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最後の恋は神さまとでした

審判の時/2

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 勝手に娘と名乗ってしまって、何と切り出したらよいものやら、明くる日の朝から悩んでいたが、午後になるとベランダの方から少し枯れ気味の子供の声が聞こえてきた。

「よう、姉ちゃん!」

 窓を開けて、慌てて下を見ると、子供が何人か見上げていた。

「あれ? 帝河どうし――あ、名前の件?」
「そうだろ。早くこいってよ」

 待たせたら、畳に正座させられる。おまけの倫礼――いや、ただの女は大慌てで、隣の敷地に建っている本家の玄関を目指した。

 戸の前で居住まいを正し深呼吸をした。ガラガラと引き戸を開けて、中をのぞき込む。

「お邪魔します」
「あらあら、いらっしゃい」

 優しそうな女が出迎えてくれた。会ったのはこれが初めてだが、母親だとしたってやまない人だ。いつもまわりのことを考えている人、尊敬に値する人物。

「こんにちは」
「さあさあ、上がって」

 言われるままに玄関を上がり、板の間の廊下を歩いてゆくと、襖の前で女は座りそっと開けた。座敷で光秀は両手を組んで待っていた。

「ここへ座りなさい」
「失礼します」

 しずしずと畳の上を女は歩いて、真向かいの席へ座り、彼女は父とは呼べない男に深々と頭を下げた。

「色々とお世話になりました。名前を考えてもらうことをお願いしてしまって、恐縮しています」
「構わん。あの日、お前が仮の魂で存在した時から、もう一人娘がいるものだと思って生きてきた」

 神である光秀は、差別などしていなかったのだ。おまけだ、魂が宿っていないと言って、みんなと違うと差別をしていたのは自分だけだったのだ。

 女の視界は涙でにじんだ。

「ありがとうございます。私を差別しないで、一人前として見てくださった。そんな愛があったから、私の魂は磨かれ、霊層が上がり、今こうしてここにいるんだと思います」
「それでは、これがお前の名前だ」

 半紙に筆で書いたものを渡されたが、

「え……?」

 今は誰でもない女には霊視することができなかった。何度目をパチパチさせても、神経を集中させても、イメージが浮かび上がってこない。どうかしてしまったのだろうかと思っていると、光秀が口を開いた。

「それが読めるようになった時が、お前がお前の存在を自分で認めた時だ」
「わかりました。ありがとうございます」

 お辞儀をして、帰りはそのまま瞬間移動で一気に、部屋へ帰ってきてた。半紙を広げて、じっと見据える。

「ん~~? 何て書いてあるのか。二文字な気がする。ひとつは漢字の画数が多いみたいなんだよなあ」

 いつかは読める日がくる、と言われたものの、先走りの女は待つことができず、うんうんとうなっていた。光命がそばへやってきて、彼女の顔をのぞき込む。

「読めましたか?」
「いえ、全然です。光さんは読めるんですよね?」
「えぇ、読めますよ」

 知らぬは本人ばかりなり。

「はあ、自分の名前が自分でわからないなんて。何としても知りたい~~!」

 一週間が過ぎたが、女は諦めずに、ことあるごとに半紙と向き合って、神経を研ぎ澄ます日々を送っていた。

「固有名詞ってさ、霊視しづらいんだよね。既成概念がないから。響きから探すのも手なんだけど、それは誰かが呼んでくれた時なんだよね。みんなに頼らず、自分で自分の名前突き止めたい!」

 さらに一週間後。女はパソコンの漢和辞典を片っ端から調べていた。何となく文字の形が見えてきて、似たものを探してゆく。

「あ、もしかして、はあの世のことを指す。で、はやてはそこに吹く風。あの世に吹く風で、颯茄りょうか……」
 
 すっとイメージが頭に入り込んできて、ついで森羅万象に照らし合わせても、ねじれがどこにもない感じがした。ついに、この日がやってきた。女は万歳して狂喜乱舞する。

「やった、颯茄だ、颯茄!」

 座っていられなくなって、半紙を持って部屋の中をあっちへ行ったり、こっちへきたりを繰り返し始めた。

「みんなのいる世界に吹く風」

 なんて素敵な名前を、父上はつけてくれたのだろうと、颯茄は大いに感心した。霊感を持っている自分にぴったりな名前。

「颯茄?」

 遊線が螺旋を描く優雅な声が響くと、彼女は珍しく微笑んだ。

「光さん、読めましたよ!」

 飛び上がらんばかりに喜んでいる妻を前にして、光命は手の甲を唇に当ててくすくす笑い出した。

「あなたという人は、予測していたよりも早く解読してしまうのですから。相変わらず一生懸命ですね」
「りょーおちゃん」

 春風が吹いたみたいな穏やかさでありながら、好青年の雰囲気の声が突然現れた。その人のモード系ファッションに、颯茄は今度パッと飛びつく。

「孔明さん、やりました」
「颯茄、おめでとう」

 次々に現れた夫たちに、彼女は祝福され、クラッカーが弾け飛んだ。奥さんたちも現れて、パーティが始まる。

 さっきから鳴り続けている音楽に乗りながら、骨付き肉を頬張り、颯茄は自分の新しい門出を祝っていたが、ふと気になった。

「そうだ。陛下のところへ報告に参らなくては!」

 陛下がおうかがいを立ててくださったから、今の自分がいるのだ。城へ行ったことはないが、謁見は予約を入れればしてくれるらしい。彼女は少し居住まいを正して、眼下に広がる街の中央に座する城を見渡した。
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