのように両手を前に構えて、技を受ける体勢を整えた。
オレが笑いの前振りをしたのにスルーしやがって――と、国立は心の中で思いながら、
「嘘だ」
節々のはっきりした指で、笑いを取ることも好きな兄貴は、若い男の額にデコピンした。
「座ってる状態でできるか! アホ」
「すまないっす」
男は構えを解いて、ペコリと頭を下げた。
国立の脳裏で再生される、回し蹴りバックが。椅子から不意に立ち上がり、片足を後ろへ蹴り上げるようにして、体をひねりキックをお見舞いし、若い男が何もかもなぎ倒して、聖霊寮の壁に叩きつけられる――。
片手で慣れた感じで缶を開け、葉巻は銀の薄っぺらい灰皿へ置かれた。無糖の缶コーヒーが口に運ばれ、琥珀色をした液体が体の中に入ってゆくが、国立はボッコボコにノックアウトされた。
「はぁ~、苦ぇ……」
飲んでしまったばかりに、耐えがたい味覚に翻弄されるしかな運命で、思わず声がもれ出た。
自分の体を侵食するような、酸味と苦味を追い払うため、葉巻をまたくわえると、若い男が顔をのぞき込んできた。
「早く戻ってくれっすよ」
「あぁ?」
暑くて仕方がないというような気だるい声で、国立は聞き返した。灰皿に葉巻をこすりつけて火を消す。
両腕を頭の後ろへ回し、足を男らしく直角にして横向きに組んだ。椅子に押しかかると、ギギーと濁った悲鳴みたいなものが上がった。
長さの違うペンダントヘッドが厚い胸板の上で、チャラチャラと音を歪ませ、兄貴はやっと口を開いた。
「もう戻れねぇだろ」
来年で四十代に突入する国立はどこかあきらめ気味に言った。若い男は両手を胸の前できつく握りしめて、若さ全開で突っ走ろうとする。
「そんなことないっすよ!」
国立は全ての光から逃げるように、帽子のツバを深く引っ張った。縦社会で起きる理不尽な出来事を口にする。
「やつの胸ぐら、つかんじまったんだからよ」
真っ暗になった視界でなぞる――。
国立は先週まで聖霊寮とは違う、罪科寮第一課にいた。殺人事件などを扱う、治安省の花形。
数々の事件を、闇から明るみへと引っ張り出し、次々と功績を上げてきた国立。しかし、ほんの些細なことで、有力な政治家に顔が利く上司に楯突き、ここへ左遷された。
「兄貴は悪くないじゃないっすか?」
椅子を後ろへ大きく引き、ウェスタンブールの両足を机の上にどかっと乗せると、かかと部分についているギザギザの金属――スパーが引っかき傷を作った。
よどみ切っている空気を、郷に入れば郷に従えで吸い込み、左遷刑事は納得できないながらも前向きに取ってみた。
「運命――なんじゃねぇのか?」
「かっこいいっす、兄貴!」
言葉のチョイスに惚れ直した男は、聖霊寮の死んだような人々に喝を入れるように、大きなかけ声をかけた。
兄貴にはカンフル剤となって、国立は反対側へサッと身をよじりながら、
「……てめぇ、それ受け取りやがれ」
ミニシガリロの高級な箱は、シルバーリングをした手から若い男へ無造作に投げられた。
兄貴は心の中でひどく後悔する。
(言ってから気づいたけどよ。オレ何言っちまってんだ? 恥ずかしいから、こっち見やがんなよ)
背を向けている国立の心情がわかって、若い男はゲラゲラ笑い出した。
「そこでマジボケっすか!」
ウェスタンブーツのスパーは不浄な空気を引き裂くように素早く床へ下された。国立は机の上に乗っていた資料の山をつかみ、若い男へ向かって軽く投げつける。
「うるせぇ! 受けろ、ランニング エルボー!」
「おっす!」
若い男は両手を握って構えを取った。パサパサと紙が床へ落ちる音に、国立の雑な声が混じる。
「ジョークだ。座ってる状態でできるか! アホ」
その名の通り、助走をつけて肘で攻撃する技。兄貴は今もがっつり着席中だった。
「どっからどう見ても無糖だ……」
なんてことはない。無糖の缶コーヒーが机の上に乗っているという、よくある話だった。
しかし、国立 彰彦、三十八歳。二メートルに迫る背丈で、ガッチリとした体格にとっては死活問題なのだ。
話す言葉に横文字をわざと入れる癖あり、変な風に短縮したりと、少々遊び心を持っている、この男。
藤色の少し長めの耳にかかる短髪で、ハングリー精神旺盛なハンサムな顔立ち。
性格は粗野で男気があり、面倒見がいいところが同性に慕われ、この名前で国立はよく呼ばれる。
「すまないっす、兄貴……」
男らしい大きな体が古い回転椅子を軋ませている隣で、これまた喧嘩っ早そうな二十代ぐらいの男が所在なさげに立っていた。
そうして、国立の趣味――プロレスの技をかけるが出る。椅子にしっかりと、しっかりと座っている状態で、兄貴は口の端だけでふっと笑い、
「てめぇ、回し蹴りバックだ!」
「わかったす!」
若い男はボクサーのように両手を前に構えて、技を受ける体勢を整えた。
オレが笑いの前振りをしたのにスルーしやがって――と、国立は心の中で思いながら、
「嘘だ」
節々のはっきりした指で、笑いを取ることも好きな兄貴は、若い男の額にデコピンした。
「座ってる状態でできるか! アホ」
「すまないっす」
男は構えを解いて、ペコリと頭を下げた。
国立の脳裏で再生される、回し蹴りバックが。椅子から不意に立ち上がり、片足を後ろへ蹴り上げるようにして、体をひねりキックをお見舞いし、若い男が何もかもなぎ倒して、聖霊寮の壁に叩きつけられる――。
片手で慣れた感じで缶を開け、葉巻は銀の薄っぺらい灰皿へ置かれた。無糖の缶コーヒーが口に運ばれ、琥珀色をした液体が体の中に入ってゆくが、国立はボッコボコにノックアウトされた。
「はぁ~、苦ぇ……」
飲んでしまったばかりに、耐えがたい味覚に翻弄されるしかな運命で、思わず声がもれ出た。
自分の体を侵食するような、酸味と苦味を追い払うため、葉巻をまたくわえると、若い男が顔をのぞき込んできた。
「早く戻ってくれっすよ」
「あぁ?」
暑くて仕方がないというような気だるい声で、国立は聞き返した。灰皿に葉巻をこすりつけて火を消す。
両腕を頭の後ろへ回し、足を男らしく直角にして横向きに組んだ。椅子に押しかかると、ギギーと濁った悲鳴みたいなものが上がった。
長さの違うペンダントヘッドが厚い胸板の上で、チャラチャラと音を歪ませ、兄貴はやっと口を開いた。
「もう戻れねぇだろ」
来年で四十代に突入する国立はどこかあきらめ気味に言った。若い男は両手を胸の前できつく握りしめて、若さ全開で突っ走ろうとする。
「そんなことないっすよ!」
国立は全ての光から逃げるように、帽子のツバを深く引っ張った。縦社会で起きる理不尽な出来事を口にする。
「やつの胸ぐら、つかんじまったんだからよ」
真っ暗になった視界でなぞる――。
国立は先週まで聖霊寮とは違う、罪科寮第一課にいた。殺人事件などを扱う、治安省の花形。
数々の事件を、闇から明るみへと引っ張り出し、次々と功績を上げてきた国立。しかし、ほんの些細なことで、有力な政治家に顔が利く上司に楯突き、ここへ左遷された。
「兄貴は悪くないじゃないっすか?」
椅子を後ろへ大きく引き、ウェスタンブールの両足を机の上にどかっと乗せると、かかと部分についているギザギザの金属――スパーが引っかき傷を作った。
よどみ切っている空気を、郷に入れば郷に従えで吸い込み、左遷刑事は納得できないながらも前向きに取ってみた。
「運命――なんじゃねぇのか?」
「かっこいいっす、兄貴!」
言葉のチョイスに惚れ直した男は、聖霊寮の死んだような人々に喝を入れるように、大きなかけ声をかけた。
兄貴にはカンフル剤となって、国立は反対側へサッと身をよじりながら、
「……てめぇ、それ受け取りやがれ」
ミニシガリロの高級な箱は、シルバーリングをした手から若い男へ無造作に投げられた。
兄貴は心の中でひどく後悔する。
(言ってから気づいたけどよ。オレ何言っちまってんだ? 恥ずかしいから、こっち見やがんなよ)
背を向けている国立の心情がわかって、若い男はゲラゲラ笑い出した。
「そこでマジボケっすか!」
ウェスタンブーツのスパーは不浄な空気を引き裂くように素早く床へ下された。国立は机の上に乗っていた資料の山をつかみ、若い男へ向かって軽く投げつける。
「うるせぇ! 受けろ、ランニング エルボー!」
「おっす!」
若い男は両手を握って構えを取った。パサパサと紙が床へ落ちる音に、国立の雑な声が混じる。
「ジョークだ。座ってる状態でできるか! アホ」
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